異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編

  誰も知らない

 
 
 闇の棲家に、ぽつりと声が落ちる。

 だがそれは穏やかな声ではなく、ただただ怨嗟に塗れた声だった。

「おのれ……おのれぇえ……あいつらさえいなければ……あいつらさえ……っ」

 元々は凛々しく麗しい声だっただろう男の声。
 だが、今は何かを憎みむあまり歪み切って、汚らしく濁ってしまっている。
 そんな声に続くように、暗い中でコツコツと不規則な音が聞こえた。

 ――――靴音だ。二つ分の靴音は、下へ向かってゆっくり動いていた。

「口惜しい……憎い……もう少しで……もう少しで取り戻せたのに……!!」

 悔しさの中に混じる、悲壮な感情。得られたはずのものを再び失った行き場のない激情が、その声の主の中で渦巻いている。
 叫ぶ事すら出来ずに怨嗟を吐き出す男の声は、それでも下へ向かい消えていく。

 そうして、どれほど恨み言を言っても動き続ける男の声に――――ふと、静かで、どこか優雅さを感じさせる男の声が重なった。

「ええ、貴方はよくやりました。貴方の努力も、能力も……驚嘆に値すべきものです。何物も、それを覆す事は出来ない。埋もれさせることは出来ないのです」

 どこか愉しげな音を含んだような、穏やかな声。
 その声に宥められるように、激情を含んだ濁る男の声は震えて泣き出しそうに息を吐いた。……いや、本当に泣いているのだ。その声に見合う体格をしていれば、誰かの前で泣くなど恥と思われる年齢だろう。それなのに、男は子供のように啜り泣く。

 穏やかな声の男はその情けない様を抱擁するかのように、ただ穏やかに返した。

「貴方の努力は誰もが認める物だった……貴方は素晴らしい存在だった……なのに貴方の栄光も成功も、いつも誰かが奪って行く……そうですよね?」

 靴音が止まり、頷くような気配が暗闇の中で感じられる。
 おそらくは、穏やかな声の男もしっかりとその動きを感じ取っているのだろう。
 男泣きをする相手に息だけで笑って、寄り添うような言葉を掛けた。

「ああ、お労しい……。貴方は貴族の地位を持つべき存在であるのに、こうも人々は貴方を忘れ迫害する……何故なのでしょう……」

 かつん、かつん、と、また靴音が響く。
 同時に、下方からゆっくりと光が差し始めた。

「何故だと、思いますか?」

 優しい、穏やかな声。
 だがその声は――――暗い、毒を含んでいる。

 そのことを知らぬ激情に駆られた男の声は、苦しそうに零した。

「邪魔を……される……」

 小さなその言葉に、穏やかな声の主は――――嗤った。

「ええ。ええそうです。邪魔をされているのです。彼らは貴方の才覚に嫉妬している。だから方々で、貴方の邪魔をするのです」
「そう、だ……邪魔……邪魔をするから……邪魔をされたから私は……!!」

 男の声が再び激情を孕む。
 憎しみに満ちた苦しげな声が靴音を早めて行くのに、もう一人の声の主は静かに笑いながら追随した。

「貴方が貴族に返り咲く事を邪魔したのは、貴方の名声を高める仕事を邪魔したのは、誰でしたっけねえ。はて……。手下に任せると言う小狡い手を使い、あの舞台で退けたのは……誰でしたっけ、ねえ」

 薄緑色の美しい光が闇を染めて行く。
 石造りの古い階段が、その階段を覆う緑樹の浸食が目に見えて、一歩踏み出る男の――――黒衣の外套で姿を隠した男の顔を、光が淡く照らしだした。

「あれは…………黒曜の、使者……ッ!!」

 異形の存在のように顔を醜く歪め、狂気に満ちた光を金の瞳に宿す。
 その顔には、最早――――

 デジレ・モルドールとして“この地”に降り立った時の美貌など、微塵も無かった。

「……ふふっ……そうですねえ。そうですよねえ。だから……同じ苦しみを持つ彼女達を、私達の手で救ってあげましょう。ねえ、モルドール様」

 もう一人の黒衣の男は、くすくすと笑いながら目深に被った覆いの中で口を楽しげに歪める。だがそれを咎めるものなど今はどこにもいない。
 見事な装飾がほどこされた円形の部屋には――――封印されたものが持つ力の片鱗によって溢れだした植物と、その力を封じる緑の宝玉しかなかった。

「早く……早くしろ、私は敵を討たねばならない。あいつらがこの世に存在するだけで私は邪魔をされる、成功しなくなる、あと少し、あと少しで元に戻れたのに、あいつらのせいで……あいつらのせいでぇええええ」
「まあまあ、お待ちくださいモルドール様。……さあ、一緒に行きましょうねえ」

 憎しみに拳を握り血をしたたらせるモルドールを置いて、もう一人の男はゆっくりと緑の光を放つ光球に近付き、両手でそれをそっと包み込む。
 すると、光球から薄汚れたような色の光が分離して――――小さな球となり、男の手の中に吸い込まれていった。

「ふふっ……ふふふ……あははっ、あはははは! また騙されて下さいね? 可愛い炎の悪魔さんに……哀れな哀れな、同胞のお嬢さん」

 緑の光を讃える光球は、そこから揺らぎも落ちもしない。
 ただ、そこに在って、最後まで守ろうとした国土の安寧と豊穣を願うだけだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

「さあ行きましょう、モルドール様……いや、素晴らしき【アルスノートリア】の一人、金の属性をつかさどる【皓珠】の支配者様……!」

 踊るように手を広げて振り返った黒衣の男に、モルドールは頷く。
 だが、その瞳を染め上げる憎しみと狂気の光は消えない。

 ただ一心に、たった一人に全ての憎悪を向けるように爛々と光っている。

「…………ふふっ。次が楽しみですねえ」

 黒衣の男はそう言って、劇の緞帳を引くように腕を動かす。
 刹那、空間は歪み撓んで二人を包み込み――――全てを覆い隠した。



 モルドールと言う男の真の憎しみも、己自身の正体さえも。









 
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