異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編

13.タイミングが悪いと顔も合わせられない

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 ダジャレ番頭さんには礼儀としてちゃんとお礼を言って、店を出る。

 風呂に入ったばかりでホカホカしているが、やはり夕方近くになって冷えて来ると外の空気は鋭く感じてしまう。そういえば、秋って夕方から凄く寒かったよなあ。
 このプレイン共和国は夏寄りの秋って感じの気候だから、昼間はそれなりに暑いんだけど、夜になると本当に冷えるから注意しなければならないんだよなぁ。

 出たばかりの時はこの冷たさも気持ち良いけど、長く外に居ると風邪を引くかも。
 あんまり外に長居しちゃいけないな。早く戻らないと。

「……しかし、遅いなあ……あいつら……」

 ブラックとクロウも風呂に入ってるはずなんだが……もう戻っちゃったのかな。
 番頭さんは何も言わなかったから、まだ中に居るはずなんだが。
 少しここで待ってみるか、と壁に背をもたれて待っていると。

「……ん?」

 前方に見える道から、マントのフードを目深まぶかかぶった背の高い人が歩いて来るのが見えた。あのマントと背丈には見覚えがあるぞ。
 あれはブラウンさんだ!

「いや、まてよ……人違いとかだったらどうしよう……」

 決めつけておいてなんだが、似たようなマントの赤の他人って可能性も有るよな。それで話しかけたら俺が赤っ恥だ。でも、あんなマントこの村では見た事が無いし、このプレインでは真っ昼間にフードを被るのは商人や商人の用心棒くらいだって話も聞くし……うーん……見間違いじゃないと思うんだけどなあ。
 
 でも、忘れられてたら俺もちょっとバツが悪いな……。
 相手が気付かないなら、話しかけない方が良いだろうか。

 もう会うのは最後だって感じで俺に頼みごとをしてたし、さほど時間も経ってないのに再びご対面ってのは気まずいにもほどがあるのでは。やっぱ気付かないフリの方が良いのかな。ブラウンさんもその方が気楽だろうか。
 とかなんとか思っていると、ブラウンさんのような人が風呂屋まで近付いて来て――瞬間、解り易いほどに体をびくりと震わせた。

 あれ、やっぱりブラウンさんだったのかな。
 思わず相手に近寄ろうとすると、何故か相手は身を翻して逃げてしまった。

「…………ぶ、ブラウンさん……よっぽど気まずかったのかな……」

 いや、気持ちは解るよ。俺だって「今生の別れだ!」とか言って去った後に、帰りのバスの中で再会したらすっげえ嫌だし。即座に死ぬことを考え始めるくらい恥ずかしいしソレは。絶対半月くらいは再会したくないわ。
 でも、俺としてはブラウンさんとまた出会えた事を喜びたかったんだが……うーんどうすりゃ恥ずかしくない感じで再会できるんだろうか……。

 そんな事を悶々と考えているとブラック達が出て来たので、俺達は再び遺跡に戻るべく風呂屋の裏手へと足を進めたのだった。



   ◆



 今日も酒場の地下倉庫でつつがなく夕食を取らせて頂き、あとはもう寝るだけとなった。とは言えまだ宵の口と言った所なので、下らない雑談をしつつ寝る時間を待っていたのだが……雑談で気を紛らわせていても、やっぱりマグナの事やブラウンさんの事が気になってしまう。

 いや、別に俺がゲームで負け続けてるから気が散ってる訳じゃないぞ。
 「ご褒美抜き」と言う、ブラック達にはやる気が出ないゲームにすら連続でずっと負け続けているからって、逃げたくなってる訳じゃないんだぞ。

 ただな、俺はな、今までよりも遥かに熱心に、脇目も振らずに机に向かって曜具を研究しているマグナが気になってしょーがないんだよ。
 話しかけられるような雰囲気じゃないし、なんかこう……マグナも風呂での事が何だか気まずいっぽいみたいだし……。マグナものぼせて色々と混乱しちゃったから、恥ずかしくて顔を合わせられないのかな。

 だとしたら余計にマグナには気まずくなっている可能性がある訳で……。
 ああ本当にごめんよマグナ、お前は悪くないんだよ。俺がこのオッサン二人を抑え切れないせいで、お前にまで気まずい思いをさせちゃって。いや、謝るヒマがあるんなら、マグナに詫びの一つも持ってくべきだよな。

 やっぱし料理だ。料理を作ろう。美味しい料理ならマグナも気が緩んでくれるかも知れないしな! よし、そうと決まれば、どうにかしてこっそり親父さんの所に行かねば……ブラック達にはこんな事は言えないから、なんか理由を付けて……。

 …………そうだ。一人になれるとっておきの方法があった!

「なあ、俺そろそろ笛の練習しに行っていい?」
「笛?」

 何十戦目か分からなくなった棒消しゲームが終わった所で、俺はおもむろに言う。
 ブラックとクロウは怪訝そうな声を漏らしたが、俺はその表情に臆す事なく「忘れたのかよ」と眉を顰めてバッグから例のモノを取り出した。

 例のモノ、とは……もちろん、俺の相棒であるロクショウを呼びだす事が出来る、銀のリコー……ゴホン。縦笛。縦笛だ!

 その姿を見ると、ようやく二人は「ああ~」と声を漏らして納得した。

「別にココでも良いんじゃない?」
「部屋を離れるならオレもついて行くぞ、ツカサ」
「ココじゃマグナの迷惑になるだろーが。遺跡にはどうせ俺達だけなんだし、クロウも心配しなくて大丈夫だぞ」

 そう言うと、きゅーんと言わんばかりに耳を伏せるあざといクロウ(おっさん)の頭を撫でて慰めつつ、俺はブラックに言っていいか小声で聞いた。

「なあ、ダメ? 練習するから結構うるさいし、二人に付いて来て貰っても、何もする事なんてないから退屈だろ? 俺も見られてると練習しづらいしさぁ……な?」
「うーん……」

 ブラックは“俺が一人で部屋を出る”と言う部分に、大いに引っ掛かりを覚えたようだったが……外には出ないという約束をする事で、何とか納得してくれたようだ。
 よし、これで練習と言う名目で酒場の親父さんの所に行けるぞ、と立ち上がった所に、今まで俺達に背を向けていたマグナがこちらを振り向いて来た。

「おい……笛と言ったか」
「え……あ、うん」
「ちょっと見せてみろ」

 素直にマグナに銀の縦笛を渡すと、マグナはまずその形状に驚いたようだったが、くまなく笛を見て、一度俺に吹いて見ろと指示をして来た。

 別段困る事は無かったので、俺のド下手な演奏を一節だけ聞かせてみる。と、相手はフムと声を漏らして、数秒考え込むような仕草で黙り込んでしまった。
 どうしたんだろうと首を傾げていると、マグナはふっと頭を上げて俺を見た。

「もしかして、曲が難し過ぎて吹けなかったりするか?」
「ど、どうして解ったんだ!? そうなんだよ……どう吹いたらロクを呼べるかってのは理解出来てるのに、難しくて指が付いて行かなくてさ……」

 ここに来るまでもちょくちょく練習してたんだけど、この笛から伝わってくる曲はかなり難しくって、中々練習が進まない。それに、集中が途切れるとすぐに頭の中に浮かんだ召喚の曲が霧散しちゃうから、最後まで演奏しきるのは至難の業だった。

 俺がもっとリコーダー使いが上手な奴だったら、苦労せずにロクショウを召喚出来たんだろうがなあ。しかもリコーダーなんて数年ぶりに触れたレベルの楽器だし、俺自身も器楽が上手であると言いきれない腕前だったもんで。
 そのうえ、異世界に来てからは楽器に触れる事も無かったから、すっかり腕が鈍っちまってコノザマって訳だよ。……はぁ……早くロクに会いたい……。

 そんな俺の悲しい現実に納得したのか、マグナは「だろうな」と頷いた。

「お前が曲を演奏出来ないのも無理はない。この笛の構造は低俗な魔族を呼ぶ程度の物じゃない。笛に紐付された魔力は、明らかに大将級の大物だ。この笛の構造なら、召喚の曲もより複雑になっているだろう。一節では召喚する事など出来んはずだ」
「はぇー……そんな事までわかるの」

 さすがは【神童】の称号を持つ金の曜術師だ……と目を丸くしていると、マグナはまたハッとしたような顔をして、俺から目を逸らした。

「ま、まあ……アレだ。その、一度練習して来い。もしそれで難しいようなら、俺が補助するための機能を付けてやる」
「補助って……い、いいの!?」
「ああ。【号令板】を作ったのは俺だからな……」

 マグナの何気ない言葉に、その場にいたマグナ以外の全員が愕然とした。

 ……え?

 えっ……と…………え……?!

「つ……つく……った……?」
「ああ」
「だれが……?」
「俺が」

 ――――――ここ最近で一番びっくりしたかもしれない。

 絶句する俺達三人に、マグナは「何をそんなに驚いているのか」と言った様子で首を傾げて、俺とリコーダーを見比べていた。

 いや、あの、マグナさん……貴方一体どういうお仕事をしてたんですか……。











※次はやっと色々動くよ
 
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