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ようこそ地下異界商店街へ
6.守るやくそく
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「うん、よく似合ってる。背が足りないかと思って心配したが、膝下くらいなら充分に許容範囲内だな」
「……そ、そうですか……」
ジャズ喫茶グレイブス、と書かれた褪せた抹茶色のエプロンを強引に着せられて、和祁は項垂れながら返す。
たしかに自分の背はあまり高い方ではないが、しかし育ちざかりの男にそうやって失礼な事を言うのは非常にプライドが傷つく。解ってやっているのなら、相当意地が悪い。やはり、黒猫の言うように丈牙は腹黒いようだ。
長身の男用のエプロンであれば、低身長の和祁には不格好に決まっている。まったく黒猫の言う通りの人間だなと内心憤慨したが、そこで和祁はある事に思い至って、怒りも忘れ丈牙に問いかけた。
「そういえば、このチュジンさんはどうするんです?」
「罰を……と言いたいが、今のところは大人しいから特別に許す……と、決定した。まあ僕らだってむやみに仲間を殺したくはないからね。……だが、罪は罪だ。と言う事で、君は今から和祁君のボディーガードになりなさい」
「ァウ? ボヂィーガード?」
おばあちゃんみたいな発音になるチュジンの黒猫に、丈牙は呆れながら頷く。
「そう。いくら同胞とは言え、君は奪うだのなんだの物騒すぎる。だから、この街に留まる為の制約として、“和祁君の傍から離れずに彼を守る”という契約を彼と結んで貰う。……恩返しがしたいと言っていたんだから、それくらいはやれ」
「わかった」
「ええっ、そ、そんな約束しちゃっていいの?」
受け入れるのが早過ぎる、と黒猫を見ると、相手はカウンターの上で仁王立ちをして、任せなさいとばかりに胸を叩いた。
「カズキ守る。恩返してない、カズキ死んだら困る!」
「ほら。自分で言ってるんだから良いんだよ。さ、和祁君」
「は、はい……でも、契約ってどうやったら良いんですか」
言われるがままに猫の前に立つ和祁に、丈牙は面白そうに笑って指を立てた。
「そりゃ簡単だよ。名前を付けて、ナントカするのを誓います……ってだけ」
「え……それだけなんですか」
「ああ、それだけだ。しかし、人ならざる者と約束を交わすと言うのは、物凄く危険だぞ。口約束だけでもこいつらは本気を出すし、破棄なんてしちゃあくれない。言葉通りの約束を相手は求めてくるし、少しでも破れば殺される」
「ヒェッ」
「だいじょぶ、俺カズキ守る。殺すない」
黒猫はそうは言ってくれるが、物騒な事を言われては和祁も怯えざるを得ない。
ぼっちとは言え、生温い世界で十六年間ぬくぬくと生きて来たのだから、急に生死に関わる契約を迫られたら怯えるのは当然だ。
しかし、丈牙と黒猫はそのような人間の機微にはいまいち疎いようで、青ざめる和祁を余所に準備をどんどん進めて行った。
「しかしお前、人間に名付けて貰っていいのかい」
「ウム。カズキいい人間、血でどろどろの俺助けた。だから俺もカズキ血でどろどろでも助ける。カズキ特別」
(つまり、普段は人が血でドロドロになってても助けないってこと……?)
妖怪と人間の価値観は違うというのは物語ではままある事なので、関係のない人間には冷酷というのも仕方がないが、しかし実際に妖怪の生の声を聞くと、何とも言えない気分になるものだ。
和祁にとって、目の前のチュジンの黒猫は“喋るネガポジ反転長毛虎猫”という難解な認識の存在ではあるが、やはり中身は妖怪なのだ。
この異界では、人間の和祁の価値観よりも妖怪の価値観が一般的なのだから、ここに滞在する以上は慣れて行かねばなるまい。
そう思いながら、和祁は改めてカウンターにちょこんと座る猫を見た。
「本当に名前付けて契約して良いのか?」
「いい。カズキならだいじょぶ」
何をもって大丈夫なのだ、と和祁の方が不安になったが、こうまで言うのならば、今更どうこう言うのは野暮と言う物だ。
(妖怪に戸籍は無いだろうし、気に入らなければ破棄するだろうし、まあいいか)
個々の名前が無ければ不便な人間とは違い、彼等は種族の名前だけで事足りるような“理の違う”生き物なのだ。とすれば、和祁のこの逡巡もあまり意味が無いものなのかも知れない。ならば、気軽に考えるだけだ。
和祁は息を大きく吸って、改めて黒猫の瞳をじっと見た。
どんな名前にするか。実はもう、決めていたから。
「じゃあ……お前の名前は、速来だ」
「ハヤ、キ?」
少しイントネーションの違う声で問い返してきた黒猫に、和祁は強く頷く。
「お前と出会った所の近くにさ、速来宮っていう神社が有るんだよ。あの周辺を守ってる総鎮守だから、あやかろうかなって。あと……爺ちゃんが言ってたんだけどさ、あの一帯は昔は“早岐町”って所だったけど、多くの地域は名前が変わっちゃったんだって。でも、それらの地域は今でも早岐だって思われてるんだ。もう、名前が違うのにだぞ? ……それって凄い事だなって思ったから……どう、かな」
和祁の祖父の話では、佐世保の南方に位置する早岐は、今は複数の町に分割されて住所も区別されている。「早岐」と住所に記せる地域は、ごく一部しかない。しかし、その名が変わった複数の町は今でも”早岐の一部”だと認識され、標識にすらも「早岐」と記されているのだ。
消滅した地名は、今も人々の意識に残り続けている。そこに住んでいる人々は、町名とは別の名称を、故郷の名としてずっと心に抱き続けていた。
だが、これは早岐だけが特別なのではない。過去の名称の伝達は、どこの地域でも同じように起こっている事なのだ。
……和祁は、そんな話を聞いて心底羨ましいと思っていた。
失われても、離れても、名前や存在を覚えて貰える。
何代にも渡って伝えられて、今も人々の心に刻まれているのだ。
転校ばかりで誰とも深く関われなかった和祁には、そんな目に見えない古との繋がりが、とても尊い物に思えた。
だから、出来ればこの黒猫ともそんな関係になりたいと思ったのである。
出来れば、ずっとずっと、良い関係で繋がっていられるように。
もしかしたら……「友達」になれる、初めての相手かもしれなかったから。
「……ハヤキ、か。まさかその名前とはね」
「え……?」
何かおかしかっただろうかと、神妙な声を漏らした丈牙を振り帰ろうとした所で、目の前の猫が興奮したように立ち上がった。
「ハヤキ! むむっ、“早き”とは、とてもいい! チュジン速い妖怪、強い! 良い名前、良いチカラ出る、俺嬉しい!」
両手を上げてまたもや鼻息荒く尻尾を揺らす様は、猫と言うよりも黒いレッサーパンダのようだ。しかし、喜んで貰えたのが嬉しくて、和祁は照れ笑いをしながら頭を掻いた。何にせよ、気に入って貰えたのなら上々だ。
喜ぶ黒猫――いや、速来は、その勢いで前足をびっと和祁に突きつけて来た。
「うむっ、もっとカズキ好きなった! 俺、チュジンのホコリと魂に誓う。カズキを悪いものから守る! カズキも守られる誓う!」
小さな前足でぴしぴしと指されて、和祁も慌てて頷く。
「あ、ああ、誓う。俺は、速来に守って貰う」
「ヤクソクした! むふー」
契約と言うには、あまりにも簡単な口約束だ。
妖怪に祟られた人の話というのを聞いた事が有るが、確かにこれでは約束した気が起きないかもしれない。
(妖怪ってあんまり約束しないから、口約束でも特別覚えてるもんなのかな)
お化けや妖怪は気ままだと歌うアニメもあるし、妖怪達は普段から決まり事などに縛られない生活をしているのだろう。
(うーん、羨ましいやらちょっと不安になるやら……)
この調子だと、滅多な事は約束できないかもしれない。
妖怪との付き合い方は厄介だなと思っていると、丈牙が割って入って来た。
「じゃあ、これで大丈夫だな。早速だが店を開けるのを手伝って貰おう。速来、君は今特にやる事が無いから、そこらへんの籠に収まって寝てなさい。和祁君は今から仕事を教えるから、一発で覚えるように」
「えっ、ちょっ、ままま待って下さい一発って無理でしょ!?」
いくらなんでもぶっつけ本番で接客は有りえない。
どんなブラック企業だと和祁が食って掛かると、丈牙はニッコリと微笑んだ。
「大丈夫大丈夫、失敗したらその度に叱るから」
「ギャー!! この人すげえ人でなしだー!!」
「何をいまさら」
人でなし、ああそりゃそうだ。こんな人外の世界にいるんだから。
そうは思うが、和祁にその人でなしをいなすコミュ力など欠片もなかった。
→
丈牙氏は君とか僕とか言ってますけど、素は俺とかお前なので
仲良くなってくると口調も人使いも荒くなります(´・ω・`)
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