367 / 1,149
豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
誰も知らない
闇の棲家に、ぽつりと声が落ちる。
だがそれは穏やかな声ではなく、ただただ怨嗟に塗れた声だった。
「おのれ……おのれぇえ……あいつらさえいなければ……あいつらさえ……っ」
元々は凛々しく麗しい声だっただろう男の声。
だが、今は何かを憎みむあまり歪み切って、汚らしく濁ってしまっている。
そんな声に続くように、暗い中でコツコツと不規則な音が聞こえた。
――――靴音だ。二つ分の靴音は、下へ向かってゆっくり動いていた。
「口惜しい……憎い……もう少しで……もう少しで取り戻せたのに……!!」
悔しさの中に混じる、悲壮な感情。得られたはずのものを再び失った行き場のない激情が、その声の主の中で渦巻いている。
叫ぶ事すら出来ずに怨嗟を吐き出す男の声は、それでも下へ向かい消えていく。
そうして、どれほど恨み言を言っても動き続ける男の声に――――ふと、静かで、どこか優雅さを感じさせる男の声が重なった。
「ええ、貴方はよくやりました。貴方の努力も、能力も……驚嘆に値すべきものです。何物も、それを覆す事は出来ない。埋もれさせることは出来ないのです」
どこか愉しげな音を含んだような、穏やかな声。
その声に宥められるように、激情を含んだ濁る男の声は震えて泣き出しそうに息を吐いた。……いや、本当に泣いているのだ。その声に見合う体格をしていれば、誰かの前で泣くなど恥と思われる年齢だろう。それなのに、男は子供のように啜り泣く。
穏やかな声の男はその情けない様を抱擁するかのように、ただ穏やかに返した。
「貴方の努力は誰もが認める物だった……貴方は素晴らしい存在だった……なのに貴方の栄光も成功も、いつも誰かが奪って行く……そうですよね?」
靴音が止まり、頷くような気配が暗闇の中で感じられる。
おそらくは、穏やかな声の男もしっかりとその動きを感じ取っているのだろう。
男泣きをする相手に息だけで笑って、寄り添うような言葉を掛けた。
「ああ、お労しい……。貴方は貴族の地位を持つべき存在であるのに、こうも人々は貴方を忘れ迫害する……何故なのでしょう……」
かつん、かつん、と、また靴音が響く。
同時に、下方からゆっくりと光が差し始めた。
「何故だと、思いますか?」
優しい、穏やかな声。
だがその声は――――暗い、毒を含んでいる。
そのことを知らぬ激情に駆られた男の声は、苦しそうに零した。
「邪魔を……される……」
小さなその言葉に、穏やかな声の主は――――嗤った。
「ええ。ええそうです。邪魔をされているのです。彼らは貴方の才覚に嫉妬している。だから方々で、貴方の邪魔をするのです」
「そう、だ……邪魔……邪魔をするから……邪魔をされたから私は……!!」
男の声が再び激情を孕む。
憎しみに満ちた苦しげな声が靴音を早めて行くのに、もう一人の声の主は静かに笑いながら追随した。
「貴方が貴族に返り咲く事を邪魔したのは、貴方の名声を高める仕事を邪魔したのは、誰でしたっけねえ。はて……。手下に任せると言う小狡い手を使い、あの舞台で退けたのは……誰でしたっけ、ねえ」
薄緑色の美しい光が闇を染めて行く。
石造りの古い階段が、その階段を覆う緑樹の浸食が目に見えて、一歩踏み出る男の――――黒衣の外套で姿を隠した男の顔を、光が淡く照らしだした。
「あれは…………黒曜の、使者……ッ!!」
異形の存在のように顔を醜く歪め、狂気に満ちた光を金の瞳に宿す。
その顔には、最早――――
デジレ・モルドールとして“この地”に降り立った時の美貌など、微塵も無かった。
「……ふふっ……そうですねえ。そうですよねえ。だから……同じ苦しみを持つ彼女達を、私達の手で救ってあげましょう。ねえ、モルドール様」
もう一人の黒衣の男は、くすくすと笑いながら目深に被った覆いの中で口を楽しげに歪める。だがそれを咎めるものなど今はどこにもいない。
見事な装飾がほどこされた円形の部屋には――――封印されたものが持つ力の片鱗によって溢れだした植物と、その力を封じる緑の宝玉しかなかった。
「早く……早くしろ、私は敵を討たねばならない。あいつらがこの世に存在するだけで私は邪魔をされる、成功しなくなる、あと少し、あと少しで元に戻れたのに、あいつらのせいで……あいつらのせいでぇええええ」
「まあまあ、お待ちくださいモルドール様。……さあ、一緒に行きましょうねえ」
憎しみに拳を握り血をしたたらせるモルドールを置いて、もう一人の男はゆっくりと緑の光を放つ光球に近付き、両手でそれをそっと包み込む。
すると、光球から薄汚れたような色の光が分離して――――小さな球となり、男の手の中に吸い込まれていった。
「ふふっ……ふふふ……あははっ、あはははは! また騙されて下さいね? 可愛い炎の悪魔さんに……哀れな哀れな、同胞のお嬢さん」
緑の光を讃える光球は、そこから揺らぎも落ちもしない。
ただ、そこに在って、最後まで守ろうとした国土の安寧と豊穣を願うだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
「さあ行きましょう、モルドール様……いや、素晴らしき【アルスノートリア】の一人、金の属性をつかさどる【皓珠】の支配者様……!」
踊るように手を広げて振り返った黒衣の男に、モルドールは頷く。
だが、その瞳を染め上げる憎しみと狂気の光は消えない。
ただ一心に、たった一人に全ての憎悪を向けるように爛々と光っている。
「…………ふふっ。次が楽しみですねえ」
黒衣の男はそう言って、劇の緞帳を引くように腕を動かす。
刹那、空間は歪み撓んで二人を包み込み――――全てを覆い隠した。
モルドールと言う男の真の憎しみも、己自身の正体さえも。
→
あなたにおすすめの小説
ただのハイスペックなモブだと思ってた
はぴねこ
BL
神乃遥翔(じんの はると)は自分のことをモブだと思っていた。
少年漫画ではいつだって、平凡に見えて何か一つに秀でている人物が主人公だったから。
その点、遥翔は眉目秀麗文武両道、家も財閥の超お金持ち。
一通りのことがなんでも簡単にできる自分は夢中になれるものもなくて、きっと漫画のモブみたいに輝く主人公を引き立てるモブのように生きるのだと、そう遥翔は思っていた。
けれど、そんな遥翔に勉強を教わりに来ている葛城星 (かつらぎ ほし)は言った。
「BL漫画の中では、神乃くんみたいな人がいつだって主人公なんだよ?」
そう言って、星が貸してくれた一冊のBL漫画が遥翔の人生を一変させた。
自分にも輝ける人生を歩むことができるのかもしれないと希望を持った遥翔は、そのことを教えてくれた星に恋をする。
だけど、恋をした途端、星には思い人がいることに気づいてしまって……
眉目秀麗文武両道で完璧だけど漫画脳な遥翔が、お人好しで気弱な星の心に少しずつ少しずつ近づこうと頑張るお話です。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って?
いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。