異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

21.悔恨の間

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「なっ……コープス!?」

 何故こんな場所に一体だけ現れたんだ。
 いや、もしかしてここは本当に海洞かいどうダンジョンなのか?

 徐々じょじょに近づいてくる相手に驚いたものの、なんとか呼吸を整えて一歩後退あとずさる。だが相手はこちらのことなどおかまいなく、ゆっくりと近付いて来ていた。
 やっぱり、こっちのことは「動く標的」レベルにしか考えてないのかな。ゾンビの思考とか全然分かんないけど、高度な知能を持っているってことはないハズ……。

 だとしたら急に走っては来ないだろうし……充分に引きつけてから、あの通路に走って行って逃げても大丈夫なんじゃなかろうか。

 抱えているロクショウをどこか安全な場所に隠せば、コープスなら俺一人でも対処出来るかも。よ、よし、とにかくなんとかこの場所から脱出しよう。

「ア゛……ぁ……」

 ゆらゆらと揺れながら、コープスはゆっくりと近付いて来る。
 やはり、こちらに駆け寄ってくるような元気は無いようだ。よしよし、これなら、あわてさえしなければ俺でも逃げる事が出来るぞ。

 そんな事を考えながら、めいっぱい引きつけて逃げようと構えていると……相手は、何を思ったかもう少しで至近距離に入る所で不意に止まった。
 な、なんと絶妙な位置で止まりやがるんだ。これじゃ、いくら逃げる隙間があると言っても、小部屋のここでは横をすり抜けて行かざるを得なくなる。
 そうなれば、食い付かれる確率も無くはない。

 まさか、それを考えての待機なのか。もしかしてコイツには知能があるのか!?

 新事実に思わずあせった俺だったが、相手は――――

「え……?」

 当たり前のように、ゆっくりと手を差し出してきたではないか。

「…………えっと……」
「…………」

 相手はうめきもせずに、ただ手をこちらへ伸ばしている。
 だけど、その手はどうも俺を捕えようとしている感じでは無かった。ハッキリ確信できるってワケじゃないんだけど……なんていうか、本当に手を差し出してるんだ。

 捕まえる時って、服とかをつかもうとするから、手のこうが天井を向いてるハズなんだけど、このコープスはそうじゃなくて、てのひらを向けてるんだ。
 それって、普通に「手を取って欲しい」って言ってるって事だよな。

 少なくとも、こっちを強制的に捕まえようとしてる風ではない。

 …………となると……もしかして、俺に対して何かを望んでるのかな。
 だから、手荒な真似をしたけど、ここに置いて目覚めるまで待っていた、とか。
 なら、このコープスは他の奴らとは違うってことなんだろうか。それとも、コイツは呪いに掛かって【シカマビト】になっちゃった人で、助けを求めてるのかな。

「……あの……俺に、なにか言いたい事が有るのか……?」

 ロクショウを抱き締めながら、恐る恐る聞いてみる。
 と、相手は一歩近付いてきた。

「ぁ゛……」

 目の所は影が掛かっていて、まるで目玉が無くなっているみたいだけど、こっちの事は見えているみたいだ。やっぱり「来て」ってお願いしてるのかな。
 手を伸ばされても、俺は男と手を繋ぐ趣味は無いのでちょっと困ってしまうが……いや、相手からすれば俺は淑女の幻覚でおおわれているのかも知れないしなぁ。
 うーむ……どうしたもんか……。

「どっかに付いて来て欲しいの?」

 問いかけるが、相手は今の状態で止まったままだ。
 手を取らないと動いてくれないんだろうか。いや、この状態なら逃げても別に良いんじゃないのか。お願いされたってこのコープスに付いてく義理は無いんだし、そもそも俺はぶん殴られて誘拐されてんだ。
 むしろ逃げるのが当然ってもんだろう。

 そう思って、ちょっと相手を避けて、相手を横切ってみる。
 案外すんなり通れてしまい、さっさと入口まで来る事が出来てしまったが……振り返った相手は、こっちを見ているが追いかけてこようとはしなかった。

 ただ、俺の方を向いて、再び手を差し出してくるだけで……。

「…………あ~~~もう分かったよ! 行きます行きます!」

 なんなんだよもう、感情無さそうなのになんでションボリしたように見えるんだ!
 本当はヤなんだからな、男と手を繋ぐのとか絶対ゴメンなんだからな!

 でもまあ、このまま連れて来られた理由も解らずに帰るのもなんだし、もしかすると俺を必要としてる人がいるのかもしれないし……あーもうヤケだヤケ!
 いざとなったら何とかして逃げればいいんだ、そーだそーだ。

 自分でも「バカだなあ」と思いながらも、結局相手を無碍に出来ず俺はコープスに近付いた。相手は感情も無く、体を傾けたまま半開きの口でうめいていたが、こっちに向けられた手に片手を乗せると、そのままゆっくりと指を動かして俺の手をにぎった。

「…………」

 なんだ、めっちゃソフトに握って来るな。
 てっきりゾンビにありがちな「めっちゃ力強くて骨が折れる」みたいな事が有るんじゃないかと心配してたんだが……別にそんな事は無かったか。

 でも、相手の手は凄く冷たくて、手の内のそこかしこがブヨブヨしていて不気味な事には変わりが無い。死人の手なんて握ったのは初めてだけど……この感触は、幻覚で作られているモノなんだよな……?

 だって、コープスって人の邪念が凝り固まって生まれたモンスターなんだもんな。
 この妙な感触の手だって、言ってみればニセモノのハズなんだけど……でも、実際握ってみるとイヤな感じに湿ってるし、ブヨブヨだったり固まってたりするし、そのうえやっぱりニオイはするし。

 うーん……良く考えたらゾンビの手を握るって、選択肢としてはありえんのでは。

 フツー、臭いからさすがに嫌がるよな……何で手を握ったんだ俺。
 いやでも、何か……全然表情とか無いのに、俺が逃げようとすると凄いションボリした感じになったように見えたから、なんか、つい握っちゃったと言うか……。
 ……これも普段ワガママなオッサン達と接しているせいなんだろうか。

 だとしたら恨むぞオイ。何で俺が男と仲良くお手手繋いで洞窟歩いてんだよ。
 絶対やんないんだからな。コイツが普通の男だったら絶対やんないんだからな!

「……にしても、どこに連れて行くんだろ……。なあ、どこに行くんだ?」

 目の前を歩いているコープスに問いかけるが、相手は答えてくれない。
 どうも、話せる感じじゃないみたいだ。

「うーむ……危険……はないのかなぁ……」

 周囲を見てみるが、ワナらしいワナは見当たらない。
 それにしても、なんだか綺麗な洞窟だな。岩壁は、ちょっと紫を含んだ暗い青色で綺麗だし、通路も広い。地面は土が剥き出しなのかと思ったけど、平らな小石が埋めこまれた感じのお洒落な石畳っぽくなっている。
 どう見てもこれ人為的な床だよな。

 それに、妙に明るくて全然見えない所が無いし……ここが本当に海洞ダンジョンだとしたら、どの階層なんだろう。俺達は第五層にも到達してなかったハズなんだが、あの廃虚だらけの道を抜けたら洞窟になるのかな。

 こんなことなら頑張って半分以上到達しておけばよかった。
 そうすれば、逃げるってなった時にブラック達と合流できたかもしれないのに。
 いや、昏倒してから何日経ったのか分かんないんだけどさ。

 そんな事を考えていると、コープスは不意に十字路を右に曲がった。だけど、俺の手を出来るだけ優しく引こうとしているのか、強く引っ張られる感じは無い。
 カクカクしてるけど、やっぱり紳士っちゃあ紳士なんだよな……。

 うーん……にしても、どういう事なんだろう。
 コープスが俺に助けを求めるような事態ってなんなんだ。
 そもそもの話、あそこで俺を昏倒させたのは本当にこのコープスだったのかな。
 後頭部が出血するぐらい強く殴りつけた行為と、コープスのこの優しい行動が結びつかない。もしかして別に何か居たんだろうか。

 でもなあ、コープスが人間に対して襲い掛からないってのがまずヘンだし……。

 ……こういう時、ブラックが隣に居たら何か思いついてくれるのになぁ。

 考えても仕方のない事を思いながら、通路を歩いていると――――進むうちに、段々と周囲の岩壁に含まれる紫色が強くなり、発光して来た。
 もしかして、岩壁に含まれているこの紫の光のおかげで明るかったんだろうか。

 だけど、強くなる紫色の光はなんだかおどろおどろしくて、少し背筋が寒くなる。
 段々と広くなってきて、今はもう大人四人が横に広がって歩いても平気なくらいの大きな通路になってしまった道に不安を感じていると、道の先が急に開けて、向こう側が光で見えなくなっているのに気付いた。

 もしかして、あの先に俺を連れて行きたい場所があるのかな。
 コープスに手を引かれ、片方の手でしっかりと眠ったロクを抱えながら、光の先に足を踏み入れ――――見えた光景に、俺は思わず息をんだ。

「え…………」

 ――――ドーム状になった広い空間。
 紫色の毒々しい光に照らされて、岩壁がどくんどくんと脈動している。良く見れば、血管のような物が浮き上がっていて、それは「岩」ではないことに気付いた。
 だけど、そんな事なんてどうでもいい。

 長い階段を下りた先にある石畳の広間の先……俺達の真正面に静かに鎮座しているものに比べたら、壁が生物のようにうごめいている事なんて些細ささいな事だった。
 何故なら、その鎮座している物は――――

 地面から生えて、天井の近くまで伸びている……恐ろしいほど巨大な白い蛇の腹だったのだから。

「な……なに、あれ……」

 驚く俺に構わず、コープスは俺の手を引いて階段をゆっくり降りて行く。
 その動きに逆らえず俺も階段を下りるけど、近付けば近付くほどその巨大な白蛇の腹は、信じられないほどの迫力で緊張してしまう。

 だけど、ヘンなんだ。
 腹というのは間違いないんだけど、うえが無い。首の部分が無いんだ。
 階段のてっぺんから見た上部は、何者かに食いちぎられたみたいで、でろんと一部の肉が外側にれている感じだった。色は鮮紅色で、スーパーで見かける肉みたいに、新鮮そうな色だったけど……でも、生きている感じがしない。

 ただ、蛇からもぎ取ったような一部が、そこにあるだけだったんだ。

「…………ここ、もしかして最深部……とか……」

 いや、そんな事無いよな。でも、なんだか海洞ダンジョンのいわれに近いようなモノが有り過ぎるような気がする。
 コープスもそうなんだけど、この蛇の腹って、昔話の言う「モンスターに変化した【麗しの君】という男」そのまんまじゃないのか。

 マジでダンジョンの創造主の一部なのか?
 でも、それならどうして今もここにるんだ。つーかこれまつってるのか?
 何だかもうワケが分からなくて混乱してしまうが、コープスに手を引かれたまま、ついに俺は広間へと降り切ってしまう。

 そうしてやっぱり、俺は鎮座している「白蛇の一部」へと案内されてしまった。

「な、なあ、これなんだ? どうしたんだよ」

 問いかけるが、やっぱりコープスは答えてくれない。
 だけど、千切れた部分が見えなくなるほどの距離に近付いて来たところで、相手は手を離してきた。首をかしげるが、相手はその場に立ったままで動かなくなる。

「あの……」

 やっぱり、誰かに命令されてたのかな。
 だとすると、ここに留まってちゃいけないような気がするんだけど……。

 今更ながらに危機感が芽生えたが、そんな俺の戸惑いに反応したのか、コープスは俺の方を向いて半開きの口を何やら動かし始めた。
 どうしたんだろう。何か伝えたい事が有るのかな。

 反射的にしっかり聞こうと真剣に耳を澄ませると、不意に何か聞こえてきた。

「っ…………、っ……と……みつ……けた…………」

 ――――やっと、見つけた?

 そう聞き取れたような気がするのだが、どういう事なのだろうか。
 いや、その前にこの声、なんか聞いた事が有るぞ。
 この声って、もしかして……。

「もしかして、お前…………レイドか……?」

 目の前で口を動かすコープスにそう言うと、相手の崩れかけたような顔が、わずかににじんだような気がした。
 もし、それが真実なら……コイツはコープスじゃなく【シカマビト】ってこと?
 だとしたら、レイドの命が危険なんじゃ。

 そう思い、思わず身構えた俺に、相手はさらに顔をじわりとにじませた。

「なっ……!?」

 コープスの顔が、墨汁がにじんだ紙のようになっていく。
 止める間もなくじわじわ顔が変わり、ついには顔全体が真っ黒になってしまった。相手の凄まじい容貌に思わず後退こうたいすると、今度は急に色が浮かび上がって来て。

 硬直している俺の目の前で、その顔は――――見た事も無い顔に、変わった。

「あ……あぁ……」

 相手が、声を漏らす。
 だけど、その声はレイドじゃない。

「アンタ……誰……?」

 目の前のは、まったくの別人になっていた。












 
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