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革命戦争編(親世代)
三十四話 戦乱の世を歓迎する隠者
しおりを挟む昼の湯浴みを終えたマッカは、侍女の用意してくれた衣服に袖を通してガーニムの執務室に向かった。執務を手伝おうを考えたのだ。
執務室には来客があった。
名をスハイルという。
二週間ほど前にガーニムの腹心ゲルマが連れてきた。いつも外套を目深にかぶっていて、顔や年の頃はわからない。
マラ教の信徒なら肌を衣服やターバンで隠すのだが、口は隠しても目を隠してはならぬというものがある。
その教えに反して、スハイルはいつも目元を隠していた。
ガーニムはマッカの姿をみとめると手招きをする。
「おお、来たのか、マッカ」
「ガーニム様。ワタシにもお手伝いできることがあるのではないかと思いまして」
「そうかそうか。できた妻をもって嬉しいよ」
大きな敷布で横長テーブルなので、マッカが隣についてもまだ広く見える。
客人の前で重要書類を開くということをするわけもないので、テーブルに乗っているのは書類ではなく水と果物だ。
マッカが座るとすぐに、侍女がマッカの前に銀のゴブレットを置き、水を注いだ。
「あ、ありがとうございます」
「マッカ。ありがとうなどと言う必要はない。これがこの者たちの仕事だ。どうしても一言をと言うのなら、『ご苦労』と」
「……ご苦労様」
侍女はマッカの言葉に、何も言わず下がった。
配下がきちんと役目を果たしたことに対して、ご苦労だったと労うべきなのだ。
一月前までマッカは使われる側の人間であったため、なかなか王族らしい振る舞いというものができない。
きっとシャムス姫ならば当たり前にできていたこと。
幻滅させてしまっただろうか。侍女やガーニムを。
うつむくマッカの肩を、ガーニムが軽く叩いた。たったそれだけのことなのに、マッカの心は落ち着いた。
「お話を再開してもよろしいでしょうか」
スハイルが口を開き、ガーニムがうなずいて続きを促す。
「最近武器の材料が手に入らないのです。戦が近いという噂を聞いております」
「ああ、だから謁見の間でなく執務室で話をしたいと言ったのか。まさかファジュルを捨て置けとでも言いに来たか? 国に害なす者を排除するのは王として当然……」
「いいえ陛下。戦争は大いに結構。玉座を狙う者を排除するのは王として当然の行動です。それに戦が激化すればするほど武器防具の需要は増え、我が領地も潤う。──ワタクシめが指摘しているのはここではなく、ルベルタのハインリッヒ領」
想像とは異なる話に、ガーニムは驚いた。
「ハインリッヒ。ルベルタ辺境伯のハインリッヒか」
「ええ。そのハインリッヒ領に剣の材料となる鉄や亜鉛を多く買い付けられてしまって、我が領地で武器を作ることが困難になりつつあるのです」
「ルベルタ国内で他の領主と領地の奪い合いが起きている……などと言うことはないだろう。あの男に限って。あいつの性格を俺はよく知っている」
ガーニムは当代ハインリッヒ当主、エリックのことを快く思っていない。
若かりし頃、エリックとアシュラフは近隣の王侯貴族の中でも盟友と呼べるほど仲が良かった。
大嫌いな弟《アシュラフ》と似たような考え方を持つ男。
エリックを召使いのように苛立ち紛れに嬲らなかったのは、エリックが隣国の辺境伯で、下手な真似をすれば外交問題になるからだ。
「ワタクシの領地の主たる産業は武器防具の製造と販売。ハインリッヒに邪魔されるのは辛抱ならない」
「……ふふふ。そういうことか。スハイルよ。いい情報を持ってきてくれた。褒めてつかわそう」
スハイルにとっても、ハインリッヒは邪魔な相手ということらしい。話を終えたスハイルは、深々と頭を垂れ、執務室を出ていった。
ガーニムは執務室のすぐ外に控えていたディヤを呼ぶ。
「ディヤ。傭兵どもの方はどうだった」
「兵たちに行かせると矜持を傷つけるかと思って、アタシが話をしに行きました。けれど、傭兵たちが贔屓にしている店はほとんど傭兵が出払っていて、残っていた一人に声をかけてみたら、『すでに契約者がいるから二重契約はしない』と言っていました」
ディヤは淡々と報告をする。
国王という絶対の主に忠誠を誓う王国兵と違い、傭兵は金で雇われ、そのたびに主が変わる。
だから王国の兵の中には、傭兵を見下す者が少なくない。
見下している相手に頭を下げに行くなんて、兵は絶対に承諾しない。
とくに階級が上の者になればなるほどその思想は顕著《けんちょ》。
だからディヤが傭兵を雇うために行った。
しかし手の空いている傭兵がいなかったため、無駄足になってしまった。
「シャムスの生誕祭が終わって旅芸人や祭に出店する商人も来ない。閑散期に、護衛の傭兵を雇っていく人間がそんなにいるとは思えないな」
「ええ。陛下の仰るとおりです。誰かがかなりの人数をまとめて雇ったのでしょう」
ガーニムは頭の中で、昨今の不可解な状況を整理する。
武器の材料を買い集めるエリック。
先んじて誰かに雇われている傭兵たち。
エリックは己の領地にいくらでも動かせる兵がいる。傭兵の雇い主がエリックではないのは確かだ。
今、このイズティハルで雑兵を集めてでも戦いたい奴は誰だ。
考えるまでもない。
「ファジュルか! ……まさか、エリックのやつがファジュルの後ろ盾に?」
噂が正しいのであれば、ファジュルはスラムの育ちだ。
自分の食事すらままならないドブネズミに、傭兵を雇えるだけの金があるわけがない。
どうやって接触をはかったかはわからないが、エリックはファジュルの存在を知り、親友の悲願を果たすべくファジュルの後ろ盾になった。
突拍子もない考えかもしれないが、可能性は高い。
マッカは始終の話を聞いて、恐怖に震えた。
「ガーニム様。反乱軍が……また何かしようとしているのですか?」
「ああ、心配はいらん、マッカ。お前の兄をはじめ、この国の兵は優秀だ」
ガーニムはマッカを落ち着かせようと言葉を選ぶ。兄のことを耳にしたマッカはガーニムの腕にすがった。
「ガーニム様。兄は……兄さんはまだ退院できないのでしょうか。兄さんは戦術や指揮にも詳しいから、こんな時にどうするべきか知恵を貸してくれると思うのです。戦場に立って戦うことはできずとも、後方支援を、参謀としてなら」
「あぁ、そうだなマッカ。さすがだ。我が妻はとても機転がきく」
ガーニムはマッカを褒める。まだウスマーンにも利用価値があることを思い出させてくれた。
ガーニム軍を勝利に導くための指揮を取る。兄が一番望まない形だと、マッカは知る由もない。
「ディヤ。病院に行ってウスマーンに伝えろ。指揮を取れと」
ディヤはひざまずいて答える。
「陛下の御心のままに」
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