ゴールデンソルジャー

木村テニス

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「ゴブリン退治への同行ですか?」

「お願いできるかな?」

「構いませんが、私の専攻は考古学ですよ。ゴブリン退治は兵士・騎士課の受け持ちかと思うのですが」

「ご尤もな意見です。先に用件を伝えれば良かったですね。実は北方の遺跡にゴブリンが巣を作ったとの情報が流れてきました——」

「はぁ——」

 グラディナ特殊養成機関の講堂で、その会話はなされていた。
 普段は多くの生徒が学ぶ場所だが、今は二人しかいない。
 その一人。ハーミア・イジーは困惑した顔で目の前の相手の話を聞く。

 何でも北方にある遺跡にゴブリンが巣を作った為、討伐隊が編成される事になり、そのメンバーに加わって欲しいという説明である。
 討伐時には後方で待機し。討伐が完了次第、遺跡内を調査し損傷がないかを確認するという依頼であった。

 ハーミアに依頼しているのは、グラディナの教師である。
 三ヶ月前のカルディナ遺跡への調査も、目の前の——人の良さそうな笑みと、やや肥満気味で頭髪の薄い教師からの推薦で赴く切っ掛けになっている。

「ロン先生。ゴブリンの討伐時は後方待機とはいえ、危なくないですか?」

「なに、今回はギルドとの連携だから問題ありませんよ。ウチの兵士・騎士の優秀どころと、教員も数名、さらにはソルジャーが同行しての編成になるから問題はないですよ。後方待機ですから、ケガ人の手当ぐらいの労働はあると思いますが概ね問題ないでしょう。現に三ヶ月前のカルディナ遺跡調査も無事全員帰還できたし——」

 本来なら全員が死んでいたのだが、それを知るのはハーミアしかいない。
 正確にはもう一人。全身黒色の少年のみだが、ここで異を唱えてもしょうがないとハーミアは教員のロンを見る。

「遺跡に行ってからの君は、なんだが逞しくなったような気がします」


 あの遺跡から帰還してから変わった——ハーミアは周囲からそう思われている。
 今までは、気品と淑やかなイメージが先行していたが、帰ってきたハーミアは端的にいえば度胸が、肝が座ったといえる。

 ある日、生徒がいじめにあっている場面にハーミアは遭遇した。

 一人の男子生徒を複数の男女の生徒が殴る蹴るの暴行、さらには罵声をあびせていた。
 暴力を受けている生徒は特に何をやったという事はない。
 ただ通りすがる途中で暴行しているグループの一人に肩がぶつかった。という理由のみである。

 実に理不尽極まりない理由である。
 多くの生徒は自らも標的になる事を恐れ、その場を足早にさっていく。又は見て見ぬふりをしてやり過ごす。
 あの出来事を体験する前のハーミアなら、他の生徒同様に同じような事をしていただろう。

 だが、「貴方たちは何をしているのですか! 大勢で一人の生徒に暴力をするなど、卑しい人間のする事です! 自尊心を満たすためだけの力はいつか己の身を滅ぼしますよ!」

 一切の躊躇いもなく渦中に飛び込み、いじめを止めた。
 その場は、教員などが駆けつけ事無きを得たのだが、いじめを行なっていたグループは面白くないと感じ、次にハーミアを標的にした。

 連日、稚拙な嫌がらせがハーミアに降りかかるが、本人は何処吹く風でそれらを受け流し、何食わぬ顔で日常を過ごしていた。

 こうなると気まずいのがいじめグループである。

 当初は学園の女神を地に落とすと息巻き、周囲を囃し立てたが、
 その女神が動揺も焦りも何もせずに凛とした態度で日々を過ごす。
 その姿は美しく、さながら戦乙女のイスカオペロンに例えられ、多くの者から賞賛された。

 そうなると悪者はいじめグループである。
 周囲からは冷ややかな視線を送られ孤立し、挙句には学園に居づらくなるという図式が出来上がってしまった。

 それもそうだろう。
 死に直面した恐怖に比べれば。
 気高く生きる少年の背中をみれば。
 己の弱さを自らで語る強さを見れば、同年代の嫌がらせなど、鼻くそ以下といえる。

 学校で一、二を争う美貌と称されるハーミアの変化に誰もが躊躇いをみせたが、直ぐにそれが日常になり、ハーミアは多くの者から羨望の眼差しを送られる事になった。


 ロン教員はハーミアの変化に一人相槌を打ちながら話を続ける。

「これを切っ掛けにどんどんと世界を見てきて欲しいですね。今回は私の助手として同行ですが、これが上手くいったら次は一人で——」

「ゴブリンですか——」

 ハーミアは途中からロン教員の話は聞かずに、ゴブリンの姿形を思い浮かべる。
 緑色の弛んだ肌。
 背は成人男性の腰から胸辺り。
 顔は醜く、笑うと浅ましい。
 だが最も嫌悪感を覚えるのは、ゴブリンの特性である。
 
 ゴブリンは人間の女性に自らの子を産ませ増殖する生き物である。
 生物学上では雌のゴブリンという個体は存在しない。
 生まれてくる者全てが雄であり、他生物と交配し自らの子孫を増やす。
 理由は不明だが、最も適しているのが人間の女性であり、ゴブリンは日夜自らの苗床を探し行動をしている。

 ゴブリンからしてみれば、瑞々しい若い肉体と、誰もが振り向く美貌のハーミアなど格好の的である。

 苗床になったら最後、死ぬまでゴブリンの子供を産み続ける人生で終わる事になる。
 それを考えるとやはり不安になり、二つ返事で返答はできない。
 北方の遺跡の被害も気になるが、やはり。身の安全がなによりも大事である。
 ハーミアはあのダンジョンでの経験を得てから、より命の大事さを痛感している。

「ロン先生、すみませんが今回は——」

「そうだ! 今回の討伐隊の編成が、兵士・騎士クラスの会議場で行われているから見に行きましょう。優秀な我が生徒とギルドから来てくれるソルジャーが組めば怖いものなどないでしょう」

 ハハハッ! と紋切り型の笑いをしながらハーミアの返事を待たず、ロン教員は講堂を出て訓練場に向かってく。
 そのまま帰ろうかとも思ったが、教師の面子もあるだろうから形だけでも付いていく事にした。

 人は良いのだが、話を聞かないのがたまに瑕である。
 ハーミアのため息は当然、ロンには届いていない。
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