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しおりを挟む「あっちだ、向こうから黒い波動を感じる!」
「了解です。サマラさん! ゴブリンが増えてきたのが何よりの証拠ですね。前衛は私の魔法で蹴散らします!」
感知のスキルを保有するグラディナの生徒、サマラの指示に従い一行は走る。
灰色の岩場は大小様々ある。まるで子供の秘密基地のように入り組む場所は、月明かりに照らされ妙な明るさがあった。
岩が砕け、地面に落ちたことにより灰色の地面となった場所は、非常に足場が悪いといえる。そういった場合は剣よりも魔法が有効である。
ブティカは魔法使いである。
杖を掲げ詠唱をすると周囲に火の玉が浮遊。
「行け! ファイヤーボール」
岩場の陰に潜むゴブリン目掛け、直径三十センチ程の火の玉が五つ、標的に向かって飛ぶと、ゴブリンが焼ける悪臭と断末魔がそれぞれに響く。
「よくやったブティカよ。目の前のゴブリンは我が片付ける故、潜んでいるのを片っ端から頼む」
「かしこまりです、ガロクさん!」
即席の連携とは思えないほど、この小隊は上手く機能していた。
ブティカが魔法で遠距離のゴブリンを攻撃、近距離はガロクが対応。アインはハーミアを守るように四方を注視し、隙をついて襲いかかる敵を排除し先へと進む。
先ほどのブティの言葉通りに、妙にゴブリンの数が多い。
岩場の奥に進めば進むほど増殖している事から、指揮者は近くにいると予想される。
進むペースを早めると大きな岩が四方を囲む場所に到達する。
まるで壁のようにそり立つその岩は数十メートルはある。
「あの中だ! あの中に黒い波動を感じる」
サマラが指差す場所はその大きな岩場の中であった。
周囲を囲う岩はもちろん登れるはずもないので、岩と岩の隙間を一箇所見つけそこから中に侵入する。
「これって——」
「あぁ。似ているな」
「アインさん。この場所は——」
「ボスモンスターの部屋にそっくりだ。出会った日を思い出すな」
ハーミアとアインは会話に周囲が首を傾げる。
二人の言葉通り、岩場の中はダンジョンのボスモンスター部屋に似ていた。
四方を囲む壁、松明の光量、そして不安感を駆り立てる無駄に広い空間。
ハーミアは息をのむ。
ここはダンジョンではないが、ボスモンスター部屋は入ったら出られない——。
——————。
不明瞭で耳障りな音が後方から聞こえた。
振り返ると先ほどの出入り口が塞がれていたからだ。
岩と岩とが移動した音だったのだろうか?
それしにしても悪い冗談だ。
これではダンジョンのボスモンスター部屋そのものではいか。とハーミは唇を噛む。
「——チッ!」
アインの舌打ちにハーミアの意識が戻る。
灰色の地面と灰色の壁に囲まれた広い空間の真ん中。
そこに指揮者と思しき人物がいた。
それはゴブリンであった。
枯れ枝のような、今にも折れそうな四肢と膨れ上がった腹。
祈祷師のような出で立ちのゴブリンは胡座をかき、天を仰いでいる。
「うげぇ。胸糞展開です」
「うむ。狩る理由は十分だ!」
ブティカの声は祈祷師のゴブリンの周囲に向けられた。
ガロクもそれに賛同し抜刀後、標的に駆ける。
援護するように魔法使いは火の玉を生成する。
祈祷師ゴブリンの周囲は人間の女が多数のゴブリンに犯されていた。
人間の男は手足を繋がれ拷問を受けており、終始阿鼻叫喚が反響していた。
侵入者に気付いたゴブリン達は酷く不愉快な叫びを上げ、強姦と拷問を止め祈祷師を守るように武器を手に取るが—— 。
「ぬぅぅぅん!」
一瞬間に詰め寄ったガロクの一太刀は圧倒の一言であり、複数のゴブリンは瞬時に絶命していく。
難を逃れたゴブリンは、一矢報いようと試みるが援護の火の玉がそのゴブリンを焼いていく。
ガロク、ブティカの活躍により、数秒後に周囲のゴブリンは殲滅となり、残すは祈祷師のゴブリンのみとなる。
「成敗!」
ガロクが近づき刀を振り上げる。
数秒後に自身の首に刀が振られると分かっているはずだが、祈祷師は祈りを止めない。
白銀の刃が一閃すると首と胴体は離れる。
あっけない。と誰しもが思った。ただ一人を除いては。
「離れろ!」
アインが声を荒げた為に、誰しもが驚いた——だが、もっと驚いたのは祈祷師のゴブリンは頭部が無い状態で立ち上がったからだ。
ガロクの動きが僅かに鈍る。
その隙をつくかのように祈祷師はガロクに抱きつくと、
——大爆発が起きた。
突然の出来事に困惑が周囲を囲む。
大きな爆発音により聴覚が奪われた、耳は当分使い物にならない。
煙がもうもうと立ち込める為視界が確保できない。
ハーミアは腕で口元を覆いながら周囲を確認する。
灰褐色の煙が見えるばかりで何も見えない。
爆発に巻き込まれたガロクは無事なのか?
隣にいたブティカやサマラ。アインはどこにいるのか?
不安ばかりが肥大していく。
「ハミィちゃん! その場を動くなよ!」
どれくらいその場に立ち尽くしていただろうか。
唐突にヨシオの声が聞こえた。
——ヨシオさん! と叫んでみたものの返答は無い。
おそらくアインが何かしているのだろう。
それは理解できた。だが今煙が立ち込める周囲では、何が起きているのかは判断ができない。
やがて声が聞こえた。
大きな男の声だ。
不明瞭な発言の為、何を言ったかは聞き取れない。
この場に居合わせる誰の声でもなかった。
だが、聞いた事がある、そうも思った。
誰の声かも理解ができずにただ待つ。やがて金属同士——武器と武器がぶつかり合うが音が辺りに響く。
ハーミアの混乱は限界を超え思わず叫ぶ。
「皆さん無事ですが? 無事ならば返事をしてください!」
「——この状況下でも他人の心配か。お前には頭が下がる」
声はすぐ隣から聞こえた。
素っ気なく聞こえるが、決して冷たい印象は受けない。何度も耳にした声だ。
「アインさん!」
「そら、今回の黒幕の登場だ」
アインの言葉と共に煙が一斉に引いていく。
隣には当然のようにアインがいた。
黒の剣士が顎を突き出す場所、この空間の中心部にその人物はいた。
「え? あなたは?」
ハーミアの声は相手に届く事なく地面に落ちる。
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