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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
39.大は小を兼ねる
しおりを挟む「なに……っ!?」
光の導きに従って、ぎこちない指で必死に音を鳴らす。
戦いの場に響くはずのない笛の音色に気付いたのか、レッドは俺の方へ近付こうとしたが、ブラックに牽制されて何度も引いて押してを繰り返す。
片腕と言えどもブラックの剣技は油断ならない物のようで、炎で出来た剣を使っていても思うように動けないみたいだった。
普通、魔法を纏った剣ならば、その魔法は剣を合わせた相手を襲うものだと思うのだが、同属性を持つブラックがそれを抑えているのだろうか。それとも、あの剣には付加能力が無いのか。何にせよ、俺には好都合だ。
だが、何週間も指を動かす事を忘れていたせいで、演奏が上手くいかない。
早いテンポについて行けず、何度か音程がズレる。焦れば焦るほど間違いが多くなっていって、最初にロクを呼び出した時とは雲泥の差の演奏になってしまう。
これでは何秒も呼べないかもしれない。チクショウ、俺がもうちょっと器用なら。
そうは思うが、もう演奏を止める事なんて出来ない。
視界の端に、レッドが俺を止めようとして動くのが見えるが、ブラックが押し留めてくれている背中が見えて、辛うじて平静を保っている。
自分の失敗と焦りから何度も手が止まりかけて、それでも、ブラックとペコリア達が一生懸命俺を守ってくれているのを見て必死に音を紡いでいく。
明らかに失敗だ。だけど、それでも、俺の頭上には光の線によって銀光を放つ魔法陣が展開していく。紋様を刻む多重円が幾つも繋がった、不可解な紋章。
空中に描き出されたその異様な模様を見て、レッドが息を呑んだ。
「これは……召喚……!?」
知っているのか。いや、相手は知識の護り手だ。知っていても不思議じゃない。
だけど、だからといって防げるかどうかは未知数のはずだ。
頼むロクショウ、俺がヘタクソなせいで数秒も出て来られないかも知れないけど、ブラックの事を助けてくれ、頼む……!
そう願ったと、同時。
けたたましい獣の咆哮が周囲に響き渡り――――繋がった魔法陣の一番大きなものから、闇夜にすらも黒く光る鼻先が現れた。
その鎧のような鼻先は魔法陣を水の波紋のように揺らがせ、徐々に現れる。
何が……いや、誰が来るかなんて、俺にはもう解り切った事だった。
「ロクショウ!」
そう叫ぶと、顎が開き鋭い牙を見せた口が鼓膜を震わせるほどの咆哮を叫ぶ。
だけどそれは悲鳴じゃない。俺には、その咆哮が「ロクが来たよ」という嬉しそうな思いを含んだものだとちゃんと感じ取れていた。
「グオォオオ!!」
一枚の鋼で作ったような、西洋の兜のように滑らかな竜の顔が現れる。
その雄々しい首を露わにしたロクショウは、一気に飛翔して姿を現した。
「なっ……準、飛竜……しかも黒いザッハークだと……!?」
レッドはロクショウがどれほどの存在か知っているのか、あまりのことに一瞬動きを止める。その隙に、ブラックが炎の剣を切り上げるようにして下からレッドの腕を明後日の方向へと無理矢理に押し上げた。
「ッ……――――!!」
レッドの手から炎の剣が離れて、消える。
だが次の剣は生み出せず、レッドは荒い息を立てながら一歩後退した。
「ロク……!」
俺が思わず手を広げ呼ぶと、ロクは大きな羽を広げて風を地面に突き付けつつ、ゆっくりと俺の傍に降りて来て頭を垂れた。
「グォッ……グゥ、キュゥウ……」
「ロク、会いたかった……」
俺の体長よりも何倍も大きい頭に抱き着くと、ロクは可愛い蛇だった頃のように、キュウキュウと頑張って鳴いてくれる。
だけど、兜のように滑らかな頭に抱き着いた俺の腕を見たのか、急にギャウギャウと騒ぎ出した。なんで騒いで……あっ、火傷の痕……。
思わず手を離すと、ロクは俺を見ながら鼻で一気に空気を吸い込むと――何かに気が付いたようにふとレッドの方を見て、今度は険しい目つきで唸り出した。
この火傷がレッドの仕業だと気付いたのか……?
「グルルルルル……!」
「はっ……ははっ……ざまぁないな……! さあどうする?」
剣を失い、目の前には「準」とは言え竜が居座っている。
さしものレッドもこうなってしまえば、迂闊には動けないはずだ。
しかしレッドは、ロクとブラックにしてやられた事ではなく、何かに対して焦りを感じているのか、己の片腕を掴みながらブラックを睨み付けた。
「くそっ……! 貴様ッ……俺に何をした……!?」
なに。何って……どういうことだ。
イマイチ状況が掴めず目を瞬かせる俺を余所に、ブラックはレッドを嘲笑う。
「何をしたって、僕は何もしてないけど? お前が勝手に人の物に手を出して、自爆しただけじゃないか。僕達はこんな指輪をつけあう仲だってのにさぁ」
そう言いながら、ブラックは手をレッドに見せつける。
レッドはそれを見て、俺の方を一度向き――――愕然としたように目を見開く。
ブラックの手に嵌められた指輪を見て、悟ったのだろう。だが、それで引き下がれと言うのも無理がある。それは、その場の誰もが解っていた。
「指輪か……なにか誓いでもしたのか? ふざけるな、それだけで俺を何度も弱体化させるような事が出来る訳がないだろう!!」
弱体化?
え、じゃあ……レッドに襲われても逃げ切れたのって、やっぱりブラックの指輪のおかげなんだろうか。あ、でも、そう言われてみると確かに、レッドは俺のズボンを剥ごうとした時に一度目を喰らっていたな。
あの時、ズボンには指輪が入っていた。指輪に触れた事で弾かれたのか?
だとすると……ブラックがこの指輪をくれたのは、俺を守るためって事で……。
「っ……」
思わず顔が熱くなって言葉を飲み込むと、俺のその様子を見てしまっていたのか、レッドが俄かに顔を歪めてブラックを見た。
「貴様……ツカサを使って……っ」
「使って? 僕は何もしてないけどなあ。ツカサ君を守るために作った指輪が上手いこと作用しただけなのに、強姦魔にどうこう言われる筋合いはないんだけど。むしろお前こそ殺すぞこのクソガキ……僕のツカサ君によくも何度も触れてくれたな……」
余裕綽々かと思ったら、ブラックは段々と声を低めて剣を振り下ろす。
相当怒っているのか、声だけは笑っているが俺が見ている背中にはどす黒い物が漂っているように思えた。
…………これ……レッドの事、殺さない、よな……?
ふとその事が心配になるが、しかし聞く訳にもいかない。
だがブラックを見るとその事が異様に心配になって来て、俺はロクに体を寄せて、睨み合う二人に気付かれないように、潜めた声でロクに話しかけた。
「ロク……」
「グ?」
「このままだと危ない気がする……俺、ブラックが傷付くのは嫌だけど、ブラックが人を殺す所も見たくないんだ。それに……俺、レッドを、殺すほど憎んでるってわけじゃないし……だから、どうにかして二人を止められないかな……」
確かに襲われたし、とんでもない物も見せつけられた。
俺としてはレッドの事が怖くて堪らないし、もう別荘に戻りたいとも思えない。
だけど……殺して欲しいなんて、思ってない。
ブラックを人殺しにしたくないというのは本心だ。でも、それとは別に……レッドを殺したくないという思いもあって。あんな歪な生活をさせられて、今だって首輪で縛められているというのに、いざとなるとどうしても断罪できなかった。
俺の中の「レッドに尽くそうとしていた」記憶が、彼を殺さないでくれと懇願しているのかも知れない。もしくは、相手の境遇を知ってしまったから、同情の気持ちが湧いてしまったのか。何にせよ、ブラックにとっては裏切りに思えるかもしれない。
だけど……知ってしまうと、どうしても、見捨てる事が出来ない。
……だって、そうやって、見捨ててしまったら……――
ブラックがやった事を許して受け入れた俺を、否定する事になるんだから。
「殺す? ……はっ……ハハハッ、ははははは!! 良いだろう、殺してみろよ……俺の母様を殺したみたいになぁ!!」
ロクショウに縋りついて悩んでいた俺の耳に、唐突な笑い声が聞こえた。
何が起こったのかと振り返ると、そこには。
「っ……!」
まるで炎のように真紅の光を纏い沸き立たせ、拳を握りしめている……鬼のような形相のレッドが、俺達を睨み付けていた。
その姿の周囲には、小さな竜のような炎の線が幾つも現れ、レッドを守るように回っている。それだけでレッドが本気で戦おうとしているのが解って、俺はロクの体に指の腹をぐっと押しつけた。
「レッド……」
まだブラックの事を仇だと思っている。
ブラックを仇だと思って、殺そうとしているんだ。
俺との関係についてだけじゃなく、レッドの母親の事まで持ち出されてしまったら、そんなのもう、泥沼じゃないか。
レッドはブラックを仇だと思い込んでいる上に、恋敵として憎んでいる。
だけどブラックは何もしていないし何とも思っていない。それどころか、俺の事でレッドの事を殺しても構わないとすら思っているんだ。
ブラックは「違う」としか言わない。だから、レッドは激昂する。
やっぱり、その誤解から解かなければ――――
「あっ…………」
「クゥ?」
驚いた俺に、ペコリア達が首を傾げる。俺は彼らに頷くと、再びロクショウの方に顔を向けて、ある事を頼んだ。
「ロク、リザードマンになれるか!? 頼む、少しで良いから時間を稼いでくれ!」
「グォオ?!」
どうするの、と言わんばかりに声を上げるロクに、俺は答えを返した。
「俺、一か八か……別荘に戻って証拠を見つけて来る……!」
もし俺が見た“あの部屋のもの”が見間違いでなければ、きっと手がかりがある。
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