とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい

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拾弐 晴明塚ノ章

拾弐ノ陸 盗人とフェノエレーゼたちのだまし合い

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 あくる朝、フェノエレーゼたちが泊まる部屋に訪れたのは、人の良さそうな老人でした。齢八十になるかどうかといったところ。立派なあごヒゲをたくわえています。

 老人は一行の姿を目に止めて、まなじりをさげほほえみます。

「おぉおぉ、なんとも面白い組み合わせだな。半神の天狗に半妖の陰陽師に、人の子とは」

「喧嘩を売りに来たなら帰れ、じいさん」

「ちょ、フェノエレーゼさん! 協力してもらうのに、そのような言い方は」

「ほっほっほ。よいよい」

 老人はフェノエレーゼの辛らつな毒舌にも、気を悪くした様子はありません。

「失礼しました。おれはナギ。彼女はフェノエレーゼ。この子はヒナといいます」

「儂は……そうだの。今はおじいとでも呼んでおいてくれ。まずは昨日話にあった銭を用意しよう」

 どうやら、老人は自ら名乗る気はないようです。のらりくらりとはぐらかし、話題を変えました。

 老人の足元に控えていたタヌキが、二足で立ち上がります。タヌキがヒナの手に木の葉を乗せると、たちまち銅の銭に変わりました。

 自分の手の中で起こった不思議な現象に、ヒナは目を丸くします。

「わあ! すごーい! けんげん大寶たいほう?」
「ほう。そなた、その齢で文字が読めるのか」

 フェノエレーゼの役に立ちたい一心で、文字の読み書きを覚えたのです。お爺にほめられて、ヒナは上機嫌です。

「うん! 去年、むねちかのおじちゃんが教えてくれた!」

「むねちか?」

「ああ、ヒナさんのいう“むねちかさん”は、三条宗近さんといいまして。とてもお世話になったのです」

 三条宗近といえば、数年前に突然京を去り、行く先を知る者はいないと言われていた刀工です。
 ナギの話を聞いて、お爺は己の白いあごひげをなで、意味深な笑みを浮かべました。

「……話はここまでにして、くだんの石盗人のところに行こうか。お嬢さんや、おぬしはこの爺めと買い物に来た孫、ということにしよう」

「はい、おじいちゃん!」

 木の葉でできた銭を握りしめ、ヒナが元気よく腕を振り上げます。



 はたして、男たちは昨日と同じ場所に石を広げていました。
 ヒナはお爺と手を繋いで、いかにもおじいちゃんと買い物に来た孫のように振る舞います。

「おや、昨日お父さんと一緒にいたお嬢ちゃんじゃないか。どうしたんだい。やっぱりお母さんの具合よくないのが心配になって来たのかな?」

 男にねこなで声で聞かれて、ヒナは話をあわせます。

「うん。この石があれば、おかあさんのぐあい、よくなるんでしょ?」

「そうさ。とっても偉い陰陽師様が、俺たちに譲ってくだすった石だからね。これを持っていれば病気なんて吹き飛ぶさ」

「……おぬしらのような不届き者に、渡した覚えはないがのぅ」

 お爺がぼそりと呟いた声は、あまりに小さかったのでまわりの商人たちの声にかき消され、男には届きませんでした。

「ん? 何わけわからんことを言ってんだ爺さん」

「いいや。こちらの話じゃ。ヒナや。好きなものを選べ。爺が買ってやるからの」

「えっとね、じゃあこのまるいのと、平たいの」

 ヒナが大人の手のひらほどある大きさの石を四つ選び、お爺が銭を渡します。

「ひいふうみい。たしかに、お代は頂いたぜ。あんがとよ!」

 石を買ったヒナとお爺は、また手を繋いで市の並ぶ道を戻ります。お爺の手には石を入れたふろしき包み。
 これでまずは四つ、取り戻せました。

 もしものときのため、民家の影に控えていたフェノエレーゼとナギは、買い物が滞りなく終わったことを見届けると、雀とオーサキを市の中に行かせました。

 銭が木の葉だとわかった男たちがどう出るのか、その後を偵察するために。
 
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