【弐】バケモノの供物

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三ノ巻

頁21

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過去の僕は、叔父と生活を何年も続けている分普通に精神的にもまだ強かった。だけどレオが僕の前に現れてしまった。今だと、レオが居ないとダメな人間だと自覚してしまいそうになるくらい、彼が消えたら不安定な状態だ。別にそんな予定は今の所彼から聞かないし、「義務」であろうと一緒に居られる事に変わりはないのだから喜べばいいのに。


「学校か」
「!」


久々に聞いた男の声に、全身に鳥肌が立つのを感じた。

たった今迄平凡な生活だったのに、一気に冷水を浴びた様な気分に陥る。玄関の扉を閉めたと同時に降ってきた声に「今帰って来たよ」となるべく元気に見える笑顔をつくり、顔を上げて反応する。視線の先に居たのは、久々に部屋から出た叔父の桐谷実。ボサボサの伸ばしっぱなしの肩に着く程の長さの髪の毛、顔立ちはそこそこ良いのに髭が生えていて顔もやつれている。いつもはこの時間帯は寝ている筈なのに。


「丁度いい。腹が減ったから何か作れ」


あぁ…ストックが切れたのか。
彼にとって食事とは、栄養の無い物ばかり口にする事だ。こうしてたまに部屋から出て僕を見つけると今みたいに気まぐれで命令してくるが。


(どうせ食べないくせに)


嫌な顔一つせずに「ちょっとだけ待ってね」と笑みを貼り付けたままリビングに向かう。僕が従順であり、その時に精神がまだ安定していたら彼は暴力を振る事は無い。背後からノソノソとついて来る彼とその視線。背中に嫌って程纏わりつく彼の痛い視線が、初めて会った時から僕は嫌いだった。


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でも嫌な事ばかりでは無くなっていた。
普通だった学校生活に「レオ」が現れ、学校にいる時だけは息苦しく無くなってきていたある日、いつも通り教室に足を踏み入れたその時「お早う」と自分はいつの間にか声を掛けられていた。そして、咄嗟の挨拶に「うん、お早う」としっかり返せていた。今迄誰にも話し掛けられる事が無かった自分は数秒停止した後、「?!」と遅く反応した。振り返ると、嬉しそうに笑うクラスメートが此方を見据えて立っていた。


「やっぱ普通に話せるじゃん、天城」
「えっと…」


話し掛けてくれたのに相手の名前が分からなくて会話が止まってしまう。ここで黙っているだけだと誤解を与えてしまう。今迄の自分だったら何も言えずに無言のまま通り過ぎていたかもしれない。でもこの時の自分は思わず「ごめん」と会話を紡いでいた。


「いつも自分の事で精一杯で周りの事に目を向けていなかった。これからはもっと関わっていきたい。だから君の名前を…」
「ふはっ」


話している最中に遮る様に思い切り笑われる自分。不快にさせたのかと一人不安になっていると、視線の先の茶髪の青年は可笑そうに笑いながら「固い固い」と続け、僕の前迄歩いて視線を合わせてきた。久し振りに、レオ以外の人物を真っ直ぐ見た気がした。


「立花先輩と話していて笑ってる天城を見て興味が湧いてさ。ほら、天城っていうと無口で静かなエリート様だと思っていたから。良かったらこれから仲良くしてよ」


スッと手を差し出してきたクラスメートは「俺は松原って言います」と手を差し出してくる。瞬間、今迄モノクロだった目の前の彼の存在に色が付いた。初めて認識した彼は、明るい茶髪と人懐っこい笑顔が特徴的な優しい青年だった。恐る恐る手を取り「宜しく…松原君」とつられて笑みを零し、はにかんだ。諦めていた他者との関係がたった今変わった。素直に思った事が言える様になったのはきっとレオが側に居てくれたからだね。少しずつだけど、前に進めているんだ、僕は。

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