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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編
10.普通じゃないからご褒美なんです
しおりを挟むティーヴァ遺跡の中での生活は、案外不自由ではない。
しかし、それも外で協力してくれる風呂屋さんや酒場の親父さんあっての事なので、実際の遺跡生活じゃあこうはいかないだろうな。普通の遺跡なら清潔さどころか食事だって危ういだろう。
「住」の特異さに目を瞑れば、ここはある意味天国だ。
なんたって、邪魔してくる奴は誰も居ない安全な場所なんだから。
当然、そんな隠遁生活をマグナはとても気に入っているらしく、彼は基本的に一日の殆どを曜具についての研究に費やしていた。
研究者は研究の為となると寝食を忘れる……なんて言うが、実際にその様子を見ていると「邪魔しちゃイカンな……」と妙に遠慮してしまって話しかけ辛い。
そのせいか、俺達はマグナの部屋に居つく事が出来ないでいた。
……なので、それぞれで遺跡を探索したり、風呂屋に行ったり酒場に入り浸ったりなどして、あまり目立たないように暇な時間を必死に潰していたのだが……。
「…………つまらん」
マグナの邪魔にならないように、部屋の隅で三人でだらだらしている最中。
ロエルの蜂蜜漬けをモキュモキュと食べていたクロウが、熊耳をちょっと伏せつつ唐突に呟いた。とうとうクロウも「ヒマ」に飽きて来たらしい。
蜂蜜がちょっと心許なくなっている事にもご不満なようだが、しかし、考えてみればクロウだけがこの遺跡で行う事が何も無い訳で。それを考えると「ヒマ」に不機嫌なのも仕方のない事だなと俺は思った。だって、俺は薬を作ったり料理したりで時間を潰せるし、ブラックはブラックで時々コソコソ出て行っては戻って来るから、ヒマはしてない訳だしな。
だけどクロウの場合は違う。クロウは俺達が何をしていても、観察するか寝ているかしかしていなかった。つまり、それ以外にする事がなかったのだ。
鍛錬でもすれば良いじゃないかと思われるだろうが、しかしここは地下遺跡だ。獣人が満足するトレーニングは非常に危ない。ヘタすると壁とかが崩れるし、マグナの手元も狂う可能性がある。だから、トレーニングすら出来なかったのである。
……体を動かすのが好きな種族なんだから、遺跡でゴロゴロし続ける生活に嫌気がさすのは当然だろう。
寝るのが趣味って言っても、眠りを楽しむには適度に起きている事も大切な訳で、起きている時間があるからこそ睡眠が尊くなる訳で……って俺も何を言ってるんだか分からなくなってきたが、とにかく何もしてなけりゃそらつまらんよなって事だ。
でも、そういえばクロウの趣味ってなんだろう……?
ブラックも何が趣味なんだか謎だが、よくよく考えたらクロウも謎だ。
前にオーデルの植物園で「俺と一緒に観察する事が趣味」とかよく解らない事を言っていたが、まさかそれが本当の趣味ではなかろう。
でも、ここで聞いても多分同じ答えが返って来て俺がヴァーってなるしなあ。
「うーん……。あっ、そうだ。じゃあゲームでもする?」
「ゲーム?」
「うん、○×ゲー……ええと、遊びだよ」
そう言って、俺はそこら辺から適当に金属の棒を二本持ってくると、地面に漢字の「井」を書いた。
「この九つのマスを、○と×に分かれて交互に埋めて行って、先にタテヨコナナメのどれかで三つ揃えた奴が勝ちって遊び」
まあ要するに五目並べとかオセ○の究極の簡易版だな。
ガキの頃に、婆ちゃんの田舎で友達とやってたんだよなコレ。何故か俺はまったく勝てなくて、いつも罰ゲームさせられてたけども。
クロウの目の前でちょいちょいとやってみせると、クロウは首を傾げて熊耳をぴるぴると動かした。
「ふむ……簡単そうだが面白いのか?」
「それはまあ、やる人次第かな。もっとマス目を増やしても良いんだけど、それだと勝負がつくまで長くなっちゃうから」
頭の良い奴だとパターンを記憶しちゃって面白くないんだろうけど、俺は覚えようとしてもすぐ忘れるので、面白いもへったくれもない。
しかしクロウはインテリだしなあ。もしかしたら、この世界にも将棋や囲碁みたいな遊戯盤があるかもしれないし、これじゃ物足りないかも?
「んーと、じゃあ棒消しとかは?」
棒消しゲームも、○×ゲームと似たような物だ。
まず、縦線を一本描いて、それをピラミッド状になるように段ごとに一本ずつ増やしていく。ピラミッドっぽくなったら、交互に好きな段の縦線に横線を引いて消して行き、最後に残った棒を消した奴が負けというゲームだ。
これは○×ゲームよりも駆け引きが出来るし、人数制限もない。
こっちは俺でもまぐれで勝てたりしたので、望みは有るぞ。
どうかなとクロウを見上げると、相手はちょっと興味を引かれたみたいで、鼻から息を漏らしてコクコクと頷いていた。やっぱしこっちの方が興味を引かれたか。
ブラックも参加すると言うので、とりあえず三人でやってみる。
「えーと……ここ消そっかな」
適当に線を消すと、今度はブラックが下段の線を一本だけ消した。
「ふーん、なるほどね。これは中々面白い」
「ム……」
余裕なブラックに対して、クロウは少し悩んで、手つかずだった段の縦線を一気に消した。しかし、そんな事をすれば次の俺は大いに悩んでしまう訳で。
どうした物かと迷った末に消した線を嘲笑うように、ブラックは予想もつかない所の線を消して、クロウもブラックに対抗するように線を横に引いた。
そんな感じで、二人は俺が予想をする暇も無くどんどん線を消費して行く。きっと何か戦略があるんだろうと思うんだが、俺は何をどうすりゃいいのか分からない。
……けっきょく、大人の策略に俺が敵うはずも無く。
「う、ううう……負けた……」
最後の線を消すように仕向けられた俺は、がっくり項垂れるしかなかった。
「こういう遊びも面白いな。ツカサ、もっとやろう。もう一回だ」
「でもさ~、ただ遊ぶだけってのも飽きちゃうよねえ?」
「うう゛……?」
項垂れる俺の耳に、ブラックが顔を寄せて来る。
そうして、何を言うかと思ったら。
「じゃあさ、つぎ負けた奴は……罰げーむ? とかいうの、しよっか」
「え゛っ!?」
「だって、ただやるだけじゃ面白く無いだろう? おい、良いよな駄熊」
「よよよ良くない、良くないよ! なあクロウ!」
ブラックが罰ゲームとか言うともうヤバい感じしかしないんですけど!
頼むから提案に乗らないでくれよ振り返ると、意外な事にクロウは真面目な顔をしていた。もしかして、流石に罰ゲームは可哀想だと思ってくれたんだろうか。
そう考えてちょっとホッとした俺だったが。
「どうせならご褒美がいいぞ。一抜けしたらご褒美が貰えることにしよう」
「………………」
そうね、ご褒美の方が心証が良いって事も有るしね……。
いや待て俺、クロウはブラックみたいに毎日スケベな事を考えてる訳じゃないぞ。もしかしたら「ご褒美にお菓子が欲しい」とかそう言う可愛い事を言ってくれるかも知れないし、希望を捨ててはいけない。
よし、そっちだ。そっちで行こう。三人で棒消しゲームして、一抜けするっていう事がちょっと想像できないが……まあ、なんとかなるだろう。
そんな訳で、俺達は部屋の隅で改めてコソコソと第二回戦を始めたの、だが。
「………………」
数十分後。……いや、多分、十分も無いわこれ。
俺の目の前には……残り二本の縦線が、死の宣告のように残されていた。
「……まさかこの駄熊、こういう方法で来るとは……」
二番手のブラックも、この手のゲームにはあまり触れた事が無かったせいなのか、クロウの策略にまんまとハマりこの状況に追い込まれてしまっていた。
こうなると最早俺とブラックが負けるか俺だけが負けるしかない。どっちにしろ俺は罰ゲームだったコンチクショウ。
「いいよ、ブラック。最後の一本残して消せよ……」
「クッ……僕が他人とこんな事をしたことが無いばっかりに……」
やめてブラックそう言う切ない事情さらっと漏らさないで!
十八年軟禁生活は思い出さなくていいから!
「わ、解った解った! もう俺の負けで良いから! ……で? クロウはご褒美に何が欲しいんだ?」
嬉しそうに耳を動かすクロウに問いかけると、相手はそうだったと言わんばかりに俺を見て、何か興奮したようにコクコクと頷いた。
まあ、これはクロウの暇潰しの為のゲームだった訳だし、満足してくれたならそれで良いんだけど……しかし、クロウは何のご褒美が欲しいのか。
滅多な事は言い出さないと思うが……などと考えながら、嬉しそうに輝く橙色の瞳を見上げていると、クロウは――――
「じゃあ、今日一日ツカサを好きなようにして、ずっと触っていたい」
「………………ん?」
などと意味不明な事を申しており……いや待て、なんだそのご褒美は。
好きなように触っていたいってどういう事ですかクロウさんよ。
「お前ぇえ……何を考えて……」
ああもうホラホラ、ブラックがまた怒ってんじゃん!
よりにもよってブラックの前でそんな事を言うんじゃないと宥めようとしたのだが、しかしクロウはそんなブラックの反応も先読みしていたのか、マグナに聞こえないように小さな声でブラックに物申した。
「安心しろ、ブラックも存分にツカサを触ると良いぞ」
「それならよし!」
「よしじゃねーよ!!」
お前はどうしてそう自分が参加できるとなると寛容なんですかねえ!!
つーか怒れ! 恋人として!!
「ん? なんだお前ら、騒がしいな」
さすがに今の声は大きすぎたのか、マグナがゴーグルを取って訝しげな顔でこっちを見た。ひぃ、ごめんなさい。違うんです邪魔して申し訳ねえ。
「あーあ、ツカサ君が騒ぐから、小僧の気が散っちゃったじゃないか」
「そうだぞツカサ、迷惑を掛けてはいけない」
「おーまーえーらー!!」
「良く解らんが、大声を出すと響くからほどほどに騒げよ」
マグナさんその寛容さは今はありがたいけどありがたくないです、出来れば「静かにしろ!」って怒って欲しかったです……。
本当にもうマグナったら、メカオタモードになると人の事なんてどうでも良くなるんだからなあ。アドニスと言い、学者肌の奴ってのはどうしてこうなのか。
思わず溜息をつきたくなったが、ブラックとクロウは心底嬉しそうな表情をして、俺を両側から覗き込んできた。
「多少なら騒がしくしても良いんだってさ、ツカサ君」
「良かったな」
「…………」
良くないです。とは言っても、約束しちまったもんはもう取り消せない訳で。
……はぁ。まあでも、クロウだったらそんなにスケベな事はしない……はず。
いや、しないと信じよう。
「じゃあ早速はじめるぞ、ツカサ」
そう言いながら俺に手を伸ばしてくるクロウに、俺は素直に頷いたのだった。
→
※次は最近ちょっと影が薄かったクロウの役得回
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