異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編

13.貴方の為なら何でも出来る

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「――――……来た」

 チアさんの声が聞こえて、俺達は同時に顔を上げる。
 何かと思って彼女を見やると、床に描かれた不思議な魔法陣が目に入った。

 あれは……よく見てなかったけど、マーサ爺ちゃんが持たされた呪符と同じ紋様が描かれているのかな。ふだとは違って円形になっているけど、使われている記号っぽい紋様は似ているような気がした。

 アレが【転移】するための魔女の魔法陣なのか。

 考えつつ、俺はチアさんの言葉に問いを返した。

「来たって……敵が……?」
「いえ……つながったってこと。……貴方は、見えるかも……光ってない……?」

 光っている。ということは、大地の気か何かが見えるのだろうか。
 目を凝らして魔法陣を見てみると、紫がかった薄桃色の光に加えて、金色の“大地の気”がのぼっているのが分かった。

「あ……確かに……! これってやっぱり【転移】の……?」
「……貴方のしもべは、凄く、優秀なのね」

 明確に答えてはくれないけど、俺の回答は正解ってことらしい。
 なるほど……魔女の使う術って言うのは、こういう感じなんだな……けど、紫色とも違う光ってのは今まで見たことないな?

 やっぱり、魔女っていうのは曜術師とは少し違う存在なんだろうか……。

「僕はその陣の上に乗ればいいのか?」
「ええ。……もう、すでにあちらの準備は終わっている……。早ければ早いほど、肉体に……魔素まそりつくのは、遅くなる……」

 そ、それって腐るってことですか……。

 この世界で言う『魔素まそ』は、腐敗や劣化をもたらす要素だ。
 なので、人族にとっては毒というか、はらうべきモノではあるんだが、モンスターや魔族にとっては無くてはならないモノなんだよな。

 だけど、今はブラックの体を攻撃する要素に他ならない。
 一刻も早く転送して貰わなきゃ……!

「ブラック、早く戻って!」
「いや、でもあのクソ男が……」
「ここに居る限りは大丈夫だって! だから……」

 俺は振り返ってブラックをてる。
 チアさんの言葉が真実なら、悠長にしている場合じゃない。……というか、考えてみれば当たり前の事なんだけど、そら魂がなけりゃ体はただの肉のかたまりだよな。

 俺の世界じゃ魂がどうこうってのは科学的根拠こんきょはないが、この世界はファンタジーだし、現にブラックの魂がここにあって体も動かなくなってるんだ。
 だったら確実に体は魔素にむしばまれているはず……。

 俺がそばに居れば、自己治癒能力や活力を増す事が出来る“大地の気”をそそいで魔素に侵されないように出来るんだが……遠隔えんかくじゃどうにもできないからな。
 だったら、用意次第ブラックの魂を搬送はんそうするしかない。
 ちょっとでも体に害があるなら、早く元に戻って貰わないと心配で仕方ない。

 頼むから、言う事を聞いてくれよ。
 そう懇願こんがんするような思いで、相手の目を見つめると――ブラックは「仕方ない」とでも言うように小さく息を吐いて、俺をかかえながら立ち上がった。
 おい、俺は置いて行けってば。

「……その子と一緒、に転移したら……体に食い込んで、混ざってしまう」

 なにそれこわい!!
 混ざるってどういうこと!?

「えっ……僕の体にツカサ君が融合……!? それはそれで……」
「なにそれもこわい!! やめてそういう怖いやつに喜びを見出みいだすの!!」

 思わず叫んでしまったが、融合なんてロクなもんじゃない。
 いやアンタと合体するのがイヤなんじゃなくて、確実に人間やめなきゃいけないのがイヤなんだよ。どう暮らせってんだ融合したら。

 ゲームのバグみたいな状態になったら怖すぎるぞ。
 頼むから変な冗談を言わないでくれとわめくと、ブラックは「やだなぁツカサ君たら、冗談だよ冗談っ」とか軽く言いつつ、思い切り残念そうな顔をした。
 …………何でお前はそう好奇心こうきしん旺盛おうせいなんだよ。

 いくら“いちゃいちゃ”が好きでも、さすがに人間の形を捨てちゃだめだろ。

 ったくもう……この状況で何を言ってんだか……。
 ともかく、早くブラックを戻してやんないとな。

「よく考えたら、ツカサ君とセックスできなくなっちゃうから絶対に駄目だな。……よしっ、ツカサ君、僕すぐに戻って来るからメス穴捕虜ほりょになっちゃだめだよ!」
「なんでそうお前はスラスラと最低な単語を繰り出せるんだよ」

 っていうかチアさんの前でそんな事を言うんじゃねえこの。
 肩パンをするが、やっぱり効かない。くそう、影の体の方がなんぼかやわらかボディのはずなのに。……ま、まあいい。早く転移をお願いしよう。

「お話し、は……終わった……? じゃあ……ここに、立って……」
「こうか?」

 俺から離れ、ブラックは素直に転移陣の上に立つ。
 と――――のぼっていた光に、ブラックの体から遅れたように散っていた黒い色の粒子りゅうしが混ざり、くるくると螺旋状に回転し始めた。

 なんだろう……反応してる……とか……?

「では、今から……転送、します……。貴方のような、強い方には……難しい、かも、知れませんが……どうか……流れ込んで、来る……ものを、こばまないで……」

 そう言いながら、チアさんは何事か小さく呟き始めた。
 途端に、彼女からも転移陣の光と同じ紫がかった桃色の光があふす。

 ブラックはそんなチアさんを目の前にして何事も無いように立ちながら、フウと息を吐いて腕を組んだ。

「……メスから何かをされるのにはれてる。さっさとやってくれ」

 余裕よゆうのある言葉だけど……その声音は、なんだか硬い。
 平然と返した風だったけど、俺には何故かブラックが言葉を吐き捨てたように感じられてならなかった。

 …………そういえば、レッドの別荘でブラックの過去の事を少しだけ知ったっけ。
 多分、関係してるんだろうな。……何が有ったとは、問いかけられないけど。

「――――つながった……。転移させ、ます……」
「ああ。早くしてくれ」

 さっきまでふざけていた事など忘れたかのように、ブラックは済ましたような雰囲気ふんいきでチアさんに言う。光は既にブラックの体を包む高さまできあがっており、曜気を“る”状態の眼で見ていると、ブラックの姿が見えなくなりそうなほど濃密になっていた。そんな中、チアさんはジッとブラックを見て……ぽつりと、こぼす。

「…………貴方は……どうか、彼の所に……必ず、帰ってきて……あげて……」

 そんな、せつなそうな――――切実な、言葉を。
 ……チアさん……。

「言われなくても戻ってくるさ。……ほら、さっさとやってくれ」

 ブラックのゆるぎない言葉に、チアさんは黙ってうなずき目を閉じる。
 すると……さらに光が強くなって。

「天のきざはしつかさどる神よ……その尊き御業みわざを、この愚かなる破戒者に……つかさずけたまえ……」

 光が一層いっそう強くなる。
 そして、その光に体がかすみ始めたブラックは俺を見て――目を、笑ませた。

 必ず戻ってくる。
 そんなことを言いたげな顔で。

「…………」

 バカ。
 ……思わずくちをついて出そうになったけど、なんとか飲み込む。

 だって、そんな事を言ってる場合じゃないのはわかってたし……なにより、俺を安心させようとしてくれたブラックの気持ちに、今は意地っ張りを発動したくなかった。
 お……俺だって、そういうのは……わきまえてる、つもりなんだから。

「あっ……」

 なんて考えていると、光の柱の中へブラックが溶けていく。
 まるで、影が光にさらされて溶けるように。

 ――――その光景は、ブラックが消えてしまったんじゃないかと不安にもさせたが、きっとそんな事は無いと自分をふるい立たせて俺はこぶしにぎった。
 約束したんだから、ちゃんと体に戻って迎えに来てくれるはず。
 それに、チアさんが失敗なんてするはずない。

 彼女は「幸福の魔女」だ。人の幸せを考えてくれる、優しい人なんだから。

「…………はぁ……っ。こ、これで……体のほうに、戻ったはずです……」
「あ、ありがとうございます! その……あの、影の姿で……?」

 問いかけると、チアさんは俺に向き直って小さく横に首を振った。
 あれ、違うのか。

「あの人の、姿は……たぶん、まやかし……。周囲の気を集めて、喰らって、無意識に……体を、たもっていた。……けど、それは……自分の、体じゃない、から……転移には、付いていけなくて……魂だけ、転送されたの」
「なる、ほど……?」

 イカン、また理解が追い付かない。
 俺のポンコツな頭じゃパッと飲み込めなかったが、要するに仮初かりそめの体だったから、魂に付いて行けず消滅したってことか。

 しかし、周囲の気を集めて喰らってって、ブラックも器用な事をするもんだな。
 曜術師なら自然界の気を集めるのは簡単だろうし、いつもと同じように集めた結果“影の体”が出来ちゃったって事なんだろうか?
 よくわからんが、まあ本人じゃないとそういう所はわからないよな。

 何にせよ、ブラックの転移は完了した。
 あとは……あの【翠華すいか】が家に攻撃を仕掛けてこない事をいのるばかりだが……。

「あれ……そういえば、チアさんの影は?」

 あわてて家の中に入って来たので周囲を見ていなかったけど、まだ居たのかな。それとも、どっかに行ってしまったんだろうか。
 あまりに静かだったので不思議に思っていると、チアさんはほおを掻いた。

「……私の方が、たくさん喋れるようになったら……大人しくなって、元々の、私……石像の前で、うずくまっているの……」
「え……」

 そんな、ワンちゃんみたいな。
 けど、あの影がチアさんの分離した「冷静じゃない部分」だとしたら、無理もないのかな。本能や感情の方が強いってことだし。
 ……分離してしまった「冷静な部分のチアさん」が活発になった結果、本体的な影が大人しくなったんなら、やっぱりつながってはいるってことだよな。

「もしかして、こっちのチアさんが強くなると……あちらは大人しくなるんですか」

 問いかけると、彼女は少し悩みながらもうなずいた。
 その仕草からすると、断定しかねているようだ。

「恐らく……。今までは、私……ずっと一人で……人を、拒否して……ただ、あの人を待つことだけを……考えていたから……」

 けれど、今は俺達と話をして、次第しだいに自分の感情が落ち着いてきた。
 そして……自分の事を話すうちに、冷静さを取り戻したのだと言う。

「……今まで、私は……自分の物語を、誰かに語ることなんて、なかった。だから……貴方達と、出会って……私は、ようやく自分を……あわれむことが、出来たの」
あわれむ……?」

 それは……どういう意味なんだろうか。
 自分が悲劇的な状態になった事を自覚したってことなのか?
 それとも、また別に意味があるんだろうか……。言葉そのままに受け取ってしまう俺には、そこのところの難しい言い回しが理解できない。

 けど……チアさんが悲しんでいるわけじゃないから、良い事なのかな。
 自分をあわれんでいるのに悲しんでないって、なんだか不思議だけど……俺達が何かの助けになったのであれば、光栄なことは無い。

 俺も……貴方の物語に、助けられたんだ。
 だから、あの悲しい終わり方になってしまった“お姫様”の力になれたのなら、これほど嬉しいことは無かった。

 …………救えたとしても、それは彼女の本当の幸せにはならないけれど。

「ともかく、今は……あちらの私におびえなくて、大丈夫。……けれど、あの侵入者が、いる限りは……安心は、出来ないでしょうね……」

 チアさんは、そう深刻そうに呟いて、窓の外の方へ視線をやる。と。
 窓の外を横切る人影が、見えた。

「――――ッ!?」

 人影。
 この場所で人影なんて、誰が通ったかもう決まったような者じゃないか。

 だけど、ああやって影を見せられるだけで、体がまた硬直する。
 俺は思わず毛が逆立つような悪寒を感じ、咄嗟とっさに扉の方を向いた。と、同時。

「ツカサ……ここか……?」

 探るような、男の声。
 だが、その声と同時にうぞうぞと形容しがたいいずるような音が響いて来て――――窓に、うごめく線状の影が掛かる。

 いや、これは影じゃない。これは……あの、無数のつるだ。

 あっという間に窓をおおくし外の景色を奪った相手は、再び声をかけてくる。

「家の形……そうか、やはりここに居るんだな」
「あの男、無理矢理……つるで、家を視認できるようにしてくるなんて……!」

 チアさんの声が、明確に強張こわばる。
 思っても見ない行動に、冷静さがくずれたのだろう。

 だけど、みずからを「冷静な部分」としょうしたチアさんが動揺するなんて、よほどの事に違いない。きっと、本来なら【翠華すいか】は絶対に家を見つけられなかったのだろう。
 なのに、相手は見つけてしまった。

 ……これって……非常にヤバいのでは……。

「ツカサ、頼む……姿を見せてくれ……!」

 そう言いながら、【翠華すいか】はドアを探そうとしてか壁をコツコツと叩いてくる。
 やっぱり、相手には家が見えてないんだ。
 なのにこんなやり方で特定して来るなんて……デタラメが過ぎる。

 ああ、どうしよう。
 これじゃブラックが駆けつけてくれる前に、じりひんじゃないか!

 外に出たら終わりだし、かといってこのままじゃ強引に押し入られてしまう。
 そんな事になったら、俺はともかくチアさんがどうなるか分からない。
 【アルスノートリア】である以上、手段を選ばない可能性は常にあるんだ。

 けれど、この状態ではもう警戒するだけじゃどうにもならないんだ。
 何とか……何とか、ブラックが来てくれるまで耐えきらないと……!

「ツカサ、お前が私の事を信じられないのはわかる。私は…………ああ、そうか、そうだったな……私の今の姿は……」
「……?」
「だが、信じてくれ……私は、お前を助けたい……傷付けたいわけじゃ、ないんだ」

 さっきは俺を拘束した癖によく言う。
 だが、確かに攻撃されなかったのも事実だ。

 どうもこの【翠華すいか】という男は、俺……というか【黒曜の使者】に対して、何故か途轍とてつもない使命感を抱いているらしい。
 それが【グリモア】から世界を守るためだからなのか、それとも……ただ単純に、俺を勝手にカワイソ認定して、間違ったヒーロー魂でも燃やしているのか。

 そこまで考えて……俺はふと、先ほどの疑問を思い出した。

「…………」

 この男は、俺の事を何も知らない。……知らないはずだ。
 なのに、みょうしたしげに近付いたり、こんな風に会話をして来たりする。

 まるで……前からの知り合いみたいに……。

「……だと、したら……俺は、どこかで【翠華すいか】に会った事があるのか……?」

 凄腕の薬師。
 いや、素性を隠していたのなら、薬師だって気が付かなかったかも。

 でもあんな美形に合う機会なんてあったかな。
 シアンさんや、こちらの世界での友達であるマグナみたいに整った顔。一度見れば目に焼き付くレベルだと思うのだが……どれほど記憶を探っても出てこない。

 知り合いをよそおう狂人の可能性も有るけど、少なくとも狂人なら俺にっぱねられた時点で激昂してるよな。なのに、相手はそれもないし……。
 むしろ、俺の言葉にショックを受けているようだった。

 …………いや、だから、何でアンタがショックを受けてんだってんだよ。

 でも、そこが……手掛てがかりのような気がする。

 もし本当にどこかで一度会っていたとするなら、俺は【翠華すいか】と何らかの話をして、その結果、俺を救うべき相手だと誤解したってことだから……。
 覚えていないが、俺も色々と話をしたのかも知れない。

 うーん……。マジで記憶をさらってるんだけど、該当者が見つからない。
 俺、結構人の顔を覚えるのは得意な方だと思ったんだけどな。
 だから、アッチの勘違いの可能性の方が高いと思うんだけども……。

 ……でも、このピンチは逆にチャンスかもしれないんだ。
 なら……――――

「チアさん、俺……アイツと少し話をしてみます。時間が稼げるかもしれない」
「だ、だけど、そんな事をしたら貴方が……」
「俺は大丈夫です。喧嘩を吹っかけられても、絶対乗りませんから。それに……今、アイツに暴れられたら、もう一人のチアさんもどうなるか分からない」
「……!」
「だから、俺が何とかアイツを引きつけてみます」

 最悪の場合、この家から飛び出してでも。
 そう思いながら、俺はドアの向こう側をにらんだ。








 
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