異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

20.見知らぬ影に見知った影

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   ◆



 目の前にあるドアはブラック達の部屋と何も変わらないのに、何故かノックするのが躊躇われて拳が緩んでしまう。

 それは、俺がこの部屋の中の主に何を言われるのだろうかと怯えているからなのかもしれない。……いや、まあ、変な人のテリトリーの中に入るって時点で無意識に緊張してるのもあるかもだけど、今はそっちより今後の展開の方が怖い。

 思わず手が引きそうになってしまったが、そんな俺にブラックが体を寄せて来た。

「ツカサ君、大丈夫? やっぱ帰ろうか」
「いやお前……こんなとこまで来てそれは違うだろ……」
「必要な話ならコイツらから改めて言い出してくるんじゃないのぉ~? それよりさぁ、せっかくツカサ君も寝床を抜け出してきてくれたんだから、部屋に帰ってあっつぅーい夜を過ご……」

 なにか不埒なことを言おうとしたようだが、その瞬間目の前のドアが開いた。
 あまりに突然だったので、驚いて思わず構えると――――そこから、見事な銀髪の美青年が出て来た。シャツにネクタイにサスペンダー付きのズボンという、なんとなく品の良い出で立ちの細身の青年……あれ、ここってギーノスコーの部屋じゃ無かったっけ……もしかして部屋を間違えたんだろうかと思ったら、彼は俺達に深々お辞儀をしてドアを大きく開いた。

「ようこそお越しくださいました。ギーノスコー様がお待ちです」

 静かにそう言われ、部屋の奥へと進むように言われる。
 どうやら彼はギーノスコーの従者らしい。えらい美形の従者だなと思ったが、アイツは台詞回しもなんだか華美だしな。従者も美形を選んだのかも。

 しかし……なんというか、この人従者の美青年、物凄く顔が整ってる。お人形の如く顔が整っているせいか、黙って立ってると少し怖い。あまりに美形すぎると逆に妙な冷たさを感じるが、この銀髪の美青年はまさにその類だった。

「君は……従者か?」

 ブラックが問うと、銀髪の美青年はすらりとした体を曲げて肯定のお辞儀をする。
 言葉で肯定しないというのが、なんだか凄く従者っぽい。

 俺とブラックは顔を見合わせたが、立ち止まっていても仕方ないと思い部屋の中へ案内される事となった。

 ……しかし、なんだか足が進まないな。
 でも、これはギーノスコーに何を言われるのか不安だっていうより……もっと別の、何かのような気がするんだけど……でも、なんだか思い出せない。

 しかしそこで帰るわけにも行かず、俺はブラックと一緒に得体のしれない部屋に足を踏み入れる事となった。ああ、不安だ……どうなるんだろう。
 考えつつ、決して長くは無い廊下を歩く。貴族専用フロアの豪華な客室とは言えど、ギーノスコーの部屋もブラックの部屋と間取りは同じだ。

 リメインの最高等級の部屋と比べると狭いように思えてしまうが、二つも三つも部屋がある時点で豪華なんだよなぁ。うーむ……良く考えたらなんでこう貴族とばっかり俺は交流してるんだろうか。商人の人とも話してるんだけど、あっちはホントに商売で忙しかったりして会話する機会も少ないからなぁ……それに、一般客の所になると、客室係なんて呼ぶ余裕も無いわけだし。

 今更ながらに自分の仕事の行動範囲の狭さを残念に思いつつ、部屋に通される。
 と、そこには――――ソファに座ったギーノスコーと……もう一人従者がいた。

「っ……!?」

 その従者の顔を見て驚く俺達を余所に、銀髪の従者は音もたてず歩いて行き、もう一人の従者の隣に揃って立つ。
 …………双子だ。

 銀髪の美青年の隣には、まったく同じ顔で紙と瞳の色だけが違う美青年がいた。
 服装も、立ち振る舞いも、体格も全部同じだ。
 髪の色は金と銀。瞳の色は赤と青で、対ではあるが融合はしえない色味だった。

「ギーノスコー様、お客様をお連れしました」

 なんてことのないような声で言う、銀髪の従者。
 金髪の従者はただ黙っている。

 ただ、それだけ。
 なのに、普通の双子のように髪や瞳まで同じではないことが、何故か違和感を感じさせる。いつもならそんなこと思わないんだけど、何だか二人を見ていると……言い知れない謎の違和感があって、俺は目を泳がせずにはいられなかった。

 そんな俺を知ってか知らずか、ギーノスコーは微笑んで手を見せて来る。

「やあ君達、よくきてくれたね。さあ、まずは座ってくれたまえ」

 促されるままに、ギーノスコーの対面にあるソファに座る。
 すると従者達がすぐに動き、ありえない速さで目の前に緑茶が出て来た。なんとも凄いが、無表情でそんな事をされるとなんか逆に怖い。

 でもマジモンの貴族の従者なんだから、これぐらいが普通なのかもな……。
 ビビりつつ双子従者に軽く頭を下げると、俺の行動にかぶせるようにしてブラックが不機嫌そうな声で話しだした。

「で? 話ってなんなんだよ。僕らにも用事があるんだから手短に話せよ」
「こ、こらブラック……」
「ああ、楽にしてくれて構わない。そもそも、君達に強力をお願いしたのは小生のほうだからね。こちらがお願いをする立場なんだから、とやかく言うまいよ」

 そう言うギーノスコーに、ブラックは眉間の皺を深くして目を細める。

「よく言う。そこの金髪の従者に手紙を持たせたのだって、結局こうやって僕達を巻き込むための伏線だったんだろ」
「え……手紙……?」

 初めて聞く話にブラックの横顔を見ると、相手は「しまった、話してなかったんだ」と言わんばかりに顔を歪ませ、ゴホンと咳を一つ零した。
 どうも話を逸らしたかったようだが、しかしこの場ではどうする事も出来ないと悟ったのか、渋々話し出した。

「……実はね、ツカサ君。僕は夜会の夜にコイツの従者から手紙を渡されたんだよ」
「何の手紙だったんだ?」
「簡単に言えば……この船には僕らと同じような“ニセモノの貴族”が乗船していて、そいつが危険人物の可能性があるから気を付けろってこと」
「ぼくらと同じって……えっ、ば、バレてるの!?」

 ブラックが貴族じゃない事を、ギーノスコーは知ってたってのか。
 驚いて対面を見やると、相手は片目を隠した顔ながらもニッコリと笑う。

「小生にも、少しばかりのツテがあってね。まあ、何より彼は見事な赤髪と宝石すらも霞む紫水晶の瞳だ。そんな、ありふれているようで決してそうではない者のことは、忘れようとしても忘れられないものも多い。そこに来て雄性を讃える彫刻の如き姿とくれば、素性を偽っていても自然と噂話は流れてくるものなのさ」
「……僕の瞳は青色だが?」
「その眼鏡は、とても珍しい物だが……小生も似たような物を見た事があってね」

 いけしゃあしゃあと言っているが、つまり最初からギーノスコーはブラックの素性も俺のことも知っていた事になる。それを隠して今明かすってのは性格が悪いような気もしたが、ソコにツッコミを入れると話がこじれそうなので何も言わないでおく。

 ともかく……ギーノスコーは、俺達が貴族ではないって事を知ってるんだな。
 まあ、俺と出会ったのは貴族が滞在しそうにない共同台所のある宿だったし、そら遅かれ早かれ「冒険者なのでは?」と思いついたかもしれないけどさ。

 でも、相手に先手を取られていたのは何だか悔しい。
 グッとこらえつつ、俺は話を促すために口を開いた。

「じゃあ……俺達が一般人でも貴族でもないってのは知ってたんだよな。それなのに俺にあの頼みごとをしたのか」

 俺の言葉に、ギーノスコーはハハハと笑って肩を竦める。

「この船の中で、小生に協力してくれそうな誠実な存在……と考えたら、確信できるのが君達しか居なかったからなァ。……ま、君達がどういう素性であるかは今は問わないよ。今回の話の芯はそこではないからね」
「じゃあ何が言いたいのか早く言え」
「こ、こらブラック……」

 なんでお前はそう好戦的なんだ。
 とは言え、俺もそれはちょっと思ったので強く言えない。
 この部屋にいると、なんかヘンに緊張しちゃうんだよ。それに、リメインのことも何を言われるのか気になるし……早いとこ本題に入って貰いたい。

 俺も窺うようにギーノスコーを見やると、相手は「仕方がないなァ」と言わんばかりに息をハァと吐いて、これみよがしに足を組んで見せた。

「まったく、君達は本当に情緒と言う者が無いねえ……これは密談ともいうべき場面なのに、言葉遊びも無く結論を急ぎたがるなんて……」
「用が無いなら帰ってもいいんだぞ」

 ジロリと睨むブラックに、相手は「降参だ」と両手を上げた。
 これまたわざとらしい仕草だが、そのせいかブラックは余計にイライラしているようだ。ああ……こういうタイプ嫌いだもんなあ、コイツ……。俺も得意とは言わんが。

「あーわかったわかった、小生の負けだ。まったく……そう急いては本当に貴族ではないと他の者達にも知られてしまうぞ?」
「よしツカサ君帰ろう」
「ねえこの人ら酷いと思わないかい君達」

 こらこら、従者さん達に答えを求めるんじゃない。そんな事言われても困るだろ。
 ブラックも大概だが、ギーノスコーもかなりの困った貴族だなオイ。

「ギーノスコー、頼むから話を進めてくれ……」
「つっくんまでつれないなァ……。はぁ、まあ仕方ないか。じゃあ本題を言うけど……先に渡した手紙には、ある容疑者と現在の状況について書いたんだ」
「現在の状況と……容疑者って……なんの?」
「その容疑者は、アランベール帝国の【学術院】から研究論文を盗んだんだ。窃盗犯だね。……実を言うと、小生は密命を帯びてその犯人を追っていたのさ。……それで情報を色々と集めた所、この船に乗ってベーマスに逃亡しようとしているんじゃないかと目星がついて、小生は試しにこの船に乗って見たと言うワケだ」

 密命。
 ということは、嫁さがしも嘘だったのだろうか……と思ったらそうでは無いようだ。
 彼の説明によると、嫁さがしの旅を続けていた所に親からの書簡が来て、放浪しているなら好都合だと言う事で密命を受ける立場になってしまったらしい。

 しかも、ギーノスコーには人に自然と取り入る才能があるらしく、彼はその才能と美を愛でる確かな審美眼があるお蔭で、情報も色々集められたようで……ってナニを言っているか分からないが、とにかく情報収集能力も一級品だったワケだな。

 なので、ギーノスコーは人々の話から「やけに人と会おうとしない人物」や「見た事が無い、その身分が本当かどうかも判らない人物」の情報を得て精査し、その結果サービニア号に乗る人物が最も犯人に近いとみて乗船したのだそうだ。

「そこで出会った怪しい人物が、つっくんの横にいる美麗な貴族と……」
「…………リメインって……こと……?」

 自分で言って、酷く気分が悪くなる。
 確かにリメインは人と会おうとしないし部屋から出たこともないようだ。でも、あの人が研究論文とやらを盗むような性格には思えないし、なにより……そんな悪い奴ならワインをぶっかけたり俺を何度も指名したりするような、目立つ事はしないはずだ。

 それに……俺個人の感情としては……そんな事をする人だと思いたくない。

 間違っている事を真っ当に怒った人が、盗人だなんて考えたくは無かった。

 ……だけど、そんな感情的な事を言うわけにもいくまい。
 確かに怪しい所は有るけど、証拠はないはずだ。キチンと話を聞いて、彼が犯人であるのかそうでないのか、ちゃんと考えないと。

 小さく頭を振って、俺はギーノスコーを見やった。

「でもさ、証拠は無い……んだよな?」

 ぎこちなく問いかけると、相手は頷くような首をかしげるような微妙な動きをする。

「うーん……それはそうだな。けれど、残念な事にアランベールの“識名帳”には彼の名前は無かったし、小生も名前を聞いた事が無い。小さくて愛らしい金の髪の子犬ちゃんに聞いたところでは……彼は見事な金髪だというし、そんな人物ならかの国で姿形は知られていそうなものなんだけどねえ」
「…………ニセモノだって、言うのか」

 識名帳がどういう物なのかは知らないが、ともかくアランベールの貴族であるギーノスコーは、彼の事を知らないということなのだろう。
 だったら……ニセモノだと思うのも無理はないけど。

 でも、俺の声は、相手の見識に対して不満げな声になってしまっていた。
 そんな俺に、ギーノスコーは微苦笑を見せる。

「あくまでも、まだ『疑惑』だよ。だけど、小生は疑わしいものは調べなければならない。何せ、その研究論文というのは……――――」

 研究論文が、どんなものなのか。
 ギーノスコーが口にしようとした、刹那。

「……ッ!?」

 ばちん、と何かが引っ叩かれたような大きな音がして、いきなり灯りが消えた。
 停電か。いや、この世界は電気を使ってるんじゃない。たぶん、天井にある【水琅石のランプ】に水を供給する設備が停止したんだ。

 水琅石は水に触れる事で発光するという、電灯レベルの明るさをくれる魔法の鉱石だが、この世界ではその性質を利用して、部屋にパイプを巡らせそこから適量の水を出して、俺の世界の電気設備のようにスイッチ一つで明かりを点ける仕組みを作っている。

 まあこんな設備はお貴族様の部屋とか、まだ限られたところにしか使われていないけれど……明かりが消えたって事は、その設備が動かなくなったって事だ。
 ということは……船の動力が一時的に停止したってのか。

 でも、それがどういう事か判らず、ただ硬直して天井を見上げる。
 すると、すぐ傍に明かりが灯った。何事かと思ったら、ブラックが掌の上で小さな炎の柱を立てて、周囲を照らしてくれているではないか。

 炎とは言え、やっぱりブラックは凄腕の曜術師なのでモノの光量が違う。
 蝋燭よりもしっかりとした明かりにホッとしてブラックを見やると、相手は嬉しそうな笑みを俺に見せて、それから顔を引き締めギーノスコーに振り返った。

「詳しい話は、あとだ。とにかく、何が有ったか見に行って来る」

 そう言って立ち上がるブラックに、ギーノスコーはやけに真剣な顔で頷く。

「わかった。……今は君達にこの件を任せよう。小生の話は、あとで幾らでも出来る。船に何か起こったのなら、そちらを最優先すべきだ。船には……我々だけでなく、数多くの人々が乗っているのだからね」
「ケッ、わざとらしい貴族みたいなことを……」
「ぶ、ブラック、俺も行くぞ!」

 また言い合いになりそうな気配がしたので、とっさに立ち上がってブラックの服の袖を引っ張る。すると、相手は一瞬でれっとした顔をしたものの、またすぐにキリッとした顔になって力強く頷いた。

「よし分かった。一緒に行こう、ツカサ君!」

 そう言って、しっかりと……俺の手を握って来る。

 ……お前……本当に、心配だから見に行くつもりなんだよな?
 まさか、ギーノスコーの話を聞きたくないから出て行くってんじゃないよな?

 妙な疑念が思い浮かんでしまったが、ブラックはそんな俺の考えを知ってか知らずか、握る手を引っ張って早足で部屋を出たのだった。









※アランベール帝国の識名帳については
 第一部【ガルデピュタン編】の最後らへんにちょっと記述があります。

 
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