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謡弦村アルフェイオ、陽虹を招くは漆黒の王編
12.どうしてこんなことを
◆
どうしよう……と、困る場面と言うのは、大概が「解決策は存在するが、得策とは言えない」だとか「それを行った後に事態がどうなるか解らない」という微妙な立ち位置に立たされた時だと思う。
今の俺にも、ちょうどその「どうしよう」がやって来ている。
このまま逃げる事も出来るが、しかしそうすると計画がバレる。それに、今俺の事を鳥籠のような物に入れて運んでいる盗賊達や、ムアンという男装の女性から逃げる事が出来るとは到底思えない。なにより、この霧の中だ。
俺にはどこへ進んでいるのかもわからないし、すぐ横が崖なのかどうか見当すらもつかないんだ。逃げる事は出来るけど、後の事が考えられなかった。
だから、俺は冷たく湿った空気を吸い込んで逡巡しているのだが……。
「……ッくし!」
「へへ、風邪に魅入られたかオミヤゲちゃん」
「まあその格好じゃ仕方ねえけどな」
そう言われて、思わず顔が熱くなる。
何故なら今の俺の格好は……ちょっと、自分でも説明したくない姿だったからだ。
……だって、今の俺は……長くて綺麗な模様を織り込まれた長い長い布を服のように来て宝飾品で無理矢理飾り立てられた姿なんだから。
いや、うん。自分の格好がおかしいのは俺が一番分かっている。つーか腕丸出しで布を肩から後ろに流しているから腹も横風に触られて寒い。インドの伝統衣装であるサリーみたいな格好だけど、内部が何もなくパンツ一丁なもんだからマジで凍える。
しかも頭やら首やら腕やら服やらにジャラジャラつけられた飾りがまた重い。
豪華さは正にインドじみているが、ちょっと違う感じの飾りだ。どっちかっていうと南米っぽいような感じがした。いやまあそこ掘り下げても仕方ないんだけどね。
ともかく、俺は無理矢理着せ替えられて今もの凄く寒いのだ。
はあ、大人しく檻で待つ……なんて事が出来ないのは解っていたけど、まさかあのムアンという人に連れ出されるなんて思いもしなかったよ。
ブラックには何も知らせられなかったけど……指輪だけはなんとか身に付けることが出来たから、きっと追って来てくれるよな。
昨日話し合った結果では、とりあえず俺はムアンさんの言う「イスゼル」という物を探る事になり、ブラックはディオメデを買おうとする奴らを締め上げて情報を奪う事になった。なので、俺は彼女がどんな意図で俺を「イスゼル」と呼んだのかを探るつもりだったのだが――こうなると、それどころじゃなくなってきたな。
俺を檻から出した時、彼女は「時は来た」と言っていた。そうして、俺を馬と一緒に連れていくことはせずに自分だけ別行動をし出したのだ。
ということは、俺を何か別の目的で使おうって事だよな……。
でも、彼らは俺をどこへ連れていくつもりなんだろう。
イスゼルってモノに関係がある場所なんだろうか。
ムアンさんはこの何も見えない霧の中を平然と進んで行くけど、俺にはここがどこで、山のどの辺りなのかも全く判らない。
盗賊の子分達も不安げな顔をしていたけど、彼女は迷いなく「五里霧中」な霧の中を歩いて行く。その足取りもどこか確信めいた物が有った。
ムアンさんの目的地は、彼女が知っている場所なんだろうか……?
「……ああ、見えてきたな」
男っぽい言葉遣いでムアンさんが言う。だが、前方には何もない。
ただ、濃い霧が立ち込めているだけだ。子分達も不思議そうに首を傾げていた。
一体なにが「見えてきた」のだろう。ムアンさんだけに見える何かなのかな。
この世界は俺の世界とは違ってファンタジーな事が起こるのが当たり前だから、俺達の目には見えない物が有っても何もおかしくないんだけど……。
「よし、お前達ご苦労だったな。籠を降ろしてこっちに来い」
ムアンさんがそう言うと、子分達は彼女に近付いて行く。
どうしたのだろうと俺が籠の格子の隙間から様子を窺うと、彼女は二人を自分の傍に近付けて――――瞬間、子分達の首から血が噴き出した。
「え……!?」
何が起こったのか、理解出来なかった。
いや、違う、理解出来る。
ムアンさんの右腕が、何かを振り払った後のように上がっている。首から血を噴き出しながら崩れ落ちる子分達二人は……ムアンさんの手によって殺されたのだ。
おそらく、いつの間にか鋭く尖っていた刃物のような爪によって。
「な……む……ムアン、さん」
「おや、私を“さん”付けしてくれるのかい? 随分と礼儀正しい子だね。……だけど、無理をしなくても良いんだよ。私は今、君の目の前で人を殺したんだから」
そりゃ、そうだけど……でも、それとこれとは関係ない。
俺は年上に、女性に出来るだけ礼儀を尽くす主義だからな。「さん」も付けるさ。
それに俺だって男だ。こんな事でピーピー泣き喚くほど根性なしなわけじゃない。
俺も修羅場何度も潜って来てんだよ。今更弱いとこ見せられるか。
息を飲んで必死に何かを堪える俺に、ムアンさんは薄らと笑った。
「思ったより強いね、キミ」
「お、おかげさまでね……。それより、どうしてこんな事をするんですか。もうそろそろ話してくれたって良いんじゃないんですか」
少し険しい顔で見上げると、彼女は軽く首を傾げた。
「話せば協力してくれるかな」
「悪い事だったら手を貸せません」
「じゃあ話が早い。私がするのは良い事だからね」
「……こんな事をする人の“良いこと”って、なんですか?」
そう言うと、ムアンさんは目を歪ませた。
この笑顔は俺を侮っている笑みではない。これは……自分の事を理解していて、俺の言葉に「そうだろうよ」と純粋に笑っている表情だ。
俺は、こんな顔をする人がどんな人かを知っている。
この笑みを浮かべる人は…………
自分の行いが悪事だと解っていても遂行してしまう、箍が外れた人だ。
「一つ、昔話をしようか」
俺の問いへの回答を待たずにムアンさんは静かに語り出した。
「かつて第三の乱世と言われた時代、この山はただの丘だった。そこに住まう我々は草原の民として暮らし、下界に住まう“茜の王国”と呼ばれた国の一塊の民として長く安寧を味わって来たという。……だが、その安寧も長くは続かなかった」
「…………」
「世界は乱世になり、大地は獣の腹のように脈動した。我々も丘を守るために野獣と戦いに明け暮れ……その戦いを見て悲しんだのか、神は我々の丘を高い岩山として作り変え、なおも追ってくる獣たちを退ける為に“神の帳”を降ろした。それが……今は【霧の壁】となり、以来、アルフェイオという村で暮らす【ポートス】の民は、この閉ざされた世界でモンスターに怯えながら独自の文化を築いて来たのだ」
神の帳……そうか、だから殆どの時間霧に覆われてるのか。
だけど、どうしてそれを俺に話してくれるのだろう。
嫌な予感を感じながらも黙って聞いていた俺に、ムアンさんは口角を上げた。
「ポートスの民は、かつて“天の階を識る者”と呼ばれた存在だった。他の民とは違う独自の文化を築き、その呪術は神にも匹敵したと言う。……だが今は、神が作った檻に囚われて、何も見ようとしない。何も触れようとしない」
「ムアン、さん……?」
「だから私が、今から目を覚まさせてやるのだ」
ゆっくりと彼女が俺の前に跪き、弧に歪んだ目を俺にじっと向けて来る。
そうして……その紅暗色の目を恐ろしいほどに見開いた。
「――――ッ!!」
「私を殺したポートスの歴史を、今ここで終わらせてやる。キミはその鍵だ」
狂気に染まった、目。
だがそれだけじゃない。彼女の眼には、光が全くない。霧に囲まれているからではなくて……何か……何だかよく解らないけど、何か途轍もなく嫌な感じがした。
……ヤバい。これは、間違いなく本気の目だ。
だけど、そこまでしてあの村の人達を憎む理由ってなんなんだ。殺したと言ってたけど、彼女に何がったんだ?
でも、そんな神話のような話を当たり前のように語って、こんな顔をするほどに村を憎んでいるってことは……。
「貴方は……元々、アルフェイオに住んでたんですか」
その言葉に、彼女は再び嬉しそうに見開いた目を歪めた。
「聡い子は好ましい。……キミが逃げれば村はどのみち私に殺されて滅ぶ。だから、ちゃんと役目を果たしてくれるね?」
笑いながら、彼女は言う。
そうして、軽々と俺の籠を片手で持ち上げると歩き出した。
その先にあるのは……崖だ。
まさかこんな近くに崖が在るなんて思わなかった。
だが、彼女は崖など物ともせずに軽く跳躍して、足場を見つけながら、嘘みたいに簡単に跳び上がっていく。俺と言う重い荷物があるのに、まったくその重さを感じていないようだった。でも……俺の鳥かごを掴む彼女の片腕は小さく震えている。
まるで、腕だけが「つらい」と言っているようだった。
他は、まるで平気なように動いているのに。
「………」
これは、どういうことだ。何が起こっている。彼女は何なんだ?
解らない。まるで予想が付かない。
だけど……このまま目的地に行けば……彼女の目的も、俺の役目も解る。
そして恐らくアルフェイオに何が起こるのかも判るはずだ。
もしかしたら、ディオメデ達を攫った理由も判るかも知れない。
だけど……彼女がもしアレイスさん達と同じ【ポートスの民】だとしたら……今さっき彼女が吐き捨てた言葉は、一体どういう意味なんだろうか。
アレイスさん達が、仲間を見捨てるはずはない。だけど、ムアンさんが嘘を言っているとは思えないんだ。
「一体……なにがしたいんですか……?」
思わず呟いたその問いには、応えてくれなかった。
→
※修正は後程…(;´Д`)
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