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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
10.眠る乙女の祈りの庭に1
「さあさあ、早く練習しようねぇ~」
そんな事を言いつつ、ブラックは俺の腕をがっちり掴んだまま歩いて行く。
……なんか嫌な予感がするな。本当に練習やるのかこれ。
どうも不安になって来たのだが、しかし俺にブラックの腕を振り払う力なんてあるワケもなく。ただただ連れ回されるしかなかった。
一応、俺達が割り当てられた部屋に向かってはいるみたいだが……ブラックの後ろ姿から時々聞こえる「ふへっ、へへへ」という不穏な笑い声を考えると、どうにも真面目に練習するとは思えない。これは多分、練習にかこつけて変な事をする気だ。
だとすると、明日の練習に支障が出るのではないか。それは困る。
ブラックとクロウは暗記なんて楽々なんだろうけど、俺はそうは行かない。きちんと言葉を声に出したり何度も読まなければ覚えられないのだ。
そうやって覚えても、勉強が苦手過ぎて少し経つと忘れちゃうから学校のテストは常に赤点ギリギリなのに、こんな状態で上等な台詞が言えるはずも無い。
ローレンスさんは「台詞が少ない劇だから大丈夫さ」とは言うけど、そのセリフを間違えずに特定の場面で喋るには、劇の流れを覚えておかなきゃならないんだ。
つまり、台詞が有ろうが無かろうが、台本は全部覚えるべきなのである。
これでブラック達に変なコトをされちまったら、覚えられるモンも覚えられなくなっちまう。不得意な事をする時の俺の記憶力の悪さを舐めるんじゃないぞ。
凄いんだからな。もう寝たら忘れるんだからな!!
「ほ、ホントに練習なんだよな? それ以外ナシだぞ!?」
後ろ姿しか見えないブラックに念を押すがごとくそう言うと、相手は振り返る事も無く「わかってるわかってるぅ」と軽い返答を返してくる。
いや、その軽さが心配なんだってば……と言えるはずも無く、階段を登って客室がある別塔への渡り廊下へ向かおうとした。――――と。
「…………ん? ちょっと待てブラック」
背後でクロウの声が聞こえる。
どうしたのかと思わず立ち止まると、ブラックも同じように歩みを止めた。
二人して振り返ったが、クロウは俺達の動きに構わず耳をせわしなく色々な方向へ動かしながら、目で位置を探っている。どうも、普通の様子ではない。
こう言う場面で冗談など言うはずも無いクロウの行動に戸惑っていると、熊の耳がピタリとある方向を向いて止まった。
「……異音が聞こえる。大蛇が這うような音だ」
「え……そ、そんな音……」
ブラックを見上げると、無精髭だらけの顔は軽く唇を動かし片眉を上げる。
「まず王城で聞こえるはずも無いな」
そうでしょうとも。聞こえたらそりゃどういう城だよ。
でも実際にクロウが聞き取ったと言う事は、大蛇がどこかに居るのかも知れない。
大きい蛇と言えば俺の可愛いロクショウだが、比類なき愛らしさのあの子は週一の掟に従ってもう帰してしまったし、お友達を呼んだ覚えはない。
まさか、この城も大蛇の守護獣(この世界での召喚獣の呼び名だ)を警備兵として置いているとかは……さすがにないか。
こんなお伽話のお城でそんなことあるのかな……。
「クロウ、その這うような音って、なんか感情あるっぽい? 怒ってるとか、ただ城の中を動いて回ってるだけとか……」
「うーむ……這い続けてはいるが、同じ場所をぐるぐる回っているな。かなり体重が有るみたいだが、狭い場所で何重にも岩や床を擦るような音がし続けている」
「なんだそれ。牢獄で囚人が這い蹲ってるだけじゃないのか」
意味が解らない、と眉根を寄せるブラックに、クロウも同じような顔をした。
「そんな音なら、人族の情けない呻き声も同時に聞こえている。だが、耳には這う音しか入って来んのだ。そんな元気な囚人がいてたまるか」
た、確かに……というか想像したら怖い。元気に這いずり回ってる囚人軍団って何ですか。こわい。そんな人達が捕まってるのも怖いし色々もうヤバい。
なんでこんな素敵な城でそんな事になるんだ。
「ふへっ」
「とりあえず……確認するか? 何か害のあるものだったとしたら、オレ達にも何か面倒臭い事が起こるかも知れん」
「そうだな……ブラック、行ってみよ……」
って、なんでお前ニヤニヤしてんの。
見上げた相手が思っても見ない顔をしていたので顔を歪めてしまったが、ブラックの視線がとある場所に向いているのを見て、つられてソコを見やると……。
なんと、俺はいつの間にかブラックの袖をがっつり掴んでいるではないか。
「うわっ! こ、これは違うぞ! アンタらが囚人とか這いずり回ってるとかヘンな光景を想像させるよーなことを言うから!」
「ふ、ふへへ、別に良いんだよツカサくぅん……ほらっ、怖いなら僕の胸に飛び込んで来てくれたって全然かまわないよっ、さあ!」
「やめんかおバカっ! と、とにかく音がする方に行ってみようよ。様子を見るだけでもしておかないと、ローレンスさんに何かあるかも知れないし……」
抱き着いて来ようと胸を開くブラックを必死で牽制しながらクロウに言うと、相手はコックリと頷いて手を差し出してきた。
「怖いならオレがツカサを守ってやるぞ。手を繋いでやろう」
「だーっ、だからそれもうやめーって!」
だれが守られるだばっきゃろー、俺だって戦えるんだからな!
男たるもの舐められ続けてはやってけない。お、俺だって素人冒険者なりに何回も戦って来てるんだ。囚人の奇行なんて怖くないんだからな。大蛇だって、こっちには超最強の可愛いロクショウがいるし慣れてるんだからな!!
「あーもースイッチ入っちゃった」
「ウヌゥ、ツカサは本当に自尊心が不必要くらい伸び伸びしてるな」
しゃらっぷオッサンどもっ。
良いからはよ音のする方向へ案内しろとクロウの背中を押すと、相手はふむふむと呆れたように息を吐いたが、俺の言葉に従って案内し始めた。
――その音のする方向は、どうやら俺達が向かう別塔ではなくこの本丸らしい。
けれどもクロウは一階に降りず、暫く二階の入り組んだ廊下を歩き続け、城の奥……つまり、この城の正門とは正反対の位置に辿り着いた。
また昨日みたいに反対側に連れて来られてしまったな。
まさか、一階の劇場とは別の劇場が在るんだろうか……なんて思っていたが、意外な事にそこはテラスになっていた。向こう側は長閑な農地の風景だが、もしかすると下に一階の劇場の屋根があるのかな。
ということは、這いずり回る音ってのは、劇場から聞こえてる……とか?
だが、俺の予想とは違い、クロウは行き止まりの大きなテラスには目もくれない。それどころか、テラスへ向かう出窓……の脇にある石造りの急な階段を登り始めた。えっ、なんか急にここから要塞みたいな質素な石造りになってるんだが。なにこれ。入って大丈夫なの。
急に不安になってきたが、ブラックは「行こうよ」と背後から俺を押してくる。
やめろ尻を押すな。というか揉むな。
これはかなわんと俺はクロウに続き、まるで小さな灯台のように壁と中央の石柱に挟まれた窮屈で急な段差の古い石段を登っていくと――――上の方に光が見えて、俺達はとうとう頂上へとたどり着いてしまった。
「ここは……お城の鐘突き台なのか?」
俺達三人が立ってもまだ余裕がある、広い石畳の床。
四方にはアーチ状にくり抜いた壁が在り、全方位遠くまで見渡せる。けれど、この塔は物見の塔ではなく、中央に真鍮色の巨大な鐘がどんと吊り下げられていた。天井から釣り下がっている太い縄を引っ張って鳴らすみたいだけど、こんなのを動かせるなんて兵士は凄いな……。
しばし雄大な風景と巨大な鐘を見つめていると、隣にやって来たブラックが遠くの農地を見ながら呟いた。
「まあ鐘があるから鐘突き台か。変な場所に造ってあるけど、コレの場合は見張りをする役目もあるのかもね」
「なるほど……」
いくら堅剛な壁が守ってくれてるとは言えど、これほど巨大な壁なら遠くから敵がやって来た時に視認する事も出来ない。
壁の上で見張りが見ていてくれるだろうけど、でもここまで高い場所は無いし……より索敵できる場所を求めるなら、まさにこの塔がうってつけと言えた。本当に遠くまで見えるもんな、この場所。
「ツカサ、ブラック、こっちだ」
「え?」
あっ、そういえばクロウが居ない。
どこに行ったんだと鐘の裏側に回ると、クロウは俺達が上がってきた階段とは丁度反対側にいて、何やら地面を片手で擦っていた。
何をやっているんだろうかとクロウが見ている所を覗くと。
「…………んん? なんかの……紋章……?」
「この国の紋章とは違うね。曜術師を表す紋章とも違うみたいだし……」
「国章でもないなら、何故この場所に記してあるんだ?」
そう言ってクロウが不可解そうに首を傾げるのは、わざわざ地面を掘って緑の染料を流し込んだ謎の紋章だ。ダイヤ型の宝石のようなものに花とか葉っぱが絡んでいる乙女チックな紋章だけど……なんで緑?
「まあ草花と言えば緑だけど……」
「鍵穴のような物はどこにもないな」
「何かの印ってだけなのか?」
俺のアホな連想ゲームに構わず、ブラックとクロウは「なにかの仕掛け」かどうかを考えているらしい。そ、そうだな。そっちの方が可能性高いな。
確かに、こういう謎の紋章は隠し通路への入口だったりするのだ。
となると、緑の紋章なんだから……木の曜気を注いだら開いちゃったりして。
「まあ、まさかね……」
などと言いながら、悩むブラック達を横目に手を置いて気軽に木の曜気をちょこっとだけ放出して見る。と。
「えっ、うえっ!?」
ずん、と何か妙に重い音がしたと思ったら、急に体の中の何かが吸いこまれるような感じが有って、俺は思わず膝をついた。
「ツカサ君!?」
慌ててブラックが俺の顔を覗き込もうとするが、その瞬間、俺が手をかざしていた緑の紋章が強く光り、視界を奪う。
咄嗟に何かに強く拘束されて思わず息を呑んだが、その間にも光は放出され、何か重い物が石の上を動くような音が続いて――――
「あ…………」
気が付けば、紋章が在ったはずのその場所には……下り階段が見える不可思議な穴が開いていた。
「これ、は……」
「何したのツカサ君……」
「い、いや、ただちょっと木の曜気を注いでみただけで……」
まさか本当に通路が現れるなんて思ってなかったんだ。
いつの間にか二人掛かりで俺に抱き着いて拘束していたブラックとクロウに言うが、二人は胡乱な顔で顔を見合わせて片眉を眉間に寄せた。
「……まあとにかく、道は開かれたわけか」
「音は下の方から聞こえてくるな。……降りてみるか?」
どう考えても何かヤバいような気がするのだが、行っても良いものだろうか。
コレなんか王城にとってヤバい事だったりしない? 大丈夫?
「やっぱやめたほうが……」
「よし、行ってみようツカサ君。国外逃亡になったらその時だ。そもそも、部外者にバレたら困るようなやましい事してる方が悪いんだし」
「ちょっ、そ、そんなレベルの事になるの!?」
そんなのゴメンだと慌てるが、ブラックとクロウが止まるはずも無く。後の事など知るかと言わんばかりに、俺を拘束したまま下り階段に突入してしまった。
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