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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
眠る乙女の祈りの庭に2
「う、うわ……」
下へ下へと続く、冷たくて明かりも無い階段。
俺は有無を言うヒマもなく、荷物のようにオッサンの脇に抱えられているので転ぶ心配はないが、先程の古くて急な石階段と比べるとこちらは随分ハードモードだ。
なんせ、段の角が欠けていたり、苔のような物が生えていたりして、物凄く危険な感じがする。滑って転べば軽く死ねそう。
それだけでも恐ろしいのに、下へと向かうたびにどんどん上の方から差し込む光が無くなっていくのは最早不安しかない。これ絶対、下って行ったら暗黒じゃん。暗黒の階段になるじゃん!
「そんなに怖いなら【ライト】だしなよツカサ君」
「アッ」
う、うぬぬ……そう言えば俺の【口伝曜術】(自分で開発したり独自に色んなものと組み合わせた曜術のこと)の一つに、【ライト】という照明代わりの光の球を出す曜術があったのだった。自分で作った癖に忘れていたなんて恥ずかしい。
いや、でも、さっき囚人が這いずり回るとか変なこと聞いちゃったから、それで俺は動揺していただけでな……うん、はい、点けます。点けるから見つめるな!
「我の行く道を照らせ――【ライト】!」
大地の気を意識して、蛍光灯にも負けない光の球をイメージする。
雑に抱えられたまま片手を差し出して詠唱すれば、掌の上にポッと白い光で周囲を照らす光球が生まれ出でた。ふふふ、これで遠くまで見える。
どうだ明るくなっただろう、とブラック達をドヤ顔で見やると、二人は眉を上げて感心しているんだかしてないんだかって感じの表情をしていた。なんだその顔。
「ツカサ君て、ほんと……まあいいか」
「言えよ最後までっ」
「まあまあ、要するに可愛いって事だから気にしない気にしない」
「ぐぅうう」
可愛いと言われるのも嫌なのだが、これ以上突いたらヤブヘビな気もする。
ああこんな時にヤブヘビじゃなくてロクショウが居てくれたらなと心底思ったが、俺は弱音を飲み込んで、ブラックの足元を【ライト】で照らしつつ下へ向かった。
「…………」
階段を下るたびに、空気がヒンヤリとしてくる。
それが自然と沈黙を生んで、俺達は光の球が先導する階段をただ進む。
ほんの少しずつだけど、壁や階段に生える苔が増えているような気がする。
確実に最下層へ近付いているのかな。景色は変わらないけど、なんだか空気が上と違う感じがするし、苔も増えてると思うし……進んでる、よな……?
だけどもう、何分経ったかも分からなくなってしまい、もしかしたらこの閉塞感のある階段が永遠に続くのではないかと不安が増してくる。
やっぱり降りなきゃよかったんじゃないか……などと考えていると――――
「…………あれ?」
なんだか、少し壁が緑に色付いているような気がする。
その不可解な変化に声を漏らすと、ブラック達も気付いたのか足を止めた。
どうしたのかと思ったら、二人は身振り手振りで俺に術を消すよう指示する。
確かに、ココから先に何か有って、本当にヘビか何かがいるのだとしたら、俺の術の光は明確過ぎてすぐに察知されてしまうな。
素直に術を取り消して三人で頷き合うと、俺達は慎重に進んだ。
――――最下層へ近付くたびに、緑色の光が強くなっていく気がする。
どこか木の属性の曜術を放つ光にも似ている気がするが……俺の何かが、違うと言っているような気もして、どうにも判断がつかない。
そんな事を考えている内にどんどん最下層からの光は強くなっていき、それと同時に周囲を覆う苔の量が段違いに増えて来た。あまりにも変化が大きい事に驚くけど、その驚きを越えるように、這いずりあがってくるような木の枝や蔦、根っこのような物が、下からどんどん増えて来る。
最初は苔に驚いていたというのに、今はもうジャングルのように四方八方から葉や枝を伸ばしてくる木の一部を振り払うのに必死になってしまっていた。
ブラックとクロウは「なんだこの面倒臭いのは」と言いたげなくらいにイラついた顔をしていたけど、何か感じているのか怒鳴りもしない。
その用心深さが、やはり最下層には何かが蠢いているのかと怖さを……いや、怖くない。なんかこう気になってしまうが、とにかく今は進むしかないのだ。こうなってしまっては、撤退しても気になって仕方が無くなってしまうのだから。
ああでも怖いっ、いや怖くない!
頼むから無言で這いずり回る囚人の集団じゃありませんように……などともう半ば祈りながら、ブラックの脇で揺れつつ、緩やかな螺旋を描いていた階段の道の最後のカーブを抜けた所で……とうとう、最下層を意味する地面が見えた。
「っ……」
ドアもない、光と緑が溢れ出して来ている入り口が見える。
あまりの光量に向こう側の風景が見えない。鮮やかな若葉や青々とした苔ですら、その緑色の光には敵わないらしく、輪郭だけ残して埋れているようだ。
……そもそもの話、そんな強い光を発する存在って……何なんだ……?
今のところ変なガサガサ音とかカサコソ音は聞こえないけど、でもクロウは確かに複数の何かが這いずり回る音が聞こえたって言うしな……。
「ん……ん……んん……?」
出来るだけ息を漏らすだけにしつつ、俺はクロウに「ここから変な音が聞こえたんだよな?」とジェスチャーで問いかけると、クロウは熊耳を動かしコクリと頷く。
やっぱり今も聞こえてるんだろうか。
だとしたらこの先に音の主が……。
「…………」
行ってみよう、とブラックがジェスチャーを返して、俺を地面へ降ろす。
ずっと抱えられていたので足の感覚が無くなってしまっていたが、細かく動かしてなんとか感覚を取り戻す。
だけど、一応の用心と言う事で俺はブラックの背後に押しやられた。
そ、そうだな。俺が飛び出してサクッとやられたらヤバいもんな。
この場所では恐らく俺の木の曜術は役に立たないだろうし、ブラックとクロウだけが頼りだ。俺が植物を操れると言っても、自由自在レベルとなると自分が成長させた物に限るし、こんな感じで既に生えている植物を直接動かすのは難しい。
【ウィザー】という植物を枯らす中級術を使う事は出来るけど、この感じだと……なんか枯らしても枯らしてもキリがなさそう。不思議とそんな確信があった。
でも、俺もちっちゃい【フレイム】くらいは使えるんだ。用意だけはしておかないとな。ああこんな事なら色んな術を学んでおけばよかった。
そんなどうしようもない事を考えつつ、ブラックと一緒に部屋に踏み入る。
一瞬、強い緑の光に目を焼かれたように怯んで瞼を閉じたが、すぐに順応して目を見開き真正面を見やる。
と、そこには――――
「っ……これ……は…………」
荘厳な装飾が刻まれている、巨人が通るような扉。
淡い空色の壁に埋め込まれたその芸術的な文様のある扉を背にして、角の無い丸い部屋の中央には、大人の胸元くらいまで伸びた細い支柱があり、何かを置くための台が取り付けられていた。
だけど、それだけじゃない。
地面には、支柱が置かれた部屋の中央に収束するように、不思議な文様が刻まれている。まるで曼荼羅みたいだけど、俺の世界のソレとは違って中東の国にあるような細かい装飾が重なり合っており、魔法陣のような物を作っていた。
その紋様は、おびただしい苔や幹の無い木々に覆われていてもハッキリと分かる。緑の浸食に抗うように、弱々しい青い光を絶やさずに発し続けていた。
だけど、この円錐形の部屋を焼き尽くさんばかりに照らす光の主は――――
完璧な球形を形作る緑色のなにか。
この「緑色の光を発する何か」が、支柱の台座の上で静かに浮かびながら、煌々と強い光を発していたらしい。
だけどこれ……一体なんなんだ……?
「…………どうやら生物はいないみたいだね」
「だが、確かに蠢くような音は聞こえるぞ。……その、光の中から」
えっ。
じゃあ、この光の球の中に何かが居るって事!?
「こ、これ……大丈夫なのか? 何か出てきたりしない……よな……?」
ブラックに問いかけるが、相手は難しそうな顔をして俺の前に腕を出す。
よくわからないけれど、近付くな。そう言っているみたいだった。
熟練の冒険者であり気配にも異常に聡いブラックですら、この「光る何か」の正体が分からないのか。しかも、警戒しなければならないだなんて……相当だよな。
クロウもそうなのかと振り返ると、背後に居た相手は訝しげな顔をして、「不可解だ」と言わんばかりに両眉を寄せていた。
「這いずり回るような音は聞こえるのに、確かに何も感じないな。生きた物の気配とは違う。だが、蠢いている……どうにも不思議だ」
「うーん……ツカサ君の木の曜気で入り口が開いたうえに、この緑だらけの部屋ってことは……これは木属性の何かを封印しているのかも知れないけど……」
「確かに……なんかすっごい自然が溢れてるもんな……」
これだけ枝や蔦や苔が生えていたら、そりゃあ誰だって“そんな存在”が封じられていると思うだろう。
だけど、封印されてるって……一体なにが?
「…………こりゃ、あのクソ眼鏡が一枚噛んでるかもな」
「え……アドニスが……?」
ブラックを見上げると、相手はニッコリ笑った。
「とりあえず、見るモノは見たし……早く帰ろうか。あの大きい扉から、何がやって来るか分かったモンじゃないからね」
「ム、そうだな」
そう言いながら、ブラックとクロウは踵を返した。
当然、その行動に俺が抗えるはずも無い。今度はブラックに背中をグイグイ押されながら歩くハメになってしまうが、それでも俺は気になってしまい背後を見た。
――――緑色の光の球は、動く事も無くただじっと支柱の上に浮いている。
あれだけ苔や木の枝なんかが部屋を侵食しているのに、あの中央の支柱と光には、木の枝の一本も巻き付いていない。
光は、何物にも支配されずにずっとそこに浮いて停止していた。
「…………なんか……怖い、かも……」
「え? ツカサ君なんか言った?」
「な、なんでもない……」
ふと口を突いて出た言葉だったけど、それでも振り返るとその言葉しか出ない。
あれだけ自然に塗れていたのに、この相当に古い歴史を持つだろう石の階段ですら自然の浸食を拒み切れなかったと言うのに、あの光と支柱だけは綺麗だ。
何にも侵されてはならないとでも言うように、ただそこに在るだけだった。
……別に、怖い存在じゃないはずだ。
それは分かっているはずなのに、俺は何故か自分の足を滑らせようとする分厚い苔の階段を、得体のしれないもののように思うようになってしまっていた。
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