異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編

35.自分の変化は自分が一番気付きにくい

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「――――さて。ツカサ、もう帰るぞ」
「えっ、あっちょっと待って! その前にロクをちょっと……」
「ハァ? ……ったくしょうがねえな。さっさと見て来いよ」

 ここで待っていると言われては、俺も支度をしないワケには行くまい。
 だが、そのままハイ帰宅というワケにも行かないのだ。とりあえず部屋に戻って、ロクが起きていないかを確認してからでないと、帰るに帰れなかった。

 だって、ロクはあれからずーっと眠ってるんだもん。
 眠るのが悪い事とは言わないけど……前にも色々あったから、ずっと眠っているとなると凄く不安になるんだ。苦しそうな感じでは無かったから、ただ眠っているだけだとは思うけども……ロクのことが気がかりで、アッチに帰るどころじゃないよ。

 そんな事を思いながら部屋を出ると、何故かブラックとクロウもついて来る。
 オッサン二人の圧を背後から受けてそこそこ居心地が悪かったが、俺は気にしないようにつとめると部屋に戻ってロクの様子を見た。

「ロク……ロクちゃんやーい」

 小さく声を掛けて、かごの中で丸まっている小さい可愛いトカゲヘビちゃんをのぞく。
 すると、相手は今までスヤスヤと眠っていたのだが――――俺の声に反応したのか、パッチリと目を開けて何度か瞬きを繰り返していた。

 ……あ、あれ。おかしいな。今まで呼びかけても目を覚まさなかったのに。

「起きたねえ。今までずっと寝てたのに」
「ムゥ……またあの時のようになるかと思ってヒヤヒヤしたぞ」

 無表情でヒヤヒヤしたと言われても説得力が無いぞクロウ。
 でもクロウは仲間の中で唯一ロクショウの「色々あった」時の光景を見ているから、それなりに気が気では無かったんだろうな。

「キュ……」
「ロク、体は大丈夫か?」

 小さく鳴いたロクショウは、しばらく自分がどこにいるのか理解出来ないようだったが――――俺達の顔と、周囲の変化を見取ったのか、可愛くて大きな緑青色の目を丸々と見開いて……急に駄々っ子のようにかごの中でバタバタ暴れ出した。

「キュゥ~~ッ! キュッウキュッキュゥウウウ~~!」
「わっわっ、ど、どうしたんだよロク。何がイヤだったんだ?」

 なだめようと手をやっても、手には捕まるものの他の部分がバタバタと暴れ回って、ちっとも泣きやんでくれない。なんだかすごくやしがってるみたいだけど……今の俺はロクショウの気持ちがぼんやり分かる程度ていどだから、何がくやしいのかわからないぞ。
 困ったな、こんな状態のロクを置いて帰れないよ。

「……たぶん、今まで寝ていた自分が許せないのでは?」
「え?」

 振り返ると、クロウは確信を持ったように熊耳をピンと立てて続けた。

「危ない場所でついうっかりと寝てしまったのが、大きな失態だと思っているのだ。大事な相手を守れなかった自分に腹が立つのはオレも同じだから分かるぞ」
「ご主人様にベタボレの獣同士だから分かるのか」

 こらっ、ブラックお黙りっ!
 しかし本当にそうなんだろうか。ロクショウを見やると、可愛い俺のトカゲヘビちゃんは、俺のてのひらに頭と小さなお手手を乗っけたまま、潤んだ目で俺を見上げて「キュー」と弱弱しく鳴いて見せた。

 ふっっ……! う、うぐぐっ……!!
 な、なんて可愛っ……!
 うっ、ごほっ、ゴホン。い、いかんいかん。鼻血が出る所だった。落ち着け俺。
 ともかく、そういう理由だったなら悔しがっても仕方がない。悔しがってキューキュー泣いちゃうロクは素晴らしく可愛いが、泣かせたままでは帰れない。

 俺はロクを優しく抱き上げると、頭を指ででて落ち着かせた。

くやしいのは分かるけど、俺はとにかくロクが体調が悪いとかそういうんじゃなくて、本当に良かったよ」
「キュゥゥ……」
「今回はヘンな遺跡だったし、仕方ないって。それよりさ、今度はもっと楽しい所を一緒に冒険しような!」

 そう言って顔を近付けると、ロクも顔を近付けて来てちゅっと軽くキスをする。

「あ゛っ! ずるい!」
「ムッ」

 何か背後から聞こえたが無視。
 そうして再度頭を撫でると、ロクのゴキゲンも治ったようで。俺の顔を見やるとニッコリして、パタパタ尻尾を振っていた。
 良かった……ロクが泣いてると俺も悲しくなるからな。俺だっていっつも失敗してんだから、ロクだってたまにはこんな事が有ってもかまわないさ。……いや、むしろ、俺はいつも助けて貰ってるので、なぐさめる立場ではないのかもしれないが……。

「もうっ、ツカサ君たら!」
「はえっ。う、うわっ!?」

 背後からイラついたような声が聞こえたと思った瞬間、俺の体が背後に引かれて、思いきりかしぐ。だが受け身を取る暇も無く何かに受け止められて――――目の前に、不満げな顔をしたオッサンの顔がおおかぶさって来た。

「ロクショウ君ばっかりズルいよ。僕もキス!」
「あ、あんたさっきさんざん……っ」

 甘えただろ、と、言おうとしたが、有無を言わさず顔が近付いて来てキスされる。
 カサついて乾燥した感触。だけど押し付けられるとやわららかさのある唇に、思わず体が反応してしまう。そんな俺の態度を良いように解釈したのか、ブラックは気にせず角度を変えてもう一度口付けて来て。

「んっ、ぅ……んんっ……!」
「んはっ……ツカサ君……っ、もうっ……約束まだ終わってないんだからね……! 帰って来たら、一日中付き合って貰うんだから……っ」
「まっ、ぁうっ、んっむっ、んんん! んぐっ、ぅ……!」

 どんだけキスするんだ、と、抗議の意味で固い胸をドンドン叩くが、ブラックには全然効いていないようで。止まるどころか口の中に舌を入れようとして来た。
 そんな事をされたら、さすがにロクに見せられないヤバい事になってしまう。

 嫌だ嫌だと言っているが、恥ずかしながら俺の体は青春真っ盛りだ。風吹けば勃つとも言われる思春期の男にとって、触れられるのは非常に難儀な問題なのである。
 ……本当はそれ女の子に対して思う事なんだろうけど……このオッサンはエロエロ大魔神なので、ノーマルな俺でも仕方あるまい。これは俺のせいではないのだ。
 ……ま、まあ……恋人だから、ってのも……あるけど……いやそれはともかく!

 困るのっ、絶対困るんだってば!!
 なんでそうやってお前はところ構わずもおおおっ。

「ム……ブラックずるいぞ。オレもツカサと“少しだけお別れ”の口付けがしたいぞ」
「んむ゛っ!?」
「あっ、こら!」

 強引にブラックから引き剥がされて、またもや何か硬い体に押し付けられる。
 と、思ったら――――上から浅黒い肌と不可思議な色の髪が降って来た。

「ツカサ」
「ふぁっ、むっ」

 何かを言うひまも無く、またもや口をふさがれる。
 ……ブラックとは違うけど、でもやっぱり少し分厚くて……知った、感触。

 今まで抱き締められていたニオイと違うニオイに包まれて、思わず全身が緊張してしまうが……だけど、少しも嫌じゃない。困るくらいに、体が動かなくて。
 でも、それが悪い事だなんて思えなくなってる。

 ブラックは俺の一番で、クロウは二番目。
 だけどそう思うには、長い長い時間が掛かった。
 たった二人だけ、こうやって何も思わなくなってしまうぐらいになってしまった。

 …………それが変わる事なんて、あるのかな。

 そう思ってしまうくらいには、俺は二人を大事にしているんだろうか。
 自分で考えた事なのに、妙に居た堪れなくなってしまって俺は拳をにぎった。








   ◆



「あ、いえ……あの、自殺とかじゃないんでホント……散歩の途中でここで休むのがいつものルーティーンって言いますか、その」

 神社の裏手に降り立った途端、聞いたような声がしどろもどろと言った様子で誰かと会話している。この声は恐らく尾井川おいかわだが……もしかして、誰かに職質でも受けているんだろうか。こ、これはイカン。

 あっちの世界から俺の世界に帰って来る時は、あっちで一日過ごすとこっちで一分進んでいる事になっている。反対に、こっちに一日居る間は、あっちで一時間進んでいるらしくて、その齟齬そごがブラックにはもどかしいらしいんだが……今はそんな事を考えている場合じゃないな。と、とにかく尾井川を助けないと。

 俺はそっとボロボロのおやしろの裏手から森に入ると、そのまま音をたてないよう努力しながら山の傾斜を下り、途中から神社に登る階段に出た。
 どうやら周囲には尾井川と誰か以外に人はいなかったらしい。

 ……早朝に神社からあっちの世界に入ったから、もうすぐ夜明けになるな。
 こんな時間にここに居たら、そりゃ職質されてもおかしくないかもだが……でも、尾井川ってばなんだって迎えに来てくれたんだろう。

 不思議に思いながらも、俺は朝ぼらけの古い石段を転げないように登り、最上段で尾井川を職質しているらしい大人の背中に近付いた。

「あ、あの」
「ん?」

 振り返ったそのおじさんは、どうやら近所の人らしくラフな格好だ。
 懐中電灯を持っているし、早朝の散歩をしている途中だったんだろうか。だけど、妙にガタイが良いな……。なんか柔道でもやってそうだ。威圧感あるわ……ってそうじゃなく。

「あの……そこの、ツレなんスけど……」

 恐る恐るそう言うと、おじさんは俺の姿を爪先から頭で視線で確かめる。
 ……ど、どこもおかしい場所は無いよな。服はちゃんと着替えて来たし、キュウマにも確かめて貰ったもんな。普通のTシャツにジーンズだし。ちゃんとしてるはず。

「…………キミ、そのシャツで本当に外出したの?」
「え? はい。イケてるッスよね」

 俺の「ガン見(斜め上を見ているヒヨコの絵がワンポイント)」シャツが何か問題でもあるのだろうか。可愛くて最高のシャツの一つだと俺は思うんだが、もしかしてこのおじさんはヒヨコではなく出前小僧こぞう派なのかな。

 ちょっとよく分からなくて首をかしげたが、おじさんはそんな俺に変な顔をすると、神社側にいる尾井川に向き直って頭を掻いた。

「あー……すまなかったな。最近、ここらへんで不審者の通報があって見回りを強化してたんだ。君は、その……凄く強そうだったから、気になってな」
「ああ、そういう事っすか……。いや、それはこちらもすみません……」
「約束するのはいいけど、最近物騒ぶっそうだから……今後は人の目が多い所で待ち合わせをするようにしなさいね」
「ご、ご迷惑をおかけしました……」

 謝る俺に、おじさんは振り返って……何故か数秒じっと俺を見やる。
 やっぱり何か変な所があったんだろうかと焦っていると、おじさんは再び尾井川に振り返って、ゴホンと咳を一つ漏らした。

「あと、その……変質者とかに出くわすから、友達は家まで迎えに行きなさい。特に、こう言う子は。君、いいね」

 そう言うと、おじさんは降りづらい階段をえっちらおっちら下って行った。
 ……こう言う子。こういう子って、俺のこと?
 今のはどういう意味だったんだ。

「…………尾井川、今のどういう」
「聞くな。聞いたらお前怒るだろ」
「怒るようなことなのかっ!!」

 カーッとなって階段を上がりきると、そこにはやっぱり俺の親友の尾井川が待っていてくれた。しかも上下ジャージ姿だ。これはトレーニングと言われても納得だな。
 いや、そんな事を気にしている場合では無く。

「てか、どうして尾井川がここに? 迎えに来てくれたとか?」
「まあそんな所だな。あと……試運転しうんてんねていた。異世界にお前がいる間、追跡機能はどうなるんだろうってな」

 そう言いながら、尾井川は俺にスマホの画面を見せてくれる。
 少々気になるので、迷わず尾井川のすぐ横につけて画面を覗き込むと。

「…………んん? なんかバグッてる?」

 追跡アプリのログは、一分ごとに俺の通った道をお知らせしてくれていたのだが――それが急に消えた途端、ずっと【位置確認できません】とログを流し続けていたのである。なんだこれげえ怖い。
 朝の冷たい空気も相まってか、どうにも体がゾクゾクしてしまう。

 異世界に行くと、位置情報がロストする……なんてことは予測出来てた事だけど、実際に見てみると何だか恐ろしい。至近距離の尾井川の顔を見上げると、相手もすぐ困ったような顔をして、ニキビあとが男らしいほおを掻いた。

「まあ……数分の出来事だったからいいけどよ。これだと故障した時の見分けが付きにくいかもな。変な文字列か何かが出て、区別できれば良かったんだが」
「なるほど……」

 つまり、尾井川が迎えに来てくれたのは、万が一の事があると……って心配しての事だったワケだな。うう、なんだか申し訳ない。
 確かにこれだと故障した時と見分けが付かないし……どうにかならないかな。

「キュウマに頼んでみようかな……」

 アイツなら、何とかしてくれるかもしれない。
 このキーホルダーも、何とかあの白い部屋に入れてくれたみたいだし、情報くらいは送ってくれるようになるんじゃなかろうか。
 そう考えて呟くと、尾井川が「誰だそれ」と言わんばかりに顔を歪めた。

「アッチの仲間か?」
「あ、そっか……まだ話してなかったっけ……」

 色々立て込んでて、そこらへんの話は全くしてなかったな。
 ……いや、そうか。話して、尾井川にもキュウマの実家探しを手伝って貰えば良いんじゃないか? 今の状態じゃいつ探しに行けるかも分からないんだし、俺一人じゃ探そうとしても探しきれない。

 こういう時は物知りな友達に師事しじあおいだ方が絶対に良かろう。
 そう思い、俺は顔を明るくして尾井川にった。

「あのさっ、実はそのキュウマの事で相談したい事があるんだよ!」

 さらに詰め寄って、目と鼻の先に顔を近付けると――――尾井川は一瞬ヘンな顔をしたかと思うと、何故かフンフンと鼻から息を吸いこむような音をらした。

「…………ぐー太、お前なんかバニラエッセンスでもかぶって来たか?」
「え?」
「なんか、菓子みたいなゲロ甘いにおいがするんだが……」
「んんん……?」

 尾井川は甘い物が苦手なので、一応少し離れて、俺は自分の腕や服をぐ。
 だが、いつもの自分のニオイしかしなくて、全然甘いニオイなんてしない。
 そんな俺の様子を見て、尾井川は太い腕を組んだ。

「……自分じゃわからんのか」
「いや、甘い匂いがする事なんて、してないんだけどな……」
「…………じゃあ、俺の気のせいか。まあいい、何か込み入った話だろうし、続きはお前の家に改めて訪問してからにする」
「あ、そうだな。もう帰らないと母さんたちが起きちゃうし……」

 今更ながらに「時間が無い」ことを思い出した俺に、尾井川は溜息を吐くと、俺を先導するかのように歩き出した。

「俺が家の前まで送ってやるから、今日は寄り道するなよ」
「い、いつも寄り道なんてしないってば」
「不審者の正体って、多分お前だぞ。当分変な動きはするんじゃない」
「だ、だから俺ヘンな動きなんてしてないってば!」

 いやでも、俺が不審者の正体……てのは間違いないのかも知れない。
 だって最近は夜中とか早朝の誰もいない時間に外に出てたし、そう言う時だって、住宅街だと人が散歩してたりするし……。
 …………一人で出て行くのも、やっぱ限界なのかなぁ……。

「はぁ……こっちの世界でもままならねえなぁ……」

 尾井川に続いてボロボロの古い石段を下りながら呟くと、こちらに背を向けている相手があきれたように声を投げて来た。

「何言ってんだ、チート主人公め。異世界じゃハーレム作ってんだろ?」
「理想の美少女ハーレム作れてたらこんなこと言いませんって!」

 いや、まあ……ある意味ハーレムなのかも知れないけども。
 でもオッサンとおっさんと、ヘタしたら美形の男まで転がり込んで来るかも知れんのですよ。どう考えても地獄ですよ。選んだのは俺だけどさ、男だらけのハーレムは流石さすがにご遠慮したくてたまらないんですが。オッサン二人で手一杯なんですが!!

 …………とは言え、そんな事を尾井川に言う事も出来ず。

「はぁあ……」

 俺はただただ溜息をいて、朝の冷たい息を吸いこむのだった。











※次は新章です(`・ω・´)
 今日も遅れてしまった…_| ̄|○スミマセン

 
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