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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
55.誓う言葉は新たなる力
しおりを挟む目が、開く。
頭がぼうっとしていて、数秒自分が何をしているのか分からなかったが――すぐにハッと気が付き慌てて周囲を確認した。
そ、そうだ。今俺は戦場にいるんだ。
何が起こったか分からないけど、こんなことをしている場合じゃない。
気が付いて体を動かそうとしたが、その前に耳を破壊しそうなくらいの轟音が一気に飛び込んできて思わず耳を塞ぐ。そ、そうか、この音で気が付いたのか。
こんなの寝ていられるワケがないよな。
だけどこの状況はなんだ。
確か俺はクロウのそばにいて、このままじゃヤバいって焦ってたら急に誰かの声で「どうにかしたい? じゃあ呼んでみ?」みたいな事を言われて……それから意識が途切れたんだっけか。
その前に、確か……俺、とんでもない事を言っていたような。
なんか……ショーチの書とか【黒曜の使者】に忠誠を誓えとか……。
…………覚えてないけど、でも、クロウがそれを承認したとすると……。
「気が付いたか、ツカサ……っ」
「クロウ、アンタまさか……」
横顔に近付くように体を起こすと、相手は前を見ながら冷や汗を垂らし、それでも口に笑みを浮かべて少し牙を見せた。
「これで、名実ともに……オレは、お前達に並び立つ……っ、存在だ……!」
捻じ曲がった雄山羊の角を一対生やし、野性を思わせる長い髪を靡かせながら橙色の綺麗な光に包まれたクロウ。
だけど、その光は今までよりもずっと色が鮮やかで、夕陽みたいな強い色になっている。圧すら感じるほど濃密なその光を見て、俺は全てを理解した。
クロウは……俺の【黒曜の使者】に応えて【銹地の書】を受け取ったんだ。
そして、俺とブラックの横に“並び立つ”六番目のグリモアに成った。
――――今のクロウは、今までの何倍も強力な曜術を行使する曜術師。
名実ともに【銹地のグリモア】を名乗る、新たな俺の【支配者】になったんだ。
「――――……」
なんだか……いや、呆けている場合じゃない。
クロウにとって本当に良かったのかと考えそうになってしまったが、今はコレよりも良い方法なんてないだろう。
じゃあ俺に出来る事は何だとクロウが見ている方を向く。
と、そこには未だのっぴきならない状況が広がっていた。
「っ……すまん……っ、まだ、オレは【銹地】の力を上手くは……っ」
扱えていない、と、言いたいのか。
だがクロウはそれすら言う余裕がないのか、俺を支えていない方の腕で必死に術を保たせながら――――崩壊しようとするこの場所を両側から抑え込み、爆発させないように保ち続けていた。
【礪國の書】は、どうやら消滅しても術が残り続けるようだ。
くそっ、最後までなんて迷惑な魔導書なんだよ!
でも、俺が曜気をクロウに与えれば、なんとかなるかもしれない。
自分で曜術を使うのは止められているが、曜気を与えるくらいは大丈夫なはずだ。それに、今は四の五の言っていられない緊急事態なんだしな!
「クロウ、俺から曜気を――――」
「ぐっ……くそ、ぉ……っ!!」
下から吹き上げてくる強い緑色の光が強くなり、クロウが纏っている土の曜気の光を飲み込まんばかりの勢いで伸びてくる。
それと同時に、下からドクンドクンという心音のような嫌な音が聞こえた。
これは、ヤバい。
直感的にそう思い、音に遮られた言葉を伝えようとした――――と、同時。
「ぐあぁああ!!」
クロウの叫び声が聞こえて、周囲の光が強くなる。
――――間に合わない。
本能的にそれを感じて、正面を見た。それと……同時。
巨大なゴーレムのようになった砂漠の化身の腹を、
二つの強く巨大な緑光が、突き破った。
「――――――ッ!!」
音が、聞こえない。
いや違う、あまりにも爆発的な音のせいで鼓膜が膨張して詰まり、何の音も聞こえなくなってしまったんだ。しかし今は、そうなって良かったと心の底から思った。
何故なら、ゴーレムを打ち破った光が……
全てを防ぎきれず、王都の防壁を壊してその余力で軽々と王都の一部を瓦礫の山へと変貌させてしまったから。
「王都が!!」
音が聞こえないけど、でも目の前の光景は黙って見ていられるものじゃない。
クロウが作った砂のゴーレムのおかげで全てを焼き尽くすまでは行かなかったが、しかし俺から見た王都の右端は完全になぎ倒されている。
奥の方に広がっていた宮殿の一部も、あんなに鮮やかだったというのに今は残骸になっていて……もし、誰かが居たら……命は、なかっただろう。
大地すら抉るほどの光の放射は、そう思わせるほど強力で、背筋が凍った。
――――王都の人達や貴族が居る区域は、左。
王宮の人達も、今ここで戦っていた兵士達も避難させている。被害は無い。
そうは思うけど、心臓がバクバクして止まらないんだ。
さっきの心音みたいなデカい音なんて比じゃない。人が本当に死んでいたかも知れないと思うと、こんなに暑いのに冷や汗と動悸が止まらなかった。
「まだだ!! 崩れた城を礫の嵐にしようとしている!!」
砂のゴーレムが崩されたことで術から解放されたクロウが、俺を抱えたままその場を離れるかのように高く跳ぶ。
強く体を下に引くような重力と抵抗を抜け、一気に上空へ舞い上がった。
遥か下に見える「城だったもの」は、俺達が脱出した瞬間全てが崩れて小石が寄り集まった歪な石の柱のように積み上がる。
緑色の光も既に消えているが――――今度は、行き場が無くなった土の曜気が、瓦礫に宿ったかのように次々に浮き始めて渦を形成し始めた。
あれが、礫の嵐。
ちょっと待て。あんな小さな山ほどあるデカい嵐が出来上がったら、今度こそ王都もこの場所も全部巻き込まれてメチャクチャになっちまう……!!
「うおおおおおおおおお!!」
最悪の事態に息を呑んだ俺の頭上で、クロウが咆哮のような大声を上げた。
再び俺達を強い夕陽色の光が包み込む。と、同時――体から、実体のない何かが引っ張られるような感じがした。これは曜気を吸い取られているのか。
だけど、今はそんなのどうでも良い。持って行けるだけもってけ!
クロウが守ろうと必死になっているなら、俺はその手助けを全力でやるだけだ。
「いけええええクロウ――――!!」
「――――――――!!」
クロウの瞳が強い夕陽色に染まり、捻じ曲がった角が内側から強く発光する。
その光が極限にまで達した刹那。
砂漠に響き渡るほどの咆哮を轟かせたクロウは――――
砂漠の砂から、茜色の雷を纏い閃かせる二角の巨大な熊を召喚した。
「ガァ゛ア゛ア゛ア゛アアアア!!」
人の声とも獣の絶叫ともつかない、喉を壊さんばかりの音。
口を限界まで開いて牙を剥き出しにする創造主の願いに応えるように、砂の獣は纏った雷がバチバチと鋭い破裂音を鳴らすたび砂を取り込んで巨大になる。
だが、そして砂の獣が巨大になっていくにつれ、クロウの体には雷に打たれた傷のようにヒビのようなアザが浮かび始め、幾つも体に浮かんだ青筋がじわじわと切れて血が流れ始めていた。
「クロウ!!」
呼びかけるが、術の制御で精一杯なのかクロウは俺の声にも応えない。
白目を剥き、光の柱の中で何としてでも嵐を防ごうとして叫び続けていた。
「ッ……!!」
巨大な砂雷の獣が、ついに嵐として成長し始めている瓦礫に肉薄する。
周囲の砂を吸い同程度の大きさまで膨れ上がった獣は、ついに広がろうとしていた嵐を捕えて両側から腕でがっしりと囲った。
――クロウは、砂の獣で嵐を包み込み、その曜気の支配権を奪う気なんだ。
だったら、俺に出来る事は一つしかない。
空中に浮かんだままのクロウに抱えられたままで自分の腕を見て、そこに転んだ時に出来た擦り傷を見つけ……そこを、思い切り噛んだ。血が流れ出るほどに強く。
ッ……痛い、けど……怯んでいる暇なんてない。
俺はその腕を血管と皮膚が破れたクロウの肌に合わせるようにして、相手の太い手首を掴んだ。口を塞ぐ手段が使えない以上、こうするしかなかったんだ。
どうか。
頼むからどうか、俺の血がクロウの助けになりますように。
どうかあの全てを滅ぼそうとする嵐を、クロウが止められますように……――!
そう強く願い、クロウの手首を強く握りしめた。
すると――――
「っ、え……!? なに、この光……っ」
キラキラとした黄金の光の粒子が、俺を中心に舞っている。
“大地の気”だとは分かっているけど、でも今までの出方と違った。
まるで夕陽色の光の柱に拡散するように、俺とクロウを中心にしてスパンコールのように細かな光の粒が螺旋状に広がり始めたのだ。
こんな“大地の気”の広がり方、みたことない。
いつもは、人に与えるとその人自身が金色の光に包まれて、自己治癒能力が高くなったりしたのに。……なのに今は……クロウの力に、光が広がってる……?
「グア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛アア!!」
黄金の光の粒が完全に俺達を包んだ。
それを待っていたかのようにクロウが一際大きく声を上げ、
砂雷の獣が、嵐すら凌駕するほどの巨体へと一気に進化して
その体で礫の塊となった城の残骸を飲み込んだ。
「――――――!!」
ガラガラと断末魔のような音を立てて礫の嵐が砂に圧倒される。
金属すら比べ物にならないほどの絶対的な硬さを持った砂の獣は、そのまま前へと倒れこみ、城の残骸を一気に砂に飲み込んで――――そのまま、地面に同化する。
バチバチと激しい音を立てていた茜色の雷は、獣が砂地に倒れこんだ瞬間に放電するかのように空へとその雷を伸ばしたが……やがて、それも消えた。
と、急に浮遊感が失われ体が落下し始める。
まっ、マズい、これはクロウが気力を失ったんじゃ……っ。
「ゥッ、ぐ……っ! 【銹地】よ、我が血に応えろ……【トーラス】……ッ!!」
ぎゅるりと砂が回転し捻じれ、俺達が落ちる前に細く伸びた柱を作る。
クロウはそこに上手く着地すると、荒い息を漏らして膝をついた。
「クロウ、大丈夫か!?」
「ッ、は……ハァッ、は……はぁっ……ツカサ、の……おかげで、なんとか……っ」
どうやら俺が血を与えたことで、少しは役に立ったらしい。
なんとか息を整えて貰おうと背中をさすりつつ、俺は周囲を確かめる。
…………敵は……というか、敵の悪あがきは完全に沈黙したらしい。
一応俺の目で曜気を“視て”みたが、既にすべては流動してしまったのか、何かの意志を持って留まっているような曜気の塊は見受けられなかった。
という事は……クロウが、全ての支配権を奪って曜気を解放してくれたのか。
左右の端に分けられた戦場を見ても、もうゴーレムの姿は無い。
ただ、腰を抜かしたり失神している兵士や、尻尾を丸めて縮こまっているビジ族と緑狼達がいるだけで、戦っている人達も戦意を失ったようだった。
よかった……こんな状況になれば、もう戦おうとする人もいないだろう。
けど……そうなると、王都の状況が気になってくる。
「…………誰も、いないはずだけど……」
口の中で小さく呟いて王都を見るが、やはり見て気持ちのいいものではない。
活気に溢れて綺麗だったオアシスの都が、今は見る影もない。
半分は残っているとはいえ、その姿は無残の一言だった。
……みんなが仲良く暮らしていた、ただそれだけの平和な街だったのに……。
………………。
これだけの損害を受けて、すぐに立ち直るというのも難しいだろう。それに、こんな状況を狙って戦いを仕掛けてくる悪人も出てくるかもしれない。
いや、悪人と言うか……この状況を上手く使うことは、獣人にとって卑怯な事では無いのかもしれないが……それでも、そんなの我慢ならない。
…………アクティーが必死になって防ごうとしたことを、俺達は叶えてやれたんだろうか。こんな……何も知らない住民たちが見たら、嘆かずにはいられない、クロウだって悔やむかもしれない結果になって。
やっぱり、俺が何かをすべきだったんじゃないだろうか。
二人が悲しんだり怒ったりする姿を見るのは嫌だったから、ギリギリまで自分の力を使うことはしなかったけど。でも、使った方が良かったんじゃないのか?
無傷で戦うなんて難しい事だと分かってるけど。
でも……。
「……ツカ、サ……」
「っ……クロウ、大丈夫か!?」
呼びかけられて、慌てながら振り向く。
すると、何故かクロウは汗だくの顔を少し微笑ませて俺を見ていた。
こんな結果になってしまったのに、どうして笑っているんだろう。
目を瞬かせると、クロウは俺が何を考えているのか理解していたようで、微笑んだまま、後ろから俺の頭を撫でた。
「…………オレ達なら……出来る。……あの時の……トランクルの村での、ことを、覚えているだろう……?」
忘れるはずがない。
だってあの時クロウは煉瓦を自在に操って……――――
「まさか、この状態で……? いや待てよ、お前さっきあんなに力を使ったのに、またあんな巨大な術を使うつもりかよ! それは……」
「出来る。……ツカサがこうして、手を握ってくれていたら……」
光る橙色の瞳が、俺を見つめる。
その姿はいつものクロウの姿ではなく、獣の王のように見えた。
こんなに疲労して、おびただしい量の汗もかいているのに、それでもクロウの顔は自信に満ち溢れている。
……どうして、今のこの状況でそんな表情をしていられるんだろうか。
そう考えて、俺は心の中で首を振った。
――――うん。そうじゃない。違うよな。
今が珍しく自信満々なんじゃなくて、元々クロウはこういうヤツだったんだ。
我慢や遠慮を捨てて、素直な感情を剥き出しにした姿。
自分の力を信じて、ちょっと強引だけど俺を励まし引っ張ってくれる……そんな、今の姿が……本当の、本来のアンタの姿なんだよな。
だって、そうでなければグリモアが俺達の所に現れるわけが無かったんだから。
――――土のグリモア【銹地の書】が司るのは、【乱暴】という感情の力。
根が優しく強くても、時に乱れ暴れるクロウの感情は一筋縄では理解できない。
こちらにすら牙を剥いて、時に怪我を負わせることだってある。
だけど、今まで押さえつけても決して消えなかったその感情の強さが、クロウの力を……全てを振り切って自由になったクロウの姿を、連れてきてくれた。
この目の前にいるクロウが、ほんとのクロウなんだよ。きっと。
……いつも無表情で、言葉が少なくて、雰囲気だけで表しがちで。
俺は、ずっとそういうクロウの事を見て来たけど。
それでも、俺は…………今の、好き勝手に感情を出すアンタの方が、好きだよ。
無口でも強引でも感情が剥き出しになっても良い。
どの姿を気まぐれに、自分勝手に見せてきたって、今のクロウが良いと思う。
そうして“乱暴に感情を振り回す”クロウが、俺には楽しそうに見えるから。
だからさ。
アンタの自信が、そう言わせるなら……――――
「うん。忘れるわけないよ。あの時凄かったもんな」
「ム……そ、そうか?」
ほら、自信満々なくせして、すぐにいつもみたいに照れてモゴモゴと口を動かす。
どこまで行ったって、やっぱりクロウは俺の知っているクロウなんだもんな。
「だから……信じる。アンタなら、この王都を元通りにしてくれるって」
手首を軽く握り直すと、そんな俺の手を優しく外し、クロウは血が流れる俺の手首に顔を近付けて血を舐めとる。
ざらりとした獣っぽい舌が敏感な肌を這いまわって、俺は思わず体を緊張させてしまったが、クロウはそんな俺を見て嬉しそうな悪戯っぽい笑みを浮かべると、再び俺の体を抱いて手を握りしめてきた。
指を絡めてくるクロウの手は、俺よりも大きい。
カサついてて、汗でじっとりしていて、指の骨が太くて握り返すのも苦労する。
だけど今はクロウが望む通りに握り返してやり、俺は顔を見上げて笑った。
「ツカサ……好きだ。愛しているぞ」
「っ……! いっ、今言う事じゃない……っ」
唐突にとんでもない事を言い出したクロウに、俺は思わず顔を背ける。
が、クロウは魔王モードだと口が滑りまくるようで。
「今言う事だぞ。なぜならオレは今すごくツカサを抱きしめて睦言を言いながら、食事と交尾をしたい気持ちでいっぱいだからな」
「ギャーッ!! もういいもういいやめやめ俺は下で見物してますうう!!」
「ムッ、逃がさんぞ。さあツカサ、オレにその柔肉の体を密着させてくれ。興奮したら、より強い術が出るかもしれん」
「こんな状況でそんなこと言うなあああああ!!」
今からとんでもない事を周囲に見せつけるのに、なんでアンタは先に俺にとんでもない下ネタ発言を言い散らかしてるんだよ!!
そんな「言葉の乱暴」は許してないと睨むが、クロウは嬉しそうにニマニマと表情を緩めたまま、俺を見つめて頬や額にキスを何度も落としてくる。
ムキムキの腕に囚われていてどうすることも出来ず、ぐぬぬと顔を歪めるが、それすらクロウにとっては何故か喜ばしい事らしい。
その感情の高揚を示すかのように再び強い橙色の光を身に纏うクロウは、俺の顔を嬉しそうに見つめたまま、牙を見せて微笑んだ。
「これからもずっと、よろしく頼むぞ。ツカサ」
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