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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
32.離れていても「ずっと一緒」(終)
しおりを挟む根無し草の鼠人族に見送られ、王都【アーカディア】に戻ってきた俺達は、そのまま旅の支度を終えて明日には港の方へ立つ算段になっていた。
ラトテップさんの墓参りも終わって、アンノーネさんやカーラさん、街の兵士の人達にお別れもしたし、クロウの労いに来てくれた“三王”のチャラ牛王こと【海征神牛王】のマインジャック、三つ目の狼である【天眼魔狼族】の王ヴァーディフヴァ爺ちゃん、そして【磊命神獅王】のバーゼルことゼルさんにも、おちょくられながら挨拶をした。
それに……クラウディアちゃんとアクティーのお墓を建てることもやったんだ。
王族の人に許しを貰って、二人のお墓はハーレムの緑豊かな場所に作った。
ここなら、誰にも文句を言われることは無い。
ドービエル爺ちゃんやカウルノスが王で居てくれる限り、このお墓の事を大事にして守ってくれるだろう。……出来れば、ルードルドーナにも守って欲しい。
クロウに酷い事をしたと言っても、ジャルバさんに洗脳されてた所が大きいし……何より、彼の母親であるエスレーンさんのことを思うとやりきれない。
クロウも「許す」と言ってくれてるんだから、俺達が許さない道理はないだろう。
まあ、俺がボコボコにされた事に関してはブラックもクロウも……あと何故かカウルノスとおに……デハイアさんが激怒していたが、俺の事はどうでもいい。
つーか宥めるのに苦労するから言わなきゃよかった。
……って、そんなことはどうでもよくて。
とにかく色んな人に挨拶をしたんだが、唯一、シーバさんとだけは連絡がつかなかった。どうも、ずっと外に居て何やら任務を遂行中らしい。
でも、クロウは「いずれまた会えるだろう」と言っていたから、代わりの挨拶を頼んでおいた。あの「ザンス」が聞けないのは寂しいけど、また会えるんだもんな。
ともかく、俺達は挨拶を終えて、出立ギリギリまで復興の手伝いをしたり、炊き出しをしたり――別れを惜しむ暇もないくらいに、忙しく過ごした。
……いや、別に、王宮に居ても良かったんだけどさ。
でも……なんか、ずっとボケーっとしてるのも居た堪れなくて。
だから、正直鼠人族の里から帰ってきた後は、クロウと話す暇もあんまりなかったんだけど……今の今になって、何故か俺達は二人きりで王宮の中庭にいた。
…………あれ、なんでだっけ。
ブラックがドービエル爺ちゃんに呼び出されて、そんでヒマだから庭園に出て来たんだったかな……まあ、そこはどうでもいいか。
それにしても、こうして緑あふれる庭で過ごすのは随分久しぶりな気がする。
砂漠と荒野の国だけど……色んな人の頑張りで、この王宮と王都は今でも緑豊かな場所になってるんだよな。
かつてこの大陸に存在していたもう一つの王国の古代技術と、それを完璧に復元して、この大陸を緑豊かな土地にしようとしていた考古学者。
その遺志を継ぐ人達がいるから、今俺はこうして南国の活き活きとした植物を眺めることが出来ているんだろう。そう思うと、なんだか目の前の緑が途方もない宝物のように思えて、思わず手を伸ばしてしまった。
うーん、おっきな葉っぱだ。ツルツルしてて元気だな。
「ツカサは本当に植物が好きだな。あちらの世界でもそうやって愛でているのか」
「あ、いや……アッチでは普通かなぁ。……道端に咲いてる花とかには時々オッってなるけど、こんな風に喜んで触ったりはしないかも」
田舎なら別だけど、今だと道端の花なんて少なくなちゃったし、民家に咲いてる花を愛でたりするのも何か問題になりそうで、スルーしちゃうもんな。
別に植物が嫌いなわけじゃないんだけど、考えてみれば触れる機会が無かった。
けど、こっちの世界の植物は珍しいし面白いし……なによりファンタジーだからな。
そのせいで、ついつい興味が湧いてきてしまうんだ。
…………というような事を説明すると、クロウはクスリと笑った。
「こちらの植物だけか。ツカサもオレの母上のようだな。何にでも興味を持つくせに、結局母上は古代の遺物と有用な植物にしか目が行かなかった」
「それは~……国のためクロウのためを考えてだろ?」
「まあ、そうだな。だが……久しぶりに昔の事を素直に思い出せて、オレは嬉しい」
「わっ……」
後ろから、抱き締められる。
涼しく調整された場所とはいえ、やっぱり日差しの下で抱きしめられると熱い。
だけど俺が拒否する間もなく、クロウはそのまま俺を抱え上げると、ベンチにどっかと座ってしまった。……また膝の上か……。
もういい加減慣れるべきなのかと諦観の念を抱いていると、クロウは俺の体をくるっと反転させて自分の方へと向き直らせた。
ちょ、ちょっとこの体勢は……恥ずかしいんだが……。
「ツカサ……可愛いな……」
「っ!? な、なにいきなり……っ」
「愛しい……やっぱり触れずにはおれん、ツカサと居ると、愛したくてたまらなくなる。たくさん抱きしめて、口付け……キスをして、隅々まで舐めてやりたくなる」
「ばっ、バカ、明るいうちからそんな変な事言うなよ!」
「愛の言葉は変なことではあるまい」
いや、その、そうだけど……っ。
でも言い方ってもんがあるでしょうが!
つーか前半は良いけど後半、後半の台詞全部おかしいから!!
「も、もうちょっと人前で言える言葉使ってよ……っ」
愛してるとか、そんな事を言うな……とは、言えない。
俺だって、クロウのことを大事に思ってるし……それを言って「そんなことを言うな」と言われたら正直ちょっと悲しくなるかもしれない。だから、嬉しそうに恋人みたいな睦言を言うクロウには困るけど、なにも言えなくなるんだ。
けど、TPOってあるじゃん。時と場所と場合によって言葉も変えるべきじゃんか。
ブラックもそうだけど、何でこうアンタらオッサンは全部素直に言い過ぎるんだよ。俺だってそんな事、恋人が出来たら言ってやろうなんて思わなかったぞ。
それともなにか、オッサンになるとみんなこういう考えに至るのか。
恋人を舐め回すとか、さすがに俺が言うと変態すぎてドンビキされるんだが。
クロウは、その……やっぱり……顔がいい、せいで……ドンビキっていうより、俺の方が居た堪れなくなるって言うか……ああもう、とにかくそんなこと言うなっての!
頼むからさ、と、呟くが、しかしクロウは嬉しそうに俺を見上げて笑うだけだ。
「ブラックの許しが有れば肉棒を突きいれて壊れるまで犯したいと思っているんだが、それは人前で言って良いのか」
「さっきより格段にアウトだよ!! 絶対言うなっ!!」
「そうか、よく解らんがあうとか。あうと……」
あっ、またこんにゃろ熊耳をショボンと伏せやがって。
そ、そんな分かりやすい見え透いたポーズに、俺が引っかかると思っているのか。
今回ばかりは絶対に乗らないぞ。乗ってやんないからな!!
「ヌゥ……ツカサ……」
「っ……!」
クロウの髪の毛が、目に見えてざわつく。
その様子を見て瞠目した俺の前で、普段からモサモサしている髪が一気に長さと毛量を増し、髪紐が自然に解ける。
それだけでなく……クロウの肌には、紋様が浮かび始めた。
肩や肘は黒い菱形の金属に覆われ、熊耳の後ろからは……捻じ曲がった雄山羊の角のような一対の異物が抜け出てきた。きっと、俺を抱きしめている両手からは妙な生え方をした黒い爪が浮き出ているだろう。
“魔王モード”のクロウだ。
でも、いつもと違ってその姿になっても、クロウは興奮しないままだった。
それどころか……俺を上目遣いで見て、ぴるぴると耳を動かしてくる。
ぐっ……ううっ……や、やめろ……! そんな目で俺を見るんじゃないっ!
「ツカサ……オレはツカサをいっぱい愛したいぞ……。それは言ってはダメなのか? 甘えるのはダメか……?」
「う゛ーっ、そ、そんなこと誰も言ってないじゃないかっ!」
「じゃあ……撫でてくれるか……? ツカサに撫でて甘やかしてほしいぞ……」
「ぐううう」
だーもーっ、こんなオッサンのくせに毎回毎回きゃるるんって甘えて熊耳の威力を如何なく発揮してきやがってくそうチクショウ、なんで俺はオッサンに対してキュンキュンしちゃってるんだよ。相手は熊耳なかったらモサくてセクハラ発言しまくってるだけの顔が良い褐色オッサンなのにぃいい。
ああもう、でもそんなこと言ったって、俺の性分ってのはもうどうしようもなくて。
「ツカサ……」
「ううう……も、もう、とにかく人前で恥ずかしいこと言ったらダメなんだからな……! ソレやったら、マジで暫く撫でないからな!?」
「んんん……ツカサ……つかしゃの撫では天下一品だ……」
ええいもう蕩けた声を出すんじゃない。
って言うか俺も簡単に折れて頭とか角を撫でるんじゃないよ。
くそう、なんでこう俺ってヤツは可愛いモノと獣人に弱いんだ。
でも可愛いって、ぎゅっとしたいって思っちゃうんだから仕方ないだろ。
それに……魔王モードのクロウって……いつも以上に、なんか「ケモノ」って感じがして……怒ってる時じゃなかったら、なんか可愛さに拍車がかかるっていうか……。
いや、オッサン相手にそんなことを思う自分がおかしいのは解るんだけど、でもさ、なんか……どうしようもなく、喜ばせてやりたくなっちゃうんだよ。
それって、可愛いって感情とは別なのかな。
この気持ちも、反射的に撫でちゃうのも、ロクショウやペコリア達に向ける「可愛い」とは別の感情でやっちゃってる事なんだろうか。
クロウの「つかしゃ」っていう、でろでろになった呼び方に心臓がぎゅうっとなるのも、俺の中で……クロウが「特別」だからなのかな……。
「…………も、もう……しばらく会えないんだから……あんまり甘え癖つけるなよ」
考えているうちに何だか恥ずかしくなって、そんな憎まれ口を叩いてしまう。
だけどクロウは嬉しそうに笑って、薄らと牙を見せた。
「大丈夫だ。オレのこの姿を愛でてくれるのも、オレを心底甘やかしてくれるのも……ツカサだけだからな。……ツカサのおかげで、この魔王の姿も愛せそうだ」
「な……なに、それ……」
言葉が、出てこない。
なんだか顔が余計に熱くなった気がして目を逸らすと、クロウが俺の後頭部を抑え強引に自分の方へと視線を向かせてきた。
「……ツカサ。いつか……この姿の事もお前に話したい。……また長く下らない話になるとは思うが……聞いてくれるか?」
笑っているけど……どこか、切なそうな表情。
そんな顔をされて否定できるヤツなんて居ないと思う。少なくとも、散々ほだされてきた俺には、否なんて言えるはずも無かった。
「うん。嫌だっつってもムリヤリ聞いてやるよ。……だって俺は、クロウとずっと一緒に居るって、ワガママ言っちゃったんだから」
そう言うと、クロウはすぐに満面の笑みを浮かべて俺の頬にキスをしてきた。
う……ま、まあ、人もいないから……まあ、いいか……。
「再会する時の楽しみが一つ増えた。……ツカサ、愛してるぞ」
「……うん」
俺には、同じ言葉は返せない。
だけどクロウはそれを理解していて、それでもこうして気持ちを伝えてくれる。
いや、クロウ自身がそうしたいと思ってくれているんだろう。
……俺は、不誠実でワガママな約束をしてしまったけど。それでも……出来る限りクロウの気持ちを大事に考えてやりたい。
いや、は、恥ずかしい事はやめてほしいけど……。
それでも……何があったって、クロウが大事な事に変わりは無いから。
「この姿も愛して貰えるように、いっぱい見せられるように鍛練するぞ」
「えっ、あ……」
そ、それはちょっと……困るかも……。
だって、魔王姿のクロウってなんか……今みたいに直球で甘えられたら、拒否できる気がしないんだもんよ。
最初はあんなに怖かったはずなのに、なんでこうなっちゃったんだろう。
まあ、でも……いいか。
クロウが不安な気持ちや溜め込んでいた苦しさを一つずつ吐き出して、こんな風に笑えるようになるんなら……俺が困るくらいは、些細な事なのかもしれない。
昨日の晩泣き明かした可哀相なクロウより、今を楽しんでいるクロウでいてくれた方が、俺は何倍も嬉しい。だから、ずっと笑っていてくれるなら……あざとく甘えてくる中年だって、広い懐で受け入れてやろうと思う。
とはいえ、節度は大事だけどな!
「ツカサ、もっと撫でてほしいぞ。髪ももふもふして良いんだぞ?」
「はいはい! ったくもう……おっきな赤ちゃん熊だこと」
だぞだぞ言う甘えん坊なでっかいオッサン熊を撫でて、俺は苦笑する。
……優しくて、頭が良くて、民思いの王様のように誇り高いクロウクルワッハ。
いつかきっと、そんな話が獣人の間に広がるかも知れない。
でも俺の前でのクロウはずっと、こんな風に甘えん坊なんだろう。
そう思うと、嬉しいようなむず痒いような……不思議な気持ちになった。
「ツカサ……【グリモア】としても、ずっと一緒だぞ」
「……うん」
頭を撫でているので、クロウの顔は良く見えない。
でもきっと、クロウは声と同じように嬉しそうな顔をしているんだろう。
なんの保証もないのにそう確信できることが、俺も嬉しかった。
――――――そして、出発の時が来る。
でも、俺もクロウも、もう何も寂しくは無かった。
だって、必ずまた再会して、「ずっと一緒」に居られるからな!
……だから、待っているから、早く追いついて来てくれよ。
なっ、クロウ。
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