229 / 1,124
交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
28.すべてを見通すには力が要る
しおりを挟む◆
「え……ウィリットさんが部屋から出てこない……?」
思っても見ない事を言われて、つい聞き返してしまう。
だがそんな俺を鬱陶しがることも無く、女将さんは深刻そうな顔で頷いた。
「昨日、一応お貴族サマだからって、それなりの部屋に移しといただろう? その後から、ウンともスンとも言わなくなっちまってねぇ……。外は監視してるから、部屋から抜け出たって事は無いだろうけど……でも、ドアを叩いても返事がないんだ」
そう言いながら、どうしたものかと言わんばかりに女将さんは首をかしげる。
たぶん朝食を持って行こうと思ってた時に気付いたんだと思うけど、そう言う所が世話焼きな女将さんらしいなと少しほっこりしてしまう。……じゃなくて。
部屋から出てこないってどういう事だろう。まさか病気になったとか……。
それだと執事さんに会わせる顔が無い。ともかく確かめてみようってことで、俺達三人と女将さんはウィリットの体調を確かめるべく、彼が滞在している部屋にやって来て――――
「まどろっこしい。後で直せば良かろう」
やって来て、ノックしようかと思ったらクロウが問答無用でドアノブを握り締めバコッとドアを丸ごと外しわあああああああああ!! 何してんだお前えええええ!
「べ、弁償! 弁償おおお!!」
「んもーうるさいなぁツカサ君は。蝶番程度なら僕が後で直すってば」
おあ、さ、流石は炎と金属を自在に操る月の曜術師。
いやでも普通驚くからね。弁償しなきゃって慌てるからね!?
ああもう心臓に悪い……でもまあ、ともかくドアは開いたんだ。早くウィリットの様子を確かめないと。病気になってたら大変だ。
そう思い、俺達は部屋に踏み込んだのだが。
「あれ……い、いない……!?」
「ニオイも薄くなっているな。一刻二刻の外出ではなさそうだ」
部屋を見回す俺達の後ろで、クロウが何の気なしな風に言う。
適当に呟いたような声音だが、しかし相手が変な冗談を言わない事は百も承知だ。と言う事は、ウィリットはだいぶん前に部屋から抜け出していたってワケで……。
「で、でも、外には出ていない……んですよね?」
女将さんに振り返ると、驚いたような顔で頷く。
「外から侵入されても困るからね。手練れを数人用意して、万全を期したはずなんだが……まさか、あの男がそれを潜り抜けられるとは……」
悩ましげに腕を組む女将さんだったが、ブラックはいつになく冷静な顔をしながら目を細めて、その言葉を否定した。
「いや、あの貴族の能力は平凡だよ。剣術は貴族らしくそれなりだが、曜気を操る力も特別な技量も無さそうだった。抜け出したにしても、一人では出来ないだろう」
「じゃあ外から誰か手を貸したってのかい? それこそ有り得ないがね」
「だから不可解だって話なんじゃないのか」
ああもうブラックってば、ああ言えばこう言う。
だけど、本当にヘンだ。ウィリットは一体どこに行ったんだろう。
何だか嫌な予感がするけど、手がかりが無い事には探しようがない。この状況で、ウィリットの行方を探せるヤツと言ったら……。
「クロウ、ニオイがどこに行ったか……追えるか?」
部屋の中央で天井を見上げクンクンと鼻を動かしていたクロウに近付き、服を軽く引っ張る。と、クロウは口だけを薄く笑みに歪めて首を縦に振った。
「ム。ツカサが望むなら、追いかけてみよう」
「なんだいその恩着せがましい台詞は」
「ブラックおだまりっ。クロウ、さっそく頼むよ」
そう言うと、クロウは早速部屋のニオイを一しきり嗅いで……空気中の何かを辿るように廊下へ出る。ウィリットが夜の内に外出したのなら、まだ嗅ぎ分けられる程度のニオイが残っていると思うんだけど……相手が獣人の鼻に対して対策を取っていたとしたら、俺達にはもうなすすべもない。
どうか、計画的な逃亡でありませんように……などと思いながら、俺達はクロウの後について館の階段を下り、更に移動を続けた。
最上階から一階へと戻って来て、玄関――――には行かず、廊下の奥へ入る。どこに行くのだろうかと思っていたら、クロウは中庭へと続くドアを開けた。
外の空気が風に乗って流れ込んで来るのを感じながら、出る。
と、クロウは丁度俺達とフェリシアさんが使っている平屋の少し手前で止まった。
「…………ここでニオイが途切れているな」
「本当かぁ?」
「間違いない。どこかに入ったなら、その入った場所にニオイが続いているはずだ。幽霊などの実態が無い存在に変化したなら別だが、生身の人族ごときがオレの嗅覚を掻い潜れるはずがない」
誇り高き獣人族だからか、クロウはわりかし人族を見下したような言い方をするが、こうして自信を持っている通りクロウの嗅覚は凄い。
その能力を信じるならば、ウィリットはこの場所で忽然と消えてしまった事になるけど……。
「ブラック、曜術でそんなの出来る……?」
振り返って問いかけると、ブラックは軽く握った拳を口に当てて何かを考えていたが、数秒で顔を上げて「出来なくはない」と答えた。
「ツカサ君、この街に初めて来た時ぐらいの時に、図書館で【ウィンド】って付加術を見た事があるよね? アレは凄く難しい術で、余程の凄腕でも無いと習得出来ないんだけど……ソレを使ってあの貴族を連れ出す事は可能かもしれない」
「よっぽどの凄腕って……どんくらい?」
「曜術師で言えば一級くらい。それに、そもそも【ウィンド】は風を起こすだけの術なんだ。自分を浮かせるほどの風を作るとなると、凄く集中力しなきゃいけないし、浮いたままで移動するなんてまず出来ないからね。せいぜい上下運動ぐらいが関の山だよ。……だけど、僕達ぐらいの曜術師なら……あるいは、可能かもしれない」
“僕達ぐらいの曜術師”って……――――
それって、ようするに「グリモアに匹敵する力を持つ存在」ということか?
でもそんな都合のいい人間がホイホイ現れるはずがない。
いや、しかし、この世界にはクロウみたいに「グリモアの力が無くても強い存在」が他にも存在する事も充分あり得る世界なんだし、決めつけるのはまだ早いよな。
けれど、だとするとウィリットを連れて行った相手が……ヤバい奴であるって事は確定しちまうワケで……え、えぇ……なにそれ、ど、どういうことなの。
「あぁ……ツカサ君、忘れてない? 僕達みたいにデタラメな存在がいるでしょ」
数日前に聞いたでしょ、と呆れ顔のブラックが指で己のこめかみを軽く叩く。
俺を馬鹿にしたようなジェスチャーでイラッとしたが……そのブラックの言葉に、俺はハッとした。そ、そうだ。いるじゃないか。ブラックみたいにデタラメな力を持った、とんでもない存在が。
でも……なんで。
それなら、ウィリットを連れて行った犯人が【アルスノートリア】なら――――
どうしてそんな事をする必要があったんだ?
「え、えっと……っていうか、急になんでそんな」
話に付いて行けなくて、俺はブラックを見上げる。
だって、ブラックの予想は急すぎるんだよ。
どうして急に要注意人物の名前が出て来たんだ。一連の事件がジュリアさんの凶行かも知れないって予想はあったけど、そこに【アルスノートリア】の影なんて少しも出て来なかったじゃないか。
何をどうしたらそう思えるのか、と思いきり眉を歪めてしまった俺に、ブラックは少し真剣な顔をして、俺を平屋の中へと引っ張った。
女将さんとクロウも付いて来るのかと思ったが、二人は平屋まで入って来ない。
クロウが引き留めているのかと気になったけど、ブラックはそんな俺を椅子にポンと座らせて、子供に言い聞かせる時のように俺の前に片膝をついた。
「ツカサ君はどうせ覚えてないだろうから説明するけど、僕らは【サウリア・メネス遺跡】で【アルスノートリア】が使えるだろう術を大体教えて貰ってるんだよ」
「そ……そうだったっけ……」
「まあ軽く説明しただけだしね。ツカサ君の頭じゃ覚えてないのも無理ないけど」
「オイこら」
「彼らの能力で一つ……今回の事件の手掛かりになりそうな物が有ったんだ」
え……なにそれ。何の術なんだ。
って言うか、もしそれが本当だとしたら、今回の事件は俺達を狙った……いや……それは流石に違うよな。ジュリアさんが失踪したのは一月以上前だし、俺達が色々と片付け終わって、異世界日帰り旅行出来るようになった時には、既に彼女は失踪していたって事になるじゃないか。
どう計算しても、俺達を貶める為に起こった事件とは思えない。
そもそも俺達が知らない内から失踪事件は起こってたんだから、なんでもかんでも自分達への攻撃だと思うのは良くないわな。うん。
だけど……そうなると、あいつらの目的は何なんだろう?
それに、手がかりになる能力って何なんだ。
「ブラック、その能力って……なに? どいつが使ってるの?」
真剣な表情で問いかけると、ブラックは少し顔を引き締めて真剣な表情を作ると――菫色の綺麗な瞳で俺を見上げた。
「その能力は……まぼろしによって人の姿を欺く能力。同じであるかのようで僕とはまったく違う、別のまぼろしを操る力……
【菫望】の書の【アルスノートリア】が使う力の一つだ」
キンモウ。
それって……死者蘇生や古の血を呼び覚ます事が出来ると言う、ブラックと同じ【月の曜術師】が獲得できるはずの【アルスノートリア】の事か……!?
じゃあ、本当に。本当にウィリットは奴らに……。
「い、いやでも」
幾らなんでも、それだけじゃ予想の内でしかないのでは。
声が出せなくなりつつもそう言いたくて手を動かす俺に、ブラックは肯定する。
「そうだね、確証は無い。だけど……もしそれが真実であれば、色んな疑問が解けてしまうんだよ。どうしてジュリアという女が消えたのかも……彼女の特別な香水が、いたるところに撒き散らされていたのかも」
「撒き散らされていた、って……」
そんな言い方をすると、まるで……。
――――そこまで考えて、俺は思わず口を覆った。
「っ……!」
そうか。そう言う事だったのか。
「撒き散らされていた」という言葉が本当の事なら、それらは俺達のように彼女の事を探そうとしていた人々を攪乱する事になる。
体臭や血の臭いを消したいだけなら、ありふれた「流行りの香水」でも良かった。だけどそうしなかったのは、ジュリアさんが犯人である事を示したかったからだ。
ジュリアさんが「そこに居たかもしれない」と、彼女を知っている人がやって来た時に想像させたかったんだ。
そう、例えば――――――ウィリットのような、殺人現場にも入れるくらいの力を持った……ジュリアさんを知る存在に。
「じゃ、じゃあブラック、ウィリットが危ないんじゃないのか!?」
あの「匂い」は、自分の存在を誤魔化すためだけじゃ無かった。
ジュリアさんの存在をにおわせ、同時にそれで「ジュリアさんのことを良く知っている存在」を釣り上げたかったんだ。
恐らくは…………彼らの存在を、抹消するために。
…………そんなの。でも、だって。
ちょっと待ってよ。だったら、犯人は誰なんだ。
ウィリットを、恐らくは……攫って、ジュリアさんがその場所に居たとわざと匂いを大げさに振り撒いて、それでいて多くの娼姫を殺して回ったのは何が目的なんだ。
そうまでして、犯人は何がしたかったんだ。
もし【菫望】のアルスノートリアが犯人だったとして、何故そんな事を。
解らない。
そう言わんばかりにブラックに掴みかかってしまったが、相手は俺の動揺を見て、冷静に一度瞬きをすると立ち上がった。
「まあそれは……追い掛けてみてのお楽しみってところかな」
「お楽しみって、お、お前なぁ!」
こんな状況で何を言うかと俺も立ち上がったが、ブラックはそんな俺の慌てように笑って、頬にキスをして来た。
だあっ、ちくしょう、じゃれてる場合か!
「とにかく、追いかけられるのか。大丈夫なのか!?」
「案外僕も抜け目なくてね。ちょっと目星を付けておいたんだ」
目星……?
どういう意味だろうかと顔を歪めた俺に、ブラックは表情を変える。
まるで、獲物を見つけた悪魔みたいな……綺麗だけど、怖い雰囲気の笑みに。
「とにかく、行ってみよう。下水道が見つかった今、あいつらが潜伏できるような所は少ないからね」
そう言いながら、俺の肩を抱いたまま歩き出すブラック。
何が何だかよく分からないけど……でも、この感じでは「相手の居場所」に確信を持っているって事だよな。だったら、俺は付いて行くしか無かろう。
ブラックがそうそうポカなんてするワケがないし、見当が付いているのなら、俺は黙って言う通りに動いた方が得策だ。
けど……一体どこに目星を付けたんだろうか。
不思議に思いつつも再びドアを開けて外に出る。
その一瞬、ブラックが何か呟いた。
「最後の最後で尻尾を出したか。……やっぱり、バカな女だ」
嘲るような、軽蔑するような声。
それが誰に向けられたものかは、現時点の俺では判らなかった。
→
23
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた
木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。
自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。
しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。
ユエ×フォラン
(ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる