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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編
14.どれほど時間を経たとしても1
「……また俺を捕まえる気か」
敢えて、ドアではない場所……窓のあたりから問いかけてみる。
すると外からみっしりと詰まった太い茎を踏むような音が聞こえ、俺の方へ足音が近付いてきた。
「ツカサ、やはりここに居たんだな……」
そう言いながら、【翠華】は俺の声がした所を探って立ち止まる。
……どういうことかは理解できないけど……相手の眼には、この場所には何も無いように見えているらしい。でなきゃ、少し迷うように足踏みなどしないと思う。
蔓で覆う事により場所は把握出来たけど、魔女が掛けた術を解くほどの力は無いという感じなんだろうか。
だとしたら、魔女の力で何とかなるかもと思ってしまうが、慢心は害だ。
いつこちらに侵入されるか分からないんだから、警戒はしておかないとな。
そんな事を思いつつ、俺は答えになって無い返答した【翠華】に低い声を向ける。
「居たら悪いかよ」
「ああ、いや、そうじゃないんだ。すまなかった……さっきのは、その……急ぎ過ぎたんだ。決してお前を傷付けたい訳じゃなかった、わかってくれ」
まるで、痴話喧嘩をして謝り倒しているみたいだ。
だが先程の会話はそんなものでは全くない。
「謝るのは俺じゃないだろ……」
なんで、俺に謝るんだ。
謝るべきはブラックにであって、断じて俺ではない。
俺に対しての謝罪だったとしても、それは傷ついた俺に対するのでは無く、悪し様に吐き捨てられたブラックの事に対してであるべきだ。
なのにアンタってヤツは……っ。
「な……何故だ……何故それほどまでに、あの男に固執する……お前の人生に不幸を齎す存在なのだぞ。死すら呼び込むほどの……!」
ほら、やっぱり解ってない。
いや……解るほどにブラックに対して理解が無いってことなのだろうか?
表面的にしか見ていないから、ブラックの事を悪くしか言えないのか?
腹の中がぐつぐつ煮えるようだったが、自分の単純な怒りを抑え込む。
表面しか見ていないのは俺も同じだ。……それに、敵と話し合いが出来るのなら、それに越したことはないって、俺だっていつも思ってたじゃないか。
平和主義だなんて大層な事は言えないが、自分でそれを望んでいた節もあるのに、いざこうなったら腹を立てているのは格好悪いよな。
相手は敵だ。
というか、あっちもこちらの何かを「敵」だと思うから仕掛けてきてるんだ。
今回の【翠華】は、どうやらそれが「ブラック」という一点に絞られているようで、妙な事に俺に対しては全く警戒心が無い。
……明らかに、他の【アルスノートリア】と違うようだ。
…………いけ好かない相手だけど……シャットアウトするのはダメだよな。
義務感からなのかどうかは知らないけど、ほぼ初対面の俺にここまで腰が低いってのも、変な話だし……冷静になって考えてみると、相手は色々おかしい。
【菫望】のような悪意は感じないけど、それでも相手からすりゃあ唆されているようにしか見えない俺を、あんな必死に追いかけてくるんだもんな。
……さっきも少し考えたけど……やっぱり、ちょっと違和感がある。
相手は、俺の事を知っているような態度を取るし、妙に俺の事を可哀相な被害者側だと決めつけてくるんだよな。
普通、初対面で……しかも敵だってんなら「コイツも悪人なのでは?」とか考えるはずだ。なのに、【翠華】は俺を救う対象だと思い込んでいるようだった。
いくら【アルスノートリア】が【グリモア】を斃すための存在だとしても、敵側に付いている俺に対して、これほど全面的に被害者だと思っているのはおかしい。
俺と相手は初対面なんだから、普通疑うよな。
それに、俺はさっきあれほど反発したのに……今でも、心配するようにこうやって話しかけてくるなんて……やっぱり変だ。
【翠華】は、俺に対して「騙されている」という確信を持っているように思える。
彼なりに、なにか考えた結果なんだろうか。
それとも……俺が知らない事を知っている、とか……?
……この男が独自に解釈しただけかもしれないけど、相手が握っている情報を知ることが出来るかもしれない。
それに……話し合いが出来るなら、ブラックが悪い人じゃないって分かって貰えるかも。さっきは激昂してしまったが、理解して貰えるならそれが良いよな。
相手は対話をしようとしているんだ。なら、希望はあるだろう。
【アルスノートリア】でも、反目し合わなければならない決まりはないはず。
ともかく、今度は冷静に話し合ってみよう。
どのみちブラックに対する誤解を解かなきゃ、俺の事も解って貰えないだろうし。
さっき「死を呼び込むヤツなのに!」って言われたけど、軌道修正しないとな。
俺がまた激昂したら負けだ。とりあえず、前提から理解して貰わないと。
「……アンタが何を知ってるのか知らないけど、ブラックはそんなヤツじゃないよ。他の【グリモア】も同じだ。みんな、無茶な事をするような人じゃない」
「だからそれはお前が騙されているから……」
「アンタは俺達と初対面のはずだろ。なのに、何でそう決めつけるんだ? なにか、理由があるのか?」
さっきと同じようなことを言われたが、今度は冷静に返してみる。
家の壁越しの会話だが、こちらのほうがまだ怒らずに話せるみたいだ。
相手も俺の声音に少し冷静さを取り戻したのか、素直に質問に答えた。
「……元来、曜術師などロクなものではない。己の心を操るがゆえに激昂しやすく、普通のヒトなどとは違う趣味趣向を持つのだ。それが【グリモア】ともなれば……他とは比べ物にならない暴力性を持つことになる」
【アルスノートリア】は、【グリモア】の事をわりと理解しているらしい。
確かに、ブラックを含めた仲間達は全員、どこかしらちょっと変わっているし……何より、誰かに“七つの悪心”と言われた通り感情の一つが突出している。
例えば、ブラックなら【紫月】だから執着。クロウは【銹地】で乱暴って具合に。
その感情の解釈は魔導書によるみたいだけど……ともかく、その感情を認められ【グリモア】になるんだから、そりゃ暴力的な感情の激しさになるよな。
「けど、普段のブラック達は他のヒト達と変わらないよ。……数日で理解して貰えるとは思わないけど、長く一緒に居れば確実にそうだと解るはずだ」
「それは、絆されたからだろう? 長く一緒に居れば嫌でも心は馴染んでいくものだ。お前も、そうなったからあの男と恋人同士になっているのだろう」
「……それは……ちょっと、順序が逆のような……」
でも、イイエとハッキリ言いきれない。
まあその……ブラックの“メス”になるって覚悟を決めた時、俺はようやく、アイツに長らく好意を抱いていたと自覚したワケだけど……それまでは、なし崩し的に恋人関係になっちゃってたんだよな。
だから、【翠華】の言葉を全部否定は出来ないワケで……。
ああもう、アイツが最初からフルスロットルで性欲をぶつけてくるから、こんな風に後々ややこしい事になるんだ!
で、でも、絆されるのだって相手を許容してないと無理なはずだ。
そういう意味では、俺はブラックを受け入れてたわけで…………いや、今そんな事で顔を熱くしている場合か。
ともかく、【翠華】を納得させる言葉を返さないと。
「ツカサ、お前は騙されている。その感情はまやかしだ。あの男達と長らく一緒に居たせいで、情が湧いているだけなんだ。……それは、恋とは言わない」
またコイツ知ったような口を……っ。
いや、落ち着け俺。
相手は最初から疑ってかかってるんだ。
俺の発言を信用していないのは、こちらが明確な証拠を出せないから。
何を言ってものらりくらりと自分の主張を曲げないのは、自分で直接見たワケじゃ無いからだろう。……だったら、一緒に居る所を見て貰えたら……とも思うが、それは流石にムリだもんな。
…………うーん……。
そもそも「恋」なんて曖昧で当たり前なモノなのに、どう納得させたもんかな。
くそー、俺が一休さんだったらとんちで解決するのに。
でも今あるアタマで解決するしかないんだよな。
まあ会話の引き延ばしには成功しているし……この問答を続けつつ、なんとか相手に「俺の考えってヘン?」と少しでも思わせないと。
でなきゃ、納得もして貰えないだろう。
「ツカサ……さっきは私も焦り過ぎて、お前に乱暴な行為をしてしまったと反省している。だから、ここから出てきてくれないか」
「アンタがブラックに対して偏見を持ってる限り、話は平行線だよ。俺は、ブラック達の事を危険だとは思えない。……なあ、どうしたら納得してくれるんだ。アンタも一緒に俺達と過ごせば解ってくれるのか?」
そう問いかけると、一分ほどの長い沈黙が有って。
どうしたんだろうかと思っていると、相手は少し沈んだような声で答えた。
「……共に過ごしたとて、解るはずもない。私はお前と恋仲ではないのだから……。恋人に絆されて、救済の道を捨てるなど……」
「それでも感じるモノはあるだろ? 顔や仕草を見たりとかさ。長く暮らせば暮らすほど解ってくるモノなんじゃないのか、そういうのって」
「……っ!」
ぺき、と、茎の繊維が折れるような音がする。
え……。もしかして……今の言葉で動揺したのか?
だけど、何の変哲もない今の言葉の何に姿勢を崩したんだろう。
くそっ、やっぱりよく解らない……。
「なあ、アンタ……」
相手を懐柔する選択肢を把握できない内に、また言葉が飛んできた。
「……かる、はずなど……ッ、理解る、など、ありえない!! そんなことは無い、絶対に理解りようはずが無い、私は……私は……っ」
――――あ……これ、ヤバい。
前にもこんな風に発狂して、爆発した人を見た事が有る。
これは、それと全く一緒なのでは。だとしたら、家がヤバい……――――
「私は間違ってなどいない……!!」
他の音を無理矢理に掻き消そうとするような、怒声にも似た大声。
癇癪を起こした子供のような【翠華】の反応に思わず硬直してしまったが、そんな俺をよそに、外から大きなものがずり動く恐ろしい音が聞こえてきた。
「あ……っ! そ、とから……家に、圧力が……かかってる……っ!」
「え!? あっ、圧力!?」
チアさんの苦しげな言葉に思わず振り返る。
と、彼女はその場にへたりこんで、苦しそうな顔をしていた。
汗が尋常じゃない。もしかして、家に負荷がかかっているからなのか。
だとしたら、このまま家が潰されたらチアさんまで危険なのでは……。
そ……そんなの嫌だ!
俺のせいで誰かが死んでしまう姿なんて、もう見たくない……!
なんとか、なんとかしないと。
でもどうすればいい。
この植物だらけの森の中じゃ、どこへ逃げたってすぐに捕まってしまうだろう。
チアさんの領域から出れば、当然ながら危険度も増す。
ブラックにだって迷惑をかける事になる。
だとしたら、ここから出ない方が良いんだけど……でも、このまま俺が家に居続けたら、チアさんの体に負担をかけてしまう事になるじゃないか。
くそっ……こんな時、どうすれば……っ。
焦ってもう、何も思い浮かばない。
絶体絶命だ。
そう強く感じ、体から血の気が引く。
しかし、そんな俺の耳に――――声が、飛び込んできた。
「テメェええ!! ツカサ君に何してやがんだクソがあああッ!!」
外から、先ほどの大声に勝るとも劣らない怒声が聞こえてくる。
「あ……」
この声は、知っている。
分からないはずが無い。
そう思うと一気に体の力が抜けて、俺もその場に座り込んでしまう。
今はそんな場合じゃないのに、だけど、その声が幻聴ではない本物だと思うと胸がじんじんして、冷たくなり始めていた体が熱くなって……思わず、また涙が零れてしまいそうになった。
安堵したからだけじゃない。
だって、その知っている、忘れるはずもない声が聞こえて来たって事は……
ブラックが、無事に体を取り戻せたってことなんだから。
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