異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編

  恋人の苦労、彼知らず2

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    ◆



 ――「いや、やめてください!」囚われの姫がそう泣き叫ぶが、助けに来る勇者など来ようはずもない。殺風景な牢屋に詰めかけた兵士達は、手足の鎖を鳴らし必死に逃げようとする姫をたっぷりと堪能しながら、下卑た声で笑った。

 ――「へへへ、抵抗出来るもんならしてみろ。残念だったな、恋い焦がれた勇者とじゃなく、俺達みたいな奴らと初の花を散らす事になるなんてよ」その言葉に、姫は青ざめて泣きながら首を振る。だが、そんな姿を見て兵士達は舌なめずりをし、一斉に姫に襲い掛かった。「やめてください、おねがい、やめて!」泣きじゃくる姫を兵士達が押し倒し、剣で乱暴に服を剥いでいく。そうして、きめ細やかな肌を撫でて、胸の飾りや股間にひっそりと眠る幼い花芯を――――

「って男か――――いッ!!」

 バンッと机を叩きながら突っ込んでしまい、俺は慌てて椅子に座り直す。

 レッドがトイレにこもってて良かったなと思いながら、俺は間違って持って来てしまった謎の浪漫本……じゃなく、官能小説を見て溜息を吐いた。

 ……いや、俺も好き好んでこの本を読んでるんじゃないんですよ。選んじゃったんだから読まない訳にはいかないし、他の本を採りに行くのも面倒だったし……あの、その、えっちな描写が有るかなとか期待した訳じゃないぞ?
 この非常時にそんな事思ってないから。絶対思ってないから!!
 でも、あの、ほら、これをぱーっと読んで「また本を取りに行っても良い?」って言ってレッドの私室に行ければ、今度こそあの本を取れるかもしれないし……。

 だ、だから、読みたくて読んだんじゃないんだからな!
 ……いや、まあ……冒頭部分が面白くてちょっと真剣に読んじゃったけど……。

「うーん……しかし、まさか姫にもメス男子が侵食してるとは……。最近刊行された本っぽいけど、今時はもうメス男子も女扱いなんだろうか……」

 突っ込んでしまった所からパラパラとめくってみるが、やはりこの「姫」とやらは、股間に棒が生えてる絶世のらしい。

 穴が二個無いので間違いなく男だろう。そういえば、冒頭から女性にしてはなんか違和感がある描写があるなと思ってたんだよ……つーか胸の飾りってなに。
 花芯ってのはちんちんの事なのだろうか。なんか女性向けの小説ってフローラルな単語に置き換わるんだな……。いや、そんな事考えてる場合じゃないが。

「……それにしても、レッド遅いな。もしかして緑茶が腹に合わなかったのかな」

 飲み慣れない物を飲んで腹を下す事はままある。
 別に有害な食品じゃなくても、今まで体感した事のない物や慣れていない物に触れたりすると、体がびっくりしてしまうのだ。
 だから、トイレが長くても不思議ではないんだが……少し心配になってしまう。

 レッドの事は好きじゃないけど、腹痛は辛いからなあ……。

 でも、腹痛だというのなら今がチャンスかもしれない。
 代わりの本が見たいと言えば、ひとりで私室に入れるかも。

 そうと決まれば即行動だ。俺は椅子から飛び降りると、トイレに籠っているレッドにお伺いを立てる事にした。

「レッド」

 コンコンと扉を叩いて名前を呼ぶと、中でガタガタッと急に動く音がした。
 何だろうかと思っていると、ややあって慌てたような声が返ってくる。

「ど、どうしたツカサ」
「えっと……やっぱり他の本読みたいから、取りに行っていい……?」

 そう言うと、中でまたガサガサという音がした。

「そっ、そうか。別に良いぞ。だがその、ツカサ」
「ん?」
「さ……先程の本……もう、読まないのか……?」

 焦っているせいかなんだかレッドの息が荒いが、もしかしてノックしちゃいけない場面でノックしてしまったのだろうか。ごめんレッド。
 仕方がないので、簡潔に応えてすぐに離れようと思い、俺は「うん」と頷いた。

「なんか、普通の小説だと思ったら……その……やらしい所があったから……」

 そしてその“やらしい所”が女じゃなくて男だったから、見るのをめたんです。
 いや、女の子だったら喜んで続きを見てたとかじゃないから。その場合でも色々とヤバいから見るのを止めてましたからね!

 そんな思いを込めてレッドに言うと、相手は一瞬間を置いた後……何故か、息苦しそうな声を小さく漏らすと、やけに冷静な声を俺に返してきた。

「わ、分かった。……ツカサ、申し訳ないんだが……俺は数分ここから出られないから、少し一人にしておいてくれないだろうか」
「うん……? 解った……」

 そんなにお腹壊してたのか。
 ……一応助けてくれたんだし、ちょっと心配……かも……。

 だって、何か小さくうめいてハァハァ辛そうに息してるし、どう考えてもお腹急降下だよなこれ。俺も何回かそういう事になったから解るよ。酷い時って、辛すぎて声が出る時あるんだよ……。薬があればマシだけど、この部屋にはお腹を下した時の薬は無いみたいだし……そうなると、もう治まるまで呻くしかない。

 「…………なんか、緑茶以外の飲み物作ってあげた方が良いのかな……」

 レッドは嫌いだし敵だけど、やっぱり不意の病気は見過ごせないよ……。
 本を確認したらすぐに取りかかろうと思い、俺は再びレッドの私室に侵入した。

 念のため扉は締めて、即座に本を元に戻す。
 今回は時間が無いかも知れないから、気の付加術の本について眺めるだけだ。
 絶対に盗んだりはしない。

「だって……レッドもブラックと同じ“導きの鍵の一族”だもんな……。少なくとも本の事に関しては凄い記憶力が有るみたいだし、そんな奴の本棚から本をくすねたりなんかすると……絶対にバレそうで怖い」

 俺は今、リオート・リングと言う“何でも入れられちゃう俺専用の冷凍冷蔵庫”を持っているので、本を消してしまうくらいワケない。
 だが、本は消せても本が失われた空間は消せないのだ。

 こんなにギッチギチに本が詰まっている本棚なのに、俺が触ると何故か一冊分だけ隙間が出来た。そんなの、幾らなんでも誰だって「おかしいな」と気付くだろう。
 レッドなら何の本が無くなったかも気付いてしまうはずだ。それを解っているからこそ、何の対策も無しに本を盗むことは不可能だった。
 ……なので、今回は見るだけにしようと思ったワケだ。

「さて……内容はどんな本なのかなっと……」

 背後の「ドアを開ける音」に注意しながら【気の付加術の応用】という本を開く。

 二三ページほどめくると、謝辞の後に目次が現れた。
 どうやらこの本はそれなりに几帳面な人間が記したもののようだ。

「この世界の本、目次もページ数も書いてないのが普通だもんな……」

 ありがたい著者が居たもんだと思いながら、目次を確認すると……真っ先に、ある項目に目が行った。

「お…………【ブリーズ】の強化版、【ウィント】と【ゲイル】……?」

 【ブリーズ】とは、そよ風を起こす術だ。
 物を乾かす時や移動を促す時などに使っているが、その強化版ともなると、やはりかなり強力な術なのだろうか。

 何故だか異様に惹かれてしまって、その項目を読む。

「ふむ……【ウィント】は【ブリーズ】を更に強くしたもので、【ゲイル】は……旋風つむじかぜを起こす術……?」

 なんだか他の曜術より段階が細かい気がする。
 某有名ゲームの「○○ラ・○○ガ」みたいに三段階でパワーアップとかじゃないんだな。無属性だから、他の曜術みたいのとはまた違うのかも知れない。
 だけど、この二つは確実にタメになりそうな気がするぞ。

 でも、読んでたら絶対戻って来ちゃうし、暗記なんて俺には無理だし……。
 ああ~もう、ごめんなさい! 後で治す方法考えるから、勘弁して下さい!!

「本、ごめん……っ!」

 謝りながら、俺は――――そのページだけを破りとって、リオート・リングの中に突っ込んでしまった。

 ……ああああ……罪悪感めっちゃハンパない。
 ごめんなさい、めっちゃごめんなさい。本を破るなんて今までやった事が無かったから、凄く心が痛む。つーか、いくら市販されてて代わりが有る本とは言え、本から重要なページを切り取っちゃったのはやっぱりその、ちょっと……。

 でもやっちゃったもんは仕方がない……。今の俺には、このページが必要だったんだ。ごめんよ本……。もしこの本が貰えるなら、俺が責任を持って金払って引き取るから今は勘弁して下さい。
 もう金輪際こんな事しない。

「はぁあ……」

 仕方ないとは思えど、かなり心にダメージを負っていると、背後でトイレのドアが開いた音がした。なんとか間に合ったなと思いながら、俺は他に時間を潰せそうな本が無いか、やっと探し始めたのだった。



 ――――そうして本を読んだり話をしている内に時間は過ぎ、俺は自分の部屋へと戻される時間になった。
 あの出来事からかなりの時間が経ったと俺は思っていたのだが、どうやらそれほど遅い時間に起きた訳じゃ無かったらしい。

 明日も来るからと頭を撫でられつつ部屋に戻された俺は、先ほど着替えさせられた奴隷服のままでベッドに背中から倒れ込んだ。

「はぁあ~~~……。つ……疲れた……」

 思わず、安堵あんどの溜息が出る。
 ここまで気を張って人に接したのは久しぶりだ。

「本の事も、バレなかったし……今日は……よく、出来たかな…………」

 ホッとしたらなんだかまた眠くなってしまい、俺は薄暗い部屋で我慢出来ずに目を閉じる。そうして、何時間経っただろうか。
 クローゼットから控えめにノックするような音が聞こえて、俺は目を覚ました。

 慌てて跳び起き、音を立てないようにクローゼットを開くと……換気ダクトから、ラトテップさんが顔を出しているのが見えた。

「迎えにきました。行きましょう」

 小声で言うラトテップさんに頷いて、焦らずにじっくりと時間をかけてダクトへと上がり、今夜も二人でブラック達の待つ牢屋へと向かう。
 その道中、人に会話を聞かれる心配がないエリアで今日の出来事を話すと、ラトテップさんは怪訝そうな顔でこちらを振り向いた。

「ギアルギンが激昂した……? それはまた……信じられない話ですね」
「俺もびっくりしました。なんか、心当たりないですか?」
「いえ……ですが、何か引っかかりますね。記録する、操られるとは一体どういう事なのか……。あの男から聞いた限りでは、経典に記された“黒曜の使者”とツカサさんは別個の存在のように思えたんですがね……あの、ツカサさんはそもそも、そう言う種族という訳ではないんですよね?」
「あ。は、はい。俺は前の使者とは全然関係ないです……」

 問いかけられて、そういう見方も有ったかと驚く。
 そうか、俺は“黒曜の使者”を“称号”だと思っていたけど、この世界の人的には種族名っぽいなと感じたりもするんだな。
 それに、俺はこれまでの情報から“黒曜の使者は代替わりする一個の存在”と解っているけど、そこまで知らない人間からすればその存在は謎だ。

 血族がたくさん存在するかも知れないと考えたり、代替わりなんてしない唯一の存在という考えも湧くだろう。それが普通なのだ。
 とすると……ギアルギンは、どの認識だったんだろう?

 答えの出ない問題に首を傾げる俺に、ラトテップさんは言葉を続ける。

「別個の存在と言う事は……勇者のように、何らかの理由によって選定される存在なのですね。……ギアルギンがそれを知っていたとすると、ますます妙だ」
「妙……?」

 四つん這いで歩きながら問いかけると、相手は前を向いたままで頷く。

「ツカサさんを材料に使いたいという執着は理解出来ます。ツカサさんがいれば、【機械】が一気に完成に近づきますからね。ですが、それは本来憎しみや怒りなどとは関係が無い事のはず。……あの男は、今までそんな感情など欠片も見せた事はありませんでした。……ならば、ツカサさんの放った言葉のに相手は急所を突かれ、そのせいで激昂した……とは考えられませんか?」
「俺の言葉の……何かに……」
「私見ですが、ギアルギンは公私混同をするような男ではありません。ああいう男は、商売人とは真逆の存在……何かを信奉し、何かに取り憑かれた信徒のような臭いを感じます。【機械】のためなら、自分の感情を全て捨てるような……。ですから、ツカサさんのあの時の言葉には、重要な意味があるのかも」
「…………」

 狂信的な相手を怒らせた、なんらかの言葉。
 ぼんやりと覚えてはいるが、何だったのかは分からない。
 ……ブラックなら、解るかな……?

 考えて、俺はある事を思いだし、ロープを使って緩い下りを降りながら、再びラトテップさんに問いかけた。

「あの……ラトテップさん。そう言えばなんですが……ギアルギンには、黒曜の使者の事はなんと言われたんですか?」
「そうですねえ……」

 少し思い出すようなそぶりを見せつつ、ラトテップさんは答えてくれた。

 その結果分かった事は……なんとも奇妙な事実だった。

 ラトテップさんは個人的にギアルギンに“黒曜の使者”の事を教えて貰ったらしいが、その時に聞いた事はたったの十にも満たない情報だった。

 “黒曜の使者”は、遥か昔から幾度となく世界に災いを起こしてきた邪神のような存在である。文明神アスカーと対立した存在であり、ツカサ――つまり俺は、その神を脅かす災厄の力を持っている。その力は、呪いのような物だ。俺自身は害のない脆弱な存在だが、俺の中に秘められた力が暴走すると大陸が滅んでしまう。

 だから、力を発散させ、同時に再び災禍に巻き込まれぬよう、プレイン共和国が大陸を統一して【楽園】を作り上げなければならない。
 脆弱な少年から力を解放出来るのは、神が齎した【機械】だけである。

 …………とまあ、こんなもんだ。

 やっぱり、俺が「異世界から来た」っていう情報は意図的に隠されていた。
 それに……何と言うか……ちょっとおかしなところが有る。
 呪いの力ってなんだ。それに、俺自身が邪神っていう扱いじゃないのはどうしてなんだ? 嘘も方便だとしても、それならあんな風に俺の心を壊そうとした事の説明が付かない。レッドだっておかしいと言っていたじゃないか。

 ……なんだか、行動と説明が合ってない。
 だけど、ギアルギンが説明した事の全てを嘘だと言うのも危うい気がする。
 断言できるほどの説明なら、何か根拠があるはずだ。
 周囲を騙せるだけの根拠が。

「うーん…………なんだか分からなくなって来ました……」
「はは、私もですよ。……でもまあ、今は考えるよりさきに、会いに行きましょう」

 そう言いながら編み格子の蓋を開けるラトテップさんに、俺は頷いて下に降りる。
 すると……。

「ツカサく~ん! 待ってたよ~!!」

 明るい声で俺を呼びながら、檻の中から必死に手を出して「おいでおいで」とその手を動かす影がある。

「……ったく、ほんとにもう、お前は…………」

 そうは言うけど……その元気な仕草を見ただけで、なんだか心が温かくなって。

 俺は無意識に笑いながら、ブラック達の所へと駆け寄った。













※次、ちょっとふざけたえっちな事しますが息抜きということで見逃して下さい…
 
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