異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

14.宝物の支配者1

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   ◆



 自分で言うのもなんだが、土塊つちくれが山盛りの猫車を動かすのも、ちょっとはサマになって来たような気がする。

 それだけじゃない。俺の立ち位置も、初日とは大きく変わっていた。
 もうかれこれ五日以上は頑張って作業をしているからか、最近はようやくオッサン以外の囚人とも気安くなってきて、俺は他の人の“あぶれ鉱石探し”にも駆り出されるようになったんだよな。まあ俺が直談判じかだんぱんしたからなんだが、それはそれとして。

 最初は何を言い出すんだと怒られそうで戦々恐々だったが、監督も「損失が少ないに越したことはないな」と肯定的こうていてきだし、俺のナリで一月ひとつきの労働刑じゃあ反乱を起こすけにもならないだろうと思ったのかすんなりと俺のお願いを通してくれた。

 自分のちからあなどられるのは業腹だが、しかし情報収集のチャンスが多くなった事を考えれば、良い事だと思うべきだろう。うむ。

 まあそんなワケで、俺は今日も八十一番のオッサン……でなく、セレストという名のオッサンのところで鉱石をより分けつつ、終わったら他の囚人の穴倉にも出向いて土塊つちくれを選別する作業を続けていた。

「おーい十六番、こっち頼むよ」
「はいはーい!」

 土塊を捨てて空になった軽い猫車を勢いよく押して、俺は呼ばれた穴に入る。
 薄い鉄を巻いて打ち込んだ木板の車輪をゴロゴロと回しながら進むと、イカニモなスキンヘッドの強そうなオッチャンがスコップで土塊を集めていた。

 作業に慣れた囚人達は、だいたい数時間で小山を作れるぐらい穴を掘ってしまう。
 とは言え、ここには土の曜術師が多いみたいで、それも作業の速さに繋がっているみたいなんだけどな。

「すまんが全部いっしょくたなんだ。先にあぶれ鉱石だけ持ってってくれないか」
「あーい」

 今日も金の曜気を探す目をらして、土塊の中から鉱石を拾っていく。
 連続して金の曜気を見ているおかげなのか、最近ではちょっと意識するだけで土や金の曜気が簡単に見えるようになってきたんだよな。
 もしかすると、ここでの禁欲的な生活が俺の修行になっているのかも知れない。

 ふ、ふふふ……囚人生活で体がきたえられるだなんて、本当漫画みたいだよな。
 でもこのまま一か月ほど体を鍛えていたら、もしかすると俺もオッサン達みたいにムッキムキになれるかも知れない。あれっ、これは意外とよろしいのでは……いや、俺の世界に帰った時にビックリされるからダメか……。

 ともかく、俺の地位は盤石ばんじゃくになったと言っても過言かごんではないだろう。
 これで他の囚人達と話すチャンスがあれば、俺と同じように冤罪えんざいを掛けられた人と出会えるかもしれない。

 でもあせりは禁物だよな。
 ここから着実に一歩ずつ囚人達と気安くなっていかなければ……。

「おい、十六番」
「えっ? あ、ハイ。なんですか」

 不意にスキンヘッドのオッチャンに呼ばれて振り向くと、相手はツルハシを置いてひたいの汗をきながら近付いてきた。

「お前、ウワサでは窃盗せっとうやったって話だが……本当にコレやれんのか?」

 そう言いながら人差し指を曲げて鉤状かぎじょうにしてみせるオッチャンに、俺は首を振る。

「いえ、あの……信じて貰えないかも知れないんですけど、俺、冤罪えんざいで……」
「冤罪!?」
「は、はい……」

 驚いたオッチャンだったが、何故か考え込むように口をに曲げて腕を組んで見せると、数秒黙ってから俺の隣にしゃがみ込んで耳打ちして来た。

「本当に冤罪か? 八十一番にそう言えって言われたんじゃねえのか?」
「ち、違いますよお。つかなんであの人に指図されなきゃなんないんスか」

 セレスト……さん……は、何か言うどころか俺に対して常に強火対応だぞ。
 塩どころかゲンコツしてくるぐらい強火なんだぞ。俺に対して今後優しくするとか言ってたくせに、俺にどんどん遠慮が無くなって来るんだぞ。なんだあのオッサン。
 そんな入れ知恵を俺にしてくれるとはまったく思えない。
 そう思って素直に強めの否定をした俺に、スキンヘッドでコワモテなのに何故だか優しめに見える相手は「うーん」とうなった。

「そうか……じゃあ本当に冤罪でここに来たんだな」
「はい、かくかくしかじかで……」

 いや、実際には「コレコレこういう経緯で……」と言ったんだが、それを記憶しておくのも面倒臭めんどうくさいからな。説明は出来るだけはぶくに限る。
 その説明する過程をカクシカでちぢめつつちゃんと経緯を説明した俺に、オッサンは先程さきほどよりも難しげな顔をして首をかしげていた。
 なにか悩んでいる……というか決めかねているようだけど、どうしたんだろうか。

 不思議に思って相手を見つめていると――――不意にオッサンは何かに反応して顔をあげると、いかにも「ヤバッ」と言いそうな顔になって立ち上がった。

 どうしたんだろうかと思っていると、相手が小声で俺に言う。

「い、今じゃダメだ……どうにも時間がねえ。おい小僧よ、冤罪ってのが本当なら、お前に引き合わせたい奴らがいる」
「えっ!?」
「…………実はな、ある日の夜中のある一刻だけ、兵士が来なくなる時があるんだ。いつだってのは言えねえがよ、オレらはその時に水琅石すいろうせきの水管をひとときだけ締めるから、そのあかりが消えたのを合図にして食堂に……」

 と、言いかけた所で、オッサンはあわててツルハシを取ると、再び汗をぬぐうふりをし始めた。どういうことだと見ていると――――足音が近付いて来るのに気が付く。
 振り向くと、遠くなった穴倉の入り口に人影が見えた。

「四十二番、十六番、緊急の全員招集だ。作業を中断してそのまま来るように!」
「わかりやした!」
「は、はいっ」

 どうやらオッサンはコレを素早く察知していたらしい。
 た、たしかに二人でコソコソ話を続けていたら危なかったな……。

「よし、行くぞ」

 気付かれなかった事に安堵あんどしたのか、オッサンは俺の肩を軽く叩いて立ち上がる事をうながしてくる。それにこたえてひざを伸ばし歩きはじめると、オッサンは俺の横につけるように歩幅を調整して来て、またボソリと呟いた。

「いいな、水琅石すいろうせきあかりが消えたら合図だ。食堂だぞ。いつでも用意しててくれ」

 答えなくていい、と言わんばかりにちらりと目くばせをされ、俺はただうなづく。
 このオッサンが何故急にこんな事を言い出したのか分からないけど……俺が冤罪で連れて来られたと言う話を聞いてこんな事を言い出したんだから、恐らく、俺に協力してくれる……はず。

 あわてて「何も話していない」とよそおったところからしても、今話していたことは監督達に聞かれたくなかったみたいだから、もしかしたらこの人も俺と同じ不運な冤罪仲間なのかもしれない。
 とすると、これはついに自分の冤罪を晴らすチャンスが来たのでは?

 嬉しい驚きに思わず顔をゆるめてしまったが、いやいや安心するのはまだ早い。
 このスキンヘッドのオッサンも、もしかすると凶悪犯かも知れないのだ。ならば、今の話は俺をワナにめるためのウソと言う事になる。
 目立ったいじめは無いにしても、犯罪のグレードがチンケな囚人やひ弱そうな奴はからわかれてる光景もあるし、俺が次の標的にされたっておかしくはないよな。

「うーん……」

 速度をゆるめてオッサンから少し離れつつ、俺はどうしたもんかと考える。

 …………正直、牢獄みたいな物とは言っても、ここって怖い人ばっかりがいるって雰囲気が無いんだよなぁ……。なんつうか、本当に普通の仕事場みたいな感じだし、監督も怒ったり注意する時は怖いけど、別に俺達を拷問するワケでも無く、真っ当に対応してくれてるし……それに、囚人達に関してもトゲトゲしい所は無い。

 そりゃみんなコワモテでイカニモって感じだけど、俺を物珍しそうにチラチラっと見たりするくらいで、直接的な被害をこうむった事なんて一度も無いもんな。
 でも、それは【隷属の首輪】の効果かも知れないし、みんな何かが怖いから平和なフリをしているのかも知れない。中身は全く分からないんだ。

 しかし、普通に冤罪をふっかけられただけの人って可能性も有るしなぁ……。
 うーむ……信じていいんだろうか。
 指輪のお守り効果だって、いつまで継続できるかわからないしなぁ。……まあ、集団でボコられるくらいは男として覚悟しているけど、なんか俺情けない事になりそう。
 いや、まあ……誰も居ないなら我慢出来るかもだけど、すげえエグい拷問レベルなリンチとかはイヤだなぁ……ぐぬぬ……どうすべきか……。

「――――おいっ、ガキ! なにやってんだ早く行くぞ!」
「おぅえっ!? あ、あれっ、オッサン!?」

 考え込んでたせいで、いつの間にか足が止まっていたらしい。顔を上げると、ずんずんとこちらの方へ歩いて来る大きな影が見えた。あれはセレストのオッサンだ。
 どうしたんだろうと思っていると、何故か相手はいきなり俺の胸ぐらをつかみ――

「ぎゃあぁっ!」

 急に視界が回ったと思ったら、いつの間にか俺は痛みとともに地面に転がって……いやこれ背負い投げ! なんで出会いがしらに投げて来るんだこのオッサン!
 砂煙がぐええっ、ちくしょうまた服が汚れちまったじゃねーか!

「げほっ、ごほっごほっ! な、何するんすか!!」
「お前がさっさと来ねえからだろ。おい早く来いよ、遅れたら懲罰対象だぞ」
「だ、だぁれがぁああ……」

 ぐううっ、このオッサンのどこが優しいんだっ。
 特別室ではちょっと態度が軟化したかなと思ってたし、まああれから会話する事も増えて来たけど、でもなんか暴力も容赦ようしゃなくなって来てるんですけどこの人!!
 なんでこのオッサン前より暴力的になってんだよぉおおお!

 チクショウめ、俺だっていつかコテンパンにやり返してやるんだからな……などと思いつつ、俺はフラフラとセレストのオッサンに続いて穴倉を出た。
 ああ、トロッコの終点にはもう囚人達がほとんどそろってしまっている。怒られたらオッサンのせいだからな……にしても……こうしてみるとかなりの人数だな。

 監督達が整列させているけど、結構な列が出来てるぞ。今まで食事の時間も行動も色々と分けられていたから、ここにいる囚人達の総数なんて今まで解らなかったよ。確実に百人は居そうだけど、この人達は全員ギオンバッハから来たのかな……なんかそれだとあの街が凄い犯罪都市みたいに見えて来てやだなぁ……。

「おい、早く並べ」
「はいはいっ!」

 オッサンにせっつかれて俺も最後尾に並ぶと、全員揃ったのを確認したのか、監督が驚くような大声を出して喋り出した。

「全員姿勢正せ! これより【絶望の水底みなそこ】の主様あるじさまがお言葉を述べられる! 私語をつつしみ静聴せぬものは懲罰房ゆきとなることを心得ろ!」

 その言葉に、全員が背筋を正す。
 周囲の勢いに俺もつられてピンと棒のように立ってしまったが……主様あるじさまって、あの一号監督とかを雇ってる人だよな。どんな人なんだろ……っていうか、こっからその主様ってのは見えるのか。みんな背ぇ高すぎて俺見えないんですけど!

 ああ、なんか誰か……一人かな。一人、歩いて来る音が聞こえる。
 もしかして校長先生のようになんかの壇上に上がっているんだろうか。耳を澄ませ相手の動きを聞いていると、カツッと音が止まった。

「みなさん、今日も労働ご苦労様です。貴方達の誠実な労働は、確かに貴方がたの罪を洗い流し日一日と刑期を短くしておりますよ」

 なんだかもったりしている、みょう勿体もったいぶったような口調。
 丁寧ていねいっぽいけど喋り方が蛇のようにまとわりつく感じでしつこさがあるな。
 何だか近寄りたくない人種の声だなぁと思いつつ、こっちの事など知らないだろう相手の言葉の続きを聞く。

「さて、最近の成果ですが……驚く事に目覚ましく鉱石の採掘量が上がっています! これはとても素晴らしい事です!」

 わあっと声が上がり、拍手する音が聞こえる。
 が、俺の周囲は誰も動いていない。恐らく監督達が囃し立てているのだろう。
 そんなにして盛り上げなきゃ行けないのかと疑問が湧いたが、まあその、にぎやかな感じが大好きな人なのかもしれないな!

 それに業績が上がったってんなら、そりゃあ主様あるじさまも喜ぶだろうってもんだ。
 ……働いているのは囚人と言う名の奴隷だけども。

「みなさんの贖罪しょくざいの心と素晴らしい頑張りにより、我々の働きはおおいに認められております。……ですので、今日はその中でも“特に頑張っているかた”と“さらに頑張って欲しいかた”を、ここで慰労してさしあげたいと思います」

 ……特に頑張っている奴と、さらに頑張って欲しい奴?

 何だか妙な言い方に首をかしげたが、監督達が数人の番号を読み上げた。
 その番号に、整列していた囚人の中から手が上がり前に移動して行く。
 まずは「さらに頑張って欲しいかた」を呼んだみたいで、主様あるじさまというヤツは何やら彼ら一人一人にねぎらいの言葉をかけているようだった。

 話によると、彼らには特別室へのご招待と、数週間の休日、そのうえ大幅な刑期の短縮が約束されたらしい。
 えらい高待遇だ。それだけ期待されてるって事なのかな?

 そんな俺の考えを余所よそに、主様あるじさまとやらは最後にお決まりのように「皆さんも彼らを見習って頑張ってください」だとかいう、げきを飛ばすような事を大声で言っていた。
 どうやら、この集まりは囚人達に発破をかけるためのものだったらしい。
 みんなの前でめたり褒美ほうびをあげたりするのって、だいたいやる気を出させるためなんだよな。漫画とかでよくある展開だぞ。逆も有るけど。

 でも実際にやられると、羨ましいっていうか……呼ばれて特に褒められてる人達がさらし者にされてるみたいで、何だかなぁと思ってしまう。
 実績によってご褒美が貰えるのは確かに嬉しいけど、ソレを貰っている人達の姿を見せつけられたって別に士気が上がるワケじゃないしなぁ。

 学校の集会とかでもそうだけど、別に誰かが賞を貰ったって友達じゃ無きゃ喜ぶ事もないし、そうか凄いんだなぁで終わっちまう。むしろその後の「お前らも頑張れ」的な校長の話に鬱陶うっとうしさすら覚えて辟易へきえきするってのに、どうしてこれで士気が上がると考える人がいるんだろうか。
 そんな風に賞状貰ってる姿を強制的に見せてさらし者にするより、校長室でケーキのひとつでもあげてゆっくりいたわってあげればいいのに。

 …………いや、賞状を貰った事無いからってひがんでるんじゃないからな。
 そうとられても仕方が無いけども……ってそんな話じゃなくて。

「おい」

 横からそでを引っ張られて、我に返る。
 どうやら、隣に居たセレストのオッサンが俺を現実に引き戻したらしい。また耳に入って来るようになった主様あるじさまとやらの声に気が付くと、急に「十六番」と呼ばれた。
 えっ、十六番って俺!?
 驚きながら慌てて手を上げると、あと数人の名前が呼ばれて「前にこい」と監督に命令を受ける。何故かオッサンは呼ばれてなかったが、気にしていないようだ。

 それどころかどこか不安げにこちらを見て、何とも言えない表情をしていた。
 な、なに。俺がポカやらかすと思ってんの。くそう情けなく見積もりやがって。

 そこまで心配するんなら立派に褒められてみせようじゃないか、と気合を入れて、俺は列から抜けて先頭へと向かった。

「そこに並ぶように」

 監督達に言われて、囚人達の戦闘に横一列に並ぶ。
 俺の立ち位置は、丁度ちょうど運動場にある鉄のお立ち台……校長がマイクを持って集会をおこなうアレみたいな物の前だ。どうせなら「主様あるじさま」とやらの顔を見てやろうと思い、視線だけで上を向いて――――俺は、目を丸くした。

「では三番より順に主様あるじさまのお言葉がある。心して聞くように」

 監督達の言葉に、お立ち台の上で喋っていた人がまた喋り出す。
 だけど、その主様あるじさまとやらは……俺が考えていたよりも「それらしい」人だった。

 いつも笑みに歪んでいるような弧を描いた目付きに、人が良さそうに上がり調子をキープした眉。鼻筋は通っていて細く輪郭も細いが、その口は大きく微笑みに歪んでいて、美形と言う言葉が出るより先に……商売人のようだという意識が湧いた。

 だってこの「あるじ」という男は、ひょろ長い細身で笑みをたたえていて、そのうえ七三分けの金髪を少しお洒落しゃれにしたような髪をしているスーツ姿をしているんだもの。
 そんな姿で常にニヤッとした童話のキツネみたいな笑みを浮かべているんだから、いくら顔が整っていてもそんな雰囲気にのまれてしまう。
 なんというか、凄く高級そうな店に居そうな、胡散臭うさんくさい店員っていうか……。

 服装も髪色もキラキラしているから、余計よけいにそんな事を考えてしまうんだろうか。
 でも、その声や立ち振る舞いはまさにあるじで、何だか俺は混乱してしまった。
 なんでこんな妙な感じがするんだろう。見上げてるからかな。静かに困惑している俺だったが、ついに自分の番号を呼ばれてしまった。

「次に十六番」
「は、はいっ」

 姿勢を正して「主様」を見上げると、相手は笑みに歪めた目をさらに笑ませて、俺をじっと見つめて来る。その凝視ぎょうしになんとか耐えて数秒黙っていると、相手は俺が緊張しているのを見取ったのか、クスクスと笑って手を伸ばしてきた。

「そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ。貴方は確か……新入りでしたね?」
「っ、はっ、はい……」
「貴方のおかげで多くの鉱石が無駄にならずに済んでいます。私はそれをとても感謝したかったのですよ。ふふ、本当にありがとう……」
「いえ、そんな……滅相めっそうも無いです……」

 直球でめられると面映おもはゆい。
 目を泳がせてしまったが、相手はそんな俺に少し目を細めた。

「ん? もしや貴方は…………」
「……?」
「……いえ、まあ、いいでしょう。他の者と同じで、多少のご褒美を用意していますので、後で監督官から望んだ報酬を受け取って下さいね」
「は、はい、ありがとうございます」

 頭を下げると、主様あるじさまとやらはクスクスと笑った。
 な、なんだ。何かおかしかったかな。

「貴方は実に礼儀正しい……うん、気に入りました」
「……?」
「さて、次」

 いまの発言は何だったんだろうか。
 よく解らないけど、まあ……気に入られたって事なんだろうか。
 だったら今後は多少失敗しても許されたりし……ないか。しないよな。

 そもそも一月ひとつきだけの軽い労働刑なんだから、別に気に入られたって他の囚人達も「ふーん」ってくらいの感じだろうしな。俺はここから出られさえすれば良いので、最悪その程度ていど働かされても大丈夫……くらいに思っておけばいいか。
 権力者に気に入られるのはチートのお約束だしな。これをのがさず、表面上は頑張る囚人を演じて監督達にも大目おおめに見て貰えるように頑張ろうではないか。

 そのほうが、いつあの囚人達に食堂に呼び出されても色々対処できるしな。
 どうなろうとも、これで多少はお目こぼしいただけるだろう。
 ……たぶん……いや、無理かな……でもツテは多い方が良いよな……うん。

 ――そんなこんなで寒々しい表彰式は終わり、俺達は再び作業へと戻って、今日も代わり映えのしない作業を終えて食堂に行く事になった。

 もうこの流れも何度目かって感じなので、俺も指輪を隠して検問を素通りする事に慣れて来たぞ。いつもは首にかけていて、作業が終わる前にそれを外し、氷の術の【リオート】で凍らせて曜気を封じわきはさんでいればいいのだ。
 冷たいけど、労働の後だから冷たくて気持ち良いし、なにより汗で誤魔化せる。

 氷は食堂へ向かう間に溶ける程度ていどの厚さにしてあるから、こっそりと俺オリジナルの曜術【ウォーム】で体をあたためて溶かし続けていれば、落とす事も無く持ち運べる。
 ツナギのような服の足首はしっかりしぼってあるから、落とす心配も無い。
 部屋に戻ってしぼりを解いてとりだせば、また首に掛けられるってスンポーよ。
 ふふふ、俺ってば最強に頭が良いな。

 今日も検問をスルーさせちまったぜ、なんて鼻高々になりつつ、相変わらずマズい食事をんでセレストのオッサンと相部屋に戻った。
 ふう、これで今日も終了だな。あとは寝るだけ……だけど、今日からは廊下のあかりが消えるかどうかを注意して置かなければ。

 そんな事を思いつつ、ベッドにあがろうとすると――――不意に、後ろからグッと腕をつかまれた。い、痛い。またセレストのオッサンか。
 振り返ると、まさにその通りだった。
 でも……今日はいつもと違って、不機嫌そうな顔が少し怒っている。

 どうしたのだろうと思って見上げていると、相手は俺の腕をつかんだまま、部屋の中にずんずんと入って行き、俺を強引に振り回して自分と壁の間に押し込んだ。
 あれっちょっとまって、これ逃げられない体勢では。

 カベドンどころか壁とオッサンに肉薄してて動けないんですけど、なにこれ。
 どういう事だとオッサンを見上げると、相手はイラついたように目を細め、俺をギッとにらんで来た。あっあっやめてください至近距離のメンチ切りは反則行為です。

「…………オイ。一度しか言わないから良くきけ」
「えっあっハ、ハイ……なんでしょうか……」

 怖いから早く言って下さいと見上げると、相手は深い空色の瞳を更に細めて、俺にぶっきらぼうに言葉を吐き捨てた。

「ここにいる誰も信用するな」
「…………?」
「労働時間以外は、俺のそばを離れるなよ。いいな」
「俺のそばって……」
「いいな!?」
「はっ、はひぃっ」

 もーやだ何で怒鳴るんですかあんたは!
 反射的にハイって言っちゃったじゃないか、頼むから怒鳴るのやめて下さいよ。
 大柄な大人に怒鳴られても耐えられる奴なんて、それこそ漫画の主人公とか強い奴しかいないんだからなっ。俺にそういうのを求めるなよ!

 ……だがしかし、うなづいてしまったことは取り返せるワケもなくて。

「…………わかればいい」
「はひ……」

 頷いただけなのに、オッサンは急に怒気を弱めると、そのまま俺から離れて自分の寝床にどっかと寝転んでしまった。
 あれっ、いつもならギャンギャン行って来たりゲンコツ食らわせたりするのに。
 どういう風の吹き回しだ。鬼の攪乱かくらんって奴か。
 セレストのオッサンが何を考えているのかサッパリわからなくて、探るように相手の背中を見たが、それで理解出来るほど俺達は親しいワケでもなく。

「…………早く寝ろ」

 俺が見ているのを気配で把握はあくしたのか、オッサンは低い声で言う。
 相手の行動の意味がよく解らないけど、守ろうとしてくれているのかな。
 だったら嬉しいけど、オッサンからすれば、守るというより面倒事めんどうごとを持ち込むなと言いたいだけなのかも知れない。

 けれど、どのみち俺をかばってくれている事に変わりは無いだろう。
 オッサンはオッサンなりに、少しは俺を心配してくれているのかも知れない。

 でもやりかたが全く意味が解らないんだよなあ……。

 そこさえもう少し素直になってくれれば、俺もオッサンの事情をちょっとくらいは理解出来るかも知れないんだが……考えていても仕方が無いか。

「おやすみなさい。えっと……セレストさん」

 一応年上なので、敬語を付けて呼ぶ。
 俺はいま十六番と呼ばれていて、相手は八十一番になっているけど、部屋に居る時くらいは本当の名前で呼んでも良いだろう。名前を教えてくれたって事は、その名前で呼んでもいいって事だしな。
 そう思っての事だったのだが、相手は何故かぴくりと体を動かし反応して。

「…………おう」

 意外な事に、反応してくれた。

 ……やっぱり、ソコソコ親しくなってくれてはいるのかな。
 じゃあ、今のもきっと俺を心配しての行動なんだろう。褒められた奴の事を嫉妬でいじめる奴もいるだろうしな。だから、一層いっそう気を付けろってことなのかも。

 いつも乱暴なオッサンだけど、なんだかんだ心配して貰えると悪い気はしない。
 やっぱりツンデレなだけで、心根は優しいオッサンなのだろう。
 ……ブラックとは違う優しさだけど……でも、あいつもセレストのオッサンのように、今も心配してくれているはずだ。

 だから、何とかして早く外に出なくっちゃな。
 そして俺の冤罪えんざいを証明するんだ。例え一月ひとつき労働刑をやりげたって、これも無駄な事じゃないんだ。ここが真っ当な施設であれば、俺が冤罪であると訴えた時に模範囚だったと証言して擁護ようごしてくれるだろうし。

 ……うん。
 なにも永遠にブラックと会えないんじゃないんだ。こっちの世界に居る限り、俺はアイツの所に必ず帰る事が出来る。それに、俺には忌まわしいが頼もしいチート能力だって有るんだから、ここでおびえてても仕方ないよな。

 まずは証拠集め。冤罪を受けた仲間探しだ。
 ブラック達には迷惑を掛けてばっかりだが、もう少しだけ待って貰おう。
 この指輪が有れば、必ずブラックと会える。危なくなったって大丈夫だ。この指輪には、ブラックの力がちゃんと宿ってるんだから。

 そう思うと少しなごんで、俺は改めて気力が満ちたような気がした。
 よしっ、とりあえずは情報収集だ。主様とやらに気に入られている今がチャンス!
 ちょっと怖いけど、停電の時を待ってスキンヘッドのオッチャン達に話を聞こう。

「…………おしっ」

 小さくそう言って、俺は意気揚々と自分のベッドに転がったのだった。












 
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