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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編
34.神を信じるものは熱心な信者である
しおりを挟む「だぁああああのクソ貴族!! 今度会ったら即座に十六分割にしてザコモンスターのエサにしてやる!!」
シアンさんの冗談なのか本気なのか測りかねる言葉に項垂れていると、ラスターを追って行ったブラックがとんでもない事を言いながら帰って来た。
おい、簡単にそう言う怖いこと言うのやめなさいってば。
バンと扉を強く締めるブラックを嗜めようと近付いたら、鬼の形相になり鼻の穴を膨らませていたブラックは……急に顔をぐずった子供のように歪めて、俺をぎゅっと抱き締めて来た。
「ふえ~んっ、ツカサ君の恋人は僕だけだもぉおん! あんなクソゴミ発情クズ貴族なんかに絶対犯させてやんないんだからねええええ!!」
「決定権お前にあんの!?」
変な所でツッコミを入れてしまったが、オッサンのカワイコぶった台詞に突っ込む前にヒゲで頬をじょりじょりされてしまって「いでででで!」しか声が出なくなる。
おいっ、痛いっ、お前今日ヒゲちゃんと剃ってないだろおい!
何の嫌がらせだと引き剥がそうとするが、全然剥がれない。四苦八苦していると、隣で俺達の攻防を見守っていたクロウが、指を口に咥えながら近付いてきた。
「オレもツカサにすりすりしたいぞ」
「クロウまで!!」
「うっせえだあってろこのクソ熊!」
しかしクロウは構わずムリヤリ俺とブラックの間に腕を捻じ込んで来て、俺のもう片方の頬にスリスリして来る。う、ううう、痛くは無いけど固い頬だよぉ……シアンさんのきめ細やかでしっとりしてる肌とは大違いだよぉお……。
「あらあら、本当ブラックとクロウクルワッハさんには敵わないわねえ」
「シアンさん見てないで助けてえええ」
左右からオッサンの感触とスメルで挟まれて死にます、俺死にますってばああ!
ていうかお前らこんな時ばっかり至近距離でも平気なんだなおい!!
「ったく……なんでこうお前らは俺が出てきにくい状況しか作らねぇんだ……」
「ん……?」
「ム……」
あれ、なんか聞き覚えのある声が聞こえたぞ。
誰の声だろうかと思っていると、ブラックとクロウは急に真剣な表情になって横の壁を見やった。と。
「――――――!」
急に壁がたわんで歪み、ぐねぐねと動いて――――いや、これは、壁が歪んでいるんじゃなくて、空間が歪んでいるんだ。
一瞬驚いてしまったが、しかし俺はこの空間の歪みを知っている。
とすると、縦の楕円形に歪んだ空間のその中央から、白い光を背負って当然のように出てくる相手は――――
「……おい、もうそろそろあっちに帰らんとヤバいぞ」
「キュウマっ」
思わず呼びかけると、歪みから出て来た相手はしっかりと床を踏み、俺達を見た。
――――平均身長より少し高い背丈で、取り立てて美形と言うほどではないけど、整った目鼻立ち。髪色は黒に近い焦げ茶色で、目も俺と同じ濃い琥珀色だ。そんな顔に、彼は少し大きめなスクエアフレームの黒縁眼鏡を掛けている。
……まあ、ラスターとかブラックには負けるけど、コイツもイケメンだ。
認めるのイヤだけど。すんごく嫌だけどな!
くそう……同じ日本人なのに何故こんなに違いがありすぎるのか……。
毎度毎度ムカついてしまうが、キュウマは俺を双方の世界に送り迎えしたり、この世界を正常な世界に戻す為に日々努力してくれているので、俺が理不尽に抱いている嫉妬の言葉など言えるはずもない。
ともかく、キュウマは二つの世界を股に掛ける俺をサポートしてくれるありがたい奴なのだ。そうそう、あと、俺の世界で時間が経ちすぎると、いつもこうやって迎えに来てくれるんだよな。
でも……いつもなら、空間の向こう側から知らせてくれるだけだったはず。
それが今日はこっちまで下りて……いや、降臨できるなんて。
もしかして、諸々の問題を処理し切り、神様としての力が戻って来たんだろうか。
何だか嬉しくなって近付こうとした、のだが――――シアンさんがいつもの優雅な動きより三倍速く俺達の前に陣取り床に膝をついたのを見て、硬直してしまった。
「あ、ああ……我らが真父たる、キュウマ様……!」
何事かと三人でギョッとしたが、シアンさんは潤んだ目をキュウマに向けて、両手を握り締めつつ何度も深く頭を垂れる。
どういう事かと固まってしまった俺達をよそに、キュウマは非常に居心地が悪そうな顔をしつつ、シアンさんに掌を見せて「楽にしてくれ」と震え声で返した。
「お、俺は新米だからそういう礼は不要だ」
「そうは参りません! 神は我らが父、降臨の際は平身低頭し日々の感謝と敬愛を御身に示す事こそがエルフ神族の務めなのです! ほらっ、ブラックも早く私と同じ事をなさいな! 神の御前で立っているだなんて失礼の極みよ!?」
「し、シアンがいつものシアンじゃない……」
若干ブラックがショックを受けているが、しかしまあ……この世界のエルフ、というか【神族】というエルフの姿をした存在は、神様に作られた神の使徒と言う事で、人族の俺達よりも二倍三倍ってレベルで神を信奉しているんだもんな。
だから、当代の神様になったキュウマにも熱狂するのは当たり前なんだが……。
「じゃあ、あの……命令だから、ツカサに接するのと同じようにしてくれ……」
「はいっ……! ああ、神にお言葉を頂けるなんて夢のようですわ……!」
ああ、シアンさんがいつものシアンさんじゃない。目が凄くキラキラしてる……。
思わず硬直してしまったが、キュウマは気を取り直すかのようにゴホンと咳を一つ零して、俺達の方を向き直った。
「とりあえず、むさ苦しいから離れろオッサンども」
「ムッ、なんでお前の言う事を聞かなきゃ……」
「ブラック!」
強いシアンさんの声に、渋々オッサン二人は俺から離れる。
まあ……この世界でかつて何人も奥さん(当然ながら全て女性)を持っていた完全ノーマル性癖のキュウマからすれば、むさ苦しいよな……うん……。
改めて俺、なんでオッサンと契ってんだ……俺も本来ならハーレムチート主人公の道を歩んでいたはずなのに! ……いや、そうじゃなく。ゴホン。
ともかく、キュウマが直々に降りて来たって事は……なんか重要な話を、俺だけでなく、この場の全員に聞かせたいって事だよな。俺だってそのくらい分かるぞ。
そんな俺の考えを察したのか、キュウマは賢しらぶったように微笑んで、パチンっと指を鳴らした。途端、椅子がその場に出現してキュウマは座る。
うおっ、これ【創造】の力か? もうそんな所まで力が回復しているのか。
いや、でも、椅子をわざわざ「創った」って事は、まだ本調子じゃないのかな。
コイツ結構真面目だし、自分だけ何も言わずに座るってこたしないはず。……と、言う事は、結構無理して降臨しちゃったんじゃなかろうか。
思わず心配になってしまったが、そんな俺の気持ちが伝わったのか、キュウマは「心配ない」と呟くと、指で額の汗を拭ってから俺達にも着席を促した。
「…………チッ」
ブラックとクロウが同時に舌打ちするが、お前らその態度は不敬と言う奴では。
相手は、この世界で現在頑張っている神様だぞ。
良いから座れと強引に席に着かせると、キュウマは話し始めた。
「お前達の事は今まで見させて貰っていた。どうやら【偽書】を発見したようだな」
「ギショ?」
「ニセモノの書物……まあ、一般的には、由来を偽ってたりデタラメな内容を本物のようにでっちあげて、もっともらしく書いてあるって本かな」
俺が想像出来ない単語を、ブラックが説明してくれる。
なるほど、つまり嘘ばっかの詐欺本って事だな。
でも、そんなものあったかな。俺達が聞いたのは【アルスノートリア】の事だけだが、アレって偽書っていうんだろうか。首を傾げていると、キュウマが答えた。
「この場合は、グリモアの【偽書】という事になる。……あの【アルスノートリア】という魔導書は、元々がグリモアを模して造られたニセモノの魔導書なんだ。だが、その威力はデタラメに強い。妄想力の権化というか……運が悪い事に、作った存在があまりにも『こういう世界』に精通し過ぎていたんだ」
「それって……虹の女神・イスゼルが……?」
俺の言葉に、キュウマは深刻そうな顔で頷いた。
「お前達が【アルスノートリア】の事を掴んだ直後、俺の方でもこの世界に存在するアーカイブ――記録されている情報を探った。案の定他の連中に消されている部分が幾つかあったが、しかし……一つだけ情報が残っていたんだ」
「それが、偽書であるという情報か?」
ぶっきらぼうな口調のブラックだが、キュウマとしてはそちらの方が気安いのか、特に気にする事も無く「そうだ」と肯定して続ける。
元々、俺と同じ年齢でこの異世界に来たから、感覚的には俺と同じなんだよな。
とはいえ、キュウマは俺の時代よりも数年前の高校生らしいので、俺と同じであるかは少々疑問ではあるけど。
「偽書【アルスノートリア】は、間違いなくグリモアを基礎として作られている。しかし、その能力はハッキリ言って異常だ。死者蘇生に天変地異、街一つ軽々と壊滅に追い込む事が出来るデタラメな力を有している」
「そんなの僕達と同じなんじゃないの」
「お前らの能力は、一応制限されてるだろう。そもそも、グリモアは素養や才能だけで習得できるものじゃない。曜術師として修練を積んで、初めて認められる称号だ。まあ……こう言ってはなんだが、まだまともに人選しているとも言える」
……確かにそうかも……グリモアは欲望や自分の信念に忠実な曜術師達の中でも、特に自我が強くて術を自在に操れる人しか読めないって話だったもんな。
だけど、あの本は「協力して最奥の間に辿り着いた者」と言っていた。
それを考えると……ちょっとズルしてゴールしても、善人だろうが悪人だろうが誰でも【アルスノートリア】になれちゃうって事だよな。それって、その……。
「危ないな……」
ポツリと呟いた俺の言葉に、キュウマは息を吐いて肯定するように軽く俯く。
キュウマが腕も足も組んでいる時は、悩んでいる時だ。
その事が一番の問題なのかと相手を見れば、キュウマは眼鏡を直した。
「そう、危ない。しかも、あの偽書は曜術師でも何でもない奴が読める。そう言う風に、設定が成されているんだ。……そんな物が、試練を通さずに外部に流出しているとなると……最早なんの制約も無い。誰が読もうが最強の力が手に入る」
「バカげた本だな」
少し怒ったようにクロウが吐き捨てる。
武人であり鍛錬を真面目に行ってきたクロウからすれば、そんなふざけた力が有るのが気に入らないんだろう。……俺からすれば、少しは羨ましいなって思うけど……でも、真面目に訓練をやってる人がバカをみる力なんて、そりゃ怒る人もいるよな。
俺だって、言ってみればそういう力の集合体みたいなもんだし……。いや、でも、俺のチートは代償負いまくりなので、ちょっとだけ許して欲しいな。うん。
そもそもまともに使って無双出来た事ないし……はは……悲しくなってきた。
「ああ、バカげた本だ。グリモアだけでも死ぬほど厄介だってのに、本当にヤバい本を作っちまったよ。俺達の“ご先祖様”は」
「……お前、カミサマなんだろ。その力で偽書のありかを特定できないのか?」
話の谷間を見取って、ブラックがまたもや問う。
だがその問いも予想していたのか、キュウマは残念そうに首を振った。
「申し訳ないが、現状の俺では出来ない。もっと力を取り戻して、この世界の管理を完全に出来るようになれば別なんだろうが……今の俺は、分身体を作って数分間だけ降臨するくらいしか出来なくてな。今も歪みの修復にかかりきりだし、この広い世界の七つの点だけを探せと言うのは、さすがに難しい」
「神は人を砂粒と思う……ということか」
「そこまで見捨ててはいないが、神だって中身はただの人族だという事さ」
クロウもやけに好戦的だけど、そういえばクロウ……というか獣人って、なんらかの神様を崇めていたりするんだろうか。でもクロウからそう言う話も聞かないし……ご飯の時もお祈りとかしてないから、神様を信仰する文化は無いのかも知れない。
不思議に思ったが、今はそんな事を考えている場合じゃないな。
えーと……ともかく、仮に【アルスノートリア】が七人全員出現していても、今のキュウマには把握出来ないって事なんだな。
だけど、それを言いにわざわざ降臨して来るなんて変だな。
そんな事、あの白い部屋で俺に伝言でも頼んでおけば済む事なのに。
これもまた不思議だなあと思っていると、キュウマは組んでいた足を戻した。
「まあ、そんなワケだが……しかし、今回はそんな事を話しに来たんじゃない。本題は……お前達に、旅の指針をくれてやるために今回降りて来たんだ。今度ツカサがこっちの世界に来る時までに、準備しておいて欲しいと思ってな」
「ハァ? なんで僕達がお前に『くれてやる』なんて言われなフゴッ」
「申し訳ございませんキュウマ様っ! この不肖の息子は私が今後きちんと躾を」
「あー構わん構わん! 良いから離せ、話が進まん!」
いつの間に背後にいたのか、ブラックの口を塞いでペコペコと謝るシアンさんに、キュウマは疲れたような顔で再度「離してやれ」と命じている。
美老女になんという口のきき方を……と思うが、たぶん敬語だとシアンさんの方が逆に「おやめ下さい!」とか言うから仕方ないんだよな……。
神族って、神様の前だとこうも変わっちゃうのか……ああ……俺神様にならなくて本当に良かったかもな……。シアンさんに傅かれるのとかマジで耐えられん。
俺は自分のお婆ちゃんにそんな事されるの絶対ヤだぞ。
「ゴホン。……でな、お前達に極秘で動いて貰いたいことは……他ならぬ、グリモアの事なんだ」
「え……」
グリモアって……どういうことだ。
目を見張った俺達に、キュウマは説明しだした。
「今現在、発現している魔導書・グリモアは六つ。お前達二人と、さっき出て行った【勇者】……それに、オーデル皇国の薬師とベランデルン帝国の“導きの鍵の一族”の子息。あとは…………」
そう言って、俺をチラリと見たキュウマだったが、またもや咳を一つ零した。
「ともかく、今後もし【アルスノートリア】が出現するとすれば、奴らに対抗できるのは……お前達グリモアだけだ。だが、今の状態では数が足りん。特に、グリモアの中で重要な役割を担う【銹地の書】の称号を持つ者が不在なのは非常にヤバい」
「ハァ? 銹地って……土ぃ? なんで土の曜術師が重要なんだよ。炎の曜術や水の曜術よりも一段落ちる術だろ土って」
「ムッ」
明け透けに言うブラックの言葉に、クロウが眉間に皺を寄せる。
そうだよな、曜術師じゃないと言ってもクロウは土の曜術が使えるんだもんな。
バカにされたような物言いに聞こえたら、そりゃムッともするだろう。気にするなとクロウの頭を撫でていると、キュウマは俺達を睨むように目を細めた。
「お前こそバカを言え。土の曜術は曜術の中で一番制御しにくいだけで、限定解除級になれば……それこそ、世界をひっくり返す力を持つ一番危ない曜術になるんだぞ。一瞬で城壁を築くことも、それらを無限に強化する事も出来るんだ。ヘタな炎の曜術に頼るよりも、無敵の防壁を持った方が有利に決まってるだろ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
おお、ブラックが押し負けている……!!
まあでもこの世界の人間からしてみれば、土の曜術師の一般的な認識ってブラックの方が普通なんだもんな。そもそも、そこまで出来る曜術師もいないみたいだし。
見下しているのは頂けないが、まあ……常識ってそんなもんだよな。
それに、キュウマは言ってみれば俺達より数千年以上生きてる事になるんだ。なんなら、シアンさんよりも年上と言っても良い。
だから、ブラックが知識で押し負ける事があるのも仕方がないよな。
今回ばかりは一本取られたなと思っていると、キュウマは真面目に続けた。
「ともかく、もし偽書と渡り合うのであれば、絶対に七人のグリモアを揃えなければならない。だから、今も封印されている【銹地の書】を覚醒させるのは、今回の急務と言える。……まぁ……これで七人のグリモアが全員覚醒してしまうのは、少々不安ではあるが……」
そう言いながら、キュウマは何故かクロウの方をチラリと見やる。
どうしたんだろうと視線を追ったが、ついクロウと目が合って二人で「なんだろうね」と言わんばかりに首を傾げてしまった。
クロウ……クロウも土の曜術が使えるけど……もしかして、今度の土のグリモアは、クロウもなれちゃったりするのかな。
でも、グリモアってあんまり良いものじゃないっぽいし……クロウだって今まで色々と大変だったんだから、あんまり大変な事を背負い込んでほしくないな……。
「むっ……ムゥウ……」
俺の撫でに、嬉しそうに目を細めて体を揺らすクロウを見て和んだが、いや、それどころではなかった。
改めてキュウマに向き直ったが、相手は呆れたような顔を……おい、見るな。
そんな変な物を見るような顔で俺を見るんじゃない!
「……ともかく、お前達には、まず土のグリモアを認める【銹地の書】を“封印の地”から持って来て貰いたい。主が不在のグリモアを狙って、偽書の連中がやって来ないとも限らないからな」
「それは、まあ……別に良いけど。でも【銹地の書】はどこに行ったんだ?」
グリモアの事だから嫌がると思ったが、ブラックは少し乗り気なようだ。
意外だなと思ってしまったが……もしかして、過去に何かあったんだろうか。
そう言えば、シアンさんもブラックの昔の仲間だったんだから……二人が加入して居たって言うパーティーに、何人かグリモアが居たのかも知れない。
でも、だとすると……グリモアが今まで【魔導書】に戻ってたのって……。
「グリモアの【魔導書】は、それぞれが『絶対に人族には手が出せない場所』へと……世界協定が移動させたんだったな」
そう言うと、シアンさんが真面目な声で「はい」と頭を下げた。
「一つは閉じた妖精の国、一つは絶対閉鎖の世界図書館、そしてもう一つは――
強者すら辿り着けない……【覇道の王】の玉座の下へと」
静かな声に、キュウマは深く頷く。
まるで、それが当たり前だと言っているような仕草だった。
「そう。勇者のみ読む事が出来る【黄陽の書】を除いて……それらの魔導書は、もう二度と開かれないはずだった。……だが、今はそうも言ってはいられない。後に憂いを残す事になるなら、いっそ【黒曜の使者】を守ろうとするグリモアが多数派である今、全てのグリモアをもう一度集結させておいたほうが安全だ」
「で、その【覇道の王】ってのはどこのどいつなんだよ」
まどろっこしい事を言ってないでさっさと言え、と急かすブラックに、キュウマは真剣な目を向けると――――静かに答えた。
「人族とは違う能力を持つ人種……獣人族が住まう国・【ベーマス王国】の王だ」
ベーマス。獣人の国ベーマスという事は……。
クロウの生まれ故郷じゃないか。
大陸から離れた、大きな島国って聞いてたけど……じゃあ、俺達のこれからの旅の目的地って、クロウの故郷って事になるのか!?
おおっ、じゃあクロウのお父さんである大熊のドービエル爺ちゃんにも会えるし、それにクロウの部下であるスクリープさん達にも会えるじゃないか!
なんなら前にラッタディアで会った獣人娘さん達にも……へ、へへへ。
思わずワクワクしてしまったが、いや、そんな場合では無かった。
今は真面目な話をしてるんだったな。う、うむ。
「おい、そこのスケベオタ猿。ヨダレ拭け」
「はうっ!! い、いかんいかん」
「ツカサ君……。はぁ……とにかく、あのクソ貴族の用事が済んだあと、僕達はそのベーマスに向かえばいいんだな」
話を纏めに掛かるブラックに、キュウマも早く切り上げたいのか頷く。
なんか汗かいてるもんな。限界が近いのかも。
「ああ。だが、この件は内密に。……特に、ライクネスの国王に知られんよう頼む。あの男は何を考えているのか解らない。……お前だけが頼りだ、シアン。あちらの王に、引き渡しの許可を頼んだぞ」
そう言うので、俺達はシアンさんを振り返る。と。
「はっ……はい……っ! このシアン、命に代えてもキュウマ様のご命令を遂行してみせます!!」
まるで乙女のように身を縮めて涙を拭いながら、シアンさんは使命感にキラキラと周囲の空気をきらめかせていた。
「…………」
「僕、初めてシアンが遠い存在だと思ったよ……」
ゲンナリしている息子の言葉にも、シアンさんはビクともしない。
イスゼルの事を今でも信仰しているポートスの民もそうだけど、神様の事を心から信じている人の真っ直ぐさって本当に凄いな……。
だけど、俺と同じで神様への信仰心なんてゆるゆるなキュウマは、沈痛な面持ちで額を指で押さえていた。
さもありなん。現代人の俺達には、そのピュアな気持ちはつらすぎる。
「……とにかく……王国に動きがあるまでは、下手に動かずラクシズで休息をとってくれ。【アルスノートリア】に関しては、謎が多過ぎる。こちらでも女神イスゼルの記述を調べてみるつもりだが……今は、何が起こるか神すらも予測がつかない状態だからな」
目の前で姿を現している神が言うと、なんだか説得力がある。
とは言え、そんな風に茶化す事も出来ず……俺達は緊張して良いのか脱力していいのか解らなくなってしまった妙な雰囲気の中、とりあえず息を吐いたのだった。
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