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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
プライドというのは厄介なもので2
◆
「っはぁ……結局、泊まる事になっちまったなぁ……」
ひとしきり苦悩して、ヒロに慰めて貰うと言う情けない事になった後。
俺はと言うと、まだヒロの厚意に甘えっぱなしで、制服をクリーニングに出して貰うだけでなく夕食もごちそうして貰い、なんだかんだしている間にヒロの家に泊まる事になってしまった。だけど、こんなにして貰っていいんだろうか。
そう思いつつ、俺は風呂場で溜息を吐く。
まるでどこぞの洒落たホテルの風呂かと思うほど綺麗な、暗い色を基調とした壁と床の風呂場。さすが上流家庭だと思ってしまう広さと設備だが、狭い風呂場で毎日鼻歌を歌っている俺には過ぎた代物でちょっと気圧されてしまう。
なんかシャンプーもボディソープも名前も知らない英語のヤツだし、最初どれがどれなのか分からなかったし、こんな風呂に毎日入っているヒロはすごいと思う。
アイツも頭が良いから、英語の名前でもすぐにどれがどのボトルなのか解っちゃうんだろうな。いや、こんな部分で褒めるのも失礼な気がするが。
まあそれはともかく……腹が満たされて体もお湯で暖まると、少しは俺も冷静さが戻ってきたみたいで、もうあの時のように情けない涙は出なくなっていた。
「……とは言え……これからが問題だよなぁ……」
足が伸ばせるほど広い風呂に浸かりながら、ちゃぷ、と色の付いたお湯を掬う。
この入浴剤、なんかすごい良いにおいがすんだよなあ。ほんのりべっこう飴に似た甘い匂いで、色も蜂蜜色っぽいしちょっと飲んでみたい気になるが……さすがにお湯を飲むのはダメだ。いや、そんな事を考えたいんじゃなくて……いかん、落ち着こう。
俺は風呂の縁に頭を預けて息を吐くと、再度思考を巡らせた。
……そう、これからが問題なのだ。
俺が弱くてそのせいで……というのは置いておくとしても、ヒロに酷いことをさせてしまったことや、あの先輩達が報復に来る事を考えたら今後が怖い。
身勝手な事を言えば、ヒロは全然悪くないし、俺を助けてくれたんだ。だから、ヒロが暴力を振るったこと自体には忌避感も何も無いんだけど……こっちの世界は、そう簡単にはいかないからな……それに、ヒロも自分が他人を殴った事に対して、かなりのショックを受けてるだろうし……だから心のケアが必要かもしれない。
それだけでなく、今後はヒロもあの先輩達に襲われる可能性がある。
ヒロは強くなってたみたいだけど、でも、大勢に囲まれたらどうなるか分からない。
どれだけ力が強くなったとしても、ヒロは気が優しくて繊細なままなんだ。
あの時は瞬時に頭が沸騰してああなってしまったらしいけど、もし二度目が有ったとしても、同じような事態になるとは思えない。
火事場の馬鹿力っていう事も有るしな……やっぱり、一人にはさせておけない。
「今度こそ……ちゃんと、俺が守らなくっちゃ……」
濡れた髪を額から撫で上げて、俺は風呂場に籠る熱い空気を呑む。
……今度は口先だけじゃなくて、ちゃんと守ってやらないと。
でもそれはプライドから来るものじゃない。俺一人で守れる事なんてタカが知れている。今回の事で、それは充分に分かった。やっぱり俺は……弱いんだ。
こっちの世界でも……いや、こっちの世界の俺の方が、ずっと弱い。
だから、どれほど申し訳ないと思っても、自分のプライドが傷ついても、やはり誰かに助けを求めるほうが良いと思う。でも、それは両親ではダメだ。
あいつらに対抗できるほどの力を持っている人間。
裏から手を回されないような、本当に信頼できる存在。
そう考えると……やはり、俺の周囲には友人しかいなかった。
「先生達だって立場があるし、アイツらが漫画とかでよく見る権力持ちのチンピラなら逆に先生達に迷惑が掛かるかもしれないしな……」
嫌なヤツもいるけど……俺が行方不明なる前から気に掛けてくれていた、副担任のとみちゃん先生……富羽先生や、帰ってきた俺をとても気遣ってくれた保健室の先生みたいに、良い先生も沢山いる。
そんな人達を心配させたくないし――――なにより、迷惑をかけるのが怖い。
大人は自分より地位の高い大人に簡単に押さえつけられてしまう。相手は金持ちの子供であるセンパイ達だ。周囲の人がどうなるか分からない以上、やっぱり迂闊に話す事は出来そうになかった。
そうなるとやっぱり……頼れる人間となると、尾井川やシベといったチカラや財力がマジで凄い悪友か、数千年の生き字引であるキュウマしかいないわけで。
恩も返せていないのにまた頼るのかと思ったら、とても恥ずかしかった。
「でも、シベは隠さずに言えって言ってくれたし……信頼して頼るのも大事だっていうのは、アッチの世界でイヤってほど思い知ったからな……」
相手の力を認めて頼るというのは、恥ずかしい事じゃないんだ。
ただ、そんな相手に頼もうとする情けない自分が恥ずかしくて、今度こそ失望されるんじゃないだろうかと怖がる自分が我慢できないだけの事で。
……だから男としては頼みにくいんだけども、でもそう言っても居られないよな。
「よし……とにかくこのままじゃアッチの世界にも行けないし、なんとかしないとな!」
ざぱーっと上がって体を流し、俺は風呂場から出た。
ヒロが用意してくれた服はヒロの持ち物なのか俺にはぶかぶかだったが、遠慮なく着させてもらう。あっ、下着は洗濯機で先に洗ったからな。ノーパンじゃないぞ。
いや誰に言ってんだか。ともかくさっぱりしたので、明日からは気持ちを切り替えてとにかくヒロに被害が及ばないようにしなくては。
そんな事を思いつつ、タオルでしんなりした頭を拭きつつリビングに戻ると、ソファでテレビを見ていたらしいヒロが即座に振り返った。
が、俺の姿をじろじろと見て、何故か一気に顔を赤くしビョンと跳ねる。
なんかおかしかったかな……。まあ確かにヒロの服はブカブカで、無地の白シャツと目一杯ヒモを縛った短パンで豪邸には似合わない服だが。
改めて自分を見る俺に、ヒロは慌てて近寄って来ると、躊躇いも無くぎゅうっと抱き着いて来た。あれ。ヒロも風呂に入ったのに、あのべっこう飴みたいな入浴剤の香りがしないんだな。
「つーちゃ……甘い匂い……」
「ん? ああ、なんか入浴剤入ってたから……お前が入れたの?」
「う、うん……。っ、ふ……つ、つーちゃんの気持ちが、安らぐかなって、お、思って。そ、それに……つーちゃん最近、あんな感じの、あ、甘い匂い、するから……」
確かに、尾井川やヒロには何度かそんな事を言われてたな。
俺は全然自覚が無いんだが、異世界から帰って来た時にそんな事を言われるので、これは恐らく異世界の匂いなのかもしれない。
「そっか……甘い匂いかぁ……」
ヒロが俺の肩口に頭を擦りつける感触を覚えつつ、俺は自分の手の甲を嗅ぐ。
自分じゃ気が付かないけど、他人からすればけっこう気になるモンなんだな。
…………そういえば、俺だって……ぶ、ブラックとクロウのにおい、とか……なんか、すぐ分かるし……。そういうモンなのかもな。
「つーちゃん……いいにおい……」
「お前も入浴剤使ったらよかったのに。……いや待てよ、アレもしかして高いのか? 高いから使わなかったのか?」
「あっ、ち、違うよっ、その、うっ、え、えっと、う、うっかりしてて……っ」
なんだそうか。
それならなおのこと勿体ないな。
俺だったら…………その……す、好きな人と風呂に入って、一緒の匂いがするって言うのは……ちょっとだけ、嬉しいような気もするんだけどな……。
「えへ……つーちゃん……」
嬉しそうに俺を抱き締めるヒロ。
その大柄な姿を見て……何故か、ブラックが重なるような気がした。
「…………よしよし」
撫でながら、胸の所がぎゅうっと苦しくなる。
弱気な心は振り切ろうと思ったのに、今は一人で抜け出す訳にはいかないと決心をしたばかりなのに。それでも、どうにもブラックに逢いたくなって、たまらなかった。
こんなに弱い自分でも受け入れてくれた、大事な指輪の片割れであるブラックに。
――――――…………。
「…………ん……?」
何か、音が耳の奥で響いている。
いやこれは声だ。声が……聞こえているような、気がする。
――――て……。
何の声だろう。よくわからない。
だけど、その声とは異なるはずの声を思い出して、俺は胸元を握り締める。
そこに在るのは、風呂の時以外は肌身離さずつけている異世界の指輪。こちらの世界に唯一連れて来る事が出来る、俺とブラックの“よすが”だった。
……この指輪が胸元にありさえすれば、肌に触れていれば安心できる。
どんな暗闇の中にいたって、ブラックの存在を感じられた。
だから、誰かに呼ばれても怖くは無い。
――――ちに…………来て……。
呼ばれて、いる?
誰だろう。聞いた事のない……いや、聞いた事が有る。どこかで聞いたような、細く頼りない、それでも綺麗な声だ。その声が、今度は俺を呼んでいた。
――――こっちに、来て……。お願い、早く……あの人を……助けて……。
あの人……。あの人とは、誰か。
誰を助けろと言うんだろうか。俺に出来る事だったら、そうすべきだ。
でも、弱い俺に何かできるんだろうか。今日の事を考えてしまい、意識の中で立ち止まる俺に、こちらを呼ぶ声は語りかけて来た。
――――あなたは……あなたなら……出来る……。きっと、出来るから……。
根拠のない言葉。俺がどういう人間なのか知っているのかも怪しい他人の声。
だけどその声の必死な思いは伝わって来て……どうしようもなく、奮い立たずにはいられなくなる。少女のような声だからというわけではない。ただ、自分を頼って助けを求めている相手に対して、なにか報いたかったのだ。
でも、どこへ行けばいいのだろう。
どうすれば、このか細い声を助ける事が出来るのか。
そう思い、指輪を布越しに握り締めながら暗闇の中で目を見開いて――――
「…………――――え?」
急に、目の前の景色が変わった。
それと同時に、下から強く吹き上げてくる風と、内臓を浮き上がらせるような感覚が襲ってきて、俺は思わず体を縮めた。だが、何も事態は好転しない。
ど、どこだここ、なんか暗い。もしかしてこれ落下してる!?
待て待て待てなんだこれ、何が起こってるんだよ!?
「うわああああ!? ちょっ、なっ、ええぇえ!?」
く、暗いっ、暗いけど明らかにさっきの場所と違うっ。地面もないしなんか落ちてて、どんどん下のデコボコした風景が近付いて来るしぃいっ。
うわっ、これちがう、地面じゃないなんかの街だっ。
俺、街に落下しようとしてるんだ!
うわうわうわどうしようっ、こ、これ夢!?
いや異世界、いやでもそんなバカな、ええい夢でも異世界でもいいっ、とにかく一か八かで落下して死亡だけは防がないと。
お、俺はこんな時にも落ち着けるんだ、えーと、えーとえーと出来るやつ、今の俺が使える魔法……いや曜術って言うと……っ!
そうだ、大地の気を使用する付加術、それに風の魔法があったはず!
「だだだ大地の気大地の気……!」
必死に金色の光が集まるイメージを思い浮かべる。
すると、本当に俺の体の周りに金色の光の粒子が集まって来て――ああ、やっぱりここって異世界……いや今はそんな事を考えている場合じゃない。
落下死だけは防ぐんだ、頑張れ俺ーっ!
「う、うううううっ、お、俺の体を支えて地に降りろ――――【ゲイル】――!!」
なんとか自分の体を竜巻で浮かせるイメージを作り、指を勢いよく地面へと向けたその刹那。指差した場所へと急激に空気が吸いこまれるような変化が起こり、そこに渦潮のようにハッキリとした風の流れが瞬時に沸き起こった。
同時、俺の体がその中に吸い込まれる。
し、しまった。竜巻にしちゃったら俺まで回転しちゃうじゃないか。
後からそう気づいて青ざめたが……俺が出現させた竜巻は中央で俺の体を支えたまま、ゆっくりと地上へ下りて行く。
さ、さすがは魔法的なぱわー……イメージがしっかりしていれば案外なんとかなるもんなんだな。ホッとして【ゲイル】で作った竜巻の中に浮かんでいる、と。
急に、竜巻がパッと消えた。
「うえぇえ!? またああ!?」
や、ヤバい。完全に油断してたこれは今度こそ死ぬ。
青ざめて地上を見ようとして――――――
「うおぉ!?」
「んぎゃあっ!!」
情けない声を上げた俺は、何かにぶつかって盛大に倒れ込む。
何が起こったのか分からないまま暫し目を回していると、地面が動いた。……いや、これ、地面じゃないぞ。あったかいしなんかサワサワする。これ誰かの服だ。
ってことは俺……う、うわ、誰かに体当たりしちまったってこと!?
「うわあああ! す、すみません、本当にすみません!!」
慌てて起き上がって相手の顔を見る。
だが、相手は暗闇で誰なのかあまり分からない。
冷えた空気とほのかな潮の香りが漂ってくる暗い場所で、相手は呻きながら何とか上体を起こした。
「っつ……い、一体なんなんだ……」
「あ……す、すみません、俺、落下して……」
どう言ったらいいのか分からず、とにかく謝罪して相手を起こす手伝いをする。
薄暗がりでよく解らないものの、相手が身なりの良い服装をしているらしい事だけは分かって、内心冷や汗を垂らしながら申し訳ない顔をして頭を下げる。
すると、相手は意外な事に俺を許してくれた。
「いや……落下したと言う事は、作業員なのだろう。お前のような子供がこのような夜が明ける前の倉庫で働いていると言うのは、よほどの事に違いない」
た、確かによほどの事が有って俺は落ちて来たんですが……嘘はついていないが相手の思い違いに乗って良いものだろうか。
考えて目の前の顔を見上げた俺に、相手は薄暗がりで詳細の分からない顔ながら薄らと笑ったように見えた。
「あの……本当にすみませんでした……」
「丁寧に謝れるのならそれでいい。今度からは気を付けろ」
ふわりとしているが、跳ねがちな金色の髪。背は高く、少し細身だった。
だが、相手が大人の男性だと言う事は確かだ。
その真摯な男性は、俺に一言だけ注意をすると……薄暗がりの世界を、明かりも持たずにどこかへ歩いて行ってしまった。
「…………大丈夫かな、怪我とかしてないのかな……あの人……」
普通に歩けていたようだから、平気と言う事か。
だけどむち打ちって後から効いて来るらしいしなぁ。心配ないと良いけど。
とにかく、優しい人にぶつかってよかった。そう思いつつ、俺は周囲を見回して……ある事に気が付いた。そうだ、ここって……ブラックと一緒に散歩に来た倉庫街だよ。夜だから様子が違ってて分からなかったけど、間違いない。
潮の香りを頼りに歩くと、その先には確かに波止場が有った。
よ、よかった……とりあえず「こっちの世界」で間違いはないみたいだな。
「だけど……こんなの、初めてだ……。キュウマの所に行かずに跳んで来ちまうなんて、どう考えてもおかしいよな……」
そう思って、俺は胸元を探る。
一瞬心配になってしまったが、たしかに指輪は胸元に存在した。良かった……これが有ればとりあえずなんとかなる。
ホッとしつつ自分の姿を顧みて、俺はあることに気が付いた。
「え……あれ……? これ……ヒロの服のまんま……」
ブカブカの白シャツに、これまたブカブカの半ズボン。
間違いない。これはアッチの世界の服だ。そうなると、俺は今頃ヒロと一緒に寝室で眠っていたはず。あの神社に行けるチャンスなどなかったはずだ。
なのに……どうして、俺は今ここにいるんだろう。
「キュウマ……は……」
周囲を探してみるが、あの【分身体】は出てこない。
ということは、キュウマは俺がこちらの世界に来た事に気が付いていないのだ。
キュウマが俺を召喚したということでもないらしい。
「……じゃあ……これって、一体……」
――――とにかく、ブラック達と早く合流した方が良さそうだ。
混乱するのは後にしろと自分の頬を叩いて気合を入れると、俺は闇に隠れるようにして、トルベールの商館に向かった。
→
※ツカサに親身になってくれる女教師とみちゃん先生は
第二部『竜呑峡バルサス編・1.本来ならば嬉しいことだけど』で登場します。
ツイッターで報告した通りちょと遅れました(;´Д`)スミマセン
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