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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
28.浮き沈みが激しいとかなりしんどい1
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図書館であのメモを見た後から、どうも記憶が曖昧だ。
どうも、あの夢を見る前の行動が思い出せない。
再び目が覚めてから聞いた話によると、別に変な坑道はしてないらしかったが……大した抵抗もせずオッサン二人とベッドインしていた時点で、俺はもうおかしかったのだと思う。いや、結果的に二人と一緒に寝てて良かったんだけどさ。
でも、やっぱりこれはおかしい。普段の俺だったら「またケツを弄繰り回されるのはごめんだ」とばかりに逃げ出していたはずだろう。
それなのに、オッサン二人にぎっちり挟まれて寝てたなんて……おかしい……。
やっぱり、メモを見つけた時から正気じゃ無かったんだろうか。
まあそりゃ確かに驚いたけどさ……でも、驚き度ならアタラクシア遺跡で見た別のメモの方がデカかったんだけどなあ。
あの時は、俺の素性に関係する情報に加えて、どこかにあるらしい【テウルギア】という遺跡に行けば帰れるかもっていう情報を知って、頭がパンクしちまったけど……今回のは、神様に関係する情報のみだ。黒曜の使者の情報じゃなかった。
だから、俺にとってはショッキングじゃなかった……と、思うんだけど……。
「…………うう……なんか、モヤモヤする……」
朝起きて、ブラックとクロウの身支度をしてやって、朝食済ませて歯を磨いて落ち着いたはずなんだけど、なんかモヤモヤしてしまう。
別に、三人で一緒に寝てた事にって事じゃなくて、何と言うか……自分の中で色々納得できない所が有るからモヤってるって感じだ。
……だってさ、結局悪夢の内容はブラック達に話せなかったんだぞ。そんな状態で「ありがとう」と礼を言ったって、なんか本当に感謝してないみたいじゃないか。
そういうのヤなんだよ。なんか相手の事信頼してないみたいだし……。
それにメモの事だって話せてないままだし、そもそも俺は黒曜の使者の事に関してブラック達に隠し事をしている。本当は話さなきゃいけないのに、ずっと。それなのに、二人とも気にするなって言うばっかで、俺を追求しようとしない。
それが遠慮させてるみたいで、なんかこう……とにかくヤなんだよ!
遠慮させないって言ったばっかりなのに、俺の都合で二人に遠慮させてる。何より二人を我慢させてるってのが我慢ならなかった。
……だけど、全てを話せるだけの覚悟と勇気は、今の俺にはない。
別に、ブラック達のことを疑っている訳じゃないんだ。
前は「嫌われたらどうしよう」とか「見放されたらどうしよう」という暗い気持ちから、二人に話す事が出来なかったけど……今はそんな事なんて思ってない。
二人とも、俺と一緒に居るって言ってくれた。
ブラックは、今のままの俺で良いって言って、離さないって言ってくれた。
クロウは、約束が無くてもずっと一緒に居るって誓ってくれたんだよ。
だから、俺の中にはもう二人に不安を抱くような気持ちは無いんだ。……俺が失態を犯して離れてしまうかもっていう恐れは、当然あるけどね。
でもそれは、二人を信頼してないんじゃなくて、二人の物差しが真っ当で正しいって俺が信じているからだ。悪い事は悪いと思う奴だって信じてるから、怒られるような事をして幻滅されるかもしれないって考えてしまうんだよ。
それと、この恐れは、全く違う。
どうして全てを話せないのかって問題は……それとは、別なんだ。
「…………はぁ……」
昨日の晩の事を思い出し、背筋が凍るような感覚を覚えて溜息を吐く。
だけど、この場所ではそれを心配するような人はいない。朝食を食べて一息ついたはずなのに、俺はなんだか気分が優れなくて……結局、どこにもいかずに自室へと戻って来てしまったからな。
「……弱いなあ、俺」
呟いて、目の前のベッドにダイブする。
……そう、結局はそこに行きつく。だから、情けなくて仕方なかった。
どうして二人に素直に話せないのか。それは、全てを話すことで、自分自身がどうにかなっちまうんじゃないかって不安があるからだ。
悪夢を見ただけで、俺はみっともないくらいに叫んで暴れそうになっていた。
もし全てを洗いざらい話してしまえば、恐怖がぶり返すかもしれない。
それに……話してブラック達がどう感じるのかが解らなくて、怖かった。
悪夢の内容はそれを見た俺自身もよく解らない話だし、何かを質問されても俺には答えようがないんだ。何より、そのことを話したら……また、あの夢の中の“恐ろしい何か”を呼んでしまいそうで、今は話せそうになかった。
それに、ピルグリムやテウルギアの話だって…………話して、ブラックがマトモな大人みたいに「帰った方が良い」と言い出したら、俺はそれにどう答えて良いか解らなくなる。……そんな事、あるのか解らないけど。
それを思うだけで怖くなってしまって、考える事すら放棄してしまう有様だった。
今のままじゃ駄目だって、話すべきだって解ってるんだけど……。
「勇気も、覚悟も足りない…………」
くそっ、駄目だ駄目だ。また暗くなってる。
昨日恥ずかしいくらいに甘えちまったってのに、まだ甘えるなんて男らしくない。
怖いのは仕方ないし、覚悟が決まってないのは情けないけどしょうがない。
だけど、暗くなったら余計にブラック達を心配させちまうじゃねーか。
心配させたくないんだったら、気丈に振る舞うべきだ。
ああもう、何だかここに来てから変な事ばっかりで心が萎えちまってる。
こんな時こそ、いつも通りの態度でいなきゃいけないのに。
「くそぉ……俺、すげえ格好悪い……」
悪夢を見て怖がって、情けない弱音ばっかり吐いてるなんて。
少しは建設的なことをしろよと自分でツッコミを入れながら、俺はベッドに懐いたままでサイドテーブルをふっと見やる。
するとそこには俺のバッグが有って……――――
「…………そういや、バンダナがまだ途中だったな……」
ふと、何故かそのことが思い浮かんだ。
“あの時”みたいに悩んでたからかな……まあ、何でも良いか。
――俺はブラックとクロウへのプレゼントのために、蜂龍さんとその眷属の天鏡蜂達が作る不思議な糸を使ってバンダナを縫おうとしていたんだっけ。
ラゴメラ村を出てからずっと大変な事ばっかりだったから、途中で放り出したままだったんだよな。折角、半分くらい縫えてたのに。
「……プレゼント、か……」
なんか、ラゴメラ村での事すら、もうかなり前の事みたいで懐かしいな。
本当はブラックには足の消臭剤をプレゼントするつもりだったんだけど、最初くらいは普通のプレゼントをした方が良いって思い直して、実用的なバンダナを作ろうと思ったんだっけ。
“虹の水滴”という不思議な糸に曜気を籠めながら布を縫うと、糸に籠る曜気と思いがその属性から装着者を守る力を発揮する。
だから俺は、自分の力を使って五曜全ての属性から守れるようにと願いを込めて、家の中で黙々とバンダナを縫っていたんだ。
最初は消臭剤の前座みたいなつもりだったけど……考えてみたら、俺がブラックにちゃんとしたプレゼントを贈るのなんてコレが初めてなんだよな。
今までは「贈り物だ」って意識せずに渡してたし…………恋人、としての、初めての贈り物みたいになると思うから、だから、気合入れて作ろうって……。
「…………なんか恥ずかしくなってきた」
乙女か。いや違うけど、しかしやってる事は乙女じゃん。
でも俺はそんなつもりなんて無かったんだぞ。どうせプレゼントするなら、実用的で相手が喜んでくれそうなものを贈りたいじゃないか。
その気持ちは一般的なのもののはずだ。そう、真心。
俺のプレゼントは乙女とかじゃなく、まごころからの贈り物なんだよ。
だからまあ……って、誰に言い訳してるんだか。
どんな感情からにせよ、プレゼントには変わりがないっての。
「はぁ……。せめてこのくらいは……すべきだよな」
今の俺には、まだ話す覚悟が無い。
大事な二人に対して不誠実な態度を続けている。
だけど、それでも……感謝の気持ちだけは伝えたい。
「ついでだし、まだ部屋から出たくないし……今の内に縫っちまうかな」
二日ぐらいあれば、バンダナも完成するだろう。
今はこのくらいしか出来ないけど、何だって進めていれば最後には完成するんだ。もしかしたら、バンダナが出来上がる頃には俺も成長しているかもしれない。
縫い物は忍耐力も大事なんだ。きっと、少しは強くなれるはず。
よし。ブラック達がそっとしておいてくれている間に、ちゃっちゃと進めよう。
「……それを考えると、落ち込んでよかったのかも」
心配させてしまったけど、結果オーライだ。
昨日の今日だから、こうなっても仕方ない。そうやって一日くらいは自分を許して、明日からはいつもみたいに振る舞って、ブラック達を安心させてやりたい。
そして、このバンダナをプレゼントするんだ。
心配させた分のお詫びもかねて。……うむ、我ながら完璧じゃないか。
「よし……そうとなったら気合を入れてやるぞ!」
二人の為だと思えば、沈んでいた気分も浮上してくる。
我ながら簡単だなあと呆れてしまうが、今はとにかく元気になる事が一番だ。
俺にはまだやらなければいけない事がたくさんある。
とりあえず、落ち着いたら凌天閣に行かねば。
シアンさんのことや、エメロードさんとの問題、それに……
そんな事を考えながら、俺はバッグを手に取った。
――――そうして暫く針仕事に精を出していたら、不意に扉が叩かれた。
何事かと思って応答すると、ややあって声が聞こえてる。
「あの……ご気分はいかがですか?」
この声はエーリカさんだ。
朝食後、返事もままならずに部屋に逃げ込んだってのに、それでも心配してくれるなんて……本当に優しい人だ……!
しかし彼女をこれ以上心配させてはいけない。ここはキリッと返答しよう。
「今のところ大丈夫です。すみません、ご迷惑をおかけしてしまって……」
素直な声でそう言うと、扉の向こうで安堵したように息を吐く音が聞こえた。
「良かった…………あ、そうだ。もしよろしければ、お菓子などいかがですか? 外に用意して、気分転換にお茶でも……」
外に用意……もしかしてあれですか、外国のスカした兄ちゃんや金髪美女が平然とやってのける、庭が見えるテラスって奴でのアフタヌーンティーですか!?
庭園を見ながらなんて、凄く格好いい……そうだ、部屋にこもってばかりじゃ体にも悪いし、せっかくエーリカさんが誘ってくれてるんだから行かなきゃソンだよな。
「ありがとうございます、じゃあ、用意して貰えますか」
バンダナをバッグの中に隠しながらそう言うと、エーリカさんの声は弾んだ。
「はい! では今からすぐにご用意いたしますね!」
→
※またもやだいぶ遅れて申し訳ない…
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