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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
7.強いがゆえに弱さが見えない
しおりを挟む武神獣王国・アルクーダの港【デリエ・ダルヤーエ】から歩いて数分。
大きな港の右のホンの端っこの方に、渡航して来た人族達の隔離場所……いや、居留地である【ゼリバン・グェン】という街が有った。
その街は黄土色の壁で囲まれていて、先程見た倉庫に出入りするでっかい獣人族すら登るのは面倒臭いだろうなと思う高さだ。「どんだけ隔離するんだよ」と一瞬だけ思ってしまったが、これはたぶん逆なんだろうな。
クロウやナルラトさんの話を聞く分には、この世界の獣人族は「弱肉強食で戦ってナンボ」みたいなアグレッシブ種族らしいので、たぶん人族は「奪ってもいいエモノ」と思われて襲われやすいに違いない。だから、この高い壁は人族を守るために建ててくれたのだろう。それを考えると、この国の王様は中々に優しい人だとおもう。
獣人達の考えなら、普通は「簡単に倒されて盗まれるほうが悪い。人族は軟弱だ」なんて事になるだろうに、そんなことなんて一切言わず、こんな壁を作って貿易相手を手厚く保護してくれているのである。
しかも、高い壁なんてホントに造るの大変だろうに、壁はただ積み上げられているだけでなく、かなり凝っているんだもんなぁ。
黄土色のデカい石材が積み上げられただけかと思いきや、実はその壁には一定の間隔で太い横線が引かれていて、その中に壁画が彫り込まれているのだ。
色は壁の黄土色だけだけど、かえってそれが古代遺跡って感じで格好いい。
彫り込まれて浮き出た壁画は、様々な獣耳の種族が武器を持って躍動感あふれるポーズを取っているもので、これだけで「獣人の国なんだなあ」と感動が湧いた。
港でも、狼らしき人やうさぎっぽい少し背の低いおじいさんを見かけたし、なにより、そうなにより……ケモミミ逞しい女子がいっぱい働いてたんだよな……!
ああ、やっぱりケモミミは素晴らしい。
女の子に獣の耳がついているなんて二倍どころか百倍お得だ。可愛いにもほどがあるし、時々周囲を探るために耳を動かす仕草が本当に良い。ソレが生きている耳なんだなと実感すると、ワクワクが湧いてくる。
クロウのクマ耳も好きだが、やっぱり女子のケモミミ娘キャラは格別だろ……!!
港に居た女子は何故かまんべんなく鍛えてそうな人が多くて、そこだけがちょびっと残念だったが、まあそれも些細な問題だ。健康的肉体美は見ていてえっち……いや、とても素晴らしい。この国の人はどうも露出度が高いが、それもいいことだ。
オトコの肌は見たくないが、引き換えに女子の露出があるなら構わない。そう、どんなにムサいオッサンが筋肉を見せていようが、女子の胸の谷間があれば!
…………いかんいかん、雑念が。
えーと、ともかく。
人族の居留地である【ゼリバン・グェン】は、俺達のための街なのだ。
とはいえ、そこを守っている兵士は獣人だし、ナルラトさんの話では街の中で店を開いている獣人も居るらしい。比較的温厚な種族が一緒に暮らしているようだ。
そのことについて、クロウは「この国に逃れてきた弱い種族を入れている」と言っていたが、避難所も兼ねていると言う事なのだろうか。
興味は尽きなかったが、まずは宿を探すのが先決だ。
というわけで、俺達は街壁の唯一の出入り口であるでっかい門の前に来た。さあ、早く門をくぐって獣人族式の街を拝もうではないか。
倉庫街を進むたびに徐々に大きさを増してくる壁を見て、俺はすぐにでも街の中に入ってしまいたい気持ちになり、早足で門へ向かった。
の、だが……何故か街が近付くと、クロウがこそこそと隠れだしてしまった。
「クロウ?」
「なんだお前、急に木箱の端に隠れて気持ち悪い。はみ出てんぞデカブツ」
「だ、旦那、もうちょい優しい言葉で話しましょうよ……。えーと、どーしたんすかー? クロウのだんなー」
後半だけ妙に棒読みの台詞っぽくなっているナルラトが言うと、クロウも何故だか棒読みっぽい台詞で応える。
「オレはぢんぞくの大陸に出てったので、出戻りと言われるのがはずかしいんだー。まえもへんなうわさがたってたしー。だから兵士に会いたくないんだー」
「なんだその口調。二割増しでイラつくからノド切り裂いて良いか?」
「ばーっ、物騒なこと言うなよブラック! ともかく、兵士に会いたくないんだな?」
何故ふたりとも視線を逸らして棒読みになっているのかとか「変な噂」とは何のことなのかとか、色々と気になる所はあったが、街に入る前にうだうだしていても仕方がない。素直に二人のトンチキな会話にノッてやると、ナルラトさんはあからさまにホッとしたような顔をしていつもの口調で人差し指を立てた。
「そうそう、そういうことだな! ……で、だったら、これをつけましょう」
言いながらナルラトさんが取り出したのは……香水と、デカいメイド服だった。
「うん。…………うん?」
「この服着て胸に詰め物でもすりゃ、相手は女だと思いますぜ。あとは強めの香水を振りかけて、これ……人族の耳に似せた飾りっす。バンダナの端にこれをくっつけて一時的に人族のフリをしましょう」
「あの、待って。ナルラトさん待って。女装は置いとくにしても、この服を着たぐらいでマジで騙せるの? クロウは肩幅も足も全部男らしすぎるぞ。ヒザなんてそこらへんの岩場みたいにゴツゴツしてるぞ?」
ヒゲはないけど顔も体も確実に筋骨隆々なオッサンだってのに、こんな小細工程度で本当に兵士が騙されてくれるのだろうか。
ナルラトさんを見上げると、相手は安心しなと言わんばかりに親指を立てた。
「大丈夫、心配はいらんって! とにかくあの山積みの箱の前で着替えましょ」
「ムゥ」
その言葉と共に、クロウはナルラトさんと木箱の陰に隠れてしまった。
……なんだか随分と置いてけぼりな気分だ。
ブラックと顔を見合わせながら待っていると、化粧もせず髪も整えないままにメイド服を着こなした手足がゴツゴツのクロウが帰って来た。
「またせたな」
「こんな変態を待ってたかと思うと僕は死にたくなるよツカサ君……」
「お、落ち着いて……つーかソレで本当に大丈夫なの……? せめて俺が髪の毛をまとめて女の子らしくしようか?」
あまりにもクロウそのままの姿なので、つい心配になってしまうが、クロウ達は「それには及ばないと」首を振った。
「こんな女ならごまんといるから平気だって。まあでも、ニセの乳袋はちょっと膨らませ過ぎましたかね?」
「いや、このくらいわざとらしい方が良いだろう。オスの無駄乳は侮る要素としてはちょうどいい」
もう何言ってるのか解からん。
解らんけど、クロウから柑橘系のいい匂いがするのは分かる。
偽物の人族の耳をつけているし、恐らくは香水もそういう意図があるんだろうけど、それよりガチムチメイドの姿がインパクト強すぎてどうでもよくなってしまう。
クロウのメイド服を拝むのはこれで二度目だが、どうしてこう俺は普通の可愛~いメイドさんより女装メイドさんに会う確率が高いんだろうか。この世は理不尽だ。
正直こんなんで本当に大丈夫なんだろうか。
そうは思ったのだが――――――あっさり街に入れてしまった。
「…………ザル警備……」
分厚い街壁の中を通るトンネルを歩きつつボソリと呟くと、隣で歩いていたブラックが後頭部で手を組みながら呆れたように続ける。
「まあ……獣人にとっては、逆にこう言うやり方のほうが欺きやすいのかもね」
「どういうこと?」
「獣人は五感が優れてるだろう? それって、逆に言えば『五感に頼りすぎている』とも言えるんだよ。ハナのおかげで、相手が動揺している事が汗のニオイで解るし、目は怯える獲物を的確にとらえられる。耳も同様だ。けれど、その行動が当然だと思うあまり、小手先の手にはすんなり騙されてしまうんだよ」
ブラックの言葉に、ナルラトさんが「さすがです」と称賛しながら続ける。
「それに、この国は種族ごとに特徴が違うし……オスの女なんて、ホントにクロウの旦那みたいなヤツも居ますからね。この国じゃあ相手の部族の掟に触れたら、即座に戦いになりますから、そういう面倒を減らすために兵士は身体検査なんぞまず行いませんし、こういう手を使えるヤツには都合がいいんですよ」
「鼠人族の一部は、こういう術を得意にしているのだ」
「はー、なるほど。だからナルラトさんは女装服とか用意してたんすね」
クロウの言葉に頷きながら今回の功労者であるナルラトさんを見上げると、どこか照れた様子で鼻の下を指で拭っている。なんか昔の漫画みたいだが微笑ましい。
……しかし、鼠人族の一部って……前にラトテップさん――――ナルラトさんの兄が言ってた「暗殺者の一族」ってことだよな。だとしたら、なんだか切ない。
ラトテップさんは、とあるピンチに陥った時に俺を助けてくれた命の恩人だ。
自分自身の事を顧みないほど献身的な心の優しい人で、俺は……彼に、危ない所を助けて貰ったんだ。……その尊い命と引き換えにして。
だから、彼の事は今でも忘れられない。いや、忘れてはいけないと思っている。
そんな大事な存在になった人の弟が、ナルラトさんだ。
彼は生前、自分のことを「影に潜んで泥水を啜って生きる暗殺者の一族なのだ」と言っていた。だとすれば、たぶんナルラトさんも……そうなのだろう。
ナルラトさん達がどんな人生を歩んできたのかは俺には解らないけど、こういう事を平気で話せるってことは、その過去が傷になっていないのだと信じたい。
…………そういえば、ベーマス大陸に来たら、ラトテップさんの一族が住んでいる所にお墓参りに行きたいって思ったんだったな。
ナルラトさんも、それが一番ラトテップさんの供養になるって言ってたんだ。
あとでどこにあるのか教えて貰おう。
――――だいぶ思考が脱線してしまったが、考え込む俺を余所に、ブラック達は話を進めていたようで「なるほどねえ」と呟いていた。
「真っ向からぶつかり合うから、血の気は多いが頭は足りない。と」
「その言い方は少し無礼だな。ちゃんと頭の良い獣人もいるぞ」
「身内の評価は当てにならんなあ」
ま、また言い合いになってる……。
互いに殺意マシマシで睨み合う二人の間になんとか割って入って、俺は早く街壁のトンネルを抜けてしまおうと二人の背中を押して足を速めた。
人族の街でもそうだったけど、やっぱこのトンネルを抜けた先の風景ってのを思うとワクワクしてくるな。色々と考えちゃったけど、まずはベーマスを楽しもう。
俺が暗い顔してても仕方ないし、こんな顔見せたくないからな。
そう思い、人通りの少ないトンネルを抜け、光の先に足を踏み出す。
と、そこには――――――
「テメこらメシ返せやクソ猿がぁああ!!」
「るっせクソ兎、テメェは自分のクソでも食ってろ!!」
大通りの真ん中でボコボコに殴り合う、兎耳の男と猿耳の男がいて。
周囲の景色を見る暇も無いその大声での乱闘を見て、俺は思わず泣きたいような呆れたような変な顔になってしまった。
ああ、これがベーマス……しょっぱなからバイオレンスすぎるよぉ……。
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