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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編
6.酒の席では無礼講
しおりを挟む「よーしじゃあ酒だ、酒持って来いっ! 店主、おれが持ってきた酒だ!」
ファザナさんは、カウンターの中にいる紳士っぽい垂れた犬耳のおじさんに、わあわあと大声を張り上げて注文する。勝負を持ちかけてもなお上機嫌だが、獣人族の“群れ”のボスっていうのは皆こんな感じなのだろうか。
なるほど……俺、豪快な女の人も……好きですよ!
「ツカサ君?」
「ナンデモナイデス」
洒落にしても二度目はウケないぞブラック。いや、ドロドロした視線を送ってくるのはシャレじゃないから関係ないのか。心の中で興奮するくらい許してくれよ頼むから。
まあ、ブラックが勝負するってのに、敵に鼻の下を伸ばしてる俺も俺だが……。
ご、ゴホン。じゃあ真面目に応援するか。
ブラックが負けるわけないと思うけど、相手は「勝ったらブラックの瞳と髪を貰う」とかヤバい事を言ってたワケだし……髪は別にハゲになるだけだからいいと思うが、瞳はやめろマジで。殺す気か。
いくら素敵なお姉さんだからって、そういうのはダメなんだからな!
「おまたせしました。とりあえずは五本ずつ、というところでよろしいですか」
ダンディな垂れ犬耳の店主さんが、酒瓶にしてはヤケにデカい素焼きの壺を五つほど持って来る。お手伝いの店員さんもなんだか困惑しているようだが、そりゃこの大量の酒壺を「とりあえず五本」て言われると「ええ……」てなるよな。
しかし、その店主さんの倍の体格のファザナさんは、それが当たり前であるとでも言わんばかりにガハハと笑い、自分の目の前に座れとブラックに顎をしゃくった。
対面で酒飲み対決か。見世物みたいに横に並ぶのかと思ってたが、これはやはり真剣勝負っぽいな。マジで目玉を貰う気で居るのかファザナさん……こ、こわい。
「ブラック……あの量、悪酔いとかしない? 大丈夫だよな?」
さすがに酒豪のブラックとて、あの量はキツいのではないか。
そう思って顔を見上げると、ブラックは何が嬉しいのか俺を見返してニマニマと口を歪めながら目を細めて見せる。
「ふふふ……ツカサ君たら心配性だなぁ。まあ見ててよ」
「む、無理だけはすんなよ。アンタ体はオッサンなんだから……」
月並みな心配をしてしまうが、異世界のオッサンってオッサンらしからぬからなあ。
そう考えると要らぬ心配なんだろうかと頭を捻ってしまったが、ブラックは構わず俺の目の前にどっかと座り込んだ。そうして、ファザナさんを見やる。
ブラックもかなり長身だけど、やっぱり2メートル越えのお姉さんには敵わんな。
これじゃ酒呑童子と人間って感じだ。酒が飲める量も、相手が圧倒的に有利だろうけど、ブラックは勝算があるんだろうか。なけりゃ乗らないよな。
ああでも心配だ、体だけは壊すなよ……。
「念のために回復薬用意しておこ……」
「心配性だなツカサは」
クロウにまで言われてしまった。
でも大事なヤツの体を心配するのは普通の事だと思うんだけどなあ。
「よし、準備は整ったな。……では赤い男よ、先にこの勝負の説明をしておこう。これは単純明快、この酒瓶を全部飲み干した方が勝ちだ」
「瓶っていうより壺だけどな」
「がははっ、まあちっこい種族にはそう見えるだろうな!」
そう笑うファザナさんに、ちょっと女性っぽい男の人が「ちょっとファザナ」と肩を叩く。
「あまり見かけない種族だよ。もしかしたらカージャ酒が苦手な人かもしれない。猿族に有利な方法で戦っても良いの?」
貴金属で細身を飾り付けたリスっぽい耳のお兄さん、彼はメス男子かな。
かなり厳ついファザナさんに意見できるって事は、正妻か恋人たちの中でもかなり地位が高い人なのかも知れない。そんなお兄さんに、ファザナさんは「そういえばそうだな」と眉を上げてフムと鼻を鳴らす。
「ならばこうしよう。おれが五つ全て飲み終える前に、コレを一つ飲み干せばお前の勝ちにしてやろうじゃあねえか。これなら平等だろ? な?」
「わっ、んもうお尻叩かないでよね! まったく考えなしなんだから……ごめんなさいね、ウチの長ったらいつも考えなしに勝負ふっかけちゃうもんだから……。お兄さんも、困っちゃうよね?」
ちょっとしなっとしながら、何だか妙な目でブラックを見つめて謝るお兄さん。
……これはもしかして色目ってヤツか。そうなのか。既にオスがいるのになんちゅう事をしてるんですか。いやこれが肉食系ってヤツなのか?!
不意の事に思わずギョッとしてしまったが、幸いブラックはそういう視線に慣れてたので、まったく靡いていないようだった。……ホッ……いや、ホッじゃないが。
別にその、つい焦ってしまったとかそういうワケじゃ……。
「よーしそれじゃあ、はじめっ!」
あああ、俺がマゴマゴしている間に勝負が始まってしまった。
とにかくブラックを応援しなければ、と目をやると、すでにファザナさんは酒の壺を軽々と持ち上げて、壺から赤味が強い琥珀色の液体を口に流し込んでいた。
小学生低学年の子が入れそうなくらいデカい壺を片手で持ち上げるなんて、凄い腕力だ。つーかジュースみたいに酒を飲み干すのも凄すぎる。
その快進撃につい焦ってしまって、ブラックはどうなのかと目をやる。
すると、ブラックは何故だか沈黙していた。
「お、おいブラック! そんな悠長にしてていいのかよ、目ん玉奪われちゃうぞ!?」
「まあ待ちなよツカサ君。まずは一杯、ちゃんと味わって飲まなきゃね」
せっかくの珍しい酒なんだし、と言いながら、ブラックは暢気に石を薄く削った見事なコップで酒を掬い、口に含んでから飲み干す。
「う……」
なんちゅうゆったりムードだ。不覚にも格好いいとか思ってしまってつい声が出たが、今は味わってるヒマなんて無いんだって!
達人だって油断でミスすることもあるんだからな!?
なんでお前はそういつも余裕ぶっちゃうんだ、俺の方がヒヤヒヤしてどうする。
「……なるほど、酸味が強いけど結構甘い酒だね。発酵酒の類かな? だけど、この味は初めて飲むなぁ」
「ブラックってば!」
ああもうファザナさんが二つ目の壺に手ぇかけちゃったじゃんっ。
頼むからもっと焦れと横に座ると、ブラックは俺を見て目を笑ませた。
な、なに。何でそんな顔するのさ。
「ねえツカサ君、この酒を一気に飲んだら……ご褒美くれる?」
「はぁっ!?」
ご褒美って、なんで今そんな話っ。
何言ってんだこのオッサンと思わず顔を歪めたが、ブラックは続けて言う。
「だって、こんなアホみたいな勝負やる気でないんだもん。新しい酒って言うのは、じっくり味わって飲むのが一番なんだよ? なのにこんな勝負で消費しちゃうなんて勿体ないにもほどが有るじゃないか」
そりゃ美味しい物は味わって食べたいけど。気持ちは分からんでもないけどさ。
けど今はそう悠長にしてる場合じゃなくて……あぁ~、もう!
「分かった、分かったから! 出来る範囲ならご褒美あげるから!」
とにかくアンタが余裕ぶっこいたせいで負けるのなんてヤなんだよ。
本気を出したら勝てるからこの勝負に乗ったんだろ、俺はそう思ってるんだからな。なのに、うっかりミスして負けるアンタなんて見たくないんだってば。
それに、負けたらアンタを傷つけられちゃうし……だからもう、本気になれって!
……ブラックに何かされるのなんて、考えるだけでも怖くてイヤだ。
だから、俺はついおねだりに負けて言いきっちゃったのだが。
「ふ、ふふふ……言ったねツカサ君……」
「…………」
「よーし今度のセックスの時は酒場のメス給仕ごっこしてもらおーっと!!」
「ギャーッ! ナシなし今のナシいいい!!」
だがもう遅い。
ブラックは今さっきの俺の言葉で「言質をとった」と言わんばかりに興奮し、さっきの大人しい態度とはガラリと変わって酒の壺を両手でつかんだ。
やはり、長身なオッサンと言えどもかなりの大きさだ。
壺をたっぷり満たす酒に、俺はその重さを想像して胃がギュッとなったが、ブラックはというと、その重そうな酒壺を軽々と掲げ口をつけた。
「ガハハッ、まだ飲み終わってないのか! おれはもう三つ目だぞ。これならお前らのメスも、お前の綺麗な赤髪と目もイタダキだな!」
髪は服の装飾に、目はおれの妻の耳飾りに加工してやろう……などと恐ろしい事を言うファザナさんは、宣言通りに三つ目の壺の酒をガブガブ飲んでいる。
これじゃ四つ目に手を掛けるのもすぐだ。間に合うのか。
のっぴきならなくなってきた事態に、俺はブラックを再び振り返った。
すると、そこには。
「ムゥ……酒が勿体ない……」
同じくブラックの姿を見たのか、背後で神妙な雰囲気の声を漏らすクロウ。
こんな勝負では、そんな事など言っていられないのだが……正直、目の前で酒を飲むブラックを見ていると、そう思っても仕方が無いなと俺も顎を引いてしまった。
だって、重そうな酒壺を軽々と持ち上げて酒を飲むブラックは――少しも酔った顔なんて見せずに、まるで水を飲むように休みなく酒を流し込んでいたのだから。
「こ、これは酒豪とかそういう問題なのか……?」
ファザナさんが酒壺をガバガバ飲むのは、体格が大きいから理解出来る。
でもブラックは、背は高いけど一応常識の範囲内だ。体格だって、ほどよく鍛えた体という感じでマッチョとまではいかない。クロウの方がムキムキしている。
なのに、ブラックは……胃が破裂しそうなほどの酒を、ファザナさんと同じスピード――――いや、それ以上のスピードで、胃に収めているのだ。
イッキ飲みは死ぬ危険性もある……っていう話とは根本的に違うぞコレ。
これお酒どこに消えてるの。ブラックのどこらへんに収納されてるの!?
絶対にお腹パンパンになるじゃん、てかアルコールそんなに飲んで平気なの。
色々と怖くなってしまって血の気が引いてしまうが、俺の心配をよそに、ブラックは一回も酒壺を口から離さずに……酒を、飲み干してしまった。
「ふーぅ。……まあ、中々美味い酒だったな」
そう言いながら、ドッと思い酒壺を床に置く。
……平然としている。酔ってすらいない。そんなブラックに、ファザナさんのハーレムメス達もドンビキしたのか、みんな息を飲んで硬直していた。
人の恋人を化け物みたいな目で見るなとは思うが、正直俺もちょっと色々怖い。
大丈夫なのコレ。ブラックの体なんともなってないよな?
いや、そんな場合ではない。今はとにかく勝負の結果だ。
ブラックを凝視していて確認できなかったが、ファザナさんの方はどうなのか。酒壺は全て空になってしまっているのか。
恐る恐る振り返って確かめると、そこにはまだ二つの壺が残っていた。
「……か……勝った……! やった、ブラック勝ったぞ!!」
見てみろとファザナさんの酒壺を指さすと、ブラックは一ミリも酔ってない素面の顔で、ニヤリと勝ち誇った笑みを向けて来る。
「まあ、僕が負けるワケなかったけどね」
「わー居丈高!! まあでも今回はヨシ!」
危うくハゲどころか目を奪われるところだったし、今日は許そう。
許すから俺への「ごっこ要求」もやめてくれ。頼む。メス女給ごっこってなんだ。
ホッとした反面、自分自身に迫る危機に背筋をゾワゾワさせてしまったが、そんな俺達を見て、今までポカンとしていたらしいファザナさんがまた豪快に笑った。
「ガハハハハ!! なんだお前、酒壺すぐに空に出来るんならそう言えぇ! ったく、こりゃあ一本取られちまったなぁ。ケンカより即座に勝ち負けが分かるからって、酒の勝負なんてやるんじゃなかったぜ」
「お望みならもう一回やってもいいが?」
「オイオイ、おれを情けないオスにしてくれるなよ。メスどもの前で、恥なんざ掻きたくねぇよ。……負けちまったモンは仕方ねえ。お前達の言う事を……って、お前達は、何をおれに望んだんだっけ?」
聞いてなかったな、と頭を掻くファザナさんに、ハーレムのメスっ子たちは「もー!」と言わんばかりに逞しい膝や腕をぺちぺちと叩いたり、溜息を吐いて存分に呆れたりしている。傍目から見ると甲斐性なしに呆れる奥さんみたいだけど、そんな事を堂々と出来るくらい、彼女とメスっ子達は仲がいいんだろうなぁ。
……可愛い女の子を侍らせるファザナさんに、男としてちょっとジェラシーを感じてしまったが、俺も出来るなら彼女について来て貰える男になりたいものだ。
いや、俺の恋人男なんですけどね。
ってそんな事を考えている場合じゃ無かった。
せっかく勝ったんだから、こちらの要求を聞いて貰おう。
「あの……俺達、ネイリ山脈に関係する情報を集めたくてこの街に来たんです。山の事だけじゃなく、周辺に詳しい人に話を聞けるようにして貰えませんか?」
でっかいゲップを吐いてるブラックに言わせるのは酷なので、俺が代わりに言う。
するとファザナさんは「貴族みてえな口調だなぁ」と俺を不思議そうに見ながら、今の「お願い」に対してコクコクと頷いてくれた。
「そら、頼まれたら探すアテくらいはあるがよ……そんだけで良いのか? おれのトコのメス一匹くらい持ってっても良いんだぞ。そんくらいの要求じゃ、おれが望んだ対価と釣り合わねえしな」
えっ、そのハーレムの美女たちから一人こちらに……いやダメだってそれは。相手もファザナさんと別れるのは寂しいだろうし。てか、人を売買するみたいでヤだ。
正直女性に触れたい気持ちはマンマンだったが、今はそんな場合では……
「ハァ? 不用品押し付けるなよクソ猿。釣り合わないってんなら、もっと他に僕達が欲しがるモンがあるんじゃないのか」
あっ、こらブラック、メスっ子さん達になんて事を!!
さすがにその物言いは駄目だろと嗜めようとしたのだが、それを予知したかのようにブラックの腕が背後から肩を掴み、俺を横へ抱き寄せてしまう。
思わず言葉を飲み込んだ俺を余所に、ファザナさんは唸った。
「おれの選んだメスでは物足りないと? なんという贅沢者だお前は……。ウーム、では何が欲しいと言うんだ」
「ナイリ山脈や、カンバカラン領までの周辺の地図と地理だ。……ここに酒を卸しに来てるのに、知らないとは言わせないぞ」
何もかも把握しているように、ブラックが言う。
その強く冷静な言葉に――――ファザナさんは一気に破顔した。
「ガッハハハハ!! なるほど確かに、それはそうだな……なるほど、お前達は実に頭が良い方の種族らしいな。……よし、分かった。おれが全面的に協力してやろう」
何故か機嫌が良いファザナさんに、メスっ子さん達も不思議そうな顔だ。
でも、俺にはちょっとだけ彼女が笑った理由が分かる気がする。
……多分、ファザナさんは、地理に「価値」があると知っているブラックに対して、己と同じ“価値観”を持っていると感じ嬉しくなったんだろう。
何故そう思っているのかは分からないけど……話を聞けばわかるのかな?
「では……席を移動しようか。奥におれ専用の部屋があるんだ」
まずはそこで詳しい話をする。
そう言いながら体を起こしたファザナさんは、天井に頭が付かないように軽く背中を丸めながら歩き出す。
今更ながらに、こんな人と酒の早飲みをして勝ったってのが信じられないな。
「……ブラック、ホントに体は大丈夫なのか……?」
そう言うと、相手は嬉しそうに笑って俺の肩を抱きながら立ち上がった。
やっぱり全く酔った様子のない、いつものだらしない笑みを浮かべながら。
「僕は炎の曜術師だからね。……タネは後で教えてあげる」
とにかく移動しようか、と歩き出すブラックに、俺とクロウは顔を見合わせてハテなと首を捻ったのだった。
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