完結済 ドブネズミの革命 ─虐げられる貧民たちは、自由を求めて下克上する─

ちはやれいめい

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革命戦争編(親世代)

三十三話 受け継がれる命と、少数精鋭で挑む作戦

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 翌日。日が高くなる前に、ファジュルとアムルはオイゲンを連れて拠点に戻った。
 もうすぐハインリッヒ伯からの武器が届くだろうし、仲間たちと傭兵、誰がどのような配備で行動するか決めなければならない。


「ファジュル様は先にルゥルアと話をしてきてください。オイゲンさんにここの案内をしなければいけませんし、会議はそれが終わってからにしましょう」

 到着するなり、ヨハンに言い渡された。

「一昨日具合が悪かったのと関係があるのか?」
「会えばわかりますよ、ファジュル様。貴方様が誰よりも先に聞くべきでしょう」

 ナジャーは事情を知っているようだ。背中を押され、ファジュルは寝所にしている洞穴に入る。
 
 ルゥルアは毛布にくるまるようにして寝ていたが、ファジュルの足音に気づいて目を覚ました。 

「ファジュル。おかえりなさい。どうだった?」
「上々だ。傭兵三十名を雇えることになった」
「そっか」

 ファジュルは定位置になっているルゥルアの左側に腰を下ろす。ルゥルアに手招きして、膝の上に座らせる。

「ルゥから俺に話があるんだって先生が言っていたんだ。何かあったのか?」
「う、うん」

 触れ合う手は汗ばんで冷たく、ルゥルアの緊張が直に伝わってくる。

「昨日、ヨハン先生に診てもらってわかったの。…………お腹の中に、わたしとファジュルの赤ちゃんティファルがいる」

 言い終えたルゥルアの瞳は、不安で揺れている。反乱軍は身を隠して生活している状況。ファジュルに喜んでもらえるかどうか、気がかりなのだ。

 ファジュルはルゥルアの背に手を回し、そっと抱きしめる。お腹の子に負荷をかけてしまわぬように、力を加減して。

「そうか、子どもか。俺たち親になるんだな」

 言葉にしたりないほどに嬉しくて、胸が熱い。
 ルゥルアも頬を上気させて、噛みしめるように言う。

「うん。かなり初期だと、すごく眠くなったり、食べられるものが減ったり、逆に増えたり、いろいろと変化するんだって」
「よかった。どこか具合が悪いんじゃないかって、あちらに出向いている間もずっと心配だったんだ」
「心配かけてごめんね」
「謝らなくていい」

 ファジュルの視界が涙で滲む。
 愛する女性が側にいてくれて、そしてもうすぐその人との間に子が生まれてくる。
 こんなに幸せなことはない。

「お腹に触ってみてもいいか?」
「気が早いなぁ、ファジュル。いいけど、まだそんなに変わらないよ」

 ルゥルアは楽しげに笑う。
 なだらかな下腹部は、見たところ大きな変化はない。それでもここに命が宿っているのだと思うと不思議な気持ちになる。

「この子が生まれてくるまでに、ガーニムと決着をつけないとな」
「……無理はしないでね」
「ルゥこそ、無理はするなよ。ちゃんと食べられるときに食べて、きちんと寝て、元気でいてくれ。俺もできる限りのことをするから」
「うん。ありがとう、ファジュル」
「こちらこそ。ありがとう、ルゥ」

 唇を重ねて、感謝の想いを伝える。

 ファジュルが生まれた日のような悲劇を繰り返さないためにも、ルゥルアとお腹の子の存在はガーニムに気づかれてはならない。
 何があってもルゥルアを守り抜こうと、ファジュルは改めて心に決めた。






 ルゥルアが再び眠りについてから、ファジュルは仲間たちの会議に加わった。

「遅れてすまない」
「構わねーって。んで、ルゥルアはどうしたんだ。何日か前から具合が悪そうだろ」

 サーディクだけでなく他の仲間たちも気になっていたようで、視線がファジュルに集中する。
 

「……子ができた」
「ほんと!? おめでとう兄さん! 王子か姫が生まれたらボクが音楽を教える係だからね。楽器ならだいたい何でも得意だからさ」

 真っ先に反応したのはディーだった。ディーが拍手しだした意味を理解できず、ユーニスは首をかしげている。

「ファジュル兄ちゃん、どうゆーこと?」
「来年くらいには、ユーニスに弟分か妹分ができる」
「わーー! おれ、兄ちゃんになるのか。やったぁ!」

 ファジュルとルゥルアの子が生まれても、実際はユーニスの弟妹《ていまい》ではない。
 このままいけばユーニスときょうだいのように育つだろうから、あえて訂正はしない。
 ラシード、サーディク、イーリスもおめでとう、と祝福してくれた。

「オイゲン。ルゥは今疲れて休んでいるから、体調がいいときに改めて紹介しよう」
「別に会わなくてもかまわねぇよ。戦線に関係のない人間だろう」
 
 オイゲンは与えられた任務以外に関わり合う気がないようだ。必要なのは契約内容のことだけ。根っから傭兵なのだろう。


 会議の主な内容は、城に攻め入る際、いかにして召使いたちとの接触を減らすかということだ。

 
 ガーニムの首だけを落とせるならそれに越したことはないが、そんなに都合よくいくものではない。
 イズティハルという国に仕えている以上、兵はガーニムを死に物狂いで守る。
 否が応でも刃を交えることになる。


 地面に城と城下町の見取り図を広げ、アムルは指でなぞりながら一同に話をする。

「兵が市街を巡回するルートは、私がいた頃と変わっていなければ城門前から広場、住宅街、市場へ──」

 戦場に立つことになるメンバーは真剣な面持ちでそのルートを見つめる。
 巡回ルート、一日に何回、どのタイミングで兵が通るのか。

「侵入経路に隠し通路を使うのはだめなのか」
「隠し通路は、外部からの侵入を防ぐために城内からしか開けないようになっている」

 ファジュルの疑問に、ラシードが即座に答えた。
 多くの兵や召使いたちの目をかいくぐって直にガーニムの部屋に侵入できたなら、ここにいるメンバーと雇った傭兵だけでカタをつけられる。……と思ったのだが、城内からでないと開けられない構造なら諦めるしかないのか。

「それってさー。城の中から開けてくれたら外からはいれるってこと? 中の人にたのめばいいじゃん!」

 ユーニスが名案とばかりに手を打つ。 

「ばっか、ユーニス! そんなかんたんに城の人間が協力してくれるかよ」

 サーディクに子ども扱いされて、ユーニスはほほをふくらませる。

 オイゲンはサーディクと逆に、ユーニスの案に興味を示した。

「いや、その子どもの案は馬鹿にもできない。オレたち傭兵は人斬りが趣味ってわけじゃないんでな。商隊を襲う盗賊相手ならともかく、無抵抗な召使いや侍女を、姿を見られたからってだけでバッサリ殺れなんてお断りだぜ」
「それを聞いて安心した。俺も無関係の人間を斬り殺して楽しむ者を仲間にするのは御免だ」
「ははっ。王子様から直々に褒められるとは光栄だよ」

 オイゲンたち傭兵は戸籍がなくて王国の正規兵になれないだけで、倫理観はまともだ。
 
「まあとにかく、城中に協力者がいれば、最短ルートでガーニムを殺《や》れば兵たちも手出しできないだろってことさ」
「言い方が美しくありませんね」

 イーリスの苦言もどこ吹く風。オイゲンはサラリと無視を決め込む。
 目つきが鋭くなるイーリスを、まあまあ落ち着いて……と宥めるディー。

「アスハブに頼めるのなら早いが、隠し通路の場所までは知らないだろうな」
「王族の部屋にある隠し通路の位置なんて、一介の召使いには知らされませんよ。私やラシードのように、王族の乳母や教育係を担う者。あるいは……」

 ナジャーはそこで一旦言葉を切り、今現在王城内で隠し通路の位置を把握しているであろう者の名前をあげた。

 
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