完結済 ドブネズミの革命 ─虐げられる貧民たちは、自由を求めて下克上する─

ちはやれいめい

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革命戦争編(親世代)

五十七話 最後の夜

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 アスハブがいつものように手付かずの果物を持ってきた。そのとき、一緒に情報を伝えてくれた。

「ガーニムは明日、スラムの貧民ごと反乱軍を掃討するつもりのようっす。朝食の席で全軍出撃だと命じていたっす」
「そうか。ありがとう、アスハブ」

 ヨハンがりんごの山を受け取り、食事担当のナジャーに託す。あとはナジャーが良いようにしてくれる。
 全軍で反乱軍を潰しにかかる、遅かれ早かれそういう日は来ると思っていたので、誰も慌てふためいたりはしない。

 ガーニムは召使いが情報を流しているなど考えもしないだろう。反撃の余地無く一掃される、そう考えているはず。

「城にどれくらい部隊が残るかまでは聞けなかったから、わからないっす。あんまり役に立てなくてすみません」
「いいや、じゅうぶん有益な情報だ」

 ファジュルもアスハブに礼をいう。何も情報なしに掃討作戦を掛けられたら、手を打つ間も無く押されてしまう。
 ジハードは今後の動きを予測する。

「スラムに殆どの兵を送り込むのならば、城の警備に残った兵のほうが少ないはず。先のスラム襲撃メンバーたちは戦場に立てるほど回復しているとは言い難いでしょう」

 ビラールならば、戦闘不能の部隊を差し引いた中で出撃メンバーを選ぶ。バカラ、ザキー、そういった主力兵は必ず投入する。

 二人は一度スラムに踏み入っている。一度も入ったことのない者より勝手がわかる。そういう理由で彼らを隊長に据えた新部隊が編成される。
 何がなんでもファジュルを潰したいガーニムが、彼らを城に残すとは考えられない。

「ファジュル様、今こそ、城に潜入してガーニムのもとへ向かう好機。五千の兵と戦うより、城内にいる百の兵を突破してガーニムと対決したほうが被害を抑えられる」
「ジハードがそう判断したのなら、その作戦に賭けよう」

 ファジュルは頷き、他の反乱軍メンバーも同意した。
 ガーニムを捉え反乱軍の勝利を伝えれば、王国軍は進軍する理由を無くす。

「アスハブ。ディヤに伝えてくれ。隠し通路を使うと。王国軍のスラム進軍に合わせ突入する」
「承知したっす」

 すぐに出ていこうとしたアスハブを、ヨハンが呼び止める。

「一夜しかないのなら、城で働く人たちを逃がす時間はなさそうですね。……アスハブ。協力者以外の使用人たちにこれを混ぜた水を飲ませてください」
「なんすかこれ」
「睡眠薬です」

 サーディクが王国軍の積み荷から奪取した薬の一つ。
 かつてガーニムがアシュラフを暗殺する際、ターゲット以外の全員を眠らせたように。
 使用人を眠らせてしまえば戦いに巻き込むこともない。

 ナジャーいわく、王族の食事以外……使用人のまかないは毒見しないため、なにか混ぜても誰も気づかない。
 アスハブが城に戻っていき、ファジュルたちは明日の部隊編成を急いだ。


 話し合いの末、城に潜入するのはファジュルとイーリス、アムル、ジハード、ハキムの五人となった。
 ファジュルとイーリスは話し合いのため必ずガーニムと対峙しなければならない。そしてガーニムと戦うことになったならアムルとジハードの力は不可欠。
 ハキムはまだ戦えるほどの状態ではないが、本人たっての希望で潜入組にいる。
 残りのメンバーはスラムで王国軍を迎えうつ。


 きっとこれが戦争の勝敗を分ける決戦となる。
 それぞれ思いを抱え、夜を過ごす。

「……明日が来るの、なんだか怖いね」

 布団の中でルゥルアが震える。日が落ちて空気が冷えているから、だけではない。
 ファジュルなら勝って帰ってくると信じているけれど、不安も拭いきれない。

「大丈夫だ。ルゥ。みんなでなら乗り越えられる。そう言ってくれたのはルゥだろう」

 ファジュルは言い聞かせるように優しく言って、ルゥルアを抱きしめる。ルゥルアもファジュルの背を抱く。

「そう、だよね。わたしだけ守られるしかできないのがもどかしい……」
「守られているだけなんてことはない。子どものためにちゃんと食事をとるのがルゥの仕事だ」
「ふふふっ。そうね」

 ファジュルの胸もとに顔を埋め、ルゥルアは笑う。


 ここ二月ほどの間に起きた出来事は、ファジュルの十八年でとくに密度の濃い時間だったように思う。
 スラムに王女が現れて、ガーニムがスラムを焼こうとして、自分の生まれを知った。
 革命を起こすことを決めて、アムルやナジャー、ハインリッヒ伯、傭兵、様々な人たちと出会って、力を合わせてきた。

 みんなの願いのためにも、ルゥルアと、生まれてくる我が子のためにも、負けることはできない。

 そして、ラシードから聞かされた父の最期の言葉を思う。

 ガーニムと歩み寄り、わかりあえていたならなにか変わっていたのだろうか。
 話して分かり合えないなら、人はなんのために言葉を持っているのか。


 ガーニムに理不尽に殺された者たちの家族は、ガーニムの死刑を望むだろう。
 
 けれど、ガーニムがアシュラフを殺したように、ただガーニムを討ち取るだけでは、きっと同じことの繰り返しだ。
 
 ファジュルのやり方が気に食わないガーニム派の人間が、今のファジュルたちと同じことをする。

 絶対的な正解なんてありはしない。
 正解がないからこそ、せめて自分たちが納得できる答えを選び取りたい。



 夜が明け、決戦のときがおとずれた。
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