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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
ヘタと上手は紙一重2
しおりを挟む――――そうして詳しい解説を交えて全員で練り上げた「巨大な敵」の想像は、俺達のみならず【五候】の面々をも驚愕させるものだった。
体長は、城を二つタテに並べても足りないほどの大きさ。
そもそもヤドカリのようにいくつも有る岩石の脚自体が、普通の家より大きい。俺の認識だけど、家が横に三つ分くらいの太さで、高さは五階建てのビルくらいかもしれないのだ。そんなものが、何本もデカい浮島みたいな岩の体にくっついている。
……普通に考えれば、まあ絶句しても無理はないだろう。
というか、五候の人達はしてたな。絶句。
だけど、俺達三人の所見を合わせると、恐ろしいことに大きさ以外の「怖い部分」も浮き上がってきたのだ。
その一つが――――俺が“目”だと思っていた部分。
ヤケに赤い土の岩壁の上に【古都・アルカドア】の城を乗せたヤドカリみたいなモノは、その岩壁の前方中央部に緑光を二つ宿す洞窟を備えていた。
暗い洞窟に浮かぶそのドーナツっぽい形の光が見えたから、俺は相手を生き物のヤドカリとして認識したんだけど……ブラックのとある予測で、もはやそんな甘っちょろい考えは吹き飛ばされてしまったのだ。
「これ、もしかして大砲なんじゃないの?」
二つのドーナツ型の光。
確かにそれは、大砲の砲門……弾が出てくる場所に見えなくもない。というか、緑の光をビカビカ光らせているところからして、怪しい以外の何物でもなかった。
だが、ブラックの指摘はそれだけにとどまらない。
「洞窟がある部分と同じ層の部分にあるこの窓みたいな部分……これがもし、古代の城の残骸だとすれば、この窓の部分からも何か攻撃されるかもしれない。内部に曜術師が待機していれば、大砲よりずっと面倒くさいものが飛んでくるだろうな」
…………。
そういえば、黒い犬のクラウディアは【教導】という人族の何者かと共謀している。
この大陸に来られるほどの手練れの冒険者を何人も前後不覚にして操り、膨大な武器を使って城を曜術で攻撃させていたりもしたのだ。
きっと、まだ曜気をパンパンに籠めた武器を用意しているはず。
冒険者達の催眠状態もきっと解けてはいないだろう。だとすると、
……あの城の中にはケシスさん達がいるけど……あれから、どうなっただろう。
マハさんを助け出した時、ケシスさんが心配していた相棒のセブケットさんは「牢屋に残して行ってくれ」の一点張りで動いてくれなかったし、ケシスさんも同調して、城を離れようとはしなかった。
だから、あのまま別れてしまったんだけど……無事なんだろうか。
あそこには、牢の番をしていた“嵐天角狼族”の長の息子がいるだろうし、なにより得体のしれない【教導】と、ローブを目深に被った正体不明な二人の人物がいる。
あんなところに置いてきて不安しかないのだが、考えると不安になってくる。
ほかの冒険者達だって……ブラックはこの世界の人間らしく「何事も自己責任だ」と気にしてないようだけど、俺はどうしても心配になってしまう。
みんな、黒い犬のクラウディアの温情で無事だと良いんだけど……。
でも、それは“二角神熊族”の人達には関係のない話だ。
今まさに脅威が迫ってきているうえに、あんな奇妙なモノが動いたとなれば不安にもなってくるだろう。どんな強い人だって、得体のしれない存在は怖くなるか警戒するに決まっているんだから。
しかも相手は大砲を持ってるかもしれないし、側面の妙に綺麗だった白い壁と金の柱が等間隔に並ぶ窓からは曜術が出てくるかもしれないしで、もう本当に別の心配で胃が痛くなってくる。冒険者たちが操られて、無意味に獣人を傷つけたとあっては、もしかしたら今以上の大惨事になるかもしれない。
なんせ、俺達は【教導】達がどんな力を持っているかすら分かってないんだから。
………………。
戦の時は最悪の想像をしろと言われるけど、こんなのあり得るとも思いたくない。
ただただ、敵であるはずのクラウディアの善性に希望を託すしかなかった。
……それだけ【教導】ってヤツが得体のしれない相手で怖かったんだけど……。
………………話が逸れたな。
ともかく、ブラックの言うことはありえない話ではないのだ。
だからこそ、こんな風に重い空気が漂ってるんだしな……。
「…………我々が神獣の姿になったとして、抑えられるか?」
デハイアさんが呟くように問いかけると、マハさんの弟でありカンバカランの領主でもあるナラハさんが難しそうな唸り声を漏らし腕を組む。
「うーむ……これほどの巨体となると、どうにも難しいな……」
その声に、優しそうで上品なおばさまのラヴァーナ領主・トエティさんも頷く。
「五候の力をもってしても、足一本ずつかしらねえ……。それに、あの赤い砂漠の砂は鉱石が混じっているのでしょう? だとしたら、我々が破壊するのも難しいわ」
「しかも相手は、あの巨体で砂に沈むこともない……砂漠に生息しているモンスターのようには行かない……人族の術を撃ってこられたら……王都が危険……」
ぼそぼそと言うのは、肩に届くほどの髪を無造作に伸ばした、ナーランディカ領主の美男子・アシルさんだ。クロウ以上の眠そうな無表情で、前髪のせいで目が時折隠れがちだが、頭はしっかりと働いているようだった。
この王国の大事な食糧庫を守る分家筋のジャルバさん同様、彼も【財力】の家紋を持つ領主として、王都の損害の方に強い関心があるようだ。
そんな他の五候を冷静に見ているのが、ルードルドーナだが……彼は驚くほどに、落ち着き払っていた。まるで、この場の支配者みたいに。
そんな相手に気づいて思わず視線を向けたが、ルードルドーナは小さく息を吐くと、どこか面倒くさそうな雰囲気で目を一度逸らし、それから会話に割り入った。
「落ち着いてください。……相手は、かなりの鈍足のようだ。すくなくとも一日二日の猶予はあるでしょう。その間に、敵の偵察と対策を練ればいいのです。我々が一丸とならなければ、守れるものも守れなくなってしまいますよ」
「ルードルドーナどの……」
デハイアさんが、ルードルドーナを意外そうな声で呼ぶ。
その声に気付けるか気付けないか絶妙な薄さの微笑みを浮かべると、彼は五候達を見渡して、それからドービエル爺ちゃんの方を向いた。
「とはいえ、情報がかなり不足しています。引き続き昼夜を問わず偵察を行いつつ、敵に対抗する術を探った方がいいかもしれません」
「ほう?」
例えばどんなものだと目を向ける爺ちゃんに、ルードルドーナは淀みなく答えた。
「あの赤い砂漠や“骨食みの谷”で試しに攻撃を浴びせてみせるのです。そうすれば、相手が攻撃できるのか、こちらの攻撃が通るのか……そして、どんな存在なのかが明確に分かるはずです」
「うむ……」
「もちろん、我々がそうする事は相手も想定していることでしょう。ですから、どこまで手の内を見せて来るかは分かりません。しかし、その耐久度や何か弱点があるかということは、間近でなければわかりません。兵を送るのも一つの手だと思います」
確かに、遠い場所で相手の力を見れば王都に被害は出ない。
それにもし攻撃されれば、その攻撃の度合いによってこちらがどういう対策を取ればいいのかというのも分かるけど……。
しかし、その案を聞いた五候の人達は、あまり乗り気ではなさそうだった。
「……ルードルドーナどの、その場合の兵士の命はいかがする? 仮になにか強力な術でも放たれれば、彼らは誇りを示す間もなく死ぬことになる。それは、国としては正しいかもしれないが……彼らにとっては悲劇なのではないか?」
デハイアさんが真剣な表情でルードルドーナに言葉で詰め寄る。
そうだ、獣人達は基本的に一対一の戦いで命を決することを誇りにする。だから、今まで卑怯な手を使うヤツは忌み嫌われていたのだ。
それに……彼らは、かなり仲間意識が強い。
もし、兵士の誰か一人でも、調査や試し行為で無残に命を散らす可能性があるのだとしたら、当然異論は出てくるだろう。
それほどまでに、彼らは末端の兵士に至るまで仲間として認識しているのだ。
けれど……それでは、戦闘が成り立たないことも事実。
「……メイガナーダ候、これは国としての戦です。獣人としての誇りある戦いではありません。相手が非人道的な兵器を使うのであれば、こちらは無辜の民が死ぬことの無いよう、強者が“国を守る盾”として立たなければならないのですよ。それが、国と言う体制のサガです。……それは、あなたたちも理解しているでしょう」
領主として、それと似たような決断は下してきたはずだ。
ルードルドーナが言外でそう言うのを、他の領主達は黙って受け止める。
きっと、彼らも理解しているのだろう。
兵士を“つかう”ことでしかどうにも出来ないことだと。
――――だけど、獣人としてはそんな酷い死に方をさせる可能性があることを兵に命令するのは、我慢がならない。
口に出してはいないけど……みんな、そう思っているんだろう。
あまり他人の心が読めない俺ですら、彼らの思いは強く理解できた。
……やっぱり、クロウやドービエル爺ちゃんが生まれた一族だ。誰であろうが、仲間と思えば誰一人として無駄死にさせたくないと思ってしまう。
そんな優しい心を、彼らは捨てられない。
この熊の一族は、ずっとそういう一族として生きてきたんだろう。
だけど、それが時に仇となることは、爺ちゃんもクロウも痛いほど知っている。
ルードルドーナの冷静で大局を見る発言が正しいことも、理解しているのだ。それゆえか、ドービエル爺ちゃんは眉間にしわを寄せて苦悩するように一度目を閉じたが――――やがて、ゆっくりと開き息を吐いて告げた。
「……そうだな。国を、弱き同胞たちを守るためには、我々もまたあの巨大な動く土塊を敵として牙を剥かねばならない。例えその死が無駄になろうとも……」
「陛下!」
珍しく、アンノーネさんが非難するような声を上げる。
今までずっと難しそうな顔で我慢していたのに、意外だ。目を見開いて驚く俺の前で、ドービエル爺ちゃんとマハさん達奥さんは、沈んだ顔をしながら続けた。
「…………無駄死にとしても、この死は誇りなき死ではない。国の民を守ったという名誉が残る死だ。……だが、王都が陥落すればその死すら名誉にならぬ。我々が敵に負けてしまえば、この地に眠る者たちの墓すらも踏みにじられるのだ。そんなことは絶対にあってはならぬ。……だからこそ、これは……ルードルドーナの言うとおり“国を守る盾”として立たねばならないのだ」
わかってくれ、と言いたげに顔を上げて五候を見るドービエル爺ちゃんに、彼らは何とも言えない悲しそうな顔をして顔を伏せる。
理解していても、すぐには割り切れないのだろう。
きっと、大事な仲間を失う悲しみを彼らも知っているのだ。
だからこそこんなに無駄死にすることを嫌がっているのかもしれない。
「…………」
なんだか、俺達には口出しができないことになってしまったけど。
でも……本当に、何もできることはないのだろうか。
俺達なら、何かできるんじゃないのか。
だけど、どうすれば。そう思っていると――――
「キューッ! キュキュ、ギュッ……キュ、キュッ!」
「ろ、ロク!?」
俺のベストの内側からロクがにゅるっと這い出して、円座の中心にパタパタと降り立つ。突然のことに全員が驚く姿を見ながら、ロクは小さくてかわいいお手手で自分の胸らへんをポムッと叩きながら、頭を天井に向けて首をさらした。
「そ、尊竜様……?」
何をするのだろうか、と、カウルノスが問いかけた瞬間。
ロクは、彼らに見せつけるようにその口を開いて一筋の青い焔を噴き出した。
「ッ!?」
「こっ、これは炎!?」
小さいからだから出たとは思えない、ゴッという轟音を立てながら、ロクショウは青く綺麗な炎を数秒吐いて見せる。
だが何かを燃やすことはなく、すぐに口を閉じると、ドービエル爺ちゃんの方を見て再び自分の胸らへんをポンポンと叩いた。
これって……もしかして、ロク、おまえ……。
「ロクが、あのヤドカリと戦うって言ってるのか……?」
「キューッ!」
その通り、と、ロクは俺の方へ飛んでくる。
可愛くて小さいその体をキャッチすると、その場がにわかにざわついた。
「ちょっ、ちょっと待ってください、いくらなんでも尊竜様にそのようなこと……!」
「いやだが待て、尊竜様なら飛ぶことができるし万が一のことがあっても……」
「馬鹿者ッ、尊いお方を試しの兵にするなどお前たちは何を考えてるんだ!」
さまざまな反応で一気にざわつく会議室で、俺とブラックとクロウはどうしたものかと困ったような顔を見合わせる。
ロクがやりたいと言っているのは尊重したいけど……でも、この状況でロクを危険にさらすのは俺だっていやだ。それこそ、仲間だから無謀なことはさせたくない。
だけど、この状況で無事に帰還するだろうと思える存在がいるとすれば……それは、やはりロクショウしかいなかった。
「ぬ、ぬうぅ……待て、み、みな落ち着け!」
「ドービエル、一旦会議は終わらせよう。エスレーンにも占ってもらいたいし、この今の状況で何かを決めるのは流石にダメだ」
慌てて場を鎮めようとする爺ちゃんに、マハさんが待ったをかける。
その向こう側にいたエスレーンさんも、彼女と同じ意見なのかコクコクとかわいらしく頷きながら小さく手を挙げていた。
「そうよそうよ、もしかしたら【占術】で何かわかるかもしれないんだから~。みんなに一息いれさせて、それからまた会議しましょう。まだ時間はあるんだし」
かわいらしいとはいえ、流石は王妃だ。
その二人の言葉にようやくドービエル爺ちゃんは落ち着くと、息を吐いた。
「……そうだな、ひとまず休憩しよう。エチ……エスレーン、あとで頼む」
「うふふ、わかったわ」
爺ちゃんに頼まれて、エスレーンさんは嬉しそうに顔をほころばせる。
そんな母親の姿を見て、なぜかルードルドーナは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが……そんな彼の表情は、俺以外の誰も気にしていないようだった。
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