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伍 鬼ノ章
伍ノ参 がしゃどくろとの対峙
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その夜。
どうしてもついてくると言って聞かないヒナを言いくるめて宗近が借りていた宿に休ませ、フェノエレーゼは宗近と二人、がしゃどくろが出るという目撃談が多い場所に赴きました。
昼の喧騒もなくなり、川辺の草むらでは蛍が舞い、淡い光が踊っています。
羽扇で顔をあおぎながら、フェノエレーゼは満足そうに十六夜を見上げます。雲一つない夜空はとても澄んでいてきれいでした。
「ふむ。やはり日が落ちると涼しいものだな。ずっと夜ならいいのに」
「か~! 冗談はよしてくれ。俺ぁ、お天道様の光を浴びられなかったら、腐っちまうぜ」
宗近は額に手を当て、おおげさに言います。
いまの短いやりとりで、“こいつとは気が合わない”。お互いそう思ったことでしょう。
短く舌打ちして、フェノエレーゼは宗近をにらみます。
「そんなことはいい。昼間はアイツがいたから聞かなかったが、お前……侍というのは嘘だろう。
私はこれまで侍と名乗る人間を何人も見てきたが、お前は違う。お前からもその刀からも、血のにおいがしない。
なぜ戦うことを生業としないのに、がしゃどくろを退治しようなどと思い立った」
宗近は虚を突かれ、目をみはりました。
意味ありげに笑い、しげしげとフェノエレーゼの頭からつま先を観察します。
「……あんた、他人に興味なさそうな顔して意外と鋭いじゃねえか。そういうあんたこそ、ただの旅人じゃねえだろ。そんな上等な着物を着ているような高貴な身分の者が、護衛も連れずに旅なんて、見たことも聞いたこともない」
「ふん、質問に質問を返してはぐらかす気か。言っておくが、私は高貴な身分などではない。人間の言うところの“身分”なんて私には滑稽にしか見えん。
それに旅の理由など、今日会ったばかりのお前に話す道理はない」
双方自分の事情を話すつもりはさらさらない、と遠回しに牽制し、何とも言いがたい険悪な空気が流れます。
にらみ合ったまま無言で時間が過ぎ、ふと、月明かりが陰りました。
雲がないのに、なにが月を遮ったか。
顔を上げると、一町はある骸骨が、こちらを見下ろしていました。
全体がほの暗く輝き、泥にまみれた口が開いてカタカタと乾いた音を立てます。
がしゃどくろが歯を鳴らす音があたりにこだまします。
「ひ……まさか、わ、笑っているのか、こいつ」
想像しているよりはるかに巨大な化け物が現れ、宗近は先ほどまでの余裕など粉みじんに吹き飛び、腰を抜かしてその場から動けなくなりました。
指の骨の一本だけでも宗近の背丈より大きいのです。
がしゃどくろが四つん這いに進み、地面に手を置いただけで、ずしん、と大きな地響きが起きます。
うわ言のような、意味をなさない声を発しています。
『うううぉぁああ……』
『……テン……マ…………あぁぁ』
並大抵の者に勝てるわけがない、戦う前からわかりました。
怯える宗近と反対に、フェノエレーゼはたいしたことないような顔をしています。
聖龍などの巨大なあやかしを見慣れているのもあり、がしゃどくろは恐怖の対象ではないのです。
鼻先に当たるほど間近に頭蓋骨を寄せられても微動だにしません。
腕組みしながら巨大な眼窩を見上げて、ゆっくり語りかけます。
「がしゃどくろ。お前、もともとは人間であろう。お前がなにゆえあやかしと化したかはわからぬが、今宵は引け。かつての同胞を殺め、そちらに引き込むのは本意ではないだろう?」
がしゃどくろは死霊の集合体。
弔われることのなかった無縁仏たちの魂が引き寄せられ、ひとつの妖怪となったものです。
『アイ……タイ、アイタイ……シュテン、サマ』
フェノエレーゼの説得が理解できたのか、ただただじいっと眼球のなくなった目でフェノエレーゼを見つめ、霧のように空気にかき消えていきました。
※一町=約一〇九メートル
どうしてもついてくると言って聞かないヒナを言いくるめて宗近が借りていた宿に休ませ、フェノエレーゼは宗近と二人、がしゃどくろが出るという目撃談が多い場所に赴きました。
昼の喧騒もなくなり、川辺の草むらでは蛍が舞い、淡い光が踊っています。
羽扇で顔をあおぎながら、フェノエレーゼは満足そうに十六夜を見上げます。雲一つない夜空はとても澄んでいてきれいでした。
「ふむ。やはり日が落ちると涼しいものだな。ずっと夜ならいいのに」
「か~! 冗談はよしてくれ。俺ぁ、お天道様の光を浴びられなかったら、腐っちまうぜ」
宗近は額に手を当て、おおげさに言います。
いまの短いやりとりで、“こいつとは気が合わない”。お互いそう思ったことでしょう。
短く舌打ちして、フェノエレーゼは宗近をにらみます。
「そんなことはいい。昼間はアイツがいたから聞かなかったが、お前……侍というのは嘘だろう。
私はこれまで侍と名乗る人間を何人も見てきたが、お前は違う。お前からもその刀からも、血のにおいがしない。
なぜ戦うことを生業としないのに、がしゃどくろを退治しようなどと思い立った」
宗近は虚を突かれ、目をみはりました。
意味ありげに笑い、しげしげとフェノエレーゼの頭からつま先を観察します。
「……あんた、他人に興味なさそうな顔して意外と鋭いじゃねえか。そういうあんたこそ、ただの旅人じゃねえだろ。そんな上等な着物を着ているような高貴な身分の者が、護衛も連れずに旅なんて、見たことも聞いたこともない」
「ふん、質問に質問を返してはぐらかす気か。言っておくが、私は高貴な身分などではない。人間の言うところの“身分”なんて私には滑稽にしか見えん。
それに旅の理由など、今日会ったばかりのお前に話す道理はない」
双方自分の事情を話すつもりはさらさらない、と遠回しに牽制し、何とも言いがたい険悪な空気が流れます。
にらみ合ったまま無言で時間が過ぎ、ふと、月明かりが陰りました。
雲がないのに、なにが月を遮ったか。
顔を上げると、一町はある骸骨が、こちらを見下ろしていました。
全体がほの暗く輝き、泥にまみれた口が開いてカタカタと乾いた音を立てます。
がしゃどくろが歯を鳴らす音があたりにこだまします。
「ひ……まさか、わ、笑っているのか、こいつ」
想像しているよりはるかに巨大な化け物が現れ、宗近は先ほどまでの余裕など粉みじんに吹き飛び、腰を抜かしてその場から動けなくなりました。
指の骨の一本だけでも宗近の背丈より大きいのです。
がしゃどくろが四つん這いに進み、地面に手を置いただけで、ずしん、と大きな地響きが起きます。
うわ言のような、意味をなさない声を発しています。
『うううぉぁああ……』
『……テン……マ…………あぁぁ』
並大抵の者に勝てるわけがない、戦う前からわかりました。
怯える宗近と反対に、フェノエレーゼはたいしたことないような顔をしています。
聖龍などの巨大なあやかしを見慣れているのもあり、がしゃどくろは恐怖の対象ではないのです。
鼻先に当たるほど間近に頭蓋骨を寄せられても微動だにしません。
腕組みしながら巨大な眼窩を見上げて、ゆっくり語りかけます。
「がしゃどくろ。お前、もともとは人間であろう。お前がなにゆえあやかしと化したかはわからぬが、今宵は引け。かつての同胞を殺め、そちらに引き込むのは本意ではないだろう?」
がしゃどくろは死霊の集合体。
弔われることのなかった無縁仏たちの魂が引き寄せられ、ひとつの妖怪となったものです。
『アイ……タイ、アイタイ……シュテン、サマ』
フェノエレーゼの説得が理解できたのか、ただただじいっと眼球のなくなった目でフェノエレーゼを見つめ、霧のように空気にかき消えていきました。
※一町=約一〇九メートル
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