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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
1.情けは人のためならず
しおりを挟む「さて、テストまであと三日だが」
「すみません死にます言わないで下さい」
何故こんな天気のいい日に、絶望的な台詞が俺の耳に流れ込んで来るのか。
青い空、新緑の大木、綺麗なベンチに心地いい風。人も滅多に来ない、学校の隅にある人気のない一画でのびのびメシを喰っていると言うのに、何故風に乗って現実が飛び込んで来るんだ。勘弁してくれ。俺はメシをうまうま食べたいんだ。
少し早めの衣替えで全員半袖になったのを見回しながら、俺は耳を塞ぐ。
だが、俺の隣でベンチに座って黙々と弁当を口に運んでいる尾井川は、メシが頬に入ってるんだか入ってないんだかってくらいパンパンの男らしい頬を動かし、俺にハッキリとした声でもう一回言葉をブチ込んでくる。
「テストまであと三日だが、お前はテスト範囲を全部把握出来てんのか?」
「だから言わないでってば!」
「その様子じゃ駄目みたいだネー」
俺の反対側、もう一個のベンチに座っていたクーちゃんが、キツネのようないつもの笑い目を更に笑顔でニコニコさせながらリンゴを口に運んでいる。
チクショウ、イタリア人め。昼食でもお洒落なモン食いやがって。
「つかお前も俺と同じレベルだろ!? 何その余裕!」
「クーちゃんは今回楽勝だもんネ。国語も今回は優シー範囲だし」
「裏切りものぉっ」
思わず襲い掛かろうとするが、クーちゃんは弁当を持ったまま立ち上がってヒラリと俺の手を逃れる。すると、クーちゃんの姿で隠れていた、いけ好かないヤツが俺の目の前に現れた。……眼鏡でイケメンで金持ちのシベだ。
何だか知らないが、色んな野菜が入った西洋料理っぽいおかずを食べている。
キイッ、こんちくしょうおめえもハイソなモン食いやがってっ。でもいつも授業ノートを取って貰ってるので何も言えねえ! ありがとうございます!
だがしかし、そんな俺の感謝など届いていないのか、シベは眼鏡の奥の切れ長な目でジロリと俺を半眼で見やって来て。
「ほう……そこまで焦るって事は……潜祇、お前は俺がノートを取ってやった範囲を未だに頭に収めきれてないらしいな……」
「ヒッ」
シベの周りに暗黒のオーラが舞っている……こ、これは危険だ。逃げないと。
弁当を置き慌てて尾井川の背後に隠れようとするが、しかし尾井川は俺のその行動を先読みしていたのか、俺の脳天にいきなりチョップをかましやがった。
「ぎゃんっ!! なっ、なにすんだお前ー!!」
「お前の物覚えが悪いのが諸悪の根源だ。観念しろ」
「ぐ、ぐぅうう……」
そこを突かれると何も言えない。
だがしかし、俺だって色々大変で勉強どころじゃ無かったって言うか、アッチでも沢山勉強をしなきゃいけないから正直キャパオーバーっていうかその、ああもうっ、こういう時にヒロが居てくれたら庇ってくれるのに、頭が良い尾井川とシベの二人を俺一人で相手なんて無理ゲーすぎる!!
苦悩しつつも俺はもう一個の空のベンチをみて、悔しがりつつ呟く。
ああ、いつもここに座るヒロが居てくれたら、俺にも勝機は有ったかもしれない。それを思うとこの四面楚歌の状況に悲しくなって、つい溜息を吐いてしまった。
「ヒロが居てくれたら、俺の味方が一人増えるのに……。にしても……ヒロ、こんな時に限って風邪ひくなんて……」
「人の心配してる場合か」
「お、俺は後三日でパーフェクトヒューマンになるから良いんだよっ! それより、俺にはヒロの方が気になるのっ、期末テストより!」
なんだお前らは友達甲斐の無い奴らだな。
こんな時には友達を心配する方が重要だろう……と俺は思ったのだが、クーちゃんはニコニコとして何も言わず、尾井川とシベは冷たい目を俺に向けて来た。
そうして、シベの低く冷たい一言が。
「別荘行きたくないのか」
「行きたいぃいいいい頑張るから取り止めにしないでくだせええええ」
「おいおいおい簡単に土下座すんなお前は!!」
土下座もやむなしとして思わず体を地面に引っ付けようとして、尾井川に腹を腕で掬われる。グッと太い腕が食いこんで思わず昼食がアップテンポで俺の食道から踊り出しそうになったが、ぐっと堪えて耐える。
だがこのままで終われるものか。
何としてでも夏の豪華リゾートは獲得させて貰う!!
「シベさま神様仏様私がわるうございました出来るだけ頑張ります! ます!!」
相手は呆れているが、豪華タダ旅行のためなら構うものか。
頼むから、旅行だけはポシャらせないで下さいお願いします。俺の夏休みの唯一の希望なんですってば。こんな状態じゃ、まだ全然外に出られないし……このままだと俺の高校二年生の貴重な夏休みが失われてしまう。
どうかお願いしますと手を合わせてシベに全力で媚を売る俺に、当の本人は「やれやれだ」と言わんばかりに大仰な溜息を吐いてパンを咀嚼した。
「マジで赤点だったら連れて行かんからな」
「シベは二重の意味でクールだネー」
「おいクーちゃんお前もだからな」
尾井川の容赦ないツッコミに、さすがのクーちゃんも固まる。
……いやまあ、正直シベだったら、酷い事を言いながらも全員連れて行ってくれるんだろうけど、でも……それじゃ俺達が恥ずかしいと思うから、心を鬼にしてあえて冷たい言葉をブン投げて来るんだろう。きっと、いや多分。恐らくは。
なので、俺も本当に頑張らなきゃとは思うんだけど……それとヒロを心配する事は別問題だ。一度口に出したら何だか妙に気になって来て、俺は思わずヒロの定位置であるベンチをジッと見つめてしまった。
そんな俺の姿をクーちゃんが見て、不思議そうに首を傾げる。
「そいえば、ツカサはブッキーとモソモソ知り合いなんだよナ?」
「そもそも、な」
「どこでブッキーと知り合ったノ? 小学校ー?」
ヒロ――本名は「野蕗 千尋」なので、クーちゃんは「ブッキー」と呼んでいる――の事を凄く気にする俺が不思議に思えたのか、高校に入ってからの友達であるクーちゃんは首を傾げながら根本的な事を聞いて来る。
そういえば簡単にしか説明してなかったっけ。
今までぼんやりとした情報しか無かったせいか、尾井川とシベも食い付いて来た。
「なんか、田舎のダチだっけか。それにしては、久しぶりとか言ってたよな」
「アイツ……昔からああだったのか?」
尾井川とシベは嫌そうに顔を歪めているが、何故そんな顔をしているのだろうか。
日差しが眩しいのかなと思いつつも、俺は三人に答えてやった。
「えーっと……まあ、そうかな? みんなには、ヒロが、俺の父方の婆ちゃんの田舎でよく遊んだヤツってのは話したよな。小学校の低学年の頃から、あいつ田舎で療養してたんだ。何か……ちょっと聞かない感じの病気で。だから、五年生くらいまで、田舎に帰る度に他の奴らと遊んでたんだけど……」
「だけど?」
「その頃には病気が治ってさ、それで引っ越しちまったんだ。で、昨年の冬まで全然音沙汰なしだったってワケ。だから、声かけてくれた時嬉しかったなぁ……」
と、そこまで考えて――――俺は、嫌な予感に動きを止めた。
…………病気。
そう言えば、あの頃のヒロは風邪を引いたみたいにいっつも鼻水を垂らしていて、そのせいでイジられたりして、今以上に気が弱かったっけ……。
だから、俺が田舎のガキ大将とかから守ってたりしたんだけど……いや、待てよ。本当に風邪なのかな。もしかして、あの病気が再発したんじゃないのか?
ガキの頃だったから病名は覚えてないけど、でもかなり長い間患ってたから、再発しちまった可能性だってあるよな。
……大丈夫かな、ヒロ……。
尾井川達は詳しい事情を知らない……というか、ヒロも昔の事は話して欲しくないだろうし、一緒にお見舞いに行こうというワケにも行かないよな。
でも、やっぱり心配だし……こうなったら、俺一人だけでも。
「おい。おいぐー太」
「は、はえっ」
尾井川だけが呼ぶあだ名で呼ばれて、ビクッとして我に返る。
すると、相手は疑わしげに俺を見て目を細めた。
「一人で見舞いに行くとか絶対にすんなよ」
「えっ」
何で俺の考えてること分かったんですか尾井川さん。
思わず目を見開いて汗をだらだら流しながら硬直してしまう俺に、尾井川とシベは深い深い溜息を吐いて俺を再度睨みつけた。
「いいか、絶対。ぜぇええったい一人で外出するな!! 見舞いなら俺が行って来てやるからお前は大人しく家に籠って勉強してろ!!」
「ぐー太、お前マジで自分の立場忘れてんなよ。おい」
「う、うぐぐ……」
確かに、今も「俺の周囲は安全だ」なんて言いきれない。
最近は先生や尾井川達の協力でなんとか騒ぎも収まって来たけど、でもまだ学校に戻って来て数週間も経ってないし……事件を覚えている人はまだまだいる。
人の多い場所に出てしまえば、誰かに気付かれて不用意に写真を取られてしまう事だってあった。今は遠い位置からでもスマホで撮影されちまうんだ。不用意な真似をして再びみんなに迷惑をかけるのだけは出来なかった。
「…………ごめん……。大人しくしとく……」
そう言うと、あからさまに三人がホッと胸をなでおろす。
「まあ、分かれば良いさ。それに、このバカ騒ぎも後もう少しだ。ここで踏ん張って大人しくしときゃ、また自由に外に出られるようになるさ」
そうだな、尾井川の言う通りだ。
焦って外に出ても危険が増すだけなんだし、せっかく楽しい夏休みも予定されてると言うのに、ここでまた騒ぎを蒸し返されたら元も子もない。
今が最後の我慢時だな。ヒロのお見舞いに行けないのは残念だけど……。
「あ、でも、電話くらいはいいよな? 家帰ったら掛けてみるからさ」
家に見舞いに行けないのなら、せめて電話でだけでも話したい。
俺のその提案は三人の御眼鏡に適ったらしく、素直に了承してくれた。
……なんつうか、最近迷惑をかけ過ぎて悪友と言うよりカーチャンかトーチャンかってレベルの過保護さにさせてしまっているが、まあ、それもあと数日の事だ。
ヒロに会えないのは残念だけど、もう少し我慢しないとな。
外に出るだけなら、異世界で自由にやれるし……なんたって、次行く時は俺が世話になった人達と暫くゆっくり出来るんだ。
あっちでの楽しみを失わない為にも、こっちでは我慢して頑張らないとな!
そう思い、俺は家に帰ったらすぐにヒロに電話しようとおにぎりを頬張った。
◆
――この世界には、術者の頂点にのみ与えられる【魔導書】が七冊存在する。
その七冊の名は、紅炎、碧水、緑樹、白鏐、銹地、黄陽、紫月。
自然界に存在する五曜の気を操る曜術師。その超常的な力を持った選ばれし人々が、この世界を支配するに足り得ると認められた時に、その【魔導書】は初めて人を招き己自身の【使役者】に選ぶのだ。
そう。世界に立つ強者の器かどうかは【魔導書】が決定する。
どれほど悪辣な性格であろうが、激しい情動を持っていようが、かの【魔導書】達は「己の【称号】に適う者」を選び取るのである。
それぞれに求める悪徳は、これも七つ。紅炎は【嫉妬】、碧水は【諦受】、緑樹は【嗜虐】、白鏐は【勝手】、銹地は【乱暴】。
そして黄陽は【傲慢】であり……紫月は【執着】。
曜術を使用するための感情の揺れが常軌を逸した異常者だけが、この世界を統べる【魔導書】に認められる。そうして、この世の頂点に七人が並び立つのだ。
それが、この世界の理。絶対的に揺るがない伝説であり伝承だった。
今はもう限られた人間しか知らない伝承ではあるが、その「決まり」だけは連綿と語り継がれ、今の時代まで「忘れるなかれ」と守られ続けてきた。
だが、それはただの伝承ではない。その言い伝えは脅威を伝えると同時に、強者に虐げられる者達にある“手がかり”を与えていた。
それこそが、先程の【象徴】だ。
魔導書が求めるほどに突出した情動を持つものは、同時にその情動に溺れ、己の身を滅ぼす可能性を持っている。この世界の強者は、脆い存在でもあるのだ。
だからこそ、ある意味では均衡が保たれていた。
グリモアは、世界の頂点に立つ七つの力。
だが、それらは決して崩れ落ちない物ではない。
崩壊の時が来れば、必ず崩れ落ち新たな世界が生まれる。
無理矢理に「設定」を改変されたとは思えないほどの、良く出来た存在だった。
(…………だが、あの【アルスノートリア】は違う……)
ガタゴトと揺れる馬車の中、ブラックは足を組んでイラついたように浮いた方の踵を動かす。子供染みた仕草ではあったが、心の靄を晴らすために歩く事すら出来ない状況では、こうなってしまうのも無理はない。
狭い視界の馬車の窓から凡庸な平原を眺めながら、ただ目を細めた。
(善意で考えたものが悪用された時、どんな恐ろしい事になるか分からない。他人を信じて疑わない者は、その事について見て見ぬふりをするから厄介なんだ。誰もが元々は善人だと嘯いて、他人の悪意に気付かないふりをする。その善人ぶった思考が愚かな結果を招くとしても……絶対にその愚かさを認めようとはしない)
そんな「無知な善性」が、あのでたらめな【偽書】を作り出してしまった。
遺跡から盗んでしまえば、誰が読もうが力を齎す……とんでもない【兵器】を。
(どうにも気に入らないな……。動きが見えないのが一番厄介だけど……今までの事を反芻すると、誰かの思い通りに進んでいるような気がしてならない……)
思えば、最近妙な事ばかりだった。
最初はさすがに「そんな事は有るまい」と思っていたのだが、こうも狙ったように【アルスノートリア】に関する事にぶち当たると、さすがに偶然とは思えなくなる。
ライクネス王国での二つの事件と、ラッタディアで起こった事件。
類似性があると言えばあるし、偶然だと言えば切り捨てられてしまう。
だが、どちらも「死者が復活した」という点と「封じられていた者が解き放たれた」と言う点に於いては、ラッタディアの一件と妙に符合する点があった。
(それに、忘れられた伝承の復活……。これは、三件の事件全てが同じだ。虹の女神の祭壇、闇に葬られた百眼の巨人の伝説、歪められたダンジョンの逸話……。こうも続くものか? 死者復活も、伝説の復活も、あの【菫望の書】の使役者が使う術の話が本当なら、それら全てを仕組む事が出来たとしても不思議ではない……が……)
それでも煮え切らない。
これまで、死者が復活したなんて逸話は伝説の中でしか聞いた事が無かった。
例え復活したとしてもそれはモンスターとして……もしくは、幽霊などの肉体や力とは無縁の存在としてであり、少なくともブラックが生きている間は、そういう話は聞く事すらも無かったのだ。
もしこれらの事件で起こった事が【菫望の書】の術によるものであれば、すんなり納得できるだろう。だが、その事件に自分達が「偶然遭遇した」という体で関わる事に、なんの益があると言うのか。
そもそも、今回の遺跡調査も空振りかも知れないという期待薄の調査だったのだ。
アーゲイアで見たあの黒衣の存在が本当に【アルスノートリア】だとしても、攻撃もせずただ事件の裏側で暗躍している狙いが見えてこない。
(こちらを【グリモア】と気付いていなかったのか? それとも、本当に偶然だったのか。そもそも、アイツらは女神イスゼルの当初の狙い通りに【グリモア】を倒そうとしているのか……?)
いや、そんな素振りは見えなかった。
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(いくつか……あるいは全てが偶然……本当にそうなのか……?)
偶然だと片付けて良いのだろうか。
もしそれらが繋がるとしたら……事態はもっと深刻になっているのではないか。
疑い出せば全てが繋がるような気がして、それがブラックには頭痛の種だった。
(…………出来れば、ラクシズでは何事も無く過ごせればいいんだけどね……)
そう思って、ブラックは誰にも聞こえない程度に深く息を吐く。
あの街はツカサにとって故郷のような街だ。特に大事な恩人が数人いるため、彼はラクシズだけは特別視しているのである。
そんな場所でひと騒動起これば、ツカサはいつも以上に落ちこむだろう。
(まあ、僕はどうでも良いんだけど……ツカサ君が僕以外の奴に一喜一憂させられる姿は見たくないしな)
正直、ブラックとしては、ツカサとの甘い生活を邪魔しなければ街が壊滅しようがどうしようが知った事ではない。だが、滞在している今は困る。
こうなったら、やはり多少情報屋でも使って情報を集めた方が良いだろうか。
そんな風に考えて窓の外を眺めていると、向かいの席の大柄な影が動いた。
こんな狭い空間で顔を合わせるなど以ての外だったので無視していたが、向い側の席には、ブラックと同じくツカサの帰りを待つ駄熊が座っている。
そのまま置物のように固まっていれば良いものをと思っていると、駄熊はつまらなそうに頬を掻きながら、スンと鼻を鳴らした。
「良い匂いとドブ川のような腐った臭いがするな。ラクシズはもうすぐか」
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善人と言うものは、その事すら思い至らない。
性悪説を尊ぶ気は無いが、出来ればほんの少しの用心くらいはして欲しかったなと思い、ブラックは再び深々と溜息を吐いたのであった。
→
※新章からしばらく幾つかの章はのんびりします( ˘ω˘ )
あと夏夏言ってますがこの小説はいわゆる「サザエさん時空」です。
ちょっと遅れが縮んだ…!でも遅れてすみません。゚(゚´ω`゚)゚。
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