異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

2.キミには勘付かれたくない

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 しかし……この格好で出歩くってのはちょっとつらいものがあるな。

 突然何らかの力でこっちに来ちゃったから完全に防御力ゼロの服だし、なんなら足も裸足で靴とか履いてない。今までは滑らかな地面だなと思っていたけど、波止場の白い漆喰のような物で固められた道は、結構ざらざらしてて足の裏がチクチクする。

 顔はともかく腹だって殴られたせいで、後から後からじわじわと痛んで来るし……。今なにかに襲われたら間違いなく俺はゲームオーバーだ。

 それに、薄暗いから何が落っこちているのかも分からなくてちょっと怖い。

 毎回お世話になってるけど、ホントにキュウマの手助けって有り難かったなあ。俺の持ち物一式を預かってくれてたし、ほぼ時間が止まったような物なあの空間で俺の勉強なんかを見てくれたりもしたし……。

「…………キュウマ、気が付いてくれたらいいんだけど……」

 だが、それも望み薄かもしれない。
 今回の俺は何故かキュウマがいる“白い空間”に跳べなかった。何か……か細い少女のような声に呼ばれたと思った瞬間、空に放り出されていたんだ。
 そんな状態なら、キュウマが感知してくれる可能性は極めて低い。

 とはいえ、ブラック達の動向に関しては確認してくれているみたいだから、これから合流すれば気付いてくれるだろう。
 でも、今は望み薄だな。キュウマだって神様としての仕事が合って忙しいだろうし、やっぱり自分でなんとかしないと。

「まあでも、薄暗がりってだけだから道は分かるし……なんとなく、あっちが商館通りだよな。夜目が効かなくてもこれくらいなら……」

 人がいなくてガランとしてるってのも大きいな。
 これで昼間とかだったら、自分の格好が軽装過ぎて恥ずかしいから隠れながら館に行くことになったかもしれない。何が起こったのかは分からないが、とにかく夜中に落ちて来てよかった。そう思いつつ、俺は商館が建ち並ぶ大通りに出た。

「ほー、やっぱ外灯っぽいのがポツポツついてはいるんだな」

 腹の痛みを刺激しないように、ゆっくり足を動かしてひょこひょこと歩く。
 街灯は見かけなかったが、やはりなにか防犯面で気になるのか、それぞれの館が協力し合って軒先に外灯を掲げて通りを明るくしているようだ。

 いや、ちらほら館の前に停まっている馬車も有るから、もしかすると夜中でも商品を搬入する馬車がやってくるからそれぞれの館で外灯を吊るしてるのかな。
 どちらにせよ、俺にとっては都合が良い。

 馬車の重みで少し撓んだ道の真ん中を避けて、外灯の明かりを頼りにトルベールの館へ向かっていると――――前方に、馬車を背後に従えた御者さんに対して何か紙に書いて渡している人影が見えた。

 あの館の位置は……もしかしてトルベールかな。
 そう思いつつ近付くと、ホストのようにキリッと背筋を伸ばして立つ、イケメンっぽい髪型の見慣れた姿が見えた。おお、やっぱりトルベールだ。

 でも、声をかけるのも何かなと思い近付くと、俺の気配に気づいたのかトルベールの方からこちらを向いてくれた。そして、ギョッとする。

「てっ、鉄仮面君!? ちょいちょいちょい何やってんのそんな格好で!!」

 御者さんに何か言って馬車に乗せると、トルベールは慌てて俺に駆け寄ってくる。
 そうして俺の格好を爪先からてっぺんまで確認したかと思うと、焦ったような表情をしながら有無を言わさず俺を横抱きにしやがった。

「わあっ!? な、なにすんだよトルベール!」
「いやいやいやそれはこっちの台詞だからね鉄仮面君!? なんちゅうカッコして外に出てんだよっ、ここだって安全じゃねーんだぞ!?」

 唐突にお姫様抱っこをされて思わず驚いてしまうが、トルベールは焦ったような顔で慌てて商館に戻る。そのままロビーのソファに降ろされて、待つように言われた。
 何が何だか分からないが、とりあえず待っていると……トルベールはランプを手に下げつつ、木桶と白い布を持って戻ってくる。どうやら、汚れた足の裏をコレで拭えということらしかった。

 まあ確かにこの状態だと床を汚しちゃうよな。
 そう思って布を受け取ろうとしたが、トルベールは首を横に振って俺の前に当然のごとく跪いた。えっ、な、なんすか。何するんですか。

「いーから鉄仮面君は大人しくしてろって。足にけがが無いか確かめるから」

 そう言いながら、トルベールは白い布を木桶の中の水に浸して搾り、俺の足を問答無用で掴むと、怪我がないか気にしながら足の裏を拭いて来る。
 さすがに他人にやられるとくすぐったくて、俺はつい体を動かしてしまった。

「ちょっ、く、くすぐったいっ! 自分でやるから勘弁して……っ」
「ダメだっつーの。鉄仮面君は無茶する癖にガサツなんだから、大人しく俺にお世話されてなさいっ。……ったく、自覚ないんだから……。こんなスケベなカッコでフラフラうろついてたら、悪い大人に何されるかわかんねーんだぞ!?」

 そんなバカな……とツッコミを入れたいが、この世界では俺は「メス」扱いなので、何も反論が出来ない。そもそもこの世界、俺の世界と比べ物にならないほどに体力や腕力が強い人ばっかりだしな……。

 そんな人間ばかりの場所をこんな部屋着でうろついてたら、そりゃ俺みたいなのでも悪い事をしてやろうって思っちゃう人も出るだろう。

 でもこれは不可抗力……いや、トルベールに説明できないな。俺が異世界人だって知らないわけだし……。仕方ない、ここは素直にお説教を受けよう。信頼できるヤツには話して良い気もするのだが、それでトルベールを危険な事に巻き込むのは少々申し訳ないしな。ここは黙って頭を下げるのが大人と言うものだ。

「ごめん……ちょっと寝ぼけちゃったみたいで……」
「ホントかぁ? ……まあでもブラックの旦那がいないんだから、逢引きってワケでもねえか……。にしても、外を出歩くなんて呪いでもかかってんじゃねえのか? それはそれで心配なんだけど……」
「だ、大丈夫大丈夫! あのほら、俺ってば異様に行動範囲広いから……」

 何を言ってるんだ俺ってヤツは。
 こんなんでトルベールが納得してくれるわけが……。

「まあ確かに、鉄仮面君なら寝ぼけて港一周しそうではあるけど」

 きいっ、このホスト風イケメン、俺をなんだと思ってるんだっ!!
 俺だってもうちょっとちゃんとしとるわい、そんな真似なんてせんわ!

 どんだけトルベールに「ヤバいやつ」認定されてるのかと嘆きたくなったが、ここは我慢だ我慢。俺は大人だ。というか、今日は殴られたり泣いたり自分を恥じたりもして精神が疲れ果てているので、あんまり怒る気力が湧かない。

 なんだかんだ腹も顔もしこたま打たれたしなあ……特に腹は、風呂で確認してみたところ物凄い青痣になっちゃってたし、治るにしても時間が掛かりそう。
 そう思って無意識に腹に触れると、トルベールは怪訝そうな顔をした。

「……そういえば……鉄仮面君、帰って来た時ちょっと動きがおかしかったよな」
「えっ? そ、そう? 気のせいじゃない?」
「…………ちょっち俺にハラんとこ見せてみ」
「わぁっ、ま、待って待って何でもない、何でもないってば!」

 余計なことを考えなきゃよかったと思ったが、もうあとのまつりだ。
 俺の足を綺麗にし終わったトルベールは、問答無用で俺の肩を掴み固定すると、柔らかいシャツをおもいきり上へまくりあげる。ランプの明かりで、俺の素肌の腹部がトルベールの眼にしっかりと曝されてしまった。

「っ……! 鉄仮面君、このアザなんだよ……」
「え、ええっと……暗闇で木箱にぶつかって……」
「んなボケでつくような痣じゃねえだろコレ……! 誰だ、誰に殴られたんだよ。まさかとは思うが、ブラックの旦那……」
「違うっ、そ、それは違うって! あの……その……ちょっとだけ、インネンつけられて腹を貸したというか、その……とにかく、大丈夫だから……」

 心配しないで、と、トルベールの顔を見上げると。
 何故か相手は苦々しげな顔をして怒っていた。
 え……な、なんで……。

「鉄仮面……いや、ツカサ君よ。俺はな、そういう嘘は嫌いなんだよ」
「トルベール……」
「誰にやられたんだ。言えば俺が始末して来てやる。仲間がこんな目に遭わされて黙ってるようじゃ、ジャハナムの大元に仕える側近の名折れだ。……だから言えよ、明日には“良い報告”してやれるからさ」

 なんだか、トルベールが怖い。
 いや、そもそも相手は暗殺者でさえ抱え込む裏世界【ジャハナム】の幹部なのだ。今見ているトルベールも、彼の一面なのだろう。怖いと思うのだって、元はと言えば俺が……仲間が傷つけられて怒っているからで、何も変じゃない。

 トルベールは、こんな見た目で裏社会の人間として働いておいて、それでも……人に対して甘さを見せてしまう、本当は優しいヤツなんだ。
 だから、こんなにも怒ってくれているんだろう。

 俺の周囲には、自分を顧みずに怒ってくれる優しい奴らがたくさんいる。
 だから、わかるんだ。トルベールもそうだって。……だけど、だからこそ、こうやって怒らせてしまうことが申し訳ない。その怒りは、本来トルベールの物ではないのに。
 そう思うと、とても胸が苦しかった。

 今日は……特に、つらい。
 もう誰にも、俺の為に怒って欲しくなかった。もう、ヒロみたいなことは嫌なんだ。

 だから俺は、首を振って必死に「もういい」と伝えるように相手の顔を見上げた。

「……俺は、大丈夫だから。……ありがとう、トルベール」
「ツカサ君……」
「それに、相手がどこにいるか分かんないんだよ。だから、追うのは無理。あとさ、俺は別に変な事はされてないから安心してよ」

 静かにそう言うと、トルベールは一瞬動揺したような表情を見せたが……俺の体を何度も見まわして確認し、やっと納得したように溜息を吐いた。

「…………ホントに、それでいいのか?」
「うん。迷惑かけてごめん……でも、ありがとうな」
「……迷惑なんて、かけりゃいいじゃねえか……」

 ボソリと、呟かれる。
 だけどその言葉の意味が分からない。

 目を瞬かせた俺に、トルベールはバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。

「…………つ……て、鉄仮面君が、そういうなら……いい、けどよ……」
「なんで呼び方を元に戻したんだ?」
「真面目な話であの呼び方は違うだろっ!」

 そうかな、前からずっとトルベールは俺の事「鉄仮面君」て呼んでたのに。
 なのに、急に今だけ真面目な話で俺の名前を呼ぶのはちょっと変なような。……て言うか、なんかトルベール顔が赤くないか。もしかして、つい名前で呼んじゃったから照れてるとでもいうんだろうか?

「あーもー良いんだよ俺のことはっ! わかったからさっさと部屋に戻れっ!」
「んんん? わ、分かった……」
「あーっ、ちょい待ちィ! やっぱ大人しくしてろ、俺が連れてくから!」

 んもー何だかんだ煩いホストだなあ。
 何を慌てているのか分からないけど、階段を上るくらいなら痛くないってば。ゆっくり歩けば解決なんだからと俺は言ったのだが、トルベールは「いいや、自分で歩くのは許さん」とばかりに俺を再び強引に横抱きにしてしまった。

 ブラックより細身で、普通の兄ちゃんみたいな背丈だけど、やっぱトルベールもこの世界の人族だから腕力はべらぼうに強いんだよなあ……はあ、その力強さが俺にもあったら、ヒロにあんな思いさせずに済んだのになあ。

 今さらながらに自分の非力を嘆きつつ成すがままになっていると、トルベールは難なく俺を二階へ運び上げて、俺をお客様用の寝室に通す。
 そこには、俺があっちの世界に帰って来た時と同じように、ロクショウとブラック達が無防備な状態でぐっすりと眠っている姿が有った。

 ……ほっ。良かった……あれから普通に眠っててくれたらしいな。
 何か変な事になってないだろうかと心配だったんだが、熟睡してるみたいだし、これなら俺が寝てたって気付かない……――――

「んにゃ……つかしゃくん……?」

 げっ、ブラックが起き上がって来た。
 いつもなら熟睡してるのに、なんだって起きて来るんだ。おいっ、子供みたいに目を擦るんじゃない。そ、そんなしょぼしょぼした顔で無防備に目を擦られたって、お、俺は別に可愛いとか思わないんだからな。キュンとかしないんだからな!?

「旦那……相変わらず気配に聡いっすねえ」

 トルベールの言う通りだ。ホントにこの気配の聡さはなんなのだろう。
 やっぱり熟練の冒険者ってのはこうも感覚が鋭敏なのか。いやでもアイツ、未だにシャッキリしてないんだけど。起き抜け感抜けてないんだけども。

 そんな目もうまく開けられない寝ぼけ状態なのに、それでもブラックはふらふらと俺達の前にやってきて、トルベールからごく自然に俺を取り上げて、それから抱き枕のようにぎゅっと抱き締めて来る。

「…………」

 ブラックの、におい。
 俺とは違っていて、ほのかにせっけんの香りがするのにどうしても感じてしまう、年相応のブラックらしい雄臭いにおいで包まれて、体が勝手に反応する。
 抱き締められただけで反応するなんて恥ずかしかったが、それでも抗えなかった。
 恥ずかしくて、心臓が苦しくなって、それなのに暖かくてへんなきもちになる。

 だけど……ブラックに抱き締められると、どうにも……安心してしまって。
 広い胸にぎゅっと押し付けられて、その鼓動や呼吸、体温を感じて……指輪が胸に押し付けられるほどの強い感覚に酔ってしまう。

 頭がぼうっとして、恥ずかしいけど……なんだか、嬉しくて、涙が出そうで。
 無意識に相手の背に手を伸ばしてしまった俺の後ろで、トルベールが呟いた。

「……ほんと、仲良しっすね。旦那と鉄仮面君は。……じゃ、おやすみなさい」

 どこか、少し沈んだような声。
 何故そんな声をするのだろうかと振り返りたかったが、扉が閉じてしまった。

「んん……つかしゃく……甘ぃ……」
「わぷっ、ぶ、ブラック……」
「いっしょに寝よ……?」

 うにゃうにゃとカワイコぶった寝ぼけ声を出しながら、ブラックは俺を抱き締めつつベッドに戻り、抱き枕代わりに俺の胸に頭を押し付ける。

 大人なのに、子供みたいに無邪気な行動。
 怖さも苦しさも無い、ただ俺に対して向けてくれる「好き」が伝わって来て……俺は、じわじわと熱くなる目を必死に手で擦ってブラックの頭を抱きこんだ。

「ただいま、ブラック……」

 いつも朝から手で梳いてやっている、ふわふわなうねった赤い髪。
 もう顔が歪まないようにそこに顔を埋めて、俺も目を閉じた。

 あと数時間だけでも、ブラックと一緒に穏やかな夢を見られるようにと。











 
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