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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
6.冒険者としての感覚1
しおりを挟む数分待ち、いつものだらしない無精髭姿になったブラックを確認した俺は、すぐに宿の店主に二名一室になったことを報告した。
古めかしい木造の素泊まり宿とはいえ、こういうことにはシビアな宿もある。という訳で、最悪追い出されるんじゃないかと心配だったのだが……以外にも店主の細身な親父さんは「宿が無くて大変でしょう」と正規の二人分の金額で納得してくれたのだ。
頬がこけていて少々体調が心配になる風体の親父さんだったが、支払い時に雑談したところによると、その顔の原因はここ最近の「国主卿行脚」でバタついたせいらしい。
それもあって、急に増えた客だと言うのに、親父さんは俺に同情こそすれ怒りはしなかったようだ。
……なんでも、国主卿が街道を通る時期になってから、どこの宿場町も「行脚」によって宿からあぶれた客を受け入れるためにてんてこまいになっていたらしい。
親父さんが言うには「いやぁ、それでなくとも最近ライクネスの北方に良い観光地が出来たって話じゃないか。それを聞きつけて、客が増えてねえ……。そこにアコールの国主卿様がやってきたもんで、集落の客の収容人数が限界を越えちまったんだよ」との事で……。
そりゃ泊まれないお客さんも出てくるよ。
だから、そのお客さんをどうにか泊めてあげようと調整するために、部屋や空いた宿を割り振ったりクレーム処理したりで、ヘロヘロになってしまったのだそうだ。
傍目から見てもめちゃくちゃ気の毒過ぎる。
たぶん、俺が思う何倍も大変だったんだろうな……思わず労ってあげたくなるほどのやつれ具合だったが、それを実行する前に俺はブラックに引っ張られ、外へと連れ出されてしまった。
どうも俺が親父さんに同情しているのが気に入らなかったらしい。
いやそこで嫉妬するなよ、普通の事だろそれは……。年長者を大事にしろ。
まあでも、厩舎の方に寄って久しぶりに藍鉄に会えたのでよしとする。
……そう。ブラックは嫉妬ついでに連れ出したものの行き場が思いつかなかったのか、苦し紛れに「じゃあ藍鉄君の所にいく……?」とのたまったのだ。
これぞ怪我の功名。
ブラックの様子は相変わらずおかしかったけど、でもそれを指摘したらブラックが更に慌てるような気がしたので、敢えて気付かないふりをして俺はその提案に遠慮なく甘えることにした。
……たぶん、一人で考える時間が長すぎて、まだ調子を取り戻せてないんだろう。改めて二日も留守にしてしまったことに申し訳なさを感じるが、そこを長々と突いてもブラックにだって都合が悪いだろうしな。
こういう時は知らぬふりをするのも必要だろう。
男ってのは、情けない所を仲間に見られたくないものなのだ。
それに……こ、恋人……にも……な。
だから、俺はブラックに余計な事は言いたくない。
今はそっとしておいてやった方がいい。俺はいつも通り、藍鉄とロクを愛でよう。
……ってなワケで、俺は宿場共同の厩舎にやってきたのだが。
「藍鉄~! ロクと一緒にブラックに協力してくれてありがとな、よーしよしよし今から体を洗ってブラッシングしてやるからな~!」
「ヒヒーンッ! ブルルルッ」
人気のないヤケに頑丈な厩舎の中、ポツンと個室に入っている藍鉄は人が来た事がよほど嬉しいのか、足で床の藁を踏み踏みしながら鬣を振り回す。
頭から生えたユニーコンのような角や尻尾もブンブンで大盤振る舞いだ。
うう、よっぽど寂しかったんだなあ、藍鉄……。
【争馬種】のようなモンスター色が濃い騎獣は、普通の馬……ヒポカム達が怯えるので、特別に壊れにくい厩舎に案内されるのだと言う。
特に藍鉄のような【争馬種】は、捕まえにくさから簡単には契約できないらしいので、お仲間が居なくても不思議はないが……しかし広い厩舎に一頭は寂しかろう。
よしよしと頬を撫でると、藍鉄は自分からもすり寄ってくる。
ううっ、一人にしてごめんなあ、今からロクと一緒にお世話するからな~!
「二日間走りまくりで疲れただろ? 綺麗にしてやるからな」
「キュー!」
ロクも「お手伝いする!」とやる気満々だ。
ブラックだけは「やれやれ」と言った感じだったけど、まあ気にはすまい。
さっそく水桶や布なども持ってくると、俺は藍鉄のお手入れを始めた。
ふっふっふ、前に作った藍鉄専用のブラシがうなるぜ。頭から蹄までちゃんと綺麗にしてやるからなと首筋を撫でると、藍鉄は嬉しそうに嘶いてくれた。
久しぶりに触る藍鉄の肌はしっとりしていて温かく、しかししっかりと筋肉がついている。流石は野生のモンスターだ。人にお世話をされていてもムキムキなのだ。
そんな馬肌を丁寧に洗い、鬣もしっかりとブラシで梳かしてやる。うーむ。お世話をしていると、なんか人族の大陸に戻って来たって実感するなぁ。
なんかこう……必死ぶりに穏やかな気分だ……。
これでペコリアやザクロちゃんもいてくれたら最高だが、さすがに宿場町ではポンとお呼びできないのが残念だな。
ああ、ペコリア達と何日会ってないんだろう俺は……。
獣人大陸は暑くて毛がモフモフのペコちゃん達には過酷だし、王宮で出すと可愛さのあまり獣人達に食べられちゃいそうだったから、誰も召喚できなかったんだよな。
だから本当はイデラゴエリの高原で召喚したかったんだけど、あそこもどっからどこまでが牧草だったのか分からなかったので、泣く泣く我慢してたんだ。
でっかいミツバチのザクロちゃんはともかく、藍鉄もペコリアも美味しい牧草を食むからな。あそこで意外と食いしん坊なペコリアを出したら、草をいっぱいムシャムシャされてしまっていただろうし……。
なんせ、ブランド肉を育てているところだ。
ヘタに草を食べてマズい事になったらヤバかったから仕方ない。
……しかし、ライクネスなら藍鉄もペコリアも一緒に旅ができるはずだ。
ロクも喜ぶし、目的地である【モンペルク】に到着したらみんなを呼びたい。
でも【モンペルク】ってどんな街なんだろう。守護獣は出していいのかな。街によってはダメだったりするから、どうなるか分かんないよな。
また会えなかったらどうしよう。
トランクルまで行けば、カンランを育てるために借りてる家もあるし、村の人達も寛容だから【守護獣】パーティーしても許してくれそうだけど……こっからじゃ遠いんだよなぁ。一度様子を見に行きたいけど、今は色々立て込んでるし……。
「ブルルッ?」
「ん? ああ、みんなでご飯食べたいなって思ってたんだよ~。よしよし」
俺が考え込んでいるのに気が付いたのか、藍鉄がつぶらな瞳をぱちぱちさせて首を傾げる。鼻筋が通った凛々しい青毛馬だというのに、俺に向けてくれるその仕草は果てしなく可愛い。藍鉄は馬界の愛されプリンスに違いないな。
思わず頬が緩んでしまいつつ、お手入れ完了と言うように軽くタッチすると、藍鉄は気持ちが良かったのかお礼を言うかのように嘶いてくれた。
「終わったぁ? じゃあご飯行こう」
ゆらりとブラックが立ち上がり、こちらへ近付いてくる。
よっぽど退屈だったのか気の抜けた顔をしているけど……やっぱり、何だかいつもと違って少し疲れた感じだ。その様子を見て、俺は再び心配になってしまった。
いや、だってさ、普段のブラックなら、俺が藍鉄を構い倒している時に、早く終われと横やりの文句を投げて来たはずなんだぞ。
それなのに、素直に終わるのを待ってるだけなんて……。
うーん……元気のないブラックを見ると無意識に焦っちまうな。
別になんてことなくて、すぐ治る気の病なのかもしれないけど。それでも、今目の前で弱っているような姿を見せられると、何とか元気に出来ないかと考えてしまう。
ブラックの元気がない原因を知っているからこそ、強くそう思うのだ。
……過去の【グリモア】のことは、今の自分達には関係が無い。
そうは思っても、欲望や衝動を糧にする“災厄の本”を身の内に宿している限りは、いつ暴走して望まない事をするか分からないのだ。
どれほど理性的であっても、正義の心を持っていても……【グリモア】の主である限り、いつかは【黒曜の使者】に狂って、その命を貪り尽くしてしまうかもしれない。
――……今がどうであれ、先の事は分からないんだ。
ブラックもそう思っているからこそ、無言で考え続けたんだろう。
でも、そもそもの話、そんな風に悩ませたのは俺が存在しているからだ。
【黒曜の使者】さえ現れなければ、ブラックがこんな面倒な悩みを抱えて弱ってしまう事態にもならなかっただろう。
そう思うからこそ……申し訳なくて、何とかしなきゃって思っちまうんだ。
俺を大事に思ってくれているからこそ悩んでいるって、理解しているから。
「ツカサ君?」
「あ、ああ。メシ行こうか。……でも、あの宿屋には酒場なんてなかったよな?」
「村の中央広場のところに一件あるらしいよ。まあここはライクネスだし、味には期待できなさそうだけど……とりあえず何かお腹に入れよう」
「期待できなさそうってお前なあ……」
元気が無くても直球で失礼なブラックに苦笑してしまうが、しかし否定はできない。
なにせここは大陸でもトップクラスにメシがマズい国なのだ。
自然豊かで実りも多い常春の国なのに、どうしてこんなにご飯が美味しくないのかの理由が未だに分からないが、それでも依然としてメシマズ国家なのである。
失礼になるので決して人前では言わないが、ともかく旅人にはつらい事実だ。
……でも別に“味覚が質素な食事に特化してる”ってワケでもなさそうなのに、マジでどうして普段の食事がヤバめなんだろう……。
段々と思い出してきたライクネス王国の特徴にちょっと青ざめつつ、俺達は藍鉄に別れを告げて厩舎を出る。
と、辺りは既に日も落ちていて、明るさは残るものの薄暗い景色に変わっていた。
宿の入口には、ぽつぽつと明かりが灯り始めている。
そんな光景を見つめていると、ブラックがボソボソと言いながら頭を掻いた。
「ホントはツカサ君の手料理が食べたいんだけど、こんなロクな食事も出ない所で作って貰ったら他のオスどもが嗅ぎつけてくるし……だから、今日は我慢する」
「嗅ぎつけてくるって、それは無いだろ……まあでも、俺も久しぶりにライクネスのメシを食べたかったから丁度いいな!」
そう言うと、ブラックは俺を見て顔をいつもの嫌そうな表情に歪めた。
「えぇ~? あんなクソマズ飯を食べたいなんて、ツカサ君どうかしてるよぉ……」
「いやいや、久しぶりに食べたら美味しくなってるかも知れないし、ここのメシだけは特別美味しいってことも有るかも知れないだろ?!」
「ありえないよそんなの」
「だ、断定……いやしかし、冒険者なら試してみるのもまた大事だろ」
なんたって「冒険者」なんだから、好奇心あらば進むのみではないのか。
拳を振るいながらそう力説すると、ブラックは「何それ」と苦笑する。
む……。やっと、少しだけ元気になったみたいだな。
この調子で、いつものやかましいブラックに戻ってくれればいいんだけど。
…………いや、本当なら、大人らしく振る舞う方が良いんだけどな。
でも、元気がないブラックより、いつもの大人げないブラックでいてくれる方が、俺には心地がいい。ソッチの方が素なんだって、もう嫌ってほど解ってるからな。
だから……ゆっくりでもいいから、元気を出してほしい。
何にも言わなくても、俺は傍にいるから。
そんな事を密かに思いながら、俺はブラック達と酒場に向かったのだった。
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