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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編
糸口
しおりを挟む既に小一時間待たされているが、まったくもって返答がない。
ギルドお得意の“通信手段”を使って世界協定と連絡を取ることが、そんなに難しい事だっただろうか。今一度考えて、ブラックは否と眉根を寄せる。
――――通常、どこかと連絡を取るという行為は、どれほど早い手段を使っても、最低二日か三日待たされることがある。
そのうち比較的早いと言われているのが、独自の連絡手段を持つ冒険者ギルドや国の機関で、これより速度のある手段は通常無いものとされていた。
冒険者ギルド同士の連絡であっても、通常は一週間待つというのが常識なのだ。
だが、それらの他に、ごく一部しか知らない連絡手段がある。
それが【偽像球】という特殊な【曜具】によるやりとりだった。
(冒険者ギルドや【世界協定】の出動が早いと言われているのも、国家をまたぐ事件を迅速に処理できるのも、全てはこの連絡手段があってのことだ。各冒険者ギルドのギルド長にしか使う事が許されないから、基本的には秘匿されてるけど……その設備があると知っているものには、使う事が許されている)
何故なら、この【偽像球】の事を知っていて【世界協定】に直通連絡を願い出る者と言えば、その息のかかった関係者しかいないからだ。
それゆえに、ほとんどの場合【偽像球】による情報の伝達は滅多に行わない。
逆に言えばそれだけ「遅延の無い連絡手段」とも言えるのだが……――――
(にしたって、遅い。遅すぎる……。そりゃ二三日とは言うけど、それは動き出して目的地で行動する場合を含めての日数だし、あの【偽像球】を使った連絡だけなら、馬の一駆けも要らずにすぐ話が出来るってのに)
それに、連絡を行う者が“あの”腐れオス女の部下を持つシアンなら、その二三日の壁すらもすんなり乗り越えられるはずだ。
ここまで手間取るなんて、初めての事だった。
(……いや、そもそも僕の方が勝手に『最速の伝達手段』と買い被っていたのか? 考えてみれば、すぐに連絡が付くと言っても、相手が留守であれば応答できるはずが無い……そういえばシアンは用事があるような事を言っていたしな……。はぁ……。なんだってこんな時にこうなるんだ)
本来なら必要ないはずの「許可」を、ツカサとの平穏な旅のためだからと思い急く心を抑えているというのに、どうしてこんな時ばかり物事が進まないのか。
だが、そうやって憤っていても何も変わらない。
むしろ、短気になればなるほど、ツカサとの平穏な時間が減って行くのだ。それを理解しているからこそ、なおさらブラックは気が滅入ってしまった。
(あぁ……ツカサ君、なんでこんな事になっちゃうんだろうね……)
考えると溜息を吐くほどの気力も出ず、鼻から息を吐きブラックは冷静になろうと努めた。ここが我慢のしどころなのだ。
……が、そんな苦労も知らず、離れた場所に立っている駄熊は憤慨するわけで。
「ブラック、先程から鼻息がうるさいぞ」
「そりゃこっちの台詞だクソ熊!! フムフムムゥムゥ言いやがってっ」
歯軋りする勢いで怒鳴るが、しかし怒鳴ったとてどうなるわけでもない。
大人しく応接室で待っていろと言われたのなら、この質素な部屋で待っているしかないのだ。例え、どんなに時間が惜しくとも。
(はぁー……やっぱりあのクソ女を探さずにギルドに直行したのは失敗だったかな。元々の予定じゃあ、このギオンバッハの川下の街に来てから、アイツと合流の予定だったんだもんな……)
今ブラック達が滞在しているのは、ギオンバッハの激流を下って辿り着く街だ。
ここに到着した船は、客や荷を降ろして更に川を下り、あらゆる手段を使って再びベランデルンに帰されることになっている。そのため、乗客全員がこの川下にある橋の上の街に滞在し、各々目的地へと向かうのだ。
こういった航路が在るが故か、この街はギオンバッハと定期的に連絡を取り合っており、同じ橋上街と言う事もあってか、街の作りが非常に似通っていた。
……とはいえ、アコール側の街は不思議と堅苦しさが無かったのだが。
「それにしても遅いな。ブラック、本当にあのメダルは本物だったのか?」
「僕の目が節穴だとでも言いたいのかお前は。殺すぞ。つうか、身分証の偽物なんて作れないようになってんだよ。アレは持ち主以外が使うとすぐ分かるからな」
「ムゥ……そういう物なのか……」
納得したのかしていないのか、熊公は考えるようなそぶりを見せながら、古びた壁に貼り付けられている地図のような物を見る。
質問しておいてその態度は何だとイラついたが、怒鳴る前にまた相手は問う。
「……ブラック、今更なのだが……ギオンバッハの冒険者ギルドではなく、こっちのギルドで連絡を取る事に何か意味があるのか?」
本当に今更過ぎるが、しかしそんな疑問を持っていても大人しくついて来たという事は、この駄熊もそれなりにあちらのギルドの異様さには勘付いていたのだろう。
離す手間はあるが、伝えておく事は無駄ではないと思いブラックは息を吐いた。
「たぶんあいつらは、世界協定との連絡が取れないと思ったからだよ」
「それは……どういうことだ?」
こちらを振り返って首をかしげる駄熊に、少々イラつく。
ツカサが居たら「可愛い……!」とかありえない事を考えていたのだろうが、その謎だらけの感覚が理解出来ないこちらとしては、ただただ殺意が湧くだけだ。
まったく、このむさ苦しい獣男のどこに「可愛さ」があるのだろう。
辟易しながら、ブラックは仕方なくと言った体で答えてやった。
「もし僕の考えが正しいとしたら、ギオンバッハのギルドはまともに機能していない状態だからさ。しかも……貴重な曜具を私利私欲で利用している可能性も有る」
「フム……?」
「ヘタしたら警備兵もグルだ。けど、それをやってる“首謀者”が分からない。だからツカサ君を助ける前に、ここに来てお伺いを立てる事にしたんだ」
「なるほど。つまり、ギオンバッハのギルドは悪事を働いているかも知れないという事だな。……まあ確かに、ツカサを捕まえに来た兵士のあからさまな様子を見れば、ギルド側に何かあるだろうことは容易に想像が付くが……」
憎たらしい事だが、この男もそこそこ賢い。
だからこそブラックの考えを多少なりとも理解出来る……ということは重々承知しているのだが、実際に難なく理解して簡単に噛み砕かれるのは良い気がしない。
余計な手間が省けて助かる、とは思っているくせに、そんな風に臍を曲げてしまうのは、やはりこの男が自分を脅かす存在だと知っているからなのだろうか。
とはいえ、ツカサは自分を裏切らないと確信しているので、それもまた上手くいかない事への八つ当たりでしかないのだろうが。
(ハァ……。どうでもいい事でイライラしちゃうよツカサ君……)
己の左手の指に巻き付いている、婚約指輪。その指輪に嵌められた琥珀色の宝石を見て、大きな溜息を吐く。
結局のところ、ブラックは焦っているのだ。
熊公が言ったように、もしギルドも警備兵も悪人だとすれば、間違いなくツカサの身が危うくなるだろう。権力が絡んでいるぶん、賊に攫われるより厄介な事になる。それを知っているからこそ、早く助け出してこの腕の中に閉じ込めたかった。
ツカサは普通の少年のようにしか見えないが、その中身は普通とは言えない。
いや、平凡な善良さだからこそ、ツカサには予想も出来ない求心力が在るのか。
まんまとその深みに嵌ってしまった自分からすれば、彼の「平凡さ」は、この世界の者達には非常に稀有な物であるとしか言えなかった。
だからこそ、焦るのだ。
彼が……ツカサが、またもや何かに執着されて奪われやしないだろうかと。
(そんな事は無いって解ってるのに、どうしても考えてしまうな……。まあ、ツカサ君が誰彼構わず仲良くなろうとするのが悪いんだけどね! まったく……。すんごく弱いくせに人に優しくするから、こんな風に拐かされちゃうっていうのに……)
もう何度目か判らないが、一度くらいは自力で戻って来て欲しいとも思う。
だが、ツカサも本当の意味での愚か者ではない。だから、今回も逃げ出せる機会を待って情報を集めているのだろう。
彼は物知らずだが、知恵はある。
きっと今は、周囲を見定めてどう動くべきか考えているのだろうが……その慎重さを知っているがゆえに、もどかしくてたまらなかった。
ツカサは争いごとを嫌う。勝ち負けの問題ではなく、人が傷付くのを嫌うのだ。
だから、今回も大人しくしているのに違いない。
災厄とも呼ばれた【黒曜の使者】の力を使えば、どんな場所だろうが簡単に逃げる事も出来ただろうに。けれど、それでは解決しない事を知っているからこそ、待っているのだ。そうしたほうが、被害が最小限で済むと思っているから。
そんな風に、他人の事まで考えるツカサが、今はすこし恨めしい。
博愛主義であるツカサを好きになった事を後悔はしていないが、そのせいで邂逅の時間が遠ざかって行く事を思えば、もういっそ自分が洞窟を外から壊して、穴倉の中から彼を救い出してやりたかった。
……まあ、そんな短絡的な事が出来ないと分かっているから、ここに来たのだが。
(はぁあ……誰にも煩わされずに一緒にいたいってだけなのに……。どうしてそんな簡単な願いが、一番難しい願いになるんだろう)
それもまた、お互いに忌まわしき力を持って引き合わされたからなのだろうか。
考えると憂鬱になってしまって、ブラックは手を組んでそこに顎を乗せた。
(大陸に居るからいけないのかなぁ。いっそのこと、人族の渡航が少ないベーマスにでも隠遁した方が、ツカサ君と一緒に居られるのかな……)
この駄熊の故郷と言うのが不満だが、それでも人族の揉め事に悩まされるよりは、ずっとましになるかも知れない。
本当に、ツカサを連れて「誰も知らない場所」に行ってしまおうか。
――――そんな事を考えていると、ドアを叩く音が聞こえて、誰かが入って来た。
「おお、連絡が取れたのか」
熊公が、部屋に入って来た細身で頼りない男に問う。
だが相手は弱り切ったような顔をして、ハンカチで額の汗を拭うと頭を下げた。
「申し訳ございません、お待たせいたしまして……。あの、一度連絡を取ったのですが……どうも、水麗候は席を外しておられるようでして……」
「なんだって……?」
「あっ、で、でも、言伝で『ギルドに向かうように部下に伝える』と仰られたので、たぶん明日にでも使いの方が来て下さるかと……」
「部下?」
訝しげに問うたブラックに、男……いや、この街の頼りないギルド長は頷いた。
「は、はい。ええと……お二人といつも連絡を取っているかただと……」
それは恐らく、あの腐れ長耳女の事だろう。
ということはあの女は未だにこの街に来ていなかったのか。
いや、本来の旅程を大幅に縮めてこちらの街に下って来たのはブラック達だ。今回ばかりは相手を非難する材料が無かった。
ともかく、明日だ。
焦燥感は募るが、こればかりは焦っていても仕方が無い。
ギルド長に怒鳴り散らすと後でツカサに叱られるだろうから、ここはグッと堪えて大人しくしていた方が良いだろう。
そう思い、なんとか顔を冷静に保つと、ブラックは立ち上がって礼を言った。
「連絡をつけて頂いてありがとうございます。……では、明日改めてお伺いします」
「急に押しかけてしまって申し訳なかった。礼を言う」
二人で軽く頭を下げるだけの礼をすると、何故だか情けなさそうなギルド長は少し意外そうな顔をして、こちらに近付いてきた。
「あの……偽像球の事を知っておられる所からして、お二方にもなにやら緊急の用件がある事は重々承知しているのですが……その……もし、よろしければ、話だけでも聞いて下さいませんでしょうか……」
「ン……? 何か困った事でもあるのか」
よせばいいのに駄熊が男に続きを促す。
それが「許可された証」だとでも思ったのか、図々しいギルド長はあからさまに顔を明るくして、ペラペラと喋り出した。
「あ、あのっ、実はですね、ここ最近妙な事が頻発しておりまして……!」
そう言いながら、ギルド長は壁に広げられていた地図の方へと近付く。
どうやらこの街の周辺の地図らしいが、いつみても奇妙な地域だ。
この街の周辺――――つまり、国境の山脈から出た大河周辺の地域は、大陸の地形から見ても非常に稀なもので、それがこの地域を特殊たらしめている。
その独特な様相を形作っているのが、まさにその山と大河自身だった。
――まず、洞窟から出た川だが、これは途中で二つに分かれる。
この街は、地図を真正面にして右下側の支流にあるのだが、左上の支流はそのまま流れて湖へとぶつかっていて、流れが終わっていた。
それだけなら、他の地域でも見かけるような川の流れだと言えるが……この「湖に流れる支流」は、地図の上で見れば、ある図形の一端を担う形になっていたのだ。
……それは、三角形。
湖の終点には、もう一つ国境……つまり、ライクネス王国側の国境の山脈があり、その二つの山脈がぶつかる場所に存在する三角地帯を、川で封じているような形になってしまっているのである。
その湖が作る三角地帯の上には、この前ブラック達が通って来た砦の道がある。
つまり、あの高山を登る人工道は、三角地帯の森の上に造られていたのだ。
だがそれを認識する者は滅多に居ない。この地図とて、旅人がおいそれとみられる物ではなかった。それは何故かと言うと……その森が、あまりにも危険だからだ。
国境の山脈近く……つまり辺境には、強いモンスターが出現する。
昼間は安全だろうと、夜になれば何が現れるかも分からないのだ。草原で出くわす事すら不運とも言えるのに、もしそんな地帯の森に入れば、自殺行為だと言われても仕方が無い。それくらい、国境の山の近くの森は危険だった。
とはいえ、高い等級の冒険者や警備兵が居れば、それほど危険と言う訳でもないのだが……まあ、それはともかく。
地図によると、洞窟から出た直後の地帯も森林で覆われており、森が途切れた所の右の支流に、やっと検問所としてこの街が描かれていた。
紙の上では指を一二歩動かす程度だが、それでも結構な距離だろう。
実際に乗った客として言えば、森は十分かけて抜けるほどの広さで、確実に小さい領域では無かったように思う。
これもあって、洞窟には更に人が近寄り辛くなっているのだろうが……。
「その地図がどうした」
ギルド長の男に言葉を放ると、相手は恐縮し切りと言った感じで続けた。
「はい、あの……じ、実は…………ここ二年くらい、その……魔の三角地帯とも言われる、湖の上の方の“入らずの森”で、かなりの死亡者が発見されてまして……」
そう言いながら指で示すのは、砦の人工道の下。つまり、湖へ流れる支流によって分断された三角の森だ。
二つの山脈に挟まれた恐ろしく危険な地域だが、そうであるなら襲われて死んだ者とて数限りなく存在するだろう。なのに、何故その事を話すのか。
疑問に顔を歪めたブラックと熊公を見て、相手は改めて説明をしてきた。
「あっいえ、そうですね……辺境であれば、ランクの高いモンスターとの戦闘で命を落とす事もよくある不幸と言えるでしょう。ですが、その……そうではなく……」
「一般人が死ぬ、と?」
「そ、そうではなくて……その……実は……ほとんどが“人知れぬ死者”なのです」
「……は?」
人知れぬ。つまり、誰も知らない。誰も知らない死人とはどういう事なのか。
にわかに嫌な予感がして来て眼差しを強めたブラックに、おどおどしたギルド長は、視線に怯えたように冷や汗を噴き出しながらも続けた。
「あの、その……わ、私どもも、辺境のギルドですから……定期的に冒険者の方々や兵士の方に、傭兵としてモンスターの調査や駆除などを頼んでるのですが……その、途中で……何だか妙な死体が、ちょくちょく、見つかるようになりまして……」
「冒険者でも、一般人でもないのだな」
駄熊の先読みに、ギルド長は「まさに」とでも言いたげに強く頭を振った。
「はっ、はい! どこの誰かも知らぬ男性の死体ばかりが転がっていて、なんだか、森のモンスターへの生贄のようでして……」
「生贄?」
「ええ。全員が、その……無事な遺体はあまり無かったのですが、何故か彼らは服を纏っておらず、周囲に遺品も無くて……それに、討伐したモンスターからも、肉片や骨などは見つかるのですが、金品はないと……」
「悪い冒険者が隠蔽しているのでは?」
「それはありません。ご存じの事とは思いますが、辺境の冒険者は皆、素性が知れた有名な方々です。ゆえに、そんなコソ泥のような事があれば噂が立ちます。よほどの策士なら疑いようもありませんが、今までそんな事もないので……我々は、冒険者の事を信頼しております」
ギルド長は、いわば街で暮らす人々や領主と冒険者を繋ぐ存在だ。
それゆえ位の高い存在と話す機会も多く、彼らから信頼される立場でもある。
だからこそ、清廉潔白な存在として領主に認められ、どこぞの国が作った機関でも無い冒険者ギルドを運営する事を許可されているのだ。
彼らは、冒険者ギルドの長である前に、多くは無法者である冒険者を管理する存在なのである。少なくとも、この男が嘘をついているようには思えなかった。
と言う事は、本当に所持品の無い死体が森で多数発見された事になる。
「確かにそれは……おかしな話だな」
「はい……。一応、冒険者の名簿で調べてみたのですが……特徴が分からないほどに食われた者や、腐敗した者ばかりで……。そもそも、冒険者は根無し草ですからね。どこかを旅している途中なら、我々には彼らが生きているか知るすべもない。ですので、結局遺体はどういう人々なのかもわからず……」
「大体何人が死んだのだ」
駄熊の質問に、ギルド長は悲しそうに項垂れながら「五体揃って一人と見做すのであれば……恐らくは、三十人くらいでしょうね」と言った。恐らく、というのは……損壊の激しい遺体があって、それらを繋ぎ合わせて「一人」にしたからだろう。
それでも三十人と言ったのだから、相当な数だ。もしかすると、被害者はそれ以上いるのかも知れない。あまりにも異常な数だった。
「身元不明の死体が何体も……別に、戦があったわけじゃないんだろう?」
「ええ……。戦なんて、私の祖父でも知らない事ですから……。まあこの際、遺体が何者か判らない事は置いておくとしても、死体がモンスターの巣に放り込まれているのは由々しき事態です。人族の味を覚えたモンスターは、その味を求め積極的に人を襲い始めます。この街のギルド長として、今回の剣を見逃しておく事は出来ません。ですが……肝心のその死体の出所がわからないのです」
「…………それを、オレ達に調べて欲しい、と?」
問われて、ギルド長は暫し閉口する。
だが、今度は先程の恐れ具合が嘘のように冷静になって、こちらを見返してきた。
「報酬はお支払いします。危険な事になるやもしれませんが……我々には、この街を守る義務がある。なにより、死体のせいで冒険者達が襲い掛かられて大けがをする事が多くなってきた。ギルドの権限を預かる者として、これも許せません……ですが、我々には力が足りない。だからこそ、限定解除級の貴方と、戦闘術に長けた獣人族のお力を貸していただきたいのです」
しっかりとした目で射抜いて来る、ひ弱そうな男。
どうやら、実際は見た目よりも強い芯が通った男だったらしい。
認識を改めて、ブラックは肩を竦めた。
「こっちのギルド長は、ちゃんと“限定解除級”のメダルの紋様がわかるんだな」
そう言うと、相手は不思議そうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。
「滅多に見かけない珍しい等級ですが、長として覚えていて当然ですから。それに、今の私達は貴方がたのような冒険者を求めていたのです。見間違えるなんて、とても出来ませんよ」
自分で言っていておかしくなったのか、ギルド長はようやく笑った。
そんな相手を見て、熊公がこちらを向く。
「……ブラック、お前がさきほど言っていた事が、理解出来たぞ」
やっとか。いや、まあ、さもありなん。
解ればいいのだとブラックは軽く頷いて己の腕を組んだ。
……そう。ギルドで作られる“身の証し”となるメダルは、刻まれた紋様で【メダルの所有者が使える曜術】と、その曜術師の【等級】を知る事が出来る。
他にも色々とあるが、それらはギルドの職員や限られた物にしか分からない。
逆に言えば、ギルドの職員であれば理解出来て当然のものなのだ。
そんな簡単な事を、ギオンバッハのギルド長の女は出来なかった。
(でもこれで、やっと確信を得られた)
曖昧で証明しようのない事ではあったが、少なくとも、相手を探る為の条件なら、これだけでも充分だ。何せ、冒険者ギルドは潔癖な者も多く集まっているのだから。
ふっと笑い、ブラックはギルド長の願いを聞き入れる事にした。
「分かった。僕達が入らずの森の調査に向かう。ただし、条件がある」
「えっ、ほ、本当ですか! はい、私どもに出来ることならなんでも……!」
街のために、ギルドのために軽々と言い放つ相手に苦笑が浮かびそうになったが、ブラックは顔を引き締めて「とある条件」を出した。
「一つは、僕達が関わったことの全てを絶対に口外しないこと。そしてもう一つは……ギオンバッハの冒険者ギルドに潜入して、ある物を持ち出して欲しいって事だ。その物の解析をする場所も提供して欲しい」
「へ……!? あ、あるもの……ですか……?」
「まあそれは、別のヤツがやる事になるかも知れないけどね」
「は、はあ……」
善良なギルド長は、物を盗……いや、持ち出すという所に引っかかりを覚えたようだったが、それでも街の人々の為だと思ったのか困惑しながらも頷いた。
そう、ギルドの長などは、本来こう言うものなのだ。
奉仕の心を持ち、人を愛している、冒険者の中では変わり者な存在。
人を騙して暴利を貪ろうというような存在が立っていい地位ではない。
(さて…………動くにしても、あのクソ女を待たないと駄目だな……。こういうことは、多分シアンが新しく入れた部下達の仕事だろうし)
結局、またツカサと再会する日が伸びてしまった。
だがそれもあと数日の事だろう。そう思うと少し心が晴れて、ブラックはようやく溜息ではない安堵の吐息を零したのだった。
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