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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編
23.押され弱いと結局そうなる
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「そろそろ慈雨街道を抜けるねえ」
アグネスさんが遊びに来てくれた小屋町【アレトゥーサ】を後にして二日。
あの過去の栄光が見えた大きな廃墟の町とは違う、少し朽ち始めた湿り気のある小さな集落の廃墟を渡り歩きながら、俺達は今も黙々と道を進んでいた。
雨の降る範囲は彼女の領域であるものの、やはりアグネスさんにとっても線引きと言うものはあるようで、あの日の朝「きっと人を連れて来るからね」と約束して別れてからは、彼女の気配はとんと感じなくなってしまっている。
俺としては少し……いや正直物凄く寂しかったが、ヘタに別れを長引かせて彼女に期待と不安を倍増させるよりも、この方が良かったのだろう。
アグネスさんは俺の提案に凄く喜んではくれたけど、彼女だって繁盛していた頃の【アレトゥーサ】で他の人に俺と同じような約束をされたのかも知れないし、その約束を信じて待ち続けた事も有った可能性があるもんな。
……そんな事は無かったと思いたいけど、それでも「全面的に楽しみにしていたらいけない」という心のストッパーは掛かっているはずだ。彼女は帰らない人達を長い間恋しがっていたんだから、俺達の提案だって素直に喜んで待ち続けようとは思えなかっただろう。
むしろ、喜んではいけないと自分を戒めているかも。
だってアグネスさんってホントに水のように澄んだ心をしてるから……。
純粋で他人にあれほど優しいからこそ、過度に期待をしてはいけないと悲しむ心を抑え込んでそうだよな。世の中には、人を恨みたくないからって理由で消極的な考えをしてしまう人だっているし……俺のダチにも、そういうヤツがいるしな。
だから、アグネスさんもこれ以上俺達と仲良くなるのが辛くて、慈雨街道の終盤にまでは追いかけて来なかったんだろう。
そんなアグネスさんの控え目で切なすぎる綺麗な心を思うと俺はもう、こんな男で良ければと身を投げ出してしまいたい思いだったが、それを考えていると何故か横のオッサンが凄い顔をするので言葉にするのはやめておいた。
いや、俺、正直言うとチート主人公みたいに美しかったり可愛かったりする妖精さんに同行して貰えるなら、喜んで歓迎したんですけどね。
アグネスさんさえ望んでくれれば、何とかして一緒に旅をしようとすら思ってたんだけども……まあそんな展開は無かったので仕方ない。……というか、アグネスさんも多分あの場所を離れたくないんだろうしな。
人が来なくなってどんなに寂しくなってしまっても、それでもあの場所に居たのは、多分……もう帰って来ないだろう“あの子”を、待ち続けているからだ。
急にどこかへ消えてしまった、自分の育ての親とも一番の友達とも言える存在を、アグネスさんはずっとあの場所で待ち続けようと決心しているんだろう。
…………だから、誰にも「連れて行って」なんて言わなかったのかな。
彼女ほど人に優しい妖精なら、きっと誰かが「一緒に行こう」と誘ったはずだ。
それでも彼女はあの場所に居たんだから……きっと、そうなんだよな。
だったら俺は、涙を呑んで少しでも彼女が心安らぐお手伝いをしたい。慈雨泉山の水源を清らかに保って来た功労者でもあるんだから、ちょっとくらい王様にお願いを訊いて貰っても構わないはずだ。
こういう時に、王族にコネがあるって良いよな。
ふふふ……とりあえず、すんなり手紙を届けて貰うために、次の大きな街で、この右腕に隠した【庇護の腕輪】を使わせて貰うか……。ライクネスの王様は会うたびに俺をおちょくるので嫌いだが、利用できるモンは使わせて貰おう。
「ねえツカサ君ったら! まーたあの水女のこと考えてたでしょ!!」
「わあっ目の前に顔!! い、いやまあ……そりゃ考えるだろ。この慈雨街道にいつ戻って来られるかもわからないんだし……てか水女じゃないだろ泉の妖精だろ」
真っ赤なうねうね髪と菫色の眼が至近距離にあったので、つい驚いてしまった。
でも真剣に考えてたんだから仕方が無いだろう。俺はよこしまな事を考えていたんじゃないぞ。ちょっと考えてたかもしれない。うん、それは置いといて。
ともかく、心配になるのは当然だろうと相手を見やると、ブラックは不機嫌そうな顔を隠しもしないで口をタコのように尖らせた。
「どーでもいいよそんなこと。それより早く【慈雨街道】を出よ!」
「出よって、お前なあ……もう抜けそうって言ったってまだ先だろ……?」
昨日今日と堅実に街道を進んできたが、森が鬱蒼としすぎていて道の先は小雨と木々しか見えず代わり映えがしなかったはずだ。
今だって、しとしと小雨の音が耳に聞こえているし、少し遠くの崖下には川が流れる渓谷が有って微かに音が聞こえ続けている。本当にそろそろ終わるのだろうか。
今度は俺が訝しげに顔を見やると、ブラックは得意げな顔になって目を細めつつ、じゃあと人差し指を一本立てた。
「今日中に【慈雨街道】を抜けたら、僕の言った事が正しいってことで……久しぶりにお日様の下でセックスしようね!」
「ハァッ!?」
「だってツカサ君、僕の言うコト信じてくれないんでしょ~?」
「いや、し、信じないとは言ってないじゃん! つーかお前、俺今薬を飲んでんだからそういうのは控えようなってなったはずだろ!?」
とんでもない事を言われて思わず大きな声を出してしまうが、お日様の下でセ……い、いや、その……そういうのするとか、驚いて当然だろ普通!
何回もやっただろって言われるだろうけど、俺はヤなんだよ外でえっちするなんて恥ずかしいし見られるかも知れないし絶対にイヤだ!
何度ヤッても断固拒否なんだよっ!
つーか、マジで今は薬が効いているかどうか試してるんだし、頼むからそこは協力して欲しい。アドニスが折角俺のために処方してくれたんだしさ……。
にしてもあの【抑制薬】は……なんか、効き目は別にして凄く良い薬だ。
だって見た目は宝石みたいに透明感のある飴玉だし、いろんな色があって瓶の中に詰められていると普通に大玉のキャンディみたいだし……何より、食べると本当に飴玉でウマい。味は全部べっこうアメなんだけど、それでも心身ともに疲弊している俺としてはガツンとくる甘味が嬉しい。
なんか子供扱いされているような気もするが、それでも俺には良い薬なのだ。
そんな薬をくれたんだから、しっかり試して報告しておかないと。
アドニスへの手紙にアグネスさんの事を書くつもりなんだから、主題の方もしっかり報告できるようにしておかないとな。
……まあ、アドニスのことだから、同族であり自分と同じく人族に友好的な大妖精を無碍にはしないと思うけど……アイツ俺の頼み方次第では嫌味を言うからな……。
優しいんだか厳しいんだか判らないヤツだけど、でも俺の事を信頼してくれているのだけは分かるから、こっちだってその信頼に応えないとな。
なので、薬の効能を試している今は滅多な事は出来ないのである。
――――だってのに、俺の前と横にいるオッサン二人はというと。
「あのクソ眼鏡への報告なんて適当に『効きました』だけでいーじゃんか~! ね~、薬が効いてるかも確かめなきゃなんだから、セックスしようよぉ~ね~」
「そうだぞツカサ。試験というものは、あらゆる方向から試すのだろう。ならオレ達
がツカサを敢えて喰うのも試験というのではないか?」
「こ、こんちくしょう、真面目な顔してとんでもない提案しやがって……」
しかも二人して結局えっちする事しか考えてねえ。
あのな、俺いま疲れてるんだからな。薬のせいなのかお前らのヤンチャの効能が切れて来て「異常な元気状態」が切れてて、足にすげえ勢いで乳酸が溜まってるんだからな!? もうふくらはぎパンパンなんだから俺は!
今日抜けられたとしても、そのままの勢いでケツを掘られたら死ぬぞ俺は。
その事を歩きながら必死に説明すると、ブラックは二度目の子供っぽい不満げな顔を見せて、後頭部で手を組んだ。
「ちぇーっ。じゃあ街でいっかぁ……でもその前に、ツカサ君の顔やおなかに僕の精液を掛けても大丈夫かも確認しないとね!」
「まだ言うかお前……」
「だって毎日出来ないんだから、せめて出して掛けるくらいは良いじゃない! 本当は毎日どころかずっとツカサ君のナカに入ってたいのに、そういうワケにもいかない状況だし、ツカサ君はアッチの世界にも帰らなきゃいけないしさ……」
「う……」
それを言われると……ちょっと、困る。
いや、えっちをしたいワケではないんだが、しかしブラックにとって“そういう行為”は恋人として切っても切り離せないワケで……俺もそのことは重々承知しているから、こうやって詰られると何も言えなくなってしまうのだ。
でも、俺にだって都合が有るしなあ。
ブラックもそれを理解してて、こっちの事情を汲んでくれているから詰るくらいで結局我慢してくれてるんだけども……。
「ツカサが疲れているなら、オレも我慢するぞ」
「クロウ……」
そうだよな、クロウも腹いっぱい食べたいのを我慢してくれているワケだし……。
だったら、その……外に出す、くらいは……。
「ツカサくぅん……外に出すのもダメ? 僕のペニス慰めてくれないのぉ……?」
またブラックが近寄って来て、鼻がくっつくくらい近くに顔を寄せてくる。
わざとらしく目をウルウルさせているのも分かっているのに、ブラックに至近距離でこうやって懇願されると、ロクでもない事を言われているのに、どうしてだかブラックに強く出られなくなってしまって。
「そ、そういう言い方するなってば……」
「ダメ……?」
だ、だから近付くな、抱きついてくるなってば……!
なんでアンタは大人げなくそういう事が出来るんだよっ。そ、そんなことして、俺が「良いですよ」なんて言うと思っているのか。甘くなると思ってやってんのか。
そう思われているなら、ちょっと許す気持ちが薄くなってくるんだが……。
「ツカサ……」
「ツカサくぅん……」
「わっ、わぁあっも、ばっばか近付いてくんなっ……んぷっ、き、キス……っ」
キスして来るな、と、言いたかったのに、口を塞がれて何も言えなくなる。
抱きしめられてそのまま持ち上げられると、俺はブラックに縋るしかなくなってしまい足を浮かせたまま息を止めるしかなくなる。
「っふ、んん……つかひゃく……」
「んっ……んむ、ぅ……んん……っ!」
ちくちくして痛痒い感触だけならいいのに、唇に合わさった自分の物とは違う弾力と生暖かさが生々しく思えて、俺の体温を上げて行く。
それだけでもぞくぞくして、頭がぼうっとしてくるのに、今度はクロウが俺の手を取りねっとりと舌を這わせてきて。そんな、こと……されたら……――――
「ね……つかひゃくん……い、いいよね……僕のぺにふ……い、いっひゃいなぐひゃめてくれふよれ……?」
「ツカサ、オレにもたっぷりと食わせてくれ……」
手から、キスされてるところから、ゾクゾクした感覚が伝わって来て、おなかの奥がぎゅうっとなって熱くなってくる。こ、このままだと、やばい。
何でヤバいんだっけ。ああでもこのままじゃダメだ。
どうしてこうなってるんだっけ、えっと、ええと……。
「うんって言って? ツカサ君……」
「ツカサ……」
低くて、お腹の奥が痺れるような大人の声。
両方の耳を塞ぐように至近距離で囁かれると、もう、どうしようもなくて。
つい俺は……頷いてしまっていた。
→
※【庇護の腕輪】
大陸で最も古く、最も権力を持つ国【ライクネス王国】の国王が直々に命じ作らせる「国王に庇護されている証」の腕輪。基本的に側近や【勇者】といった限られた存在にしか与えられないものだが、王が「与えるに足るもの」と認めた場合に稀にそれ以外の人物にも贈られる。金色だが、実は金ではない特殊な金属が材料。
表面に彫り込まれた紋様によって兵士達はその装着者の身分を即時に判断できるようになっており、腕輪の内側に刻まれた特殊な文言を見れば装着者の名や身分の詳しい説明が分かるようになっている。
手続きなしで王族に謁見出来たり検査なしで国境を越えられたりと凄い力を持つが、ツカサはあまり目立ちたくないので必要な時以外には使用しない。
当然ツカサにとっては「女性を助ける」場合は「必要な時」になる。
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