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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
3.国王らしくない国王と1
しおりを挟むしかし、どうしてローレンさんが裁定員になってたんだ。
もうなんか驚くのも癪なので話題を変えてみると、意外にも二人はすんなりとその理由を応えてくれた。
ルガール国王が言うには、監察官であるローレンさんは貴族でありながらも権威はあってないようなもので、貴族としての権利が約束されている代わりに、国政などには口を挟めない契約になっているらしい。
しかし、その代わりにローレンさんはどんな貴族でも不正や悪事を働いていればしょっ引く事が出来るし、王様に直談判も出来る。
つまり、国を動かす権力はないが限定的に力を行使できる立場と言う訳だ。
そのうえ彼は国の中枢で働いている。だから、ルガール国王はローレンさんを選出したらしい。権力が無くとも正義を行使する立場の彼なら、世界協定の一員としても確実な成果を上げられると踏んで。……という、訳なのだが。
「にしても、だったら何で顔を隠してたんです……?」
「私は監査役ではありますが、それと同時に国王陛下の側近でもあるのです。故に、国の機密なども知らない訳ではありません。……そんな者が、従者も付けずに他国で顔や名前を曝していたら、何をされるか解りませんからね。他の裁定員の方々を信用していないとは言いませんが、出来るだけ用心はしておいた方がいいでしょう?」
「ううむ……確かに……」
これにはクロウも納得なようで、顎に手をやりながら深く頷いている。
ブラックもそれ以上何か言うのは無駄だと思ったのか、むくれたような顔で不機嫌に目を細めると、息を吐いて肩の力を緩めたようだった。
「まあ、ややこしい話は置いておくとして……まずは、イスタ火山の件について話をしよう。何やら黒籠石があるかもしれないという話だったが?」
「あ、はい……」
席に座る事を勧められたので、大人しく着席して今までの事を改めて話す。
エメロードさんを昏睡状態の“呪い”から救うには、黒籠石などの材料が必要であるという事と、その黒籠石を出来るだけ早く手に入れたい事。そして……もっとも早期に入手できそうな場所が、イスタ火山から入る事が出来る“黒籠石がちりばめられた道”であるということ……とにかく、隠すことなく全部を国王に話した。
相手は、何らかの手段を使って、ローレンさんからこの話を聞いているだろうが……俺達の話が正しい物であると確認して貰わなきゃいけないからな。
きっちり最後まで話し終えると、相手は腕を組んで椅子にふんぞり返った。
「ふむ……やはり話は確かだったか……。しかし、イスタ火山は以前調査させた事があるが、そのような通路は発見できなかったぞ?」
「黒籠石がそこかしこに埋まった道を通らせるような遺跡ですし、一見して通路だとは解らないように造ってあるんだと思います。前は知らなかったから探せなかったけど、知っている今なら結果は違ってくるかも知れません。だから、調査だけでも許可して頂けないかと……」
「まあ確かに、調べ直さねば判らんことだな……。それに、どこの国でも、国が管理している黒籠石を持ち出すには、様々な手続きと時間がかかる。急ぎであれば、それも仕方あるまいか」
無茶な申し出とは解っているが、しかし俺達の焦りを素直に肯定してくれる国王。解っていた事ではあるが、やっぱり各国が厳しく管理している黒籠石って、そんなに持ち出しにくい物なのだろうか。
「あの……ちなみに、普通に黒籠石が欲しいと国に申し出たら、手に入れるのにどのくらいの時間が掛かります?」
「恐らく一週間はかかるだろうな。最短でも一週間だ。最長は……そうだな、一か月以上になるやもしれん。黒籠石は使い方を間違えば大変な事になるがゆえ、お前達の身辺調査や検査なども行わねばならんしな。そうなると……色々と面倒な事になる」
「は、はい……」
そうだよなぁ。俺は異世界人のうえに黒曜の使者だし、ブラックやクロウだって、脛に傷が無いとは言えない立場だろう。探られて痛い腹なら、できるだけ探られたくない。それはルガール国王も解っているようで、フウと溜息を吐くと肩を竦めた。
「まあ、我々が認知できなかった場所の物であれば、発見した褒美として特例により黒籠石を渡せなくもないが……問題はヒルダだな」
「ああ、あのパーティミルの」
ローレンさんの言葉に、ルガール国王は頷く。
「あれは、黒籠石の事で息子を失った。であるのに、己の領地に黒籠石があると解れば、心中穏やかではあるまい。拒否をするような事はないと思うが……」
その言葉に、俺は顔を上げた。
黒籠石……そうだ、そうだよ。ヒルダさんの夫は、ハーモニック連合国で黒籠石の事を調べていて、その途中でモンスターに襲われて亡くなってしまったんだ。
意地悪国王がこうもハッキリ言うんだから、やっぱトルベールがくれた情報は正しかったって事なんだよな。なら、黒籠石が本当に密輸されていたのか聞きたいけど、聞いちゃっていいのかな。それって国家機密っぽいしなぁ……。
「やっぱり黒籠石の密輸を調べていたのか?」
「ぶっ、ブラック!」
おおおお前っ、人が聞きにくい事をそんなあっさり!
慌てて口を塞ごうとするが、意外にもルガール国王は気にせずに頷いた。
あ、あれ、聞いてよかったの……?
「ヒルダの夫……先代の勇者であるバルクート・パーティミルには、とある組織によって運び込まれていた黒籠石の出どころを調査する任務を与えていたのだ。黒籠石は加工する前ならそれほど害も無いが、加工してしまえば恐ろしい威力を発揮する。そんなものが大量に密輸されているのは、何か悪事を考えている者が居て、その者が不法に意思を持ち出しているという事に他ならない。もしどこぞの国の鉱山から掠め盗られた物なら、その国も黙ってはおるまい? ゆえに調べさせたのだ」
それはトルベールの予測通りだな。
やっぱり国同士の問題に発展しかねないから、唯一自由に動かせる【勇者】を出動させたって感じなのか。でも……バルクートって人は、帰って来る事は無かった。
きっと、ヒルダさんは彼の帰りを待っていただろうに。
「結局、出どころは解らなかったのか」
しょげた俺の隣で、何事も無くブラックが返す。
ルガール国王も、何事も無いかのように言葉を続けた。
「情報を持って帰る前に客死してしまったからな。しかしバルクートが死んでからは、不思議と黒籠石の流入も無くなり、組織も壊滅したようでな……まあ、別の所で動いていたのかもしれんが、ライクネスで悪さをしなければ我々には関係ない。故にこの事は今まで隠しておったのだ。出所不明の危険な道具など、在ると明かした所で争いの種にしかならんからな。他国から持ってこられたものという確かな情報だけを持っていても、そんな事など相手国に報告する程度で我々にはどうにも出来ん」
「まあ、確かに……」
他国で大っぴらに捜査なんて出来ないだろうし、それが唯一可能だった【勇者】が動けなくなったのなら、もう相手国に調査を頼むぐらいしかする事が無い。
色情教の人達みたいなニンジャ的な部隊がいれば別なんだろうけど、万が一それがバレたら、それこそ外交問題っぽくなっちゃうしなあ。
せっかくの平和な世界なんだから、そんな事はどの国でも避けたかっただろう。
……うん、まあ、プレインは置いといて。
「じゃあ、えっと……結局、ウヤムヤで終わってしまったんですね……」
「そう言う事だな。……ヒルダにはバルクートの真の任務は明かしてはおらんが……しかし、息子だけでなく夫もまた黒籠石の因果の餌食になった事を知れば、昏倒せずにいるのは難しかろう。おそらくイスタ火山の事にも心を痛めるに違いない」
「どうにか彼女に知られないように出来ませんか」
切実な思いを込めてルガール国王に問いかけると、相手はううむと唸っていたがゆっくりと息を吐いた。
「……解った、そちらは何とかしよう。すぐに書簡を用意するので、少し待て」
「あ、ありがとうございます」
色々と心配だったが、ルガール国王がなんとかまとめてくれるらしい。
良かった……これで一応はイスタ火山に入れそうだ。
ホッとした俺達の目の前で、ルガール国王は何かに軽く頷くと、ローレンさんを手で招いて何やらごそごそと耳打ちをし始めた。
「ローレン」
「はい」
言いながら、何やら一言二言交わすと、ローレンさんは俺達にお辞儀をして部屋を出て行ってしまった。なんだろう。何か用事を言いつけられたのかな。
不思議に思いながら彼が出て行った扉を振り返っていると、ルガール国王がゴホンと一つ咳を漏らした。
「さて、ここからが本題だ。ツカサ、お前はあの遺跡……【エンテレケイア】で何を見て何を知った? お前が持ち帰った物を教えて貰おう」
そ……そうだ。それを忘れていた。
色々とヤバい話ばっかりだったけど……でも、やっぱり話さなきゃ行けないよな。
俺達をあの遺跡に導いてくれたのは、目の前にいる国王の他にない。
恐らく普通に旅をするだけでは決して辿り着けなかっただろう所に、ルガール国王は目を向けさせてくれたのだ。色々といけ好かない相手だけど……そこにだけは、ちゃんと感謝をしなくてはいけない。
それに、彼は俺の事を異世界人だって知っているんだ。
もしかしたらあの遺跡で聞いた事を話せば、何か新しい情報を教えて貰えるかも。
俺は同意を求めるようにブラックとクロウとアドニスに向き直ると、三人はそれぞれに頷いてくれた。
「……で、では……お話します……」
あの遺跡で、聞いたことを。
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