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ジャズの面影とたこ焼き屋
盛り場の一匹狼2
しおりを挟む「お前達の姿は誰にも見えない。緊張するだけムダだぞ。さっさとついて来い」
そう言いながら歩き出した丈牙に、和祁達は慌てて付いて行く。
古めかしい――いや、当時としては当然だった服装をした人々が、細く長い一直線の通りを行き交っている。笑う物や泣くもの、時には少々近寄りがたい物もいたが、
「昔は乱暴者なんかも居てな、刃物持って暴れた野郎なんかもいたもんだから、この飲み屋街の警察は一晩中警戒してたんだ。ほれ、あの警察署の警官なんぞ、屈強にもほどがあるだろう? 昔は侠客まで居た街だからな。ここには腕っ節の良い奴が集められていたんだ」
そう言いながら丈牙が視線をやる方には、確かに十字路の角に交番が見えて、その周辺に警棒をあからさまに見せつけながら立っている警官がたむろしていた。
……なるほど、ああいうのが「見せる抑止力」というものらしい。
酒を飲んで暴れるような人間もいるのだと思うと、ああいう事は仕方ないのかも知れない。
だが、実際そのような抑止力を見せつけられると、怖いと思うのは仕方がない。
思わず丈牙に近寄ってしまった和祁と神奈に、丈牙は薄く笑った。
「昔の佐世保は夜も元気だったが、元気だった分、厄介な事も多かった。……今とは違って、目に見える厄介事が多かったのは確かだろうけどな。……昔が良いとは言うが、今と比べりゃどっこいどっこいと言う奴が居てもまあ仕方がない」
「……でも……私には、こっちの世界の方が元気に感じるな……」
神奈の少し寂しそうな声に、宗源火がふわりと浮いて目を細める。
『夜はまだ、我々の世界だったからな』
過去――昭和の時代は、まだ確かに妖怪が存在する余地が有った。
だが、世界が変わる内に夜の定義は崩れ、同時に曖昧な存在は全て切り捨てられる事になった。そのような非科学的な存在はありえない、頭のおかしい人間の幻覚だ、と。
和祁は現在そのような「頭のおかしい存在」と相対し、実際に関わっているのだから、この妖怪と言う存在を疑う余地などないが、しかし出逢わないままならどうだっただろうかと思った。
(やっぱり否定したのかな……。いや……考えもしなかっただろうな、妖怪の事なんて)
妖怪は漫画やゲームの中の物。存在するかどうか以前に、興味も無かった。
だから、彼らがいようがいまいがどうでも良かったのだ。
しかし今の和祁はそうは思わない。
人間と同じように考え、同じように過去を懐かしむ彼らをみていると……むしろ、今まで存在が曖昧な物に無関心だった自分が恥ずかしく思えた。
何故、目に見える事象だけしか考えようとしなかったのかと。
(ずっとこの世界のままで居られたら……なんて事はもう無理なのは解ってるけど……せめて、速来達が自由に外で遊べるくらいにまで戻れたらいいのにな……)
力を持たない存在は、異界で生きて行かねばならない。
それを思うと、まるで限定的な世界しか見る事が出来なかった自分と同じようで、たまらなかった。あんな思いを、気の良い彼らが味わうなんて。
どうしようもなく胸が痛い。
だが、結局それもただの自己憐憫でしかないのかも知れないが。
「…………うん? もしかしてアレか?」
そう言いながら丈牙が指さしたのは、遥か前方。
ちょうど一直線の道が途切れる場所に、白いバンが停車して提灯を吊るしているのが見えた。
公園の真ん前のせいか、その周辺では手すりなどに座って何かを食べている人々がいて、白いバンのバックドアが開いているのが見える。
「あれが……タコ焼きの移動屋台?」
「なんだか……今の物とちがうような……」
和祁と神奈が妙に思ったのも無理はない。
何故なら、その移動屋台は白いバンそのままの形状で、普通のキッチンカーとはまるで違う。
車内にキッチンがあるような感じもするが、しかし普通の車よりも大きなバンとは言え、現代のキッチンカーよりも狭そうなこの車で、どう調理が出来るのだろうか。
どうにもよく解らず首を傾げた二人に、丈牙は忍び笑いを漏らして肩を揺らした。
「まあ、とりあえず人がハケるのを待って見よう」
確かに、営業時間中に話を聞くのは少々申し訳ない。
どのみち話をするのは情がなので、彼に従ってしばらくの間周辺で待って見る事にした。
数十分程度、速来や宗源火とたわむれながら音も無く漂っていると、さすがに深夜にもなると外に出ている人も少なくなって、段々と周囲の人間がいなくなってきた。
これなら話を聞けるだろうと丈牙と共に近付くと……やっと、車の中を把握する事が出来た。トランクの部分にはタコ焼きを焼く為の設備が配置されており、店主はここでタコ焼きを直接焼いて見せていたのだ。背後にはたこ焼きを入れる為のパックや、袋がぶら下がっており、今のキッチンカーとは形は違えど、たしかに内容は同じなのだと和祁は頷いた。
「やあ、まだやってるかい」
丈牙が気楽そうにそう訊くと、ねじり鉢巻きをして鉄板に油を塗っている四十代くらいの男がふっと顔を上げてこちらを見た。
一瞬、とっつきにくそうに見えるが、しかし不思議と威圧感は感じない。
和祁のその第一印象の通りに、移動たこ焼き屋の店主は快活な笑みを見せた。
「おう、まだ良かよ。いくつ要るね」
「じゃあ、四パック」
「あいよ」
上に開いたバックドアには、たこ焼き屋の暖簾が垂れ下がり、赤い提灯がぶら下がっている。これはこれで何だか面白い。
昔の移動販売車はこのような形態が普通だったのだろうが、普通の車に台所が有るというのがなんとも不思議に思えて、和祁は興味津々にたこ焼きを焼く様を眺めてしまった。
「ところで……ここのたこ焼きは美味いって評判だが、最近はどうだい」
味の秘密を聞き出そうとしているのか、丈牙がたこ焼きを焼くさまを見ながら問う。
すると、店主は照れ笑いをしながら見事な手つきで具をひっくり返した。
「いやぁ、ここ最近は客も少のうなってきていけんですねえ。ちょっと前までは稼げとったんですが……とは言え、お客さんが好いてくれるけん、まだまだやりますけどね」
九州人らしい方言を織り交ぜながら、店主は軽々とたこ焼きの形を丸に整えていく。
その手際の良さにほれぼれしていると、いつの間にか店主は白いトレイを持って、そこにたこ焼きを八個ぽいぽいと入れると、ソースと鰹節がたっぷりと乗せた。
たこ焼きを焼く様を間近で見たのは初めてだが、本当に魔法のようだ。
思わず感心してしまったが、しかしそう言う場合ではない。
丈牙もそれは解っているのか、ただたこ焼きが出来る所を眺めていた和祁達に変わって、聞き出したい事を問いかけた。
「後継者はいないのかい? せっかく美味しいたこ焼きなのに。……やっぱり、秘伝の味ってのは継承が難しいのかね」
そう言うと、店主は照れながらいやいやと手を振った。
「ははは、ソースは市販のモンをこっちの人間好みに変えただけですけん、秘伝っちゅうもんでも無かとですけどね。でも……そうですねえ、こいは俺一人でやっとっけん、このままだと夜店通りのたこ焼き屋は無うなってしまうやろなあ……」
「ふむ……それはあの子も寂しがるだろうな……」
「あのこ?」
「ほら、店主さん覚えてない? ここでタコ焼き買って行って、喫茶店で食べる女性……」
その丈牙の言葉に、神奈が目を見開く。
間違いなく神奈の祖母の事だ。
丈牙の言葉に店主は不思議そうな顔をしていたが……思い出したのか、ああと手を叩いて悪戯を企むような笑みを浮かべた。
「ああ、チヨちゃんのことですね。今日はまだ来とらんけど……今日こそはやるっとかね」
「ん?」
「おや、お客さん聞いてなかとです? チヨちゃんはそこの喫茶店の店主にホの字やけん、ここでいつも……」
ニヤニヤと笑いながらそう言う店主だったが、次の言葉を発す前に――鋭い声に止められた。
「ちょっと! なに人に話してんのよ!!」
どこかやけくそにも感じる、女性の大声。
その声の方向を思わず向いた和祁達は、目を丸くした。
→
※次も木曜更新です。宜しくお願いします
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