佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

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5.佐世保地下異界商店街

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「地下、異界……商店街……?」

 訊き返した和祁に、丈牙じょうがは頷いた。

「かつてまだ人の世界に自然が溢れ、多くが目に見えない物を心から信じる純粋な心を持っていた頃……世界には、神やあやしい力を持つ者、そして、人とは異なる存在が暮らしていた。……だけど、世界が進歩し、信じる心を必要としない“科学”という力が台頭するにつれて、信じる心を糧とするそれらの人以外の存在は徐々に居場所を失って行ったんだ。そこで生まれたのが……この【異界】さ」

 丈牙は、ある一枚の写真を取り出して、和祁かずき達の前に置いた。

 写真には、ここと同じように天井が覆われた屋内商店街が写っている。古い白黒の写真だからか少々ぼやけており、店があるかはよく解らないが、認識できる範囲ではどうやら土産物屋や飲食店が並んでいるようだ。

「この写真は、佐世保に存在していた“駅前地下商店街”の写真だ」
「駅前……? でも、今はそんな場所なんてありませんけど……」

 和祁はいつも通学で佐世保駅を利用しているが、大通りの方へ出てもタクシーなどが並ぶロータリーとバス停しかなく、地下への入り口など欠片も見つからなかった。道路を挟んだ対岸のバス停にも、待合所くらいしかない。

 どういう事なのかと丈牙を見上げる和祁に、相手は笑みを浮かべたままで少し寂しそうに肩を竦めた。

「平成十四年に閉鎖されて、今は全て埋め立てられてしまったからね。まだ若い君が知らないのも無理はない。……この【佐世保地下異界商店街】は、その失われた地下街を模倣して【異界】に造られた“作り物の街”なのさ」
「模倣……。あの、異界って……妖怪達の住む世界みたいなモンなんですか? 俺達が居る、人間の世界とはまた別の世界ってこと?」

 漫画や映画などでよく有る話だが、実際に入って見ても違いがよく解らない。
 和祁からしてみれば、この場所は人外しかいない別世界ではあるが、それ以外は多少古めかしいだけで人間の世界と全く変わらないように見えた。

 現実とは異なる世界と言われても、うまく呑み込めない。
 眉根を顰める和祁に、丈牙は軽く何度か頷いた。

「その認識で問題ないよ。異界はいわば、人間達の世界に居場所がなくなった存在が逃げ込んだ、最後の楽園みたいな物なのさ。ただ、ここ少し特殊だから、他の地域の【異界】とは少し違うかもしれないが。……まあそれはともかく、そんな所だから、本来人間は入る事すら出来ないんだよなあ。それなのに、このチュジンは無理矢理に君を連れて来て……」

 じとりと黒猫を見る丈牙に、黒猫はぶわっと毛を逆立てる。
 明らかに緊張しているのを見やって、和祁は慌てて割って入った。

「あ、あの、コイツをあんまり責めないでやって下さい。俺に恩返しするって言ってたし、怪我をした所を助けたから……。ほら、あの、動物って義理堅いんでしょ? 昔話とかでもツルとかキツネとかタヌキとかが恩返ししてくれたし! だからその、やり方は強引だったけど、俺気にしてないし、失敗は誰にでもあるから……」

 最近は猫も恩返しすると映画で言っていた。だからおかしな理由ではない。
 黒猫だって、佐世保に来たばかりだから勝手が解らず、強引に人間の和祁を連れて来てしまったのだろう。だから、わざとではないのだ。

「和祁君……」
「何か弁償しなきゃいけないなら、俺も手伝いますから。その……命とかを取られるのは無理だけど、肉体労働ならなんとか……だからお願いします。あんまり叱らないでやって下さい。こいつ、病み上がりだから……」

 チクチク嫌味を言われるのが苦手らしい猫をかばうと、彼は羽箒のような尻尾をぐっと上げて和祁を見上げて来た。

「カズキ……」

 嬉しかったのか、ぴんと立ち上がった尻尾の先がくねくねと動いている。
 そう言う所はやはり猫なのだなとまたなごんでしまう和祁に、猫は何やら覚悟を決めたようにふんすと鼻息を漏らすと、片方の前足を上げて丈牙に話しだした。

「俺、カズキ異界連れて来るイイと思った! カズキイイ人間、それに俺ここで“宝蓮灯バオリェンドン”見つける、強くなる、カズキお礼する! 全部わるくない!」

 たどたどしい言葉で両手を振り上げながら力説する黒猫に、丈牙は妙な顔をしたが……すぐに呆れたような表情を浮かべ、ハァと溜息を吐いた。

「なるほどね……君の目的は“宝蓮灯ほうれんとう”か……。さては、自分の神通力を強化して更に強い妖怪に成ろうと思ったんだな? まったく、今時珍しい向上心のある妖怪だ」

 またもや厭味ったらしい口調で言葉を吐き出す丈牙に、和祁はせめて雰囲気を壊さぬようにと考え質問で会話に切り込んだ。

「あの、宝蓮灯ってなんですか?」

 一瞬、丈牙が意外そうに目を丸くしたが、相手は和祁に対しては負の感情を抱いていないらしく、これも優しく答えてくれた。

「平たく言えば、妖怪や神仙をパワーアップさせる道具……みたいな物かな。中国妖怪の間では、その宝蓮灯を持つものは崑崙山こんろんざん……ええと、神の住む世界にも行ける力を手に入れられると噂されている」
「ずっと探した、だがここに有ると聞いた! だから俺、奪いに来た!」

 ふんすふんすと鼻息を荒くしながらジタバタと手を動かす黒猫に、丈牙は呆れたような顔をしながら眉を上げた。

「ハァ、見上げた根性だねえ。……確かに“宝蓮灯”は長らく行方不明だったが、“米軍付き”によって佐世保に持ち込まれた。でも、その所在はこの商店街に来る誰も知らないんだよ。それに奪うとは穏やかじゃないな……宝蓮灯で強くなろうが、人間の彼に恩返しできる事は無いと思うけどねえ」
「神通力強くなる、色んな事出来る! カズキ喜ぶ事たくさんできる! それに俺、チュジン一番強くなる、他の奴見返す。チュジン少ない、今弱い思われている。もっともっと見返して、チュジン強い思わせる!」

 必死に訴える黒猫が、和祁は何だか可哀想に思えて来た。

(要するに、自分の一族の地位向上のために強くなりたいって事なんだよな? 一族思いの良い奴じゃないか。奪うってのはちょっとやり過ぎだけど……)

 しかし、行動力が有るのは立派なことだ。和祁のような引っ込み思案な人間には、この黒猫のような存在はとても眩しく見えた。
 自分の意見を言えるというのは、それだけで心が強いことの証明になる。
 先程人の目を気にして萎縮してしまったような和祁には持ちえない力だった。

 だが、そのような行動力も、行き過ぎてしまえば眉を顰められてしまうらしい。
 丈牙は黒猫の血気盛んな様子に何度目かの溜息を吐くと、肩をすくめた。

「まったく、若いやからというのは……」
「ム?」
「それなら、和祁君をここへ連れて来なくても良いだろう? それに、隔世門かくせいもんを力で無理矢理こじ開けて入って来るなんて……お蔭で暫く扉が開けなくなってしまったじゃないか。和祁君が弁償するとは言ったけど、これは結構な代償が要るぞ?」

 和祁達が入って来た、その【隔世門】という扉が開けなくなった。
 ということは。

「おおおお俺帰れなくなっちゃったんですか!? てか代償って……!」

 やっぱり体とか命とかで償わなくてはならないのだろうか。
 青ざめる和祁に、丈牙は慌てて手を振った。

「ああ、いや、落ち着いて。君に請求したりはしないから! それに、君は人間だし家族がいる。だったら、ここで過ごす時間が多くなればなるほど家族に心配をかける事になるだろう? だから、君には【時限門】の方を使って帰って貰う。勿論もちろん代償なんて求めないし、何も心配はいらないから。だから落ち着いて」
「は、はあ……よかった……。でも、時限門、ですか」

 またもや耳慣れない名前の単語が出て来た。
 解り易く顔を歪める和祁に、丈牙は苦笑しながら答える。

「時限門は、この【異界】に入った時の時間を手繰り寄せて、門をくぐった者を元々居た場所と時間へ戻す役割があるんだ。……まあ、ここは浮世疲れした神や妖怪達が来る場所だから、最近は全然使ってなくて、メンテナンスが必要なんだけどね。……だから、帰すとは言ったが、元の世界に帰るのは少し先になるかもしれない」

 どうやら帰れない訳ではないらしい。和祁は心の底から安堵した。

「よ、よかった。帰れるなら大丈夫です。でも、メンテナンスが終わるまでどうしましょう。俺がうろついてたら、妖怪の人達も安らげないですよね……」

 よくよく考えたら、異界に連れて来られても自分はどうする事も出来ない。
 弁償しなくていいとは言われたが、門のメンテナンスが終わるまでウロウロするのは、商店街の人達にも悪影響だろう。

(うわぁ、俺ここでも居場所がないんだな……)

 学校でも異界でも居場所が無いとは、ぼっちここに極まれりだ。
 思わず落ち込む和祁だったが、丈牙はポンと和祁の肩を叩いた。

「ああ、その事なら大丈夫。それまで僕の店で働いて貰うから」
「え?」
「いやあ、丁度ウェイターが欲しかったから助かるなあ。ははは。じゃあ、早速店で働いて貰おう。エプロンを持ってくるから待っててくれ」
「え? え?」

 どういう事だか理解が追いつかない。
 いそいそと動き始める丈牙を眺めていると、黒猫が和祁の服の袖を引っ張った。

「カズキ、こいつ人の話きいてない」
「ええええぇ……」

 代償は要求しないと言ったが、働けというのは立派な代償ではないのか。
 というか、勝手にそんな事を決めてしまっていいのだろうか。

(もしこの商店街の元締めみたいな人がいたら、絶対怒られるよな……やだなあ)

 そうは思ったが、異界にたった一人の人間で、どこにも行くあてのない和祁には、拒否する事など出来そうになかった。









 
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