【弐】バケモノの供物

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三ノ巻

頁20

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「………お主が昔懐いていた龍神を覚えているか」
「!」


龍神。
突然振られた話題に「話した覚えは無いぞ」と顔を顰める。視線を逸らしたミオは「わしはお前の相棒じゃ。知らない訳なかろう」と告げた。簡単に知れる筈もない。あの頃の自分は念の為に目眩しの術を掛けて隠世を彷徨いていた。ミオは私程多くの術式をまだ扱えていなかった。まぁそれは置いといて…今如何してここでその話題を出されたのかは疑問だが、龍神の彼と会っていた事をまさか知られていたとは。罰を与えられ、供物の人間を番にした事で有名な彼は有る事無い事を隠世で言われていた。


「それが如何した。彼とはもう何十年も会っていない」
「……その龍神みたいに人間と関係を持って欲しくないのじゃ」


頑なにそう言って嫌がるミオ。龍神が如何して供物である人間を番にしたかは謎だったが、それでも彼の人生を悪い例として言われるのは癪に感じた。思わずバチィッと電気を走らせ、彼女を遠ざけていた。焦げた手の甲を悲しそうに見つめるミオを睨みながら言う。


「あの人の事を悪く言うな。人間と生きる、そう決めたのは彼なりの意志があってだろう。何故そこ迄悪く言う必要があるのだ」


気分が悪い、と言葉を吐き捨て、くるりと身を翻し制服を着た人間の姿に化ける自分。鳥居を潜り、町に向かって歩き出す私の背中を、ミオは付けられたばかりの傷を治しながら寂しそうに眺めていた。


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【千紗side】


「そういえば僕、レオの連絡先知らない」


とある日の登校時。
歩いている際にふと思い立った事を口にしていた。隣を歩いていたレオは「連絡先?」と眉を寄せながら問う。彼は、僕が電車で痴漢に再び遭わない様に一緒に学校へ登校してくれている。憂鬱だった日常が少しずつ色付き始めているのが分かる。


「必要無いだろう。名を呼べばいつだって駆けつけるし望みも叶える」
「あ…」


そうなんだ。
じゃあ…もし僕が叔父に脅かされる日々が続いている事を知ったら、レオの言っていた別の世界である隠世に連れ去ってくれたりするのだろうか。…そんなお伽噺みたいな話がある訳ないか。僕を連れ去っても何のメリットも無いし、レオは僕をただ幸せにする為に来たのだから。


(白狐って確か周りを幸せにする幸運の象徴なんだよね)


隣で真っ直ぐ伸びた白髪を靡かせて前を見据えるレオの横顔を眺めながら、昨夜リサーチしたばかりの白狐についての特徴を思い描く。だったら僕を幸せにするとあの日現れたのも「義務」からなのだろうか。そうじゃ無いと、一緒に居てもつまらない僕に近付く意味なんて無い筈だ。今更ながらネガティブな事を考えてしまう。


(あ……もしかして本当にそういう事なんじゃ…)


一人合点がいき、小さく「…なんだ」と思わず呟いてしまった。
聞き取れなかったのか、隣のレオが「如何した」と顔を覗き込んでくる。何で今、自分は悲しんでしまったのだろうか。「義務」であろうと何だろうと、彼はこんなにも優しくしてくれ、その優しさに僕はすっかり甘えてしまっているのに。


「………何でもないよ」


このドロドロとした気持ちは顔に出してはいけない気がする。
今の幸せが、唯一僕が心安らぐこの瞬間が崩れてしまったら、その時きっと僕は耐えられない。グッと気持ちを押し殺し、笑みを浮かべる僕。レオは一瞬だけピクッと嫌な顔をすると「そうか」と何事も無かったかの様に微笑んだ。


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