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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編
19.一息の安堵を
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頭がぼうっとする。
さっきまでベッドの上でやっていた激しい行為ですら今は実感も薄くて、俺は荒い息を繰り返しながら天井を見つめていた。
……えっと……なん、だっけ……。
なんか、いつも以上に頭がぼうっとして、あんまり頭が回らないけど……段々と、息が落ち着いてきたぞ。でも、疲れて体が動かないや。
そんなことをぼうっと思っていると、横からギシリと音が鳴った。
重い頭を動かして音がした方を見やると、そこにはブラックが寝転んでいた。
……ああ、隣に寝てたのか……って、そりゃそうか、俺達その……え、えっちしたんだし……。そんなに、時間も経ってない、はず、だから……。
「ツカサ君、起きた……? えへ……目元が真っ赤になっちゃったね」
俺が見るなり、ブラックは俺を抱き寄せて目元を指で撫でてくる。
カサついた指の腹で撫でられると少しヒリつくけど、でも不思議と悪い気はしない。重たい瞼を何とか開けて目の前の相手を見やると、その菫色の瞳が外からの薄い明かりに光っているのが見えた。
…………菫色の、綺麗な瞳。
薄暗い部屋の中だというのに、その瞳の色も、鮮やかでキラキラ光る真っ赤な髪も、まったく色を失っているように見えない。
いつの間に髪紐を解いたのか、ブラックの長い髪は肩や胸に流れていて、少し胸がギュッとなった。……そ、その……素っ裸だと、なんか……えっちくさいというか。
まあその……さっきえっちしたんだから、当然なんだけど。
でも、改めてそう考えると何だか恥ずかしくなってくる。
「ツカサ君……腰、大丈夫? なんかたまんなくなっちゃって、ついペニスも抜かずにガツガツして二回も出しちゃったけど……」
「っ……! ぅ……」
そんなことを言うな、と思わずツッコミをしようと腹に力を入れたら、筋肉が嫌な感じに痛む。と、同時に、下半身の感覚が鈍い事を思い知った。
う、うう、大丈夫じゃなかった。完全に腰から下の感覚が死んでいる……。
なのに、なんか……お腹の中が、まだ異物感が有って熱い。
たぶんまだ、余韻が抜けきって無いのと……ブラックのが、残ってるんだ。
でもそんなこと感じたくなかったぞ。
ツッコミなんてしなきゃ良かったと後悔する俺に、ブラックは吐息を漏らすように笑いながら、ゆっくりと俺の頭を撫ではじめた。
「ああ……やっぱり、腰から下の感覚がないよね。ごめんね……。でも、ツカサ君が悪いんだからね? 最後に『大好き』なんて告白してくれちゃうんだから」
「う゛……」
そ……そう言えば……そんな事を言った気がする……。
けど、し、仕方ないじゃないか。
アンタが、あんまり泣きそうな顔をするから。
不安そうだったから、だから……安心させてやりたかったんだよ。
まだ「生の実感」が湧かなくて、自分が本当に戻って来たのか不安で、だから、俺に「えっちがしたい」なんて吹っかけて来たんだし。
だから……これでもまだ実感できなかったから、怖いのかと思ったんだよ。
なら、俺がやってやれることなんて……そう言ってやる事ぐらいしかない。
恥ずかしくったって、言わなきゃいけないと思ったんだよ。
今している事すら実感できないなら、お互いに一番心を揺さぶられる言葉を伝える事が出来れば――――本当に「帰って来られた」と思えるんじゃないかって。
そうすれば、ブラックも安心できるんじゃないかって……。
働かない頭でそう思ったから、つい、その……だ、大好き、なんて、普段なら絶対に言わないようなことを、さらっと言ってしまったワケで……う、ううう。
でっ、でも、別にそれが嫌だとは思ってないぞ!
言ったことは後悔してないし、ブラックの為になったんなら、言ってよかったって……思ってるし……。だから、喜んでくれたんなら、それで……。
…………。
な、なんか今更凄く恥ずかしくなってきた。
いや、そりゃその、嘘とか間違いじゃないんだけど!!
でもいざだ、だ、だい、すき、とか……言うのは……その……っ。
「んふふ、ツカサ君たらまーた顔を赤くしてぇ……まったく可愛いんだからっ! 僕を興奮させてどうするつもり? もっかいセックス、いや追いセックスする?」
「そ、そんなつもりは……って何だ追いって。おかわりみたいに言うな」
「ツカサ君を食べるんだからある意味一緒かな?」
「カナ?」じゃねえええよ!!
そりゃアンタは【グリモア】としても俺を貪ってるけど、俺は食材じゃねーぞ。
っていうかもう腰が感覚ねーんだよ、尻も! お前は俺の尻を壊す気か!
今日はもう絶対にやらないからなと睨みを利かせるが、しかしブラックは上機嫌な顔を隠さないまま、俺の顔を見つめながら目を細めてくる。
う゛……な、なんでそんな顔をするんだよ……。
「も……もう、しないからな……」
「解ってるよ。ふふっ……次のセックスは、もっと濃厚に愛し合いたいけどねっ」
そう言いながら、ブラックは俺を抱きしめてきた。
肩に顔をぎゅっと押し付けられるが、逆にブラックの顔が見えなくなったことで、少しホッとしてしまう。あのまま見つめられてたら、眠る事も難しそうだったし。
それに、また変に会話がこじれてヒートアップしたかもだし……。
……だけど、この状態も俺としては心臓に悪いかも知れない。
裸のままの上半身を密着させたせいで体温や呼吸がダイレクトに伝わってくるし、何より今のブラックは髪を解いている。
その緩くうねった髪が肩から流れてきて、頬に掛かってくすぐったい。
自分じゃ感じる事も出来ないその長い髪の感触は、体に直接感じるものとは別の、何か言い知れない気恥ずかしさを覚える。
俺が意識しすぎているのかも知れないけど……でも、意識してしまうんだから仕方がない。そもそも俺、ブラックの髪……好き、だし……。
だから、こう抱き締められて髪に触れているとドキドキするのかも知れない。
今度は濃厚に、とか、とんでもないこと言ってたのにな。
「…………もうそろそろ夜が明けると思うんだけど……」
「良いじゃない、このままもう少し寝てようよ。……ね?」
外は、少し明るくなってきたような気がする。
だけど抱きしめられている今は、ブラックの髪と肌の色しか見えない。
……黒く透けるような影の体じゃない、生きて、熱を持っている本当の体。
…………呼吸で動く体を見ていると……何だか、目の奥が熱くなった。
「ツカサ君……」
「ん……」
不意に問いかけられたが、顔を上げると目から何かが零れそうで、ブラックの胸に押しつけられた顔を動かせない。
だけどブラックは俺の態度に何故か嬉しそうな笑い声を漏らし、俺を更に深く抱き締めて来た。今度こそ、ぴったりと体が密着してしまう。
その感覚に思わず体を反応させてしまうと、ブラックは俺の髪に顔を埋めて……俺ですら分かるほどに愛おしそうな掠れ声で、呟いた。
「命懸けで僕を探しに来てくれて、ありがとうね」
――――胸に染み入るような、低い、大人の声。
その声と言葉を聞いただけで、全てが報われたような気持ちになる。
……そんな自分に苦笑が湧いたが、不思議と嫌な気分ではなかった。
数時間ほど寝て起きると、すっかり日は昇りもう太陽は中天に登る直前だった。
この感じなら……多分、昼前と言った所だろうか。
結構な時間寝てしまったようだが、ブラックはもう起きたのだろうか。というか、健康優良ヘビトカゲのロクちゃんは、既に起きていてお腹が減ったのでは。
そう思って焦りながら起きたのだが、ロクもまだぐっすりおねむ中だったらしく、起きた気配は無いようだった。……ま、まあ……俺達のアレの最中でも起きなかったワケだしな……。
しかし意外だったのは、ブラックもまだ熟睡していた事だった。
……どうやら、俺には痩せ我慢していただけで、本当は凄く疲れていたらしい。
そりゃ……そうだよな。
だって、影の時もたくさん動いてたし、なにより魂を奪われてたんだもん。
体にも魂にも、負担はかかっていたのだろう。
だから、熟睡しているのには何の疑問も抱かなかったのだが……ブラックよりも先に目覚めたというのは、少し気分が良い。
いつもは、俺の方が気絶して後から起きるって感じだったからな。
うむ、そう考えるとちょっと爽快だな。まあ腰は治り切って無くて痛いんだが。
でも歩く分には支障が無いくらいには回復した。
俺はベッドから起きると、身支度と……あまり語りたくはない地獄の後処理をヘタなりに済ませ、スッキリした体で宿屋のお婆ちゃんの家に入った。
すると、お婆ちゃんは遅く起きた俺達を心配したのか「朝食のパンやスープの残りを持っていきなさい」と、それらを渡してくれて……。
……い、良いんだろうか。申し訳ないな。
って言うか、もしかしたら……あの声が、聞こえていたのでは……。
そう思うと恥ずかしくなってしまったが、お婆ちゃんの態度を見ると、どうやら杞憂だったようだ。
でなければ、お婆ちゃんの優しさなのか……ま、まあ、考えない事にしよう。
ともかく、貴重な食料をありがたく受け取って、俺は二人と一匹で遅い朝食であり早めの昼食を取った。
「なあブラック、ファムさん達は今日出発するって話だったけど……」
「まだ見送りしたがってるの!? ツカサ君も食い下がるねえ」
「いやだって、あの人は【アルスノートリア】に襲われたのかも知れないんだぞ? なら、心配して当然だろ!」
様子を見に行った方が安心できるじゃないか、と食い下がるが、ブラックは毛ほどの興味も無いようだ。
おいコラ他人にもっと興味を持たんかい。
「心配ねぇ……。それより、僕達は魔女の所にお守りを貰いに行くんでしょ。見送りなんて、あの妖精に任せておけば良いじゃない」
そんなことを言いながら、ブラックは浅黒い穀物パンを口に放り込む。
庶民の主食ではあるが、少し硬くてパサつくパンはスープがないと厳しい。
魚介類っぽい味が美味しい小麦色のスープに舌鼓を打っていると、ブラックはパンの欠片を散らすように手を軽く叩き、ふうと息を吐いた。
「まあ、あの変人文官が重要かも知れないってのは分かるけど……。だったら、尚更魔女にお守りを貰うべきじゃない? 僕達は回避しようがあるかも知れないけどさ、一般人には【アルスノートリア】の力なんてどうしようもないだろうし」
「それもそうか……」
「取りに行ってからでも遅くないよ。藍鉄君に協力して貰えばすぐに追いつくだろうし、最悪ロクショウ君に飛んで貰えば済むし」
「キュー!」
ブラックの言葉に、任せなさいと言わんばかりに小さなお手手を上げるロク。
片手にはパンの欠片を持っているのが非常に可愛い。あとお口にパンがポロポロと付いている。拭いてあげようね……。
……まあ、二人がそう言うんなら……チアさんの所に先に行くべきか。
でも心配だから、申し訳ないけどリオルとマーサ爺ちゃんに協力して貰おう。
そう思いつつ、俺も宿から出る用意をすべくスープを飲み干したのだった。
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