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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
食えないヤツと頂けない話2
「なあブラック、どういうこと……?」
よく解らなくてブラックの服の袖を引くと、相手は俺が「まだこちらの常識を全て把握していない異世界人」だと思い出したのか、ハッとした顔をしてこちらに向き直った。
「ツカサ君はモンスターの最高位である“竜”は知ってるよね?」
「うん。それは何度か説明して貰ったからな」
「人型のモンスターってのは、強い能力を持っているなら竜の次に位置するくらいの存在でね……人型は、まず警戒すべき対象とも言われているんだ」
「えっ……」
なにその情報。
だけど、考えてみると今まで人型のモンスターなんて出てこなかったな。
俺が知っているのは、ゴーレムとかの人形というか……そういう類くらいだろうか。モンスターと似通う造形の魔族や禽竜族は厳密にはモンスターじゃなかったし、半分は血族である獣人族ですら、モンスターとは別種の扱いだった。
区別は知能が有るか無いか……ってなワケじゃないよな。
それなら、竜人に変化した時の可愛くて格好いい天才ちゃんのロクショウだって、ブラックは「ヒト」だと認識したろうし。
たぶん、この異世界では「ヒト」と「モンスター」を明確に区別するような何かがあるんだろうな。だから、獣人や魔族はモンスターと別の扱いなんだ。
でも、人型のモンスターって、珍しい存在なんだろうか……?
ブラックは「強力なら竜の次に強い」と言ってるけど、ヒトと似たような姿のヤツなら普通にそこらへんの草原に潜んでたりもするんだよな……?
どういう事なんだろうとちょっと混乱していると、ブラックは俺の疑問を察してくれたのか、回答するかのような続きを話してくれた。
「もちろん、ヒトに似たような姿の二足歩行のモンスターは居るけど……そういうのは、四足歩行を併用してたり知能が著しく低かったりするんだ。こういうのは分かりやすく低級だ。まあ、そこらの低級より強くはあるけど……ともかく、危険視するほどじゃない」
「でも……強いヤツがいるんだよな? 常時二足歩行……の?」
「うん。それが、今話題にしてる“厄介なヤツ”なんだよ」
そう言うと、ブラックは景気付けするかのようにグッと酒を煽り、再び俺を見た。
微かに漂ってくる酒精が強い酒の香りに少し眩暈がしたが、小さく頭を振って、俺はブラックを見上げる。座っていても顔が遠い相手の瞳は、菫色に潤んでいた。
「普通、モンスターは明確な目的意識を持たない。……まあ、階級が上がるにつれて知能を獲得して狡賢く強くなっていくけど……基本的に、そういうモンスターは首都や王都に近付く事が出来ないくらい防衛策が成されているし、人族と大々的に争っても得が無いと本能で知っているから、滅多に人の多い場所には来ないんだ」
「人型のモンスターが出るのは、主に王都から離れた場所だったりするね」
ギーノスコーの追加情報に、ブラックは素直に頷く。
真剣な話だから相手を嫌う暇もないのだろう。
それだけ重要な話なんだろうな……俺もしっかり覚えておかないと。
「じゃあそのマジの二足歩行モンスターの気配がする……ってこと?」
「コイツが言ってる事はそう。……だが、それは本来なら在り得ない事だ。ツカサ君に説明したけど、この街は常時“魔除け”が発動している。そんな場所に人知れず身を潜められるモンスターがいるとすれば、高い知能を持っている奴しかいない。それに、魔素が少ないこの街では大人しくしていられないはずだ。……本来なら、数刻で人を襲ったっておかしくない」
酒が入っているというのに微塵も酔った様子のないブラックの真剣な言葉に、情報を追加するが如くギーノスコーが言葉を続けた。
「人型モンスターでも、ランクが6以上……街を壊滅させるほどの存在は滅多に観測されないけど、それでもヒトには脅威だからね。ソレ以下でも充分虐殺紛いのことは起こるだろう。モンスターというのは、欲望だけで理性が存在しない生き物だ。そんなモノが知恵を付けたら……恐らくは、理性と誇りを失った獣人族のようになる」
「ひぇ……」
理性と誇りが無い獣人族って……そんなの想像するだけで恐ろしい。
クロウやドービエル爺ちゃん達は元がモンスターだが、そもそもが「聖獣」と言う優しい生物から生まれた存在だ。しかも、彼らには教えを与える人がいた。
その教え……誇りを大事にしているからこそ、獣人は人たり得るのだ。
……クロウ達も、似たようなことを言っていた。
だからこそ、人型のモンスターという存在を考えると……恐ろしい。
クロウのような優しさは無く、知能が高く狡賢い残忍な生物。
「ヒトと似て非なる残忍な生物」なんて、俺の世界でも見た事が無い。
お猿さんですら親子の情や仲間意識は持っているのに、本当にちょっとの良心も持っていないんだろうか。いや、持っていないから、ブラックもあんなに血相を変えて「本当か」と聞き返したんだろうな。
ブラックが驚くほどなんだから、本当にヤバい存在なんだろう。
しかし……本来なら街に入ることも出来ないヤツがどうしてこんな所に。
「あの……ギーノスコー、マジで人型っぽいヤツなの……? こんな守りが固い所に居るはずがないんだろ?」
「そうなんだよねえ。だから小生も不思議に思っているのさ。……それに、小生達は二日ほど前から滞在しているんだけど、その間、雰囲気があっても奇妙な事件などは起こっていないし……」
不思議そうに腕を組むギーノスコーに、ブラックは片眉を上げて不機嫌そうに顔を歪めた。どうやら「コイツのカンは本当か?」と疑い始めたらしい。
だけど、抜け目なさは失っていないようで、いつの間にか空になっていた素焼きのジョッキに酒瓶を傾けながらギーノスコーを睨んだ。
「何か確証はないのか」
「それを掴めなくて困っているから、君達に話したのさ。さすがに『気配がした!』だけでは警備兵も動かないし、冒険者や傭兵のギルドも動きようがないからねえ」
「…………与太話分の食事には足りない気がするんだが?」
「うーん、仕方ないなあ……二人とも、これを見ておくれよ」
そう言って渋々取り出したのは、トランプのダイヤ型をした綺麗な水晶のネックレス――――いや、違う。これは鎖が輪っかになっていない。懐中時計のように、水晶をぶら下げる形をした何かの装飾具のようなものだった。
アレかな、尾井川とかシベが話してた“ダウジング”で使うモノに似てるな。
鎖で吊るした水晶を手から降ろして、ヒトの「電磁波を感じ取る力」なんかで水脈探索とか占いを行うっていうのが“ダウジング”なんだよな。
オカルトな話の中でも怖くなかったから覚えてるぞ。
だけどこの水晶は、触れてもいないのに中心の方がチカチカ光っている。
ピンクっぽい紫色の光が、充電切れ前のスマホのランプみたいに明滅してるな。
「これは……」
「まだ試作品だけど、小生のように付加術すら使えない者のために作られた曜具……【モンスター索敵装置】だよ。強いモンスターが周辺にいれば光るんだ」
「不良品じゃないのか?」
「これまで何度も助けて貰ったんだから、そんなことはないさ。しかし今回に限って光り方が何だか妙でね。本来なら全体が強く発効するんだが……今は、こんな風に中の部分でしか明滅していないんだ。明滅の頻度は敵との距離を示すのだが……こんなに“近くにいるぞ”と頻繁に明滅しているのに、探し出せないんだよ」
壊れていない事は、街の外で確かめた。
そう言うギーノスコーに、俺達は顔を見合わせる。
この曜具が壊れていないとすれば……じゃあ、本当にどういう事なのだろう。
考えている間に、ブラックがいくつかの可能性を提示した。
「例えば剥製なんかだと、モンスターの魔素が残っている事もある。ランクが高い奴の剥製であればあるほど残留した魔素は高いだろう。それに……可能性は低いが、【守護獣】にしたてのモンスターに反応する可能性もあるんじゃないか。……ソイツが人型ほどの強力な反応を示すかは未知数だが」
お、お前、短時間にそこまで……。
ぐう、やっぱり頭が良いと、即座に色んな可能性を考えられるんだな。
経験豊富ってのや博識なのもあるけど、やっぱりブラックは地頭がいいんだろう。俺の世界の話も、すぐに色々理解しちゃうしな……。
…………べ、別に、そういうとこ格好いいとか思ってないんだからな。
思わず顔を背けてしまう俺を余所に、ギーノスコーは小難しげに唸った。
「そうだね。コレは試作品だし、なきにしもあらずって所だと思う。近いとはいえ、街の中という事だけしか分からない距離でもあるからね。だが……それでも、被害が予想されるなら不安にもなるだろう?」
「……結局、僕達にどうしてほしいんだよお前は」
このままだと話題が堂々巡りになることを予測したのか、ブラックは深い深い溜息を吐いて、ギーノスコーに忌々しいと言いたげな声を漏らした。
これ以上の情報が無いが、それでも見逃すわけにはいかない可能性なのだ。
冒険者としてギルドに所属しているうえに、【世界協定】のシアンさんとも懇意にしている身として、やっぱり見て見ぬフリは出来なかったんだろう。
ここで無視したら、被害が出てシアンさんが悲しむかもしれないもんな。
……何だかんだ、ブラックはシアンさんの事を大事に思っているのだ。
なんか、ちょっと嬉しい。
「どうしてほしい……うむ……そうだね、やはりそういう話になってしまうか。……なら一つ取引はどうかな? このままだと、無駄に走らせる可能性もあるからねえ」
「取引……?」
聞き返すブラックに、ギーノスコーはテーブルに肘をつき手を組んだ。
「小生は、この街で犯人の捜索をする間、安心が欲しい。……そこで、君達には街に何らかの違和感がないか探って欲しいんだ。その正体が何であれ、発見したとしても君達が戦う必要はない。……もしかしたら……この反応こそが、犯人に繋がる証拠かも知れないからね」
「それは、どういう意味だ」
ギーノスコーのいつになく真面目な表情に、ブラックは静かに返す。
だが、相手はこちらに目を向けず水晶の反応を見たままで緩く首を振った。
「すまないが、今は詳しい事を話せない。……だが、小生が調査を終えるまで事件が起こらなかったら、金貨五枚とこの試作品の予備を贈ろう。……試作品ではあるが、名のある曜術師が作ったものだ。出す所に出せば報酬以上の価値はあるだろう」
「…………」
正直、お金や報酬に関してはどうでもいい。
俺達は金に困っていない……と言えば嘘になるが、それでもギルドに仕事はあるのだ。堅実に働けば路銀くらいは稼ぐことが出来る。
それに、俺だって少しはデキる薬師だもんな。回復薬を調合すれば済む話だ。
でも……だからって、この話を即座に断る事なんて出来ない。
ギーノスコーが何を言えないのかは分からないけど、こんな風に俺達に頼み込んでくるってことは……多分、他の人には言えない理由があるに違いない。
常々ワケわからん人だとは思っているけど、ここまで真面目に頼み込まれたら……いやでも、ブラックはどうだろう。
いくらシアンさんが悲しむとはいえ、ブラックはこういう事に慎重なヤツだ。
断ることも十分に考えられたが……ブラックは、切り分けた肉を一切れ摘まんで口に放り込むと、咀嚼もそこそこに飲み込んで喉を鳴らした。
「……わかった。今回は特別に受ける。こっちも、不安要素があるなら早めに潰しておきたいからな。……だが、お前と慣れ合うわけじゃないぞ。こっちはこっちでやらせて貰う」
「ありがたい……! いや、受けてくれるだけで重畳というものだ、君達はあくまでも普通に街を散策してくれ。……小生はこの宿に逗留しているので、何かあったら遠慮なく訪ねてくれたまえ」
懐からペンと名刺サイズの紙片を取り出し、さらさらと宿の名前を書くと、それを俺達に手渡してギーノスコーはそそくさと食堂から出て行ってしまった。
……最初に話しかけてきた時とはえらい違うアッサリな退場だな。
でも、ずっと追ってきた犯人と遂に肉薄するってなったら、ああいう飄々とした人でもやっぱり緊張したり気合いが入ってしまうのかも知れないな。
なにせ、盗まれた“論文”ってのは密命が発生するほどのモノらしいし……。
…………今更だけど、これって受けて大丈夫な依頼だったのかな。
なんか変な事に巻き込まれてない?
不安になって来たぞ。
「ブラック、今のギーノスコーの依頼……受けて良かったのか?」
問いかけると、相手は小難しげに顔を顰めながら口をへの字に曲げる。
「どうだろうね。……本当は受けたく無かったけど、不穏な要素を野放しにするのも危険かも知れないからねえ……。まあでも、アイツの杞憂かも知れないし、【索敵】が使えない街の中じゃ、不具合のある曜具でも信用せざるを得ないから」
「やっぱり半分くらいはギーノスコーの取り越し苦労だと思ってるのか」
「あんな胡散臭い奴の話を一から十まで信じるのはツカサ君くらいじゃないかなあ」
おいコラ、俺をバカにしてんだろこの!
俺だってギーノスコーくらい怪しい人間ならちゃんと疑うぞ!
人をそんなすぐ詐欺に引っかかりそうなタイプみたいに言わないでくれます!?
抗議の意を込めてブラックを睨むと、相手は小難しい顔のまま俺をじっと見つめていたが――――やがて、ふっと苦笑するように表情を緩めた。
なっ、なんだよいきなり。
「人の顔がそんなに面白いかコラ」
「違うよぉ。もー、ホント……ツカサ君って可愛いなぁって思って」
「ハァ!? かっ、可愛くないですし!?」
だからなんでお前はそう俺をプリティー枠に収めたがるんだ。
俺は男なの、格好イイの部類に入るヤツなの!
あっ、いや、もしかしてコレはアレか。
主人公よりも格上の大人が言う「その攻撃は全く自分に効いてないけど、攻撃してくるその青さが可愛い」っていう上から目線と強者の余裕から来るイヤミか。
どっちにしてもイラッとするな。
もう肉切り分けてやらんぞ。
「ふふ……そうやって分かりやすく怒っちゃうのも可愛い……。あ~もうっ、ほんっとツカサ君ってば僕の心をすぐ癒しちゃうんだからぁ」
「ぐわーっ、こんなとこで抱き着くなあっ!!」
何が癒しだ何が。
ていうか人がいっぱいいる食堂でイチャつこうとするんじゃない。
ついに酒が回って来たかと必死に引き剥がそうとするが、ブラックは俺に懐くようにすり寄って来て離れてくれない。
周囲は楽しい会話に集中している人達ばかりで、俺達の一悶着に気付いている人はいないように見えるけど。で、でも、いつチラ見されるか分からないじゃんか。
例えそういう関係でも、公共の施設ではイチャつかないもんだろ!
俺はバカップルにだけはなりたくないぞ、自ら陰キャを傷付ける悪の存在になってたまるかああああ。
「んも~、ツカサ君たらホント意地っ張りなんだからぁ。でも、そうやって抵抗してくれる所がまたこ、興奮しちゃうんだよねぇっへっへ」
「語尾を気色の悪い笑い方にするな!」
だから何でそうアンタは変態オヤジみたいになるんだよ。
さっきまで格好よく真面目な顔をしてたじゃないの。あの真面目なイケオジはどこに行ったんだよ。いやまあ常時アレだと俺も困るんだけどさあ。
「うぇっへっへ、邪魔者もようやく消えた事だし……今度こそデートの続きをしようねえツカサく~ん!」
「俺もう帰りたくなってきたんだけど……」
「ダメだよぉ、ツカサ君が好きそうな場所に連れて行くって言ったじゃない」
「……そういやそんな事を言ってたな。結局どこなの?」
てっきり俺は大鐘楼の事だと思っていたんだが、どうやら違うようだ。
なら、他にもこの街には見どころがあるって事か。
どこへ連れて行くつもりだったのだろうかと考えていると、ブラックは俺を強引に抱き寄せながら、ボソボソと耳元で囁いた。
「それは……到着してからのお楽しみ……」
語尾にハートマークが付いてそうな、浮ついた声。
だけど耳に直接熱い息がかかるのに耐え切れなくて、俺はついびくりと反応してしまった。う、うう、こんなことくらいで驚くなんて情けない。
でも仕方ないじゃないか、やっぱり耳に息を吹きかけられるのは慣れないんだよ。
それに、ブラックの声も……。
「楽しみにしててね、ツカサ君」
わざとらしく吹きかけられる、低くて渋い大人の低い声。
さっきまでの緊張感とは違う感覚に体を硬直させる俺に、ブラックはニヤニヤした顔を隠しもしていなかった。
→
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