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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
28.独断と偏見1
出会いたくない獣人族とも名高い“ビジ族”を“風葬の荒野”に留めて、国に来る人々への脅威を防ぎ続けているのが、怒りんぼ……いや、カウルノス殿下と、その弟であるルードルドーナ殿下が軍を持つ【護国武令軍】だ。
王都や街を守る兵士とは別に動く彼らは、常に戦に向けて鍛錬を欠かさない。
ビジ族との定期的な衝突は、軍にとって重要な訓練の一つでもあった。
だけど、その訓練は常に死と隣り合わせで……。
「戦死者五名、負傷者三百名、そのうちの軽症者は二百五十名です」
「……わかりました。下がってよろしい」
「はっ!」
両腕を胸に付けてクロスさせてお辞儀をする兵士。
アレは敵意が無い最敬礼なのだという。
その物珍しさに少し驚いたが、しかしそんな事よりも「戦死者」という単語に、心が重くなる。到着する前から散々聞かされていた話だけど、死んだ人がいるとハッキリ言われたら、この状況をどこか軽く考えてしまっていた自分が恥ずかしくなる。
俺の周りは強い人ばかりだから、自分でも気づかない内に「仲間が死ぬはずない」と思い込んでしまっていたけど……そんな考え方って危ないんだよな……。
自分の弱さに対しての怯えは有るけど、俺はどこかブラックやクロウの強さを当然の事のように考えてしまっているから、どこかで「身近な人の死」が遠いことのように思えてしまっていたんだろう。
けど、それは一種の驕りだ。
戦場で死なない人がいる訳がない。誰ひとり死ななかったとしても、それは当然の事じゃなくて、本当に奇跡に近い事なんだ。
俺は、何度も戦って来たけど……でも、こういった大人数での「戦」と呼べる戦闘は知らない。属している陣営なんてないも同然だったから、自分がいる陣営の人が今の戦闘で亡くなった、なんて今まで知らされもしなかったんだ。
だから……終わって今更、なんだか怖さと申し訳なさが襲って来てしまって。
「…………あの、俺……」
「ふむ、今回は五名か。意外と少なかったな」
せめて支援軍のみなさんと救護を……なんて思って口を出したのだが、チャラ牛王が俺の言葉を遮ってとんでもない事を言う。
何を言ってるんだと相手を見やるが、二人の殿下も別段気にせずに「そうですね」と言わんばかりに頷いてそれぞれ腕を組む。
…………獣人族は食って食われてを当たり前にしていると聞いたけど、もしかして、こういう場合でも死については軽いんだろうか。
ちょっと今、ものすごい温度差を感じて込み上げる物が……。
「戦死者には褒賞を、負傷者達は担架を作って無事な者に運ばせます。巨体の者が怪我をしていれば良い鍛錬になったのですが、今回はそうでもないようですね」
「うむ……にしても、負傷者が多いのは素直に喜べん。鍛錬が足らんな」
「兄上がそれを言うんですか。……まあ、確かに本来は主力となる精鋭軍の兵士達が精彩を欠いていたとは思いますが」
ルードさんがサラッと言うと、怒りんぼ殿下が常にムッとしているような顔を更にムッとさせて、眉間に皺を寄せつつ言い返す。
あ、あああ、なんか余計な火種が。
「俺の部下どもが悪いと言うのか。支援軍の奴らが戦えんからではないのか」
「それは後衛で支援する我々を矢面に立たせるからですよ。本来ならば、精鋭軍が全ての攻撃を受け持つはずでは? 我々の仕事はその援護や、戦が始まる前の下準備です。それなのに我々に前衛を完璧に務めろ……なんて、虎に砂漠で暮らせと言うようなものでは?」
また出た獣人の謎ことわざ。
でも何となく意味は分かるぞ。多分、無茶なコトを言うなって話なんだろうな。
俺の仲間を思い出させる雰囲気の冷静なルードさんがそうまで言うんだから、殿下のいう事はよっぽど道理に通らない事なのだろう。
だけど、殿下も獣人的な思考が強いのか、弟であるルードさんに食って掛かる。
「誇り高き獣人が戦の種類で二の足を踏んでどうする! そのような考え方だから、お前の軍はいつまで経っても俺の軍の支援すら満足に出来んのだろうが!」
「……国王陛下が定められたことを我々の独断で覆せと?」
「それを言うなら……ッ」
一気にヒートアップして目を見開きながら睨む殿下は、言葉を詰まらせる。
だが、その視線はずっとルードさんを見ているのではなく、一瞬だけクロウを見て――――それから、歯軋りをしながら再びルードさんに吐き捨てた。
「もういいッ! クソッ……何もかも忌々しい……!!」
そう言って、怒りんぼ殿下は勝手に一人で場を離れてしまった。
なんだかよく分からないが……何か妙な感じだな。
クロウを一瞬見たのはどういう理由からだったんだろう。もしかして、クロウも元々は【護国武令軍】の大隊の一つを指揮していたのかな?
だとすると、今言い淀んだのはそれと関係しているんだろうか。
ルードさんも何となく言い返さなかったところからして、クロウの前でハッキリと言い辛いなにかがあるのか……でも、この二人ってクロウの事を面と向かってバカにしていたんだよなぁ……。一体なにが――――
「あっ、おい、離れるとお前……」
「ん?」
チャラ牛王が何か言ったな。と、思ったと同時。
――何故か、目の前の風景が飛んだ。
「うわあああ!! ツカサくーーーん!!」
「ぐえええええ」
いや違うコレ目の前の景色が飛んだんじゃない、俺が飛んでんだ!!
なんか体がいうことを聞かない、思いきり踏ん張ろうとしても体が動いちまう。何故だか変な方向に引っ張られ……っあ、そうだ!
俺とあの殿下、チャラ牛王になんか呪いかけられてるんだった!
じゃあこれって、俺があの怒りんぼ殿下が行っちまった方向に引っ張られてるって事なのか!? ちょっと勘弁してよ!
「やっべ、力が違い過ぎてツカサの方が引っ張られちゃってるわ」
「このクソ牛ーー!!」
ああああ牛王に怒ってるブラックの姿がどんどん遠くなっていく。
どこまで行ってんだあの怒りんぼ殿下!!
なんとか立ち止まろうと、ゴツゴツして砂煙も立たない岩の地面に必死で足を立てつつ、進行方向を振り向くと。
「ぐわっ」
踏ん張り過ぎて、つい思わず、つるっと足が――――
「どわぁああっ!!」
思いっきりコケよう……とした体勢で一気に体が引っ張られる。
留まろうとしていた反動か、思った以上に体が引っ張られる速度が速くて……
「あ゛? なんだ?」
やっと俺に気が付いた怒りんぼ殿下が、ちょっと先で立ち止まって俺を見る。
だけどもう体が止まらなくて、俺はそのでっかい体につっこんでしまった。
「うぎゃっ!!」
ドッ、と鈍い音がするが、脳天からぶつかった体はビクともしない。
いやこれ体っていうか……ちょっとだけ弾力がある壁……?
もしかして俺がぶつかったのは人の体ではなく壁だった……?
「……そういえば、海征神牛王陛下にまじないを掛けられていたな……」
「う、ううう」
何か言ってるけど、頭がゴワゴワと変な音で揺れていてよく分からない。
さすがにもう、気持ち悪さと視界が回るのに耐え切れなくて、その場に崩れ落ちてしまいそうになったのだが、体は何故か浮いたままで。
っていうか、グッと首が締まって苦しい。
視界が回る気持ち悪さに呻きながら、顔を上げると……滲んだ目の前に、不機嫌そうな顔があるのが分かった。
あ、そ、そうだ……これ、たぶん……猫みたいに首根っこを掴まれてるんだ……。
「チッ……お前がいる限り、俺は一人にもなれんということか……忌々しい……」
「うごぇ……ぞ、ぞれ゛は、ごっぢのぜりふれず……」
「ほう? 雑魚のメスのくせに口だけは一人前のようだな」
と、とにかく首根っこ離してください。めっちゃ苦しい。
こっちはアンタに振り回されて頭がグルグルしてるんすよ。
ああでも気持ち悪くて声が出ない……。
「う゛……うぅ……っ」
思わず口を押えてしまったが、そんな俺に怒りんぼ殿下が何か言った。
「……そう言えば、お前はあの軟弱者があれほどまでに力を持つほどのエサのようだな。確かに、陛下が言う通りお前を喰らう事は有用なのかも知れん」
「うう……」
「だが、俺はお前ごとき雑魚を喰らうほど落ちぶれておらん。人族など、こんな脆弱な物になど……絶対に、頼るものか……っ」
なんか、イライラしている声が聞こえる。
何を言っているのかよく分からないけど、俺に対してイヤな気持ちを持っていることだけは解かる。相手は人族が嫌いらしいから、それは仕方ないかもしれないけど。
でも、なにもこんな時に言わなくたって……っていうか俺もイヤなんですがね。
段々と回復してきて、頭を抑えながら再び殿下を見返すと。
「う……」
「…………お前が有用かどうかなど関係ない。だが、もし俺がお前に対して舌を使う事が正しいと言うのであれば……証明してみせろ。お前が、侍従のメス達以上に、俺の力を復活させることができる気を与えられるかを」
「……え?」
な、なに、何の話ですか。
証明してみせるって、何の話ですか。
食事の事ならアンタ毎回ペロッと食べてるじゃないですか。いや、曜気を含ませる実験は味が変わるのかどうか確かめてなかったから、まだやってないんだけど……あれ、何の話だっけ。気を与えるって話だよな?
「来い、お前に相応しい“試し”の仕事を用意してやる」
「え、ええ?」
ハンドバッグのように小脇に抱えられて、何が起こっているのか解らないまま殿下にそのまま連れ去られる。周囲の音を拾おうと耳を澄ませる前に駆け出されたので、ブラック達が付いて来てくれているのかどうかも分からない。
後ろを振り返ろうにも、殿下がガッチリ俺の体を固定していて無理だった。
「おい、暴れるな」
「あのっ、い、一体どこに行くんです!?」
なんか試しの仕事って言ってたけど、何をやらされるんですかね。
殿下に気を与えるための試しの仕事って……また食事でも作るのか?
急に話が進みすぎて理解が追いつかず相手の顔を見上げると。
「お前のような守られてばかりの惰弱なメスが想像もつかない所だ」
そう言って、怒りんぼ殿下は怒りを含んだ嫌味な顔で笑った。
→
※次ちょっとツカサが可哀想かも(´・ω・`)ご注意を
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