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ようこそ地下異界商店街へ
4.ヤマモモジュースと小休憩
しおりを挟む差し出されたのは、裏が革製の古めかしいメニュー表だ。表には達筆な文字でドリンクだの珈琲だのと書かれている。漢字で表されている物も多いが、振り仮名があるので、漢字が得意ではない和祁でもなんとか読めた。
しかし、喫茶店とは何を頼めばいいのだろうか。
町で良く見かけるチェーン店のカフェでの注文ならなんとなく分かるのだが、このような骨董品染みた店で頼むものはよくわからない。
やはり、ここは大人ぶって珈琲だろうか。
(でもなあ、俺コーヒー苦手だしなあ……苦いし……)
どうしたものかと考えていると、横から猫がすぐに注文してきた。
「俺、老酒!」
「ここは喫茶店だからな猫君。あとお店の負担も考えような」
よく解らないが高い飲み物なのか。
しかし店主の言う事も尤もだ。奢って貰うというのに、遠慮せず高い物を頼むものではない。あとメニューを確認したが老酒はない。
「和祁君は決まったかな?」
「あっ、え、えっと、じゃああの……水で……」
「君は君で遠慮しいだなあ。解った、じゃあお任せで良いね」
「あっ、こ、コーヒーは苦いんで勘弁して下さい……!」
「ははは、はいはい」
コーヒーは苦いから嫌だ、なんて子供っぽいと思われただろうか。いやしかし、皆が飲んでる者なんてラテという名前が付いた物ばかりだし、コーヒーを飲めなくても恥ずかしくは無いはずだ。
そんな事を思いながらカウンターの下で何やら準備をする店主をじっと見ていると、猫が和祁の袖を引っ張って耳打ちをして来た。
「カズキ、こいつ、こころわるい」
「こころ?」
「性格が悪いなんて、奢ってくれる奴によく言えるなおま……おっと、キミも」
「ヒィ」
カウンターからにゅっと出て来た店主に驚いて、黒猫は和祁の腕にぎゅっとしがみ付いて来る。確かに今のはこちらが悪いが、しかしあんな小声を聞きとって、厭味ったらしく返してくるのも相当……。
(いや、危ない……黙っておこう……)
この手のタイプの人当たりの良い人は、大抵怒らせると怖い。
しかも、先程から言葉の端々にちょっとその片鱗を感じるので、大人しくしているに限る。と言う訳で黙って待っていると、丈牙は「お待ちどうさま」と綺麗な模様のついたガラスのコップを二つ、こちらに差し出してきた。
中身は透明感のある赤色で、四角い氷がぷかぷかと浮かんでいる。
まるでイチゴジャムのようだなと思った和祁に、丈牙は微笑んだ。
「ヤマモモのジュースさ。充分に熟した物を使ってるから、酸っぱさはあまりないと思う。二人ともコーヒーは苦手なようだからね」
そう言ってストローを差し出してくれる相手に礼を言い、二人して飲んでみると。
「ん……うまい……!」
「うま! 故郷、思い出す」
確かに、これは野苺のように甘酸っぱく、そして普通の果物にはあまりない僅かに感じる程度の苦みのような刺激が有る。だが、この苦味は子供舌の和祁でも耐えられない程のものでは無い。酸味と甘みがほどよいこの味だからこそ、この僅かな苦みも平気に思えるのだろう。
チュジンの黒猫も、うまそうに目を細めてストローでゴクゴクとジュースを飲んでいた。……そんな姿を見ては、もう相手が妖怪であると確信するほかないだろう。
にわかに信じがたい事ではあるが、今目の前に妖怪がいるのだから四の五の言っても仕方ない。
和祁は「妖怪は絶対に居ない」と断言するほどの否定派でも無く、むしろオカルトには全然興味がなかったせいか、そう言う物かとすんなり受け入れてしまった。
(まあ、妖怪でもいいか。襲ってくる訳じゃないし……)
自分とは全く違う姿形をした存在は怖い物ではあるが、意思疎通が図れる大人しい相手なら、どんな姿であろうが恐怖は薄くなるものだ。
そんな事を考えながらストローを啜っていると、あっという間にコップは氷だけになってしまった。黒猫も同じだったようで、しゅんと耳を伏せてストローを齧る。
「ムム……」
(あ。ちょっと可愛いかも……)
やはり小動物と言う物はどんなものでも可愛い物だ。
思わずなごむ和祁だったが、その姿を見て丈牙が頃合いと思ったのか、こちらに問いかけて来た。
「さて……君達はどうしてここに来たんだい? ここは普通の人間が来るところじゃないし、確かチュジンの君は……長崎の中国妖怪達のグループに居たはずだ。こっちは君達にとって住みにくい場所だろうに、何故長崎を離れて佐世保に?」
その言葉に黒猫を見やるが――当の黒猫は何かを考え込むように、深く俯いてしまった。しかし、このまま答えないのも間が持たなかったので、和祁は自分に分かる範囲でここに来るまでの経緯を丈牙に話した。
相手はこの異様な世界で喫茶店を開いている“この界隈を良く知る人”だし、部外者の和祁達に対しても優しく接してくれているのだから、口を噤む理由は無い。それに、隠していたらまた厭味ったらしくチクチクと突かれかねないし。
和祁としても、このまま黙って路頭に迷う訳にはいかないので、経緯を説明しないという選択肢はハナから持ち合わせていなかった。
――というわけで、猫を拾った所から包み隠さず丈牙に聞かせると……相手は難しそうに顔を歪めて、顎に握り拳を当てた。
「ふむ……そうなると、和祁君は完全に巻き込まれただけのようだね。……全く、運が悪いというか守護の意味がないというか……」
「え?」
「ああいや、何でもないよ。それで、この商店街に来た時、君は急に吸い込まれたんだよな?」
確認するような声音で問われ、和祁は素直に頷く。
「はい……こいつがオーラみたいなのをバーッてやったら、黒い入口が開いて、俺は吸い込まれるようにしてウワーって」
「感嘆詞多いなあ……」
「あの……アレなんなんです? っていうか、ここが何なんです……?」
丈牙に言われるがままに落ち着いてしまったが、よくよく考えたらこの場所はあまりにも現実離れし過ぎているし、妖怪っぽいのがわんさか歩いているのも現実とは思えない。なにより、和祁と同じ“人間らしい姿”をしている丈牙が、どうしてこの不可思議な場所で平然と喫茶店を経営していられるのか。
何もかもが訳が解らなくて眉間に山脈を作らんばかりに眉を寄せる和祁に、丈牙は言わんとする事が理解出来たようで苦笑して肩を揺らした。
「ははは、まあそりゃそうだね。君は何も知らずにココに連れて来られたんだから」
こちらは笑い事ではない。
今まで実感が無かったが、人に話すと心がいくらか落ち着いてしまい、和祁は今更ながら帰れるかどうか不安になって来た。
人間、冷静になると逆にネガティブな予想が思い浮かんでしまう物だ。
何も知らないままでは困る、と和祁はカウンターに身を乗り出した。
「わ、笑い事じゃないですよ! 教えて下さいよ、ここがどこなのか」
「ああ、ごめんごめん。いや、迷い人なんてずいぶん見てなかったからな。じゃあ、真面目に説明してやろうじゃないか」
丈牙は気を取り直してゴホンと咳をすると――和祁に軽く微笑んで、口を開いた。
「ここは【佐世保地下異界商店街】……――
現世で縮こまっている妖怪や神々が訪れる……人外専用の商店街さ」
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