とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい

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伍 鬼ノ章

伍ノ拾壱 戦力結集

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 陽が落ちる頃、ナギは酒呑童子とともに麓の集落に戻りました。
 酒呑童子は「人里におりてはならないという約束があるから」と、ずっと外套をかぶったままです。

 誰との約束なのかはわかりませんが、酒呑童子は源頼光みなもとのよりみつに首をかられた、という逸話が広まっている以上、本人が生きていたなど大騒動になるのは目に見えています。
 なのでナギも深く追及することはしません。

 森から入って少ししたところにある、地蔵のある小さな社のそばにフェノエレーゼが腰かけていました。ヒナと宗近も一緒です。

「戻ったか」

「助かったぞ、フェノエレーゼ。恩に着る」

「お前が素直に礼をいうなんて気持ち悪い。今夜は槍でも降るのか」

「そういうお前は、罰を受けても相変わらず減らず口なんだな」

 古い馴染みなだけあり、二人の掛け合いは容赦がありません。本当にこの四人で協力しあえるのか、ナギは冷や汗が止まりません。

 空気を読まず、ヒナが酒呑童子に深々おじぎします。

「こんばんは、お兄さんのお父さん。わたしはヒナ。フエノさんと旅をしているの」

「そりゃどうも。こいつ顔は大人しそうなのに性格最悪だから、じょうちゃん苦労するだろ」

「そうねえ。フエノさんてば、丸ちゃんと毎日ケンカしてばかりなのよ」

『チチチイ! そうでさ! この性悪天狗! シュテンの旦那はものわかりがいいようで助かりまさ~!』

 ヒナの肩に止まっていた雀がばたばた羽を広げて同意します。フェノエレーゼのこめかみに青筋がうかび、羽扇が一閃されました。

「人聞きの悪いことをいうな! 毎度毎度しょうもないケンカを吹っ掛けているのはお前の方だろう、雀!」

『ぎゃーーーっす!』

 妖怪の声が聞こえない宗近はフェノエレーゼの行動に後退ります。はたからみると小動物いじめ以外のなにものでもありません。

「おいおいフエノ。あんたいい年して、雀相手になにやってんだ。情けなくないのか。嬢ちゃんが飼っている鳥だろ」

「昨日も言ったが、飼っていないし、勝手についてきているだけ。こいつの声が聞こえないとは、つくづく幸せな耳だな」

「は? まだいっているのか。鳥が喋るものか」

 フェノエレーゼが札配りをしなかったことも手伝い、フェノエレーゼと宗近の仲は険悪も険悪。
 こんな状態で一時的とはいえ手を組むことなどできるのか、はなはだ疑問です。
 見かねたヒナが仁王立ちして、口をはさみました。

「もう! フエノさんもおじさんも、けんかしちゃだめよ! 今夜もがしゃどくろさんに会うんでしょ? そんなんじゃ、はなしなんてできないわ」

 よりによって自分たちよりはるかに幼い童女に言われてしまったため、ばつが悪くなり二人はくちをつぐみました。

 静かになったところで、ナギが問います。

「フェノエレーゼさん。がしゃどくろはきっと今日も現れるでしょうから、会った時のことを話してもらえませんか」

 宗近はなにもできなかったため、フェノエレーゼが当時のことを語ります。
 がしゃどくろにはこちらの話を聞き分けるだけの意識が残っているであろうこと、酒呑童子の名を繰り返し呼んで、会いたいと言っていたこと。

「おれががしゃどくろと対峙する。もしかしたら、がしゃどくろは……。話が聞ける状態ならば、もしかしたら読経どきょうも効果があるかもしれない」

 酒呑童子の申し出に、フェノエレーゼは納得しました。酒呑童子ゆかりの者なら、酒呑童子の声はほかの誰のものよりもがしゃどくろに取り込まれた魂に届くでしょう。
 酒呑童子が戦う以外の方法を口にしたので、宗近は不審に思いました。

「経? あんたは僧なのか? 経なんかであの化け物をどうにかできるのか?」

「僧ではないが経をよむことはできる。がしゃどくろは弔われなかった・・・・・・・死者の魂のなれの果て。だから、経をあげ導いてやればおそらくは浄化できる。
 おれはかつて国上寺こくじょうじで修練していたから、最低限の心得はある。そういう貴殿きでんの名は?」

「俺は三条宗近……見ての通り流浪の侍だ」

 宗近が言うと、酒呑童子は頭を横に振りました。

「誰にでもそんな嘘が通用するとでも? 聞いたことがあるぞ。宗近と言えば山城国やましろのくに、京の三条でその名を知らぬものはいないほどの名刀工。その刀も自分で打ったものだろう。なぜ侍と嘘をついてあやかし退治をしようとする?」

 酒呑童子の言葉は当たっていました。宗近はこぶしを固め、うつむきます。

「俺が刀工だったのは昔の話だ。越後に、どうしても会わなければならない者がいる。そいつを探すために旅をしているだけ」

「……そうか。誰にでも事情はあるからな。がしゃどくろをとめることさえできるなら、そちらの事情はどうでもいい」

 宗近の感情を押し殺すような悲しげなつぶやきをきいて、酒呑童子は深く追求することをしませんでした。
 それからフェノエレーゼたちはがしゃどくろが現れたらどのように立ち回るかを相談し、戦いのときをむかえました。
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