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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
5.一人にしてはダメなやつ
しおりを挟むよし、いくぞっ。
気合いを入れた俺は、ブラックがマントを脱ごうと背を向ける瞬間を見計らった。そこに一気に飛び込めば、多少なりともブラックがびっくりして、今までの考え事も少し吹っ飛ぶんじゃないかと思ったのだ。
まあ俺流サプライズってヤツだな。
考え込むのも体に悪いし、少し一息ついて貰おうと思ったんだよ。
だから、一人用のベッドの上に飛び込んで、思い切り音を立ててやる算段だったのだが。
「ツカサくぅうんっ!!」
「うぶっ!!」
穴から抜け出た瞬間、何故か背を向けていたはずのブラックに掴まれたのだ。
なっ、な、なんでっ。
アンタ今完全に背中を向けてたじゃないかっ、しかもマントをコート掛けに掛けようとしていた所だったのに、なんで俺の事キャッチ出来んの!?
ベッドからコート掛けまで、1メートル以上は離れてたのに……っ。
「えっ。ツカサ君なんで青ざめてるの」
「お前のワケわからん察知能力と素早さに怯えてんだよ俺は」
「んも~、ツカサ君たらまた意地張っちゃって。素直に『恋人の僕に抱きしめられて思わずキュンとしちゃいました!』って言えばいいのに~」
「思っとらんわいそんなこと!」
ビックリしたと言ってるのが聞こえないのかこのヒゲモジャ男は。
やめなさいと赤髭が目立つようになった顔を手で押しのけると、ブラックはようやく自分がどんな風体をしているのか気付いたのか、器用に俺を片手で抱っこしたまま己の顔を撫で回し始めた。
「わっ……ご、ごめんねツカサ君、こんな顔で……」
俺を藁詰めのベッドに優しく降ろし、ブラックは両手で鼻の下を隠す。
どうも今の自分の姿を恥ずかしがっているらしい。
けど……俺からすれば、モッサリと髭を蓄えたブラックは、いつもの無精髭の姿よりもキチンとした中年っぽくて……これはこれでまあ、アリというか……。
……ご、ゴホン。
ともかく、普通ならいつもの中途半端な無精髭姿の方を恥ずかしがるのではと思うんだが、ブラックからするとこっちの方がイヤっぽい。
フサフサになった赤髭のブラックなんて、前に何度も見てるんだけどな。
それに、き……キスとか、しちゃってるし……。そん時も、何も気にならなかったから別に……いや、それもそれでヤバいのかも知れないけど!
は、話が逸れたな。
俺の所感は置いとくにしても、今のブラックは別におかしくないぞ。
むしろヒゲモサってオッサン感が強くなって、歴戦の戦士っぽくなるのに。
なんだか変な所で気にしいだなと思いつつ、俺はブラックの申し訳なさそうな言葉に頭を振った。
「俺は気にしてないぞ。つーか、前にもそういう感じでヒゲモサになった時あったし、今更じゃんか。それに……その……髭がモッサリしてても、格好悪くないし……」
そういうと、ブラックは菫色の瞳を潤ませて髭の中に埋もれた口をもごつかせる。と、思った瞬間、大きな体が一気に飛びついてきた。
あまりの衝撃と質量に耐え切れず、俺は思わずベッドに倒れこむ。
しかしブラックは俺の事なんて気にもせず、赤髭を蓄えたままの顔で遠慮もなく頬擦りしてきた。ひ、ひいい、チクチクはしないがコレはコレでくすぐったくて困るうう。
思わずやめろと肩を掴むが、やっぱりデカいオッサンの体は中々押し返せない。
そんな俺を心配してか、パタパタとロクショウが飛んでくる。
「キュ~」
「あわわわ、ろ、ロクぅっ、助けてえええ」
「キュー! ゥキュッ、キュッ、キュゥウッ」
ロクは俺を哀れに思ったのか、依然としてヒゲをなすりつけるブラックの背中に乗ると、小さくて可愛いお手手でブラックの頭をぺちぺちと叩き始める。
「だめだよっ!」と一生懸命止めようとしてくれているのだが、そんな天使のように優しいぺちぺちではこのオッサンは止められない。
く、くそう、こうなったら別の話題を振ってこの頬擦りをやめて貰おう。
このままだとロクちゃんの可愛いお手手が疲れ果ててしまう。
「ぶっ、ブラックっ、宿代っ! 二人になったんだからお金払いに行かないと!!」
「え~? 大丈夫だよぉ、どうせ後から金を積めばいいんだから。一人部屋で二人分の金額せしめるんだからアッチも万々歳でしょ」
「おーまーえーなー! そういうルール破りはやめろって! つーかここドコ!?」
いくらこの世界でのルールがゆるゆるだとしても、一人部屋を二人で使ったら宿の人も困るかも知れないだろ。こういう素泊まりのボロ……いや、お安めな木賃宿でも、そういう事はちゃんとしておかないと。
でなきゃ、いつ足元を掬われるか分かんないんだから。
そんな事を力説しながら必死に顔を引き剥がすと、顔中モジャついたブラックは髭をモサモサ動かしながら頬を膨らませた。
「んもーツカサ君たら本当細かいんだから……」
「当たり前のことだっての! ……で、ここってどこだよ」
この調子で気を逸らそうと思い問いかけると、ブラックは「んー」と気の抜けたような声を漏らしながら、しぶしぶ上体を起こした。
「もうライクネスには入ったけど、目的地の【モンペルク】まであと少しって所かな。ここは、街道沿いの小さな村だよ。……まあでも、宿の親父に金を払いに行っても結局は二人で一人部屋を使わなきゃいけなかったと思うけどね」
「え……なんで?」
街道沿いの村の宿ならば、わりと大きいだろうし二人部屋もあるはずだ。
なのにどうしてそんな事になるんだろう。
ワケが分からなくて瞬きをすると、ブラックは少し不貞腐れたような顔をして、髭で覆われた顔をぽりぽりと掻いた。
「そりゃ……例の国主卿の大移動があったからねえ。……基本的に国王級の存在が移動する時は、護衛や兵士も大勢引き連れての移動になるんだよ。もちろん、その時は宿に泊まらせるし、迷惑料って事で金も多めに宿に渡してる。だから、そういう金目当てで先に“旅人・冒険者本日お断り”って宿が出て来ちゃうんだよね」
「あ~……。つまり、宿が欲目を出して俺達みたいなのを締め出しちゃうから、俺達が泊まれる宿の部屋が限られてしまうと……」
何だか聞いた事のあるような話だが、こっちの世界でもそんな事があるんだな。
観光ツアーの客狙いで個人客を入れなくなったホテルの話に似てるかも。
まあ、こっちは数日の辛抱だけど……それでも宿を求めてきた旅人からすれば、急に旅程が狂うのは堪ったもんじゃないだろう。
太客狙いは商売として理解できるところも有るが、でもそれで宿に泊まれなくなるのは凄く不便で仕方ないよなあ……。
しかし、宿の方針に文句を言っても仕方ないし……国主卿の行脚と被ったのが運の尽きってことなんだろうか。
「ちなみに、護衛や兵士達はそれぞれ一つ前と一つ先の街や村に行って、護衛する対象に不穏な動きを見せるヤツが居ないか監視する役目もあるから、旅をしている奴はひとつ前の宿に戻って二三日逗留しない限り、ずっと部屋不足に悩まされる事になるだろうねえ」
「い、イヤすぎる……。でも俺達は追いつかなきゃいけないから仕方ないか」
「まあ、明日には【モンペルク】に到着できるだろうし……その街なら宿はたくさんあると思うから心配いらないと思うよ。件の国主卿はそこで二日滞在するらしいから、宿を取って会いに行っても余裕で間に合うさ」
そっか。
俺達も、明日には目的地に辿り着くんだな。
…………でも、やっぱりちょっと追いつくのが早すぎやしないだろうか。
いくらアコール卿国が小さくて、ライクネス王国と接してる国だと言っても、街から街へ移動するのには結構な時間が必要なはずだ。
キュウマが「二日経過した」と言ってたけど……その間、どのくらいの速度で走って来たんだろうか。いくら藍鉄が協力してくれたとはいっても、そんなかなり速い速度で走ってたら、二人とも疲れたんじゃないのか。
なんか心配になってきた……ブラック達も藍鉄も無理してないよな。
いや、無理してるんじゃないのか?
だって……よく見たら、ブラックの顔は何か血色が悪くなってるし。髭で隠れた顔も、実はちょっとやつれてるんじゃないんだろうか。
うーん……怪しい。
これは聞いて見なければと思い、俺はブラックを凝視して問いかけてみた。
「なあブラック……もしかして、この二日間ほぼ一日中藍鉄に乗ってたのか?」
「う……」
俺の言葉に、ぎくりと肩を動かすブラック。
だがすぐに顔を背けて、ベッドから立ち上がった。
「さ、さぁ~て、ツカサ君のためにヒゲでも剃ろうかなぁ~。久しぶりに剃刀を使うから、手元が狂っちゃいそうで怖いな~」
「こらブラック、話を逸らさない!! ったくお前ってやつは……だからそんなにヒゲもボーボーでちょっとやつれてんだな!? さては食事も適当だったんだろ!」
「あっ、藍鉄君やロクショウ君にはちゃんとご飯あげたよ!?」
「それは当然だ! つーかアンタもちゃんと一日二食食べるのが当然なんだよ!」
俺の怒りの説教に、ブラックはいつもの余裕綽々な態度はどこへやらで、身を縮ませて「ふえ~ん」と泣き真似するような声を出している。
この分だと、食事は本当に最低限の物しか食べていなかったようだな。
オイ、なに自ら不摂生しちゃってんの!
二日間ほぼ無言だったとキュウマが言ってたけど、コトはそれ以上に深刻だったらしい。……今までは、旅慣れたブラックの事だから、一人きりの間も何だかんだ上手くやっていると思っていたのだが……どうやら認識を改めないといけないようだ。
考え事をしている時のブラックは、一人にしてはいけない。
ただでさえ肉肉って偏食気味なのに、更に偏食が加速するじゃないか。
「ふぇ……ツカサ君怒ってる……?」
涙目で俺を恐る恐る見上げてくる、大人らしくないブラック。
本当に叱られた子供のようで、ちょっと怒りが揺らいでしまったが……それでも、俺は怒らねばなるまい。オッサンになってからの不摂生はホントに心配なんだからな。
俺の父さんだって、ご飯食べ過ぎて糖尿一歩手前とか言われたんだ。
ブラックも、いくら屈強だろうが病気にならないなんて事は無いだろう。むしろ運動量が多いからこそ、一食抜いたせいで一気にガタガタに……ってこともある。
だからこそ、気を付けて貰いたいんだ。
そんなことをくどくど説教してやりたかったんだけど。
でも……なんか、いざ言うとなると恥ずかしくなってしまって。
結局、単純な事しか言えなかった。
「……今日からちゃんと食べろ。いっぱい水分とって、肉も野菜もパンもちゃんと食べないと体壊すんだからな! わかった!?」
「キューっ!?」
「は、はいぃ……」
俺とロクショウの勢いに、ブラックはタジタジで頷く。
普段は俺の事なんて手玉に取るような奴なのに、こういう時は弱いんだよな。
ったく……。
そんな風に大人しく説教されるくらい悪いと思ってるなら、ちゃんと普段から食べてくれよ。悩むのは解るけど……アンタが弱ったり苦しんだりする姿なんて、俺は見たくないよ。
だから、せめて食事くらいちゃんとしてくれよ、頼むからさ。
ホントに……一人の時に病気になってからじゃ遅いんだから。
「……やっぱり、急いで帰ってきて良かった……」
「え、なに? ツカサ君なんか言った?」
「な……なんでもない! ほら、ヒゲ剃って何か食べに行くぞ! あと宿屋の親父さんに二人分になりましたってお金を払いに行かないと」
だから早く支度しろと促すと、ブラックは俺に「もう怒って無い?」と叱られた犬のような顔で上目遣いを見せてくる。
そんな情けない大人に何故か胸がギュッとなりつつも、俺は何度も軽く頭を動かして「怒って無い」と肯定してやった。
……べ、別に上目遣いされたから許したんじゃないぞ。
メシをロクに食ってないなら早く食べた方が良いと思ったから、すぐに許してやっただけなんだからな……って、俺は誰に言い訳をしてるんだろうか。
「髭を剃ってくる」と慌てながら部屋を出て行ったブラックの背中を見つめながら、俺は勝手に熱くなる自分の顔をぺしぺしと叩いて、熱を冷ましたのだった。
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