異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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謡弦村アルフェイオ、陽虹を招くは漆黒の王編

10.作戦は複雑な物だけではないワケで

 
 
 
   ◆



 薄暗い霧の中、ぼんやりと浮かび上がるあかりが見えて来た。

 馬上でそれをながめながら、俺は思わず息をんでほぞを噛む。
 何故なら、その明かりにホッとしてしまったからだ。

 霧で木々の輪郭も解らないほど曖昧あいまいになった暗い世界では、人工物の明かりが見える事はどれほど人を安堵あんどさせるか解らない。これが何も知らない旅人なら、一目散にあかりへ向かって走り出していただろう。
 それぐらい、月明かりに白く浮かび上がる霧は厄介な物なのだ。
 現に俺もホッと息を吐いてしまったのだが……コトはそう単純ではないのである。

 その明かりに近付けば、今から恐ろしい事が始まってしまう。
 身の毛もよだつとは言わないが、危険なことには変わりないだろう。少なくとも俺は間違いなく危険に曝されるであろうことが分かっているのだ。

 だからこそ、俺は安堵の溜息を吐いてしまった軟弱な自分に、頭の中でゲンコツを喰らわせずにはいられなかった。
 ああもう俺の俺の意気地なし。さっき吐いた息を取り戻したい。

 だが、吐息はもう溶けてしまっていて、代わりに冷えて少しばかり湿った空気が口の中に無遠慮に入り込んでくる。その冷たさに、のどや肺まで寒くなるような気がして思わず浅く呼吸をするけど、そうすると妙にドキドキしてきてたまらなかった。

 でも、もうやると決めたんだ。事件即解決のためには、こうするしかないんだ。
 だ、だから……その……。

「いーいツカサ君、僕が起こすまで寝たフリしてなきゃだめだよ?」
「う……うん……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。ほらツカサ君の大好きなうまちく……藍鉄あいてつ君もいるわけだし。ねっ?」

 お前いま馬畜生って言おうとしただろコラ。
 思わずムカッとしたが、俺を乗せてゆっくり進んでくれている格好良くも可愛い俺のディオメデ……藍鉄が、小さく声を出してなだめてくれる。
 ううん藍鉄は可愛いだけじゃなく大人だなあもう! 本当可愛くてたまらん!

 久しぶりの藍鉄のすべすべした首筋や筋肉が浮かんだたくましい馬体を存分に撫でると、藍鉄も嬉しいのかフヒフヒと啼いて、首根っこにつかまっている俺にほおを摺り寄せて来た。はぁ~愛おしい……青毛の格好いい馬なのに人懐ひとなつっこいなんて最高なんだがこの世で一番格好いいサラブレッドなんだが!?

「ツカサ君イチャついてないでそろそろ寝たフリしてよ」

 もーブラックはまたすぐ不機嫌になる。
 俺の可愛い友達とやっと再会したんだから、少しぐらいじゃれてもいいだろうに。
 まったくもって融通の利かないオッサンだと思いながらも、俺は姿勢を変えて藍鉄の背に腹を預け荷物のように項垂うなだれた。それを見て、ブラックは縄で俺と藍鉄の腹をそれなりにしっかり縛る。新手のプレイではない。これが大事なのだ。

「よし、じゃあ行くよ。僕が起こすまで寝たふりだからね?」
「わ、解ってるって」

 出来るだけだらんと体を弛緩しかんさせると、ブラックは藍鉄の手綱を取って歩き出す。
 しばらく目を閉じて、藍鉄のゆっくりと歩く振動に揺られていると、歩みが唐突に止まった。思わず目を開いて盗み見をしてしまいそうになるが、ぐっとこらえる。
 すると、ブラックが声を出した。

「おい、もう朝だぞ」

 全くの真夜中なのに、変な事を言う。
 すると、ややあって中から誰かが出てくる足音がした。

「よおダンナ……おっ、さすがだな早速連れて来てくれたのか! しかも……随分と珍しいオマケだな。黒髪なんてここらじゃ滅多に見ないぞ」

 聞いた事のない軽薄そうな声だ。
 近付いてくるような雰囲気があったが、別の足音がそれを阻止した。

「雇い主より先に手を出す気か。さっさと入れろ」

 俺には滅多に向けて来ない、不機嫌でぶっきらぼうなブラックの声。
 その声……いや、恐らく目に見える程の雰囲気に圧倒されたのか、軽薄そうな声の主は数歩後退あとずさって道を譲ったようだった。あの「朝だぞ」って、もしかして合言葉のようなものだったのかな。

 不思議に思う俺をしり目に、再び藍鉄が動いた。
 空気が流れて行く。すると、まぶたを閉じていても解るくらいに光が強くなった。
 足音が少し違う。草を踏んでいない。ということは……アジトに入ったのかな。

 黙っているブラックにならって口をつぐみ一生懸命に「眠らされたフリ」をしながら、心を落ち着かせるために俺は周囲からの感覚を断って再び“己の役目”を反芻はんすうした。

 ――――あの後……ブラックにまたも変な事を約束させられたあと、俺達は「どうすればより早く事件を解決できるか」を話し合った。
 そうして、ある作戦を立てたのだ。この状態もその作戦の一部なのである。

 と言っても……そこまで難しい話はしていない。簡単に説明すると、こうだ。

 まずブラックが一度アジトに帰って「下見をして来たから明日一頭連れて来る」と約束し、そのついでに“お土産”も持って来るとうそぶいておく。ブラックいわく、盗賊達はお世辞にも頭が良いとは言えない奴らなので、実力が有れば了承してくれるらしい。
 現にこうして俺は「捕えられたお土産」として連れて来られたのだが、見張りらしい軽薄な声の盗賊は一ミリも疑っていなかった。大丈夫かこいつら。

 ……んでまあ、そうやって潜入したら、あとは一網打尽にして首謀者を聞き出して警備兵に引き渡すだけだ。これで全ては解決バンバンザイってワケだな。
 囮になって侵入し、盗賊をボコッて捕まえ、首謀者も叩いて即解決。
 これ以上ないほどにシンプルで説明しょうがない作戦だな、うむ。

 と、簡単に言ってしまったが、それが高難易度なのは俺も解っている。マジモンのチート主人公ならまだしも、俺はちょびっと役立つチートが使えるだけの一般人だ。軽く見て簡単に出来る事ではないのは重々承知している。

 だが、今の俺にはブラックと言うデタラメな強さの内通者と、それにブラックが持って来てくれたこの世界での俺の命綱……色んな道具が入ったバッグが有る。これさえあれば、俺だって一人前だ。ブラックと二人なら、とりあえずは戦えるのだ。

 なんたって、このバッグの中には俺の可愛い友達モンスターがくれた【召喚珠しょうかんじゅ】が三つと、虎の子の逸品である俺の相棒を呼び出す笛が入っているんだからな!
 あと、もう一個、とんでもない【召喚珠】があるんだが……これは今使えない。

 ともかく、その【召喚珠】の中には、俺のフレンズのひとりである【争馬種ディオメデ】の藍鉄あいてつが居るのだ。彼が手伝ってくれれば最早百人力である。
 仲間である藍鉄と一緒に囮になれば、コトはよりいっそうやりやすくなる。
 それに、他のディオメデ達を危険に曝す事も無い。なにより、藍鉄はずっと一緒に旅をして来た頼もしい子だ。頭も良くて格好良くて可愛い最高の馬なので、きっと凄い活躍をしてくれるだろう。俺もなるべくは活躍したいがな!

 ……とまあそんな感じで、準備は万端でアジトに乗り込んだ俺達だが……いざ作戦開始となるとドキドキしてきた。何か不備があるんじゃないかとか、やりとげられるんだろうかとかマジで心配で……。

 一応、ギルナダやオサバアにはぼんやりと作戦を伝えておいたから、俺が消えても村の人は慌てたりしないだろうけど、何か大事な事を忘れてるではとヒヤヒヤする。
 いっそカチコミ入れて正面からぶっ潰した方が楽なんだけど、そうなると捕らわれているディオメデがどうなるか解らないし、細かい情報が消える場合もあるからな。

 首謀者が別にいる事が判明しているのなら、派手に動く訳にはいかない。
 いや、チートものならここでバーンと入ってチョチョッと倒して、おまけに首謀者が誰なのかも判明出来るんだろうけどなぁ……この世界には、ステータスウィンドウも相手の能力を数値化したり詳細に見る事が出来る術もないから大変だ。

 一応【鑑定】とか【索敵】が出来る【査術さじゅつ】っていう付加術ふかじゅつは存在するんだけど、ソレだって相手の何もかもが判るって訳じゃ無いからなぁ……。
 本当、俺が選ばれた異世界は難易度高くてイヤんなるよ。もうちょっと普通の……というと何か変だが、チートものっぽい異世界でもいいのにな。はぁ。

「おう用心棒帰って来たか。流石は冒険者だな」
「ええ。とはいえ、一頭だけですから“さすが”とは言えませんがね」

 ブラックの敬語は聞き慣れてなくてゾクゾクする。
 だけどこの濁声だみごえっぽいイカニモなデカい声は……もしや盗賊のかしらか?
 周囲が見えないので判らないが、いつの間にか頭が居る部屋まで来てしまっていたらしい。そう言えば数人の話し声が聞こえるぞ。
 会話を聞き逃さないようにしなければ、と耳を澄ませると、周囲のザワザワとした声まで聞こえてきた。

「おい、黒髪だってよ。あいつ男か?」
「いや男っぽい女かもしれんぞ、小せぇしよ」
「アレが用心棒のダンナがご執心だったメスか? よっぽど体がイイのかね」
「だがあんなチビにチンコが入るのかね。キツくて辛そうじゃねえか?」

 だーーーーっうるさいうるさいうるさい! バカ、お前らホントバカ!!
 なんでこう盗賊ってのは大体下卑げびた事ばっかり言うんだよバカ!

「それで、土産みやげがソレか」

 さっきの頭っぽいのが声を出したと思ったら、誰かが近付いて来る。

「ええ。極上ですよ。馬は幻惑の術で一時的に催眠状態にしてますが、私の付加術は長く持ちません。早めに馬房へ」

 これは……ブラックだな。俺の縄を解いている。
 すると、抱え上げられる感じがして藍鉄の体が離れて行った。

 ああっ、俺の可愛いおんまちゃん……きっとすぐに迎えに行くからなあ!

 涙をこらえそう思いながら、寝たふりを続けて体を弛緩しかんさせていると、脇腹をつかまれぐっと抱え上げられた。この格好は……誰かに見せてるとか、そういうのかな。
 じゃあ俺の真正面に盗賊のかしらが居るのか。やべえ、寝たふり頑張れるかな。

 ドキドキしつつ寝たふりを続けていると、ふうむと少し遠くから声が聞こえた。

「その小僧、確かに身なりは綺麗で可愛い顔をしてるが……土産になるほどか?」

 可愛いというのは聞き捨てならないが、まあ男むさい盗賊からすれば俺は可愛いと言えるかもしれない。そうだな、盗賊基準だからまあ仕方ないよな。
 しかしまあ、このかしらは審美眼だけなら確かなようだ。
 そりゃ俺みたいなのを土産に持って行っても、喜ぶ奴は少なかろう。

 しかもこの【ライクネス王国】という場所は、黒髪の人間がかなり少ない。
 こういう異世界では定番の「黒髪や黒髪黒目の人は忌避される」という設定なんかは無いが、しかし珍しいと言う事で娼館では人気らしかった。
 ……俺は残念な事に娼館に通った事は無いがな。

 まあ、そんな感じなので黒髪以外は別段変わり映えのしないただのガキである俺は、普通のシュミの人間ならば無価値に見えるだろう。だから言ったんだよ……俺をお土産として持って行くのはうたがわれかねないんじゃないかと。
 しかし、ブラックは盗賊のかしらいぶかしげな言葉に、フフッと笑った。

「昨日試したんですから、間違いありませんよ。それを証拠にほら、見て下さい」

 そう言いながら、ブラックがその場に座る。俺はブラックの胡坐あぐらの上に乗せられ、背後の体に寄りかかって頭を肩に乗せ天井を見上げる格好になったが、すぐさま別の感覚に襲われて思わず声が出そうになってしまった。

 だ、だって。だってブラックが、いきなり俺の服のボタンを……っ!

「ほら見て下さいよ、この男とは思えない滑らかな肌と柔らかな質感……。乳首も、遊び慣れた大人とは全く違う清らかな薄紅色だ」

 ちょっ、ば、馬鹿、何してんだ、なに服をはだけさせてんだー!!
 ああでも叫べないし顔も動かせないし……いや待て、俺は男だ。胸を見られても何も恥ずかしくないじゃないか。ただ、その、ちょっとだけ変な事言われてるだけで。
 だから耐えられる。人に裸を見られたからなんだ、俺だけ服を脱がされたからって別に構わないだろう。それに周囲の盗賊達も半裸かも知れないし!

 女子じゃないんだからピーピー騒ぐなと己に言い聞かせて、俺は心を引き締める。
 だけど、そんな俺を知ってか知らずかブラックは更に言葉を続ける。

「聞いた話では、これで十七だそうですよ。……ここまで子供そのままの性質を残す稀有けうな存在なら、スキモノの貴族が高く買ってくれるんじゃないんですかね?」

 その言葉に、何故か周囲がザワついた。
 な……なに……なんでザワッてしたの。待ってなんか視線が痛いんだけど。
 さっきより変な視線を感じるんだけど!

「ほう……そりゃ珍しいな……! 確かに、これで成人とはとても……いや待てよ、そうは言ってもソッチは立派な大人だろ。売るにしてもそれじゃ良い値はつかんぞ」
「確かめて見ますか?」

 え……。
 ちょっとブラック、何言ってんの。まさか、アンタ…………わーっやっぱりー!!
 バカバカバカちょっバカバカ脱がすな、ズボン脱がすなバカっあっやだパンツまで一緒にやめろばかっ、ばかああああ!!

「おお……」

 声が、聞こえる。周囲が更にざわついて、視線が体に突き刺さって来る。
 洞窟の中の冷えた空気が一気に曝け出された部分を撫でて来て、俺は無意識に体をねじって隠しそうになった。だけど、こんな状態じゃそれも出来なくて。

「可愛いでしょう? しかも、太腿ふとももは男とは思えない肉付きだ……女とは一味違う肌を味わえば、やみつきになること請け合いですよ」

 まるで、本当に商売人みたいな事を言う。
 ……ブラックはいつもそう言ってるし、それを褒め言葉として嫌がる俺に毎回毎回ぶつけてくるけど……でも、こんな風に商品を説明するみたいには言わなかった。

 それが、まるでブラックに本当に売られるみたいで……背筋が凍る。
 恥ずかしい部分を大勢の人間に見られている事と、その心が繋がっていないような言葉に思わず顔が歪みそうになって、俺はぎゅっと目を強くつぶった。

 こんな事で泣くなんて、恥ずかしい。男なのに、何で泣こうとしてるんだ。
 しかも……絶対にそうは思っていないだろう相手の言葉を、分かっているのに誤解して泣きそうになるだなんて……っ。

「ほぉ、そうか……へへ……じゃあまずは俺が味見を……」
「っ……!」

 だ、誰かが立ち上がったような音がする。布ずれの音がかなりデカい。
 音から考えて、これは普通の体格の人間じゃないぞ。誰だこれ、まさかこれが盗賊の頭なのか。そ、そんな奴が立ち上がったって事は、今から俺……。

 ぶっブラック、守ってくれるんだよな、まさか寝取らせなんてしないよな!?
 執着心の塊みたいなブラックがそんな事をするとは思えない。いやでもコイツ俺に対して羞恥プレイばっかり強要してくるし、俺がモンスターに襲われてえっちなコトをされている時はニヤニヤしてたし解らんぞ。
 そもそも、ブラックは盗賊を人とは思っていないんだ。
 つまりモンスターと一緒の、殺しても良い存在だと考えている。

 や……ヤバい。こいつなら俺を一発ヤらせた後で、盗賊達を殺すくらいはするぞ。
 そうなると余計にヤバい事になる。ていうか嫌だ、盗賊になんて犯されたくない、俺は女騎士じゃねーんだぞ嫌に決まってんだろやめろマジでー!!

 チクショウ、もう目を見開いてやろうか。でも作戦だからそれも出来ないし!
 ああもう一体どうすればいいんだ……と、思っていると……。

「お待ちくださいかしら。そのものを辱めるのは得策ではないかと」

 …………あれ。なんか知らない人の声が奥の方から聞こえてきたぞ。

「なんだと?」

 あ、頭が不機嫌そうな声になってる。
 どうしたんだろうかと身構えていると……奥の方からの声が続けた。

「その者は、もしかすると……我々が思っているよりも重要な存在かもしれません。良くすれば……あの村をも操れるかもしれませんよ」

 誰だ、この声は。
 ブラックが何も答えてくれないと言う事は、ブラックも知らない奴なのか?

「チッ……おあずけか……。まあいい、その事は後で説明して貰うとして……」
「牢屋に入れておきましょう。鑑賞するだけでも楽しいでしょう?」

 穏やかな声。
 だけど、その声の発する言葉はどうしようもなく冷酷だ。

 正直、俺は盗賊の頭の声よりも……奥から聞こえたその穏やかな声の方に、恐れを感じずにはいられなかった。












 
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