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迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編
13.夜の大河に一息を吐く
しおりを挟むファムさんと話をした後、俺達は夜になる前に宿に帰ることにした。
色々と不安な事はあったけど……でも今出来ることと言えば、ファムさんがあの謎モンスターを解析し終わるまで待つことだけだ。
解析のお手伝いといっても専門的過ぎて俺達にはお手上げだし、そうなるとここはお任せするしかない。
リオルには一応、出立するまでの見守りをお願いしているが……正直な所、俺達としては早く謎のモンスターの正体よりも、ファムさんの体調を心配する気持ちの方が強かった。……まあ、俺達って言うか俺だけなんだけど……。
いや、でもさ、ファムさんって病み上がりなんだよ?
なのに明日明後日には出立って、いくらなんでも早すぎるよ。
【モンペルク】にある死骸を解析しないと、詳しい事が分からないってのは分かるけど……でも、急ぎ過ぎな気もする。ファムさん御一行は明日にも帰り支度を始めるらしいが、モンスターに襲われた直後なのに動いて大丈夫なのだろうか。
彼の体調が心配だったけど、でもファムさんは「国の一大事ですから」と頑なで。
……正直、国の有事が云々というより……どちらかというと未知の存在を前に鼻息を荒くしている感じもしたが……とりあえずそこは置いといて。
ともかく、そんな体で旅をしたら、どこかで倒れるんじゃないかと心配なのだ。
しかし俺達に出来る事と言ったら……ファムさんを信頼する事くらいしかない。
結局、引き留める理由も弱かった俺達は、すごすごと退散せざるを得なかったってワケだ。……モンスターの正体が早く判明するのは良い事だろうけどさ、でもそれで回復したばかりの人を走らせるってのは、やっぱりちょっとなぁ……。
中々悩ましかったが、医師でもない俺達にはどうしようもなかった。
うーむ、医師ならドクターストップも出来たんだろうけどなぁ。
けど、お国のためと言われたら医師でも強く言えないんだろうか。
悩ましい問題だな……などと思いながら帰路を進んでいると、横から能天気な声が問いかけて来た。
「ねーねーツカサ君、帰り道に酒場あったよね。ちょっとお酒買っていこうよ」
「お前なぁ……そんな金あると思うか?」
「じゃあ僕のお金で買うからさあ。ねっ、ねっ?」
「ぐ……あんまり買いすぎるなよ……」
ブラックのポケットマネーでと言われると何も言えない。
コイツ、熟練の冒険者且つかなり活動してただけあって、とんでもない貯金が有るんだよな……。なので、自分の金で買うと言われると何も言えない。
しかもブラックは俺にもその金を使って良いと簡単に言うのだが、こちらの世界では俺も成人である以上、どうにも抵抗があって拒否している。
……というか、あまり人のお金を自分の都合で使いたくはない。
使って良いと言われたって、それはブラックが今まで頑張ってきた成果だし、それを俺が好きに使うってのは……やっぱりちょっと違うよな。
だから、俺は基本的に自分で稼いだ金か、報酬の金でやりくりしているのだが……結構貰ったはずの報酬が、何故気が付くと底をついているのだろう。
おかしいな……俺自身は何かに使った記憶が無いのだが。
まあ、藍鉄のお手入れ費用とか……ブラックとロク、それにペコリア達の食料とかでお金を使ったような気がするが、それは必要経費ってヤツだしな。
やっぱ酒かな。ブラックが酒を買いたいとダダをこねて買うからいけないのか。
でも買い物のついでに押し付けられるから、コイツが自分の金を持ってるってことを忘れてつい買っちまうんだよな……ぐぬぬ……今度から気を付けよう。
そんなことを思いつつ、宿に帰る途中に見つけた酒場に入る。
中は、わりとどこの国でも同じなのか内容は変わらない。板張りの床は古く、歩くとギシギシ鳴るし、使い古しのテーブルや椅子は粗雑に扱われてくたびれている。
酒を提供する店主がいるカウンターも、数多の人間が突っ伏して来たのか、元々は艶やかな飴色だったのだろうが今は古ぼけた薄暗い茶色になっていた。
……とはいえ、その色味もまた渋くてイイと俺は思う。
そんな酒場で、地元のおっちゃん達が楽しそうに笑いながら酒やつまみを楽しんだりしてる風景ってのは、見ていてこっちまで楽しくなるからな。
老舗ってのはいいもんだ、などと思いつつ、ブラックと共にカウンターへと近付くと、頬に豪快な切り傷の痕が残る、屈強なデカい女将さんが声をかけて来た。
「おう、見ない顔だね。酒をご所望かい?」
「ああ。宿に持って帰りたいんだが、どんな酒が有る?」
慣れた様子で問うブラックに、女将さんはガハハと笑ってカウンターの後ろにある棚から幾つかの瓶を取り出して置いた。
「甘味が欲しいならヒメオトシの果実酒だ。酒精も強いし、コイツは砂糖入りの果実水と同じ味だぞ。熟成させると逆に甘くなるんだよ。ここらの街の名物さ」
「辛いのは無い?」
「じゃあこっちかな。ヘカテクライオの名物、獣酔木の樹液を醗酵させた酒だ。コレは年月を経るたびにキリッとして来て、辛口の良い酒になるんだ」
「清酒みたいなもんか」
納得するブラックに、女将さんは酒に精通しているのかなるほどと頷く。
辛い酒かあ。俺としては果実水と同じ味の美味しそうな酒が気になるんだが。
ていうか、酒の甘いも辛いもわからん。ハタチになると解るもんなのか?
「ああ、ヒノワのかぁ。アレよかは自然の大味って感じだがね、大河の月を見ながらチビチビ飲むには最高だぞ」
「へ~。樹木から作った酒が有るとはねえ。じゃあそれと、上等のワインと……」
うわ何本も頼み始めた。自分の金だと際限ねーなホント。
でもまあ、酒に強いのは知ってるから「飲み過ぎ!」とも言えないし……俺の世界と違って、こっちじゃアルコール中毒とか無さそうだもんなぁ……。
いやでも泥酔とかあるんだし、似たような症状もあるのかな。なんて考えていると、下の方から抗議するかのような可愛い鳴き声が聞こえてきた。
「キュ~」
「クゥ゛~」
「クゥックゥー」
ペコリアの一匹が、また小さな鼻を短くて可愛いお手手で押さえている。どうやらお酒のニオイが嫌いなペコリアもいるみたいだ。
可哀相にとお鼻をハンカチで覆ってあげると、もう一匹のペコリアとロクも甘えたかったのか、よじよじとズボンを登ったり肩に止まってきた。おおよしよし。
ロクを撫でつつ二匹のペコリアをモフっていると、ブラックが大量の酒瓶を入れた籠を持って帰ってきた。……おい、どんだけ買ってんだよ。
「お前……何本買った……?」
「えっ? 味見用と試飲用と常飲用と熟成用に数本……」
「味見と試飲で被ってんだよおめーはよォ!!」
思わずツッコミを入れてしまったが、これは仕方ないだろう。
お前はどんだけ飲む気なんだよ。
「あっ、熟成用はツカサ君の【リオート・リング】に突っ込んでおいて欲しいな~」
「お前ってヤツは……。まあ、全部一気に飲まないんなら良いけど……」
とかなんとか言っていると、カウンターで女将さんが笑う声がした。
う……なんか微笑ましげな視線を向けられているような気がする……。
変な誤解をされた気がするので、さっさと帰ろう。
そう思い、ペコリア達を抱えたまま店を出ると、ブラックが「待ってよ~」と俺の後を付いてくる。酒瓶がいっぱい入った籠を抱えてる姿は、そんな可愛らしい台詞を言うような姿ではないんだが……まあいいか。
俺は酒を抱えるブラックを引き連れて、段々と薄暗くなってきた街を歩く。
お婆ちゃんに心配されないようにと早足で歩いたからか、ギリギリ日が暮れる前にロッジに戻ることが出来た。ふう、良かった……。
「じゃあ、とりあえず酒の貯蔵を……」
「はいはい!」
ペコリア達の足を拭いてやってから、買った酒瓶の一部を【リオート・リング】に収納する。旅をしている間は野宿をする時も多いから、こうやって買い溜めしておきたくなるんだろうな。まあ気持ちは分かるが、それでも大量なんだよもう。
ってか、興味なさ気だった果実酒まで買いやがって。ほんと無類の酒好きだな。
そんなこんなで酒を収納してると、窓の外はすっかり日が暮れてしまったらしい。
水琅石のランプを灯して部屋を明るくすると、窓の外の暗い風景が滲んだ。
「……やっぱ、大河からは“大地の気”もあんまり出てこないんだな」
うとうとするペコリア達をベッドの上に寝かせつつ窓の向こうをジッと見やると、ブラックが俺と同じように外を見て「ふーん」と何やら唸る。
何を考えているんだろうかと思っていると、ブラックが桟橋に出るドアを開けた。
「ちょっと観察してみる?」
「う、うん……」
ロクとペコリアをベッドに置いて、俺はブラックに誘われ桟橋へと出る。
目の前に広がる大河は、月の光によって水面の一部を輝かせているけど……やはり“大地の気”は少なくて、水の中から浮かぶ金の光の粒子はぽつぽつ程度だ。
それでも、ここは“大地の気”が溢れるライクネスだから多い方なんだろうな。
風も穏やかだし、水の流れる音は微かで耳が癒されるんだが、いつもとは少し違う風景がちょっとだけ異質に思えた。
でも、やっぱり常春の気候は快適なんだよなあ。
桟橋に出ると、夜の少し冷たい空気がひんやりしていて気持ちがいいのだ。
だけどここは大河だからか、少し暖かいような湿度も感じられる。鬱陶しいと感じない程度の空気で、絶妙な感じだった。
そんな桟橋で、しばらくぼうっと大河を見つめていると――――ブラックは俺の横に立って、酒瓶の栓を抜きワイルドに口を付ける。
「っぷはー。案外悪くないね。まあちょっと樹皮臭いけど」
「そんな酒の感想初めて聞いたよ……」
「まあまあ、ほらツカサ君、ここ座って座って。水が気持ちいーよ」
そう言いながら、ブラックは桟橋の先端に腰を下ろす。
ポンポンと隣を叩くので、仕方なく俺もそこに座った。
「それで……なんで座らせたの?」
「ん? ツカサ君が不思議がってる事を答えてあげようと思ってさ」
酒瓶をまた傾けると、ブラックは俺を見てニッコリと笑う。
べ、別に何も言ってないじゃないか。
でも、この感じだと俺の心をまた読んだんだろうな。
まあ……大地の気が少ないなってのは疑問だったし、ここは素直に折れてやる事にするか。ちょっと不本意ではあるけど……。
「そんで、何で大河が暗いのか分かるのか?」
「もちろん。何故なら、この大河には少し海の水が混じってるからさ。だから、魔素に“大地の気”が吸収されてしまうんだ。それに、今日食べたイカ……アレも、れっきとしたモンスターだからね。そういう物が沢山獲れるって事は、それだけモンスターに気が喰われてると言うことなのさ。だから、水上の大地の気が少ないってワケ」
「な……なるほど……」
ぐうっ、キチンと答えやがった。
でもこの上なく納得できる答えだったので、ぐうの音も出ない。
そうか……俺達には川だとしか思えないけど、やっぱり海の要素は混じっているんだな。潮っぽい香りもしないけど、本当に薄らって感じなんだろうか。
……まあ、そうでもなけりゃ曜術も使えない普通の人がモンスターを捕まえられるワケないか。海の中に居るモンスターって、かなり凶悪らしいし……。
にしても、あいつらって大地の気も食うのか。ホント得体が知れないな。
「ツカサ君、ちゃんと理解した?」
「バカにすんない、分かってるっての。にしても、モンスターって人を襲うだけじゃなくて、気を直接取り込んだりもしてるんだな。……うーん、なんか今日はいろんな知識を頭に詰め込んだ気がするなぁ……」
モンスターに関してもそうだけど、得た知識の量がハンパないぞ。
薬もだし、料理とか酒とか……ホントに色々だ。
今まで聞いた事のない話ばっかりで今日は驚きの一日だったな。
そんなことを考えていると――――不意に、片手に温かい物が重なった。
視線だけを落として右手を見やると、ブラックの手が俺の手を包んでいる。
い、いきなりどうしたんだよ。
ついドキッとしてしまって顔を見上げると、相手は嬉しそうに微笑んだ。
「えへ……」
オッサンらしからぬ声で嬉しさを滲ませながら、少し距離を詰めてくる。
その行動が何を意味しているかは、俺だってまあ……わ、分かってて。
でも、やらしいことをしようとしてる気配では無かったので、なんだかその場から動くことが出来なかった。
「な……なんだよ……」
「こういうのもいいなーって思ってさ」
そう言いながら、ブラックの指が俺の指の間に入ってくる。
上から覆われているだけだった手が、もうしっかり掴まれてしまった。
「…………」
「もうちょっとここでのんびりしようよ。ね、ツカサ君」
「……しょ……しょうがないな……」
ああもう、スマートに返せばいいのについどもってしまう。
勝手に頬が赤くなってやしないか心配だったが、それを確かめる事も出来なくて。
俺は、更に距離を詰めてくる真横の相手の気配にドキドキするしかなかった。
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