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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編
海蝕洞窟の探検2
しおりを挟む「ンヌゥ」
可愛い見た目とは裏腹にダンディな声を出すのたのた君は、大型爬虫類そのものの歩き方をして暗がりを進んでいく。
そう言えば……洞窟に棲む生き物って基本的に目が退化してるから、急な強い光に弱くて【ライト】なんて絶対に当てちゃいけないって聞いたことが有るんだが、ここのモンスターは別段光を嫌ってる様子が無いな。
のたのた君達も、目は退化してるって感じではなくて、普通に小さくて可愛いだけという感じだし……。
となると、この洞窟にも光が当たる場所が有るんだろうか?
それとも、どこかの水溜りが海に繋がっていて、定期的に海に出てる……とか?
生態が謎なので何とも言えないが、とりあえず俺の世界の洞窟生物とは異なる性質をしているのは確かなんだろうな。
まあともかく、明かりで目にダメージを負わなくて良かった。
せっかく友好的で居てくれるんだから、俺達も仲良くしたい……なんて思いつつ、大きいのたのた君の後をひたすらついて行くと――――壁に突き当たった。
「ンンヌ」
「ここ? ここって、壁だけど……」
「下に穴があるね。平べったいコイツらなら通れる程度の穴だよ」
ブラックの言葉に下を見ると、確かに横に広い小さな穴が開いている。
そうか、のたのた君はここを通って別の場所に出てるんだな。
けど……これじゃ俺達は入れそうにない。
「キュキュッ! キュー!」
「えっ……ロクが見てきてくれるのか!?」
「優秀ですねえ、どこかの背が高いだけの赤いのと違って」
「あ゛? 一生暗闇しか見えないようにしてやろうか?」
もう無視しよう。大人同士で解決せい。
可愛くて賢いロクちゃんが話していると言うのに、なんてオッサンどもなんだ全くもう……。とはいえ、ロクに頼んで大丈夫だろうか。
ロクショウの強さは俺も知っているけど、単独だと強いモンスターに隙を突かれた時に反撃を喰らいかねない。
いくら強くたって、不測の事態と言うのは起こり得るものなのだ。
そうなったら、助けに行けないワケで……俺マジで発狂するかもしれない。
ロクにそんな危ない事をさせるなんて、本当なら認められないんだけど……。
「ヌヌ」
「キュキュ、キュウ~」
のたのた君とロクが「心配いらない」と言っているような気がする。
ぬぬ……本当は引き留めたいけど……こういう時に行かせてやるのも、男としての甲斐性ってもんだよな……。
「……危なくなったら、すぐに戻って来るんだぞ?」
「キュー!」
俺が涙を呑んで許可すると、ロクは「おまかせあれー!」とばかりに小さな可愛いお手手で自分の体をポンと叩き、のたのた君と一緒に穴に入って行った。
大丈夫かなぁ……ああ、俺も小さくなって穴に入れたらいいのに……。
「やれやれ、欲求不満を暴力性に置換しないで欲しいですね。残虐な表現が豊富なのは、本を読み漁って知識だけを蓄えているからですか? 志向性のない読書家とやらは知性の欠片も無い暴言も尊いと思うものなんですねえ」
「ケッ。失敗の繰り返しで情緒も薄れて、好きな子に何一つ効果的な言葉もかけられない童貞気質の語彙赤ちゃん返り野郎に言われたくないね。人一人の心も震わせる事の出来ないヤツが、人にものを教えるなんてちゃんちゃらおかしいよ」
「…………なるほど、よほど品性のない本ばかりを読んできたようで……」
「だーからもうやめろって!! 呪詛みたいに長々と煽り合戦してんじゃないよ!」
駄目だコイツら、目を離してたら延々と口喧嘩をするか殺し合いになりそうだ。
俺がちゃんとしないと……と思いつつ、二人の間に割って入り喧嘩をさせないようにすると、ようやく無意味な争いが止んだ。
ったく、なんでこう一々ギスるかなあ……。
最初からブラックとアドニスはこんな感じだけど、そもそもブラックが延々と喧嘩をするのはアドニスくらいな気もする。
二人とも頭の回転が速くて余計な言葉すらツルッと出ちゃうから、掛け合いみたいになって止めるに止められなくなっちゃうんだろうか。
……それはそれで、正直仲良いんじゃって気もするんだけどな……。
でもお互い仲良しって感じじゃないし……相性は悪いってコトなのか?
クロウとは仲が良いのになあ、とも思ったが、そもそもクロウは最初服従するかのように下手に出てから根気よくブラックと距離を詰めてたわけだし、立場がちょっと違うか。
それに、アドニスはそういう事はしないもんな。
対等な立場でぶつかったら、なかなか素直になれないモノなのかもしれない。
いや……二人に「相手と友達になりたい」って気持ちがあるかどうかは謎だが。
でも、そう考えると本当にクロウは凄いよなあ。
寡黙で優しい性格は、ブラックの心すら溶かしてしまう寛大さがあるんだから。
……まあ、スケベの趣味が合致したからって要因もあるかも知れないが……。
――――そんな事を深々と考えていると、ロクの「キュ~」という可愛い泣き声が遠くから聞こえてきた。
思わず正面にある小さな穴を見るが……何故か、そこからは声がしたような感じがしない。どういう事だと思っていると、思っても見ない方向……背後から、ロクの声が近付いてくるではないか。
慌てて振り返ると、暗がりから可愛いヘビトカゲちゃんが現れた。
「えっ、ロク!? どっから帰って来たんだ?!」
驚くが、ロクは説明しようとするかのようにジェスチャーをし出した。
空中で忙しなく動く姿がとても可愛い……って、そうじゃなくて。
「えーと……穴を進んで下ったら……またでっかい空間が有って、そこにぽつぽつと植物が生えていた……ってこと?」
「キュキュー!」
どうやらジェスチャークイズは正解のようだ。
つい得意げになってしまったが、そんな俺を横目にブラックが冷静に言う。
「別の場所から来たって事は、そこが僕達が入りやすい場所って事か」
「そうなるでしょうねえ。でなければ、穴から帰ってこない理由が無いですし」
えっ、そうなの。
そこまでは気が付かなかった……いやロクったら本当に気が利くなあ。
可愛くて賢すぎて、もはや褒めずにはいられない。
感謝の撫でフェアを実施していると、ブラックがハイハイと俺の肩を叩いた。
「ともかくロクショウ君に案内して貰おうよ、そんな事してたら日が暮れちゃうよ」
「むむ……分かった……ロク、案内して貰えるか?」
「キューッ」
お任せあれ、の胸ドンを二度目の披露をして、ロクは反転し俺達を導くように別の方向へと進みだした。
入り口とは方向が違う。奥へと進んでいるが、どうやら先程の壁とは反対側の方へ近付いているらしい。
途中、別個体ののたのた君を踏まないように気を付けつつ歩いて行くと――反対側の壁に、黒い物が張り付いているのが見えてきた。
近付いてみると、それはブラック達が屈んで進める程度の穴だと分かる。
恐らくのたのた君専用ルートからは遠く、遠回りするような道になるのだろうが、ここを通らないと下の階層には行けないようだ。
俺は楽に進めるけど……背の高いブラック達は大丈夫かな。
心配になってブラックを見上げると、相手は不満げに口を曲げていたが、入り口が他に無いので仕方なく何も言わずにいるようだった。
ま、まあ入るのヤダなって思うのは仕方ないか。
俺だって長時間腰を屈めて歩くってなると憂鬱だもん。
まだまだ若くても腰は筋肉痛になる物だからな。
「よし、じゃあ……進んでみようぜ」
「ツカサ君、転ばないようにね?」
「だ、大丈夫だって」
余計な心配をされつつ、穴の中に突入する。
中は不思議と出っ張りやいびつさが無く、歩きやすくはあるのだが……いかんせん中腰で進むものだから、段々と体勢がキツくなってくる。
鍛えられた肉体を持つ熟練冒険者たるブラックと、研究者らしからぬフィジカルを持つアドニスは堪えていないみたいだが、俺はちょっと辛くなってきたぞ。
やはりこういう所もベテランと素人の差が……とか思っていると、道がちょっと下へと向かい始めた。すると、次第に周囲が湿り気を帯びてくる。
滑ったら下へ一直線、というほどではないけれど、地面は水で濡れたようなつるっとした感触があって、かなり危ない感じだ。
空気も上階とは少し違い、肌にまとわりつくような感覚を覚えた。
水気が有るって事かな……だとすると、もしかして海の中だったりしないよな。
いやでも、この通路は潮の香りで包まれてる感じではないし、ここまで海水が来るというワケでもないのか。
単純に洞窟だから湿気が強いのかな。
理由を決めあぐねながらも、とにかく転ばないよう慎重に下って行くと――また、先の方に出口が見えた。
今度はどんな場所なんだろう?
俺の目の前にいるアドニスが中腰通路から脱出したのを見て、俺も這い出す。
顔を上げると、先行していた【ライト】の光が周囲を照らし出た。
……光が周囲に広がり、少し先まで明確に照らす。
そこに在った光景を見て、俺は思わず息を呑んだ。
「うわっ……水溜りの畑だ……!」
つい、変なことを口走ってしまうが、そう思ってしまったのだから仕方がない。
だって、目の前に広がる光景は思ってもみないものだったのだから。
「これは……本当に人工的な物じゃないってのか?」
「だとしたら、自然の神秘ですね。どのような過程を経たらこうなるのやら」
流石のブラックとアドニスも驚いているようだ。
さもありなん、だって俺達が今見ている光景は、とても自然に創り出された物だとは信じがたい奇跡の光景だからな。
――――広がる階層は、ぽつぽつと支柱のような岩が天井へと伸びているが、上の階層ほど多くは無い。
それが、見渡す限りの視界を確保できている理由なのだが、俺達がそこまで視認できているのにはもう一つ理由がある。
それは、【ライト】以外の明かりが、遠くまで灯っているからだ。
「水溜りの中の海藻が光ってるなんて……」
――そう。
黒曜石の海蝕洞の第二階層は、水溜りが無数にある不思議な空間なのだ。
まるでモグラ叩きの盤上に居るかのような、穴ぼこだらけの地面。しかしその穴には全て水が溜まっており、いくつかは青い光を発している。
それが天井に反射し、水面のように揺らめきながら青い照明になっているのだ。
まるで水族館のような幻想的な光景に思わず言葉を失ったが、よくよく考えると、水族館はこんな風に真上から見る展示は少ないから、少し違うかもしれない。
でも、つい連想してしまうくらいには綺麗だった。
それに、どうやら殆どの水溜りの中には水草が繁殖しているようで、近場の水溜りを覗いてみると、青く光を含んだ水中にゆらゆらと植物が揺れているのが見える。
ワカメっぽいが、淡いピンク色に黄緑を所々滲ませたパステルカラーになっていて、食用か判断するのが難しい。
しかしともかく、ここが水草の大繁殖地なのは確かなようだ。
「もしかして……この中に【コーレルパ】がある、なんて言わないよな……」
ブラックのうんざりした声が聞こえてくるが、まあ、在るって保証もないよな。
百なんて数じゃない水溜りの畑なので、絶望するのも分からなくはないが……ともかく、ここは真面目に探すしかないのだ。
「時間が勿体無いし、ざっと確かめてみようよ。“玉串”って別名があるから、そんなに特徴が無いワケでも無いと思うし」
「ツカサ君の言う通りです。ここは、あの白いトカゲのモンスター以外の気配も感じませんし、手分けして探してみますか」
「はぁー……」
大きな溜息を吐くものの、分かったと手をひらひらさせるブラック。
面倒臭いんだろうけど、返事をしてくれるだけ重畳というものだろう。
まあ……どういう形をしているか正確には判ってない植物だから、探すのに苦労しそうだなって気落ちするのは解るし、今回は責めないでおこう。
ともかく、お昼になる前に探しておかないとな……。
「うーん……昨日の今日で呼び出して申し訳ないが、リオルにも手伝って貰おうか。アイツも植物に詳しいし、もしかしたら【コーレルパ】の事を知ってるかも」
「キュキュー!」
魔女の薬の事も知ってたリオルなら、こういう事にも詳しいかも知れない。
そう思い、俺は再びオカリナっぽい笛を取り出した。
……それにしても、ロクと言いリオルと言い、何故か呼び出す方法が“召喚珠”じゃなくて笛なんだよな。何故なんだろう。
ロクの場合はマグナが魔族用と同じ感じで作ってくれたからって所もあるが、それにしたって音楽で呼び出すってのは何だか不思議だ。
モンスターとは別の種族だと言って憚らないリオルだが、違うからこそ召喚方法も異なっていると言う事なのだろうか。
うーん、変な所が気になってきたが、今は関係ないし置いておくか。
邪念を取り払いつつ、俺は笛に口を付けたのだった。
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